崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第137話 エンカウント

 買い物の翌日。

 

 リジェールで一泊した三人は、再び馬車の上にあった。

 グリが引っ張る荷馬車に揺られ、燦々とした太陽の下を進んで行った。

 

「おおー」

 

 御者席で手綱を握りながら。

 魔導式眼鏡(ウィッチグラス)をかけたトトが、興味深そうにそれを弄っている。

 

「これが視力強化(イーグルアイ)の魔法って奴ですか。すごい遠くまで見えるです」

 

 初めての魔導式に、トトは年相応のはしゃぎっぷりを見せていた。

 なにしろ生まれて初めて自分で使う魔法。

 その興奮は、何にも代えがたかった。

 

「あんま無闇に起動してると魔石の魔力が枯渇しますよ」

 

 やや呆れ気味に、ニノンが告げる。

 

魔石充填器(マナ・チャージャー)は安い奴しか買ってないんで、充填には時間かかるんですよ。だからあんま無駄に使わない方が良いですよ」

 

「はーい」

 

 そう返事をしながらも、トトは眼鏡弄りを止めようとはしない。

 

 しゃあねえなあ、とニノンは肩を竦め、未来と顔を見合わせる。

 

「まあ、いいじゃないか。何事も初めては楽しいものだ」

 

 未来はそんなトトの様子を微笑ましく見守る。

 

「それに使い方を習熟しておくのも悪くない。いざという時、使えないでは話にならないからね」

 

「そういう考え方もできますね」

 

 そういや普段から使ってるわけでもないもんなあ、とニノンも納得する。

 初めて触れる魔導式眼鏡(ウィッチグラス)であるのなら、多少無駄と思えても弄り回させておくのは良い事なのかもしれない。

 

「私としても、なかなかに興味深いよこれは」

 

 そう言って未来も自分がかけている魔導式眼鏡(ウィッチグラス)をとんとんと指で叩く。

 

 視力強化(イーグルアイ)暗視(ナイトヴィジョン)等視覚を補う魔導式が幾つか組み込まれている他、魔導通信網(スカルネット)に接続し、情報の掲載されたファブリック――地球上のネットで言う所の、ウェブページに相当する単語――で、ニュースを見る事もできる。

 短距離間でなら、ネットを経由せずとも知り合い同士で言葉を交わす事すらできる。

 

 一言で言うなら、スマートグラス。

 

 元の世界ではそこそこの値段がするそれも、ここでは中々にお手軽に手に入るようだった。

 尤も、トトのような衛星国人(セクタ)であれば軽々しく購入できない程度には高価な品でもあった。

 

「便利でしょぉー? 暇な時はニュースファブでも見てりゃ良いですし」

 

 私もちまちま見てますからね、とニノンは言う。

 

「後は動画ファブで幻燈(ファンタ)をだらっとね……これを寝っ転がりながらやるのが最高なんですわ」

 

 幻燈(ファンタ)=動画。

 ニノンの言っている事を地球流に直すなら、「寝っ転がりながらつべで動画見るのサイコー」となる。

 

「これが収斂進化か……」

 

 世界が違っても、似たような技術が出てくると似たような行動に帰結する。

 自堕落さであってもそれは同じだと、嫌な方向での納得を未来は得ていた。

 

「しかしまあ、ニュースを見るとやっぱ話題はルグンドの件で持ち切りですね」

 

 各種ニュースファブでは、魔族の大侵攻が話題として大々的に取り上げられていた。

 

 突如始まった侵攻、そして防御線の崩壊。

 そして、突如現れた大魔将とその撤退。

 

 これまでの例とは少し違う、と魔族研究を生業とする学者達の意見が紹介されていた。

 

「流石に、倒した、とは公表できねえかぁ」

 

 ごろんと寝っ転がって空を見上げたまま、ニノンはそう呟く。

 

()()()()()()()()()()が大魔将を倒したとは口が裂けても言えないですもんね」

 

 もしこれが王国(エタ)の手による戦果だったら、きっと大々的に報道されていただろう。

 これが王国(エタ)の力だ、人類の底力だというプロパガンダと共に。

 

 だが、そうはならなかった。

 魔将が前線に出張り誰かに倒され、大魔将も不明な理由で破壊された。

 

 これは、魔族への勝利以上に王国(エタ)にとっては恐ろしい話だろうとニノンは予想する。

 

 大魔将に匹敵する不明な戦力が、人類生存圏内を歩き回っている。

 

 それはまったく正体も分からない国を滅ぼせるような存在が何時何処に現れるか分からないと言っているのと同じだ。

 もしかしたら、次の瞬間ヴェリスに現れ、自分達を滅ぼすかもしれない。

 

 人類は新たな滅びの瀬戸際に立たされたのだと、おそらく王国(エタ)の首脳部は理解したのだろう。

 

 だからこその情報の制限。

 

 大魔将は例外的に早めに撤退した――そういうカバーストーリーでお茶を濁した。

 

 王国(エタ)にとっては幸いな事に、今回の大魔将の情報はほぼ得られていなかったらしい。

 

 情報を得る為飛ばした眷属鳥(ファミリア・バード)の尽くはあの大魔将に近づく前に処理され、巨大で奇怪な蜘蛛のような姿をしている、そして街を一撃で消滅させるような攻撃手段を持っているという情報くらいしか露呈していなかった。

 

 勿論、戦闘の様子などまず見てはいないだろう。

 少なくとも民間の人間が飛ばす眷属鳥(ファミリア・バード)は確実に。

 

「こっちも戦果を誇る気は無いんでいいですけどね」

 

 別に英雄に成りたくて戦ったわけではない。

 言ってみれば成り行きだったのだから。

 

 ただ、とニノンは思う。

 

 もしあの可愛い弟子が見ていたら、褒めてくれただろうか。

 あの子がもしあの天の先で喜んでくれていたのなら、それでいいと彼女は思った。

 

「色々と憶測が飛び交っているようだね」

 

 未来もニュースファブを巡りながら、情報を精査する。

 

 どこもかしこもゴシップに近い、憶測で面白おかしく書き立てているようなものばかりだった。

 公共性の有る情報を広く伝播するというよりは、世間の話題を面白おかしく拡大し大衆を喜ばせるという方向に特化しているようだった。

 

「情報ソースとしては不確かにも程が有るな」

 

 未来としては苦笑せざるを得なかった。

 どれだけ高度な情報リテラシー能力を問われなければいけないのだろうか。

 

「ネットの情報なんてそんなもんすよ、未来さん」

 

 いつの間にか取り出していた干し肉をしゃぶりながら、ニノンが言う。

 

「幾つもの与太話から真実を見抜く。それが出来ないとネットは難しいんだよなぁ」

 

「そんな所まで世界が違っても同じか……」

 

 人間は所詮人間なんだな、と未来は実感した。

 

「年長組二人は楽しそうでいいですね」

 

 御者席から、そんなトトの声が飛んでくる。

 

「こっちはそこまで気は抜けねえから、めんどいですよ」

 

「トトさんだって能力で危険は分かるんですから、多少サボればいいじゃないですか」

 

 別に事故ったりとかしないでしょ、とニノンは言うが。

 

「何言ってんですかオメェ」

 

 ハァ?とトトが呆れたように言う。

 

「仕事で手を抜けるわけないじゃないですか」

 

「クソ真面目だなこのお子様」

 

「砦で出会った頃から仕事には厳しかったよこの先輩は」

 

 仕事をする以上、手抜きは許さない。

 とにかく貰った給金分の働きはする。

 

 トトの仕事への姿勢はそういうプロフェッショナル魂に溢れていた。

 

「とにかくですね、ここに座ってる以上は……」

 

 ちょっと説教モードに入りそうだったトトが、言葉を止める。

 馬車の前、遥か先を見通すように、じっとそこを見ていた。

 

「ちょっとあっちの方を見て貰っていいです?」

 

 そう言って、トトが前方を指さした。

 

 肉眼ではまだ何も見えない距離。

 だが――

 

「どれどれ」

 

 ニノンは即座に視力強化(イーグルアイ)を起動する。

 

 そして未来もそれに倣い、無言で同じ魔導式を用いた。

 

 まるで望遠鏡を覗き込んだように、遥か彼方の光景が未来の目には飛び込んできた。

 

 そこに見えるのは数人の人影。

 現代式甲冑(プロテクター)姿の男たちが群れるようにこちらに走ってきている。

 

 そしてその中でも一際目立つ人物が居た。

 白い巫女服に身を包んだ少女。

 年端も行かない、自分とトトの中間くらいの年齢に見える彼女も、必死にこちらに走ってきている。

 その姿は――

 

「追われてますね、こりゃ」

 

 ほーん、と考え込みながら、ニノンが呟く。

 

「どういう経緯かは知らんですけど、襲撃ですねえ」

 

 こういう人の目が少ない郊外であれば、要人を襲うのにはうってつけであった。

 

「野盗の類……ではないよな?」

 

「そんなもん、この辺りには居ませんよ」

 

 そうニノンは断言する。

 

王国(エタ)とは言え、ここは辺境。まだ()()()が出るような場所で、人間の盗賊が活動できるわけが無いです」

 

 人が固まっていれば、即座に魔族は襲ってくる。

 辺境の地で活動する野盗など、彼らから見れば体の良い獲物でしかない。

 

「そういう()()()犯罪が成立するのは中央だけですよ。たかだか野盗ごときが魔族に勝てるわけ無いじゃないですか」

 

 倒せるにしても、せいぜい一匹か二匹。

 しかも奇襲でもされればその数でも怪しい。

 

 野盗の類が生存できる状況が、衛星国(セクタ)に近いこの地では揃っていなかった。

 

「とするとあれは」

 

「厄ネタでしょうねぇー」

 

 やんなるねー!とニノンは見ない振りをしようとした。

 もう嫌な予感しかしなかった。

 

「どうします、無視しますか」

 

 その言葉に、未来は不思議そうに首を傾げながら言った。

 

「え、なんで?」

 

「普通の人間はこういうのには関わらねえんですよ!」

 

 ニノン心の叫びだった。

 厄介事がやって来たら身を潜めてやり過ごす。

 それが普通の人間の思考だ。

 

「まあそうかもしれないが」

 

 未来は静かに立ち上がる。

 

「見てしまった以上、私は無視できない性質(たち)なんだ」

 

「ですよねえええええ!?」

 

 こういう厄介事を見過ごすことが出来ないタイプだというのは、短い付き合いの中で十分に理解していた。

 

 そして、その渦中に突っ込んでもなんとか出来てしまう実力を持っているという事も、嫌というほど熟知させられていた。

 

「まあ、二人はそのままゆっくり来てくれ」

 

 とん、と。

 馬車から飛び降りた未来は駆け出すと、あっという間に姿をくらました。

 

「なんで首突っ込みたがるんですかね、あの人」

 

 しゃあねえなあ、とニノンは溜息をついた。

 

「ミクは良い奴ですよ。困った人が居たらいつでも手伝ってあげてるです」

 

 最初からそうです、とトトは言うが。

 

 ――そう単純なタイプでもねえと思うんだよなあ、わたしゃ。

 

 なんとなくだが、そう思う。

 彼女の勘か、何かか、それが頭の奥で囁くのだ。

 

 天音寺未来という女は、ただそれだけの女ではないと。

 

「ま、今回は先方の運が良かったのは間違い無いですね」

 

 きっと生き残るだろう、あの少女は。

 

 魔将をやすやすと屠る化け物に対抗できる人間がこの国に居るとは、ニノンにはどうしても思えなかった。

 

 

 

 多数の男たちに追われながら、少女はひた走っていた。

 

 護衛やお付きの者たちは全て殺されてしまった。

 

 ――お逃げください、イリス様。

 

 そうやってただ一人逃がされ、ただ足を動かすしかできない。

 

 ハッ、と息が切れる。

 

 もう全力を出し尽くした。

 これ以上無い位に走り、逃れたが。

 

 それでも、成人男性を振り切れる程の走力は、彼女に備わっていなかった。

 

 ――追いつかれる。

 

 ちらりと彼女、イリスは後ろを盗み見る。

 

 市販品の現代式甲冑(プロテクター)を纏った男が五人。

 まるで傭兵のように見せかけているが、襲撃の際の動きに王国正式剣術の色は隠せていなかった。

 

 十中八九、正騎士だろうとイリスは考えていた。

 

 こちらの護衛も手練揃いだった。

 その全てを斬り殺したとなれば、尋常な使い手ではない。

 

 放射系の魔導式の類を使ってこないのは、下手人を市井の傭兵に見せかける為だろう。

 騎士が放つ放射系の威力は強力無比で誤魔化しがきかない。

 その点、単なる切り傷なら言い訳がつく。

 そういう判断なのだろう。

 

 だがその判断のお陰で、イリスは紙一重で逃げ続ける事ができていた。

 相手が近接戦、切創を残す事に拘っていたからこそ、なんとかなっている。

 

 だが、その逃走劇も終わりが近づいている。

 

 彼我の距離は徐々に縮まりつつあり、もうそろそろ剣の届く範囲に入ろうとしている。

 

 このまま逃げても死。

 

 だからと言って抗ってなんになるのか。

 

 数は五対一、圧倒的な不利。

 しかも、おそらく全てが自分より格上。

 勝てる要素が見当たらない。

 

「だ、だからってぇ」

 

 諦める事だけはしたくない。

 皆が必死に逃がしてくれたのだ。

 

 最後の最後まで、生きる事は諦めない。

 

 例えその出口が、奇跡を待つ事しか無かったとしても。

 

 ふっ、とイリスの走りが緩んだ。

 

 既に縮まっていた少女と男たちの距離が、さらに縮められる。

 

 最早一足で斬りかかれる距離。

 

 

 

 そこで、イリスは()()()()

 

 

 

 ほぼ全力で走っていた男たちは止まれない。

 だが小兵で身軽なイリスは、ぎりぎり制動をかける事ができた。

 

 男が一人、イリスにぶつかるように突っ込んでくる。

 少女より遥かに長躯な男は、まるで覆いかぶさるような形で接触した。

 

 そして二人の体がぶつかった刹那、イリスは腰をかがめた。

 男の走る勢いを利用するように。

 そして、その体を持ち上げるように、彼女は自分の体の上に男の体を滑らせる。

 

「っしゃあ!」

 

 矮躯に過ぎない少女が、堂々たる体躯を持つ男をぶん投げた。

 腰を跳ね上げ、相手の重心を飛ばし、その首筋を掴み地上に向かって叩きつける。

 

 ずん、という鈍い音が辺りに響き渡った。

 

 自らが生み出した推進力と、少女が生み出した回転運動が合わさり、大地に強烈に叩きつけられた男はその衝撃で一瞬にして意識を消失した。

 

 光神征律拳の得意技である投撃は、推定騎士相手であろうと遺憾無く威力を発揮した。

 

 残り四人がその奇襲に気づき、すぐに向きを変える。

 

 この反撃で事態は何も好転していない。

 それどころか、結局追いつかれ、むしろ相手の態勢を整える間すら与えてしまった。

 

 それでも示さざるを得なかった。

 

 ――私は、諦めない。

 

 例え刹那の間しか意味の無い表明であろうと。

 彼女は全力で世界にそう叫ばんと、ただ思うがままに振る舞った。

 

 イリスは四人の男に向き直る。

 そして、僅かばかりの抵抗の意思として、緩やかに拳を握る。

 

 あと何秒の命か。

 

 きっとすぐにも目の前の男たちは斬りかかってくるだろう。

 そう考えていたのに。

 

 まるで何かに睨まれたように、男たちは動かない。

 剣を青眼に構え、何かを待ち受けるかのように、ただ身を固まらせている。

 

 一体何が?

 

 そうイリスが疑問に思うより早く。

 彼女の背後から声が聞こえる。

 

「女一人を多数の男が追いかけ回すのは、あまり感心しないな」

 

 それは、若い女の声だった。

 すっとイリスの後ろから、女が出てくる。

 

 それまで周りには誰も居なかったはずなのに。

 まるで湧いてきたかのように、彼女は現れた。

 

「だがまずは事情を聞こうじゃないか。そちらにも理由が有るかもしれない。だからまずは話し合いだ」

 

 見たこともない不思議な出で立ちをした女。

 黒髪を靡かせて、音も無く現れた彼女は美しい笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「どうか教えて欲しい。何故こうなっているのかをね」

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