久々に訪れたリジェールは、以前と変わりない活気を見せているようだった。
街の通りは
「何時来ても騒がしいとこですね、ここは」
何か懐かしそうに、トトはうんうんと頷いている。
「トトは
「ルグンドから出る時は大体ここを経由するので、何度かですね」
指折り、トトはここに来た回数を数えた。
おそらく七回、もしかしたら八回。
それくらいだったはずです、と自分の記憶を確認する。
「まあ金無いから通り過ぎるだけって感じですけど。仕事に行く時に寄るか、帰ってくる時に口座からお金引き出すしかしてねえですねこの街では」
「お、トトさん口座持ってんですか」
へえ、と感心したようにニノンが言う。
「
銀行口座を開設できるのは、基本的に
その前提を満たせる
「でもそれならトトさんの分の生活費は問題無いですね! いやー良かった良かった」
そう喜ぶニノンに、トトはちょっと耳を垂れさせながら困惑し、答える。
「でもミクが下ろすなって言うですよ」
「なんでぇ!?」
どうしてや!?とニノンは未来の方を見る。
「ここに来る直前の状況がこう、果てしなく厄介でね」
未来は未来で、どう説明したら良いものか、そう戸惑っているようだった。
「トト以外の下働きの人間が、明らかに口封じで全滅してたからね……死んでるはずの人間の口座に動きが有ったらどうなるか分からないから使わせないようにしてたんだが」
「なんでそんな事になってるの!?」
「ちょっと私達の召喚絡みでね……」
珍しく本気で困り顔をしている未来を見て、ニノンは天を仰いだ。
なんか出てくる召喚関係の情報全てが、「こいつら何やってんだ!?」というものしか出てこない。
状況を推測すると、異世界からの勇者召喚は秘密裏に行われている。
秘密なので、関わった一般人は皆殺し。
ついでに召喚した勇者の扱いも、未来の様子を見る限りなんかおかしい。
「ほんとうに何やってんだよ
一度落ち着いた頃に召喚について詳しく聞いた事が良いのかもしれない。
そう、ニノンは考える。
あまりにも理解不能な事が多すぎる。
この件に関してはもっと情報を集めるべきですね。
結論を出すには、あまりにも知らない事が多すぎる。
現状唯一分かっているのは、これが国ぐるみの動きだという事くらいだ。
――とりあえず
情報収集するにも、その方が安全だ。
こちらには限りなく安全に情報を抜く手段が揃っているし、
だから今は棚上げしておこう。
ニノンはそう思った。
「てことは、全額私負担って事っすね」
財布に余裕は有るが、無限ではない。
真剣に何処かで仕事して稼がないと不味いかも、とニノンは思い始めた。
自分一人ならともかく、三人。
宿代だけで結構嵩む。
はあ、と溜息をつき、気を取り直す。
「まあ仕方ないです。後で返してくださいね、絶対」
そう念押しして、ゆっくりと歩き出す。
「まずは魔導具から見ましょうか。雑貨はその後で」
リジェールに有る魔導具店は、辺境にしてはなかなかの品揃えを誇っていた。
交通の要所に有る分人の往来も激しく、また需要も活発である影響であった。
掃除が行き届いた綺麗な店内は、沢山の棚が据え付けられている。
そこには所狭しといろいろな魔導具が並べられていた。
巻物から始まり、文様の書かれた札。
はたまた鍋や水栓のような日用品まで。
とりどりの品が、この店には集っていた。
「ほほう、こんな所に新型が出回っているとは」
棚に置かれた
「大都市でもそうそう在庫無いはずなんですけどね……逆に穴場って事ですか」
ううむ、と言いながら、彼女は
確かに反応が良い。
記述容量も、悪くない。
「ふーむ」
ニノンは悩んだ。
せっかく出会った最新型。
買えるなら買いたい。
だけどお金も大事にしたい。
間に合わせなら、型落ちの大量生産品でも良い。
「悩むなあー」
どうせ買うなら良いもんだよなあ。
でも金がなー。
そう煩悶するニノンの脇で、未来とトトは物珍しそうに魔導具を眺めていた。
「この鍋は……加熱機能付き?」
「元々は軍隊用だったって聞いてるです。火を起こさずに食べ物を温められるから便利だったそうです」
「なるほど」
なかなかに興味深いな、と未来は様々な魔導具を手に取っていた。
世界が変われば発想も変わる。
地球の科学文明より優れた部分も有れば、劣っている部分も有る。
その事が、彼女の知的好奇心を刺激していた。
先程の鍋もそうだ。
地球であれば調理するだけの温度を得るには、燃焼させるのが一番という認識だ。
だから携帯コンロ等、小型でそれを為せるような道具が開発された。
そしてそれ故に、火を使わずに食べられるレーションが軍用食品として発展した。
一方ここでは、魔導式という技術の恩恵で、鍋自体に加熱能力を持たせる事ができる。
敵に炊事の煙を見られないというのはとてつもないアドバンテージだろう。
軍用の炊飯道具としては実に合理的と言えた。
この世界では魔導式によって、炊飯自体の露出を抑えるという方向に進化したのだ。
技術の違いが進化の違いに繋がっている。
その事が、実に興味深かった。
「ついでだから携帯水栓も買うですよ」
よっとトトは携帯型水筒のような筒を手に取る。
「流石にアホの子ニノンにずっと出させるのも悪い気がします」
「水筒じゃなくて、水栓なのか」
「こいつの口を開けると水がばんばん出てくるですね。魔石の魔力が切れるまでは水出せるです」
「便利だな本当に」
どれだけ遠方に行く場合でも、その水の補給を考えなくて良い。
それがどれほどの利便性を持つか。
水という超重量の荷物が無くなるのは、それだけで革命だった。
「これから旅する事を考えると、野営に使えそうな道具は率先して買いたいな」
「です。あ、これとかどうですか携帯型空調器」
「あるのか空調機」
これもこれで革命的だな、と未来は何度目かの驚きを押し隠した。
熱交換が必要な地球の空調機と違い、こちらは直に指定した温度の風を送る仕様になっているようだった。
魔導式の恩恵で、必須なはずの心臓部分が丸ごと省かれている。
いや、こちらの世界からすれば、式一つで済む事を多大な機械をつなぎ合わせて実現しているように見えるのだろう。
なんともカルチャーショックだな、と未来は苦笑した。
「まーはしゃぐのも良いですけどねぇー」
二人のところに、ニノンがやってきた。
その手には三本の
そして歩くついでにさらに一本をひょいと手に取っていた。
「一番買わなきゃならないものを、最初に選んだ方が良いですよ」
「買わなきゃいけないもの、ですか?」
トトが不思議そうに首を傾げる。
「野営道具はちゃんと選んでるですよ?」
「いやいや何言ってんですかトトさん」
わかって無いなあ、とニノンは肩を竦めた。
「絶対に必要なのに、お二人が持ってないものと言えば決まってるじゃないですか」
そう言ってびしぃ!と店中央のテーブルを指さす。
「
そのテーブルには、様々な形の眼鏡がずらっと並んでいた。
あからさまに高級そうな素材のものから木組みのものまで、形も千差万別な眼鏡が所狭しとそこにはひしめいていた。
単なる眼鏡に留まらず、傭兵達が使うようなゴーグル型までそこには完備されていた。
「おおー」
物珍しそうに、トトは眼鏡を手にとって近づけたり離したりしている。
レンズ越しに見える景色がなんだか奇妙で、彼女にとっては本当に物珍しかった。
「流石に連絡手段一つ無いのは、これから困るでしょ」
それで今まで散々困ったし、とニノンは付け加える。
「これから旅をするなら、通信手段くらい備えて貰わないと」
「まあ、そう言われると納得しか無い」
現代社会でスマホを持っていないと考えるとわかりやすい。
百年近く前ならいざしらず、情報化社会である現代で通信デバイスを持たないというのは考えづらい。
確かにこれは必須だな、と未来も眼鏡を手に取った。
「個人的には未来さんがなんの機能も持ってない眼鏡をかけてる方が驚きでしたけどね」
ニノンからすれば、眼鏡=多機能デバイスである。
それがまさか
「まあ異世界人だって思えば納得ですけど。良く見ると眼鏡の素材もなんか違いますし」
「プラはこの世界には無いみたいだからね」
金属製か木製か主である
わざわざ良く見る者が居ないので露呈しなかったが、見る者が見ればそれが珍品だと気づかれていただろう。
「ミク! これ見てくださいです!」
その声の先には、眼鏡をかけたトトの姿があった。
シックなオーバルの眼鏡がその顔には添えられていた。
いつもよりも幾分知的な雰囲気を醸し出すトトは、大喜びで駆け寄ってくる。
「ちょっと頭良さそうに見えないですか? トトにぴったりです」
「ふむ」
ちょっとキツい印象が強まるが、悪くはない。
「ただ個人的にはこっちの方が良い気もするな」
そう言って未来が手に取ったのは、地球ではボストン型と呼ばれる眼鏡だった。
オーバルよりもレンズが大きく、やや柔らかい印象を与えるそれは、トトに幾分優しげな印象を与えた。
「むむむ、こっちも良いですね」
「どっちも買えばいいじゃないですか」
迷う必要有ります?という様子で、ニノンが言う。
「そんな高いもんでもないんで、いいですよ。その程度の予算はまだ有りますから」
「むー」
暫く腕を組んで悩んでいたトトだったが、意を決して。
「じゃあ、お言葉に甘えるですよ」
そう言って、二本の眼鏡を手に取った。
「未来さんも決まりました?」
「私はこれだね」
そう言って未来が手に持ったのは、今かけている眼鏡とあまり変わらぬ金属製のスクエア眼鏡だった。
怜悧な彼女の印象を更に強める、そんな形をしたものだった。
「未来さんも二本買うと良いですよ」
ひょい、とニノンも大きな丸眼鏡を手に取りながらそう言う。
「予備は有った方が良いですから」
「なら、私もお勧めに従おう」
未来はそう言うと、似たようなデザインの眼鏡をもう一本取った。
「こいつの設定とかは、どうなるのかな」
「そこいらは私が全部やれるんで、一緒にやりましょう」
店でやるよか断然良いですよ、と満面の笑みをニノンは浮かべた。
魔法の専門家らしい自信に溢れた笑みだった。
「んじゃ、さっさと会計しましょう。他にも買い物しなきゃならんものは幾らでもありますからね」
両手いっぱいの魔導具を抱え、レジへ行く。
魔導具に限らず、野営品や雑貨、食料。
買うべきものはまだまだ有った。