崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第139話 二大派閥

「良くわかんねえですけど」

 

 不思議そうにトトが言う。

 

「礎石派とか牽引派とか、それってなんですか?」

 

「人間の社会にはですね、派閥っていうめんどくさいものが有るんですよ」

 

 しみじみと実感したようにニノンが言う。

 派閥については彼女自身、身をもって面倒さを実感している。

 人が三人集まれば派閥が出来ると言うが、圏外領域(アウトゾーン)でも例に漏れず派閥闘争はありふれていたからだ。

 

「とは言え、王国(エタ)の派閥事情は私も詳しくないんですが」

 

 知ってるのは名前くらいですね、とニノンは続ける。

 

「礎石派と牽引派が王国(エタ)の二大派閥という事くらいは耳にしています。つまり今回の件は光神教を挟んだ王国(エタ)内の政治闘争の一環って事です」

 

「そういう事。あっちの事情にこっちを巻き込まないで欲しいもんだわ」

 

 イリスの顔は本当にうんざりしたように、諦観めいたものに溢れていた。

 

「そんな都合に振り回されたくないから神殿入りしてんのよこっちは。世俗の事は世俗で完結して欲しいわ」

 

「うんうん。わかりますわかります。巻き込まないで欲しいですよねえ」

 

 イリスとニノンの間に、一瞬にして共感が生まれた。

 政治力学に振り回される面倒くささを、この二人は嫌という程今まで味わってきた。

 その労苦が、無言の内に二人を結びつけていた。

 

「私としては礎石派と牽引派の説明が欲しい所なのだが」

 

 スープの入ったコップをくるくると回しながら、未来が言う。

 

「てんでそういう事情には疎いからね。できれば、お願いしたい」

 

「わたしもそんな詳しくないから、一般常識程度でいいなら」

 

 そう前置きして、イリスは説明を始めた。

 

「まずわたしのバックに居る礎石派っていうのは、所謂保守派よ。地道に国力を高めて無駄に戦わないで、じっくり魔族と戦っていきましょうっていう人間の集まり」

 

「ふむ」

 

「基本的に政治寄りの勢力はこっちに属してるわ。穏健派っていうか、お金が先に来る連中が多いの」

 

「それだけ聞くと、あんまり良い印象は持てないですね」

 

 お金が絡むとどうしても印象が悪くなる。

 ある種のバイアスだとしても、そういうものだ。

 とは言え金が無ければ戦えないのだから、金勘定をする人間からすれば一番気になるところだろうというのはニノンも理解はしていた。

 

「で、牽引派っていうのはそれとは真逆で、積極交戦派なの」

 

 はあ、と。

 そこでイリスは溜息をついた。

 

「しかもね、()()()()()を掲げる連中なのよ、あいつら」

 

 その言葉には、ある種の呆れが含まれているように三人には聞こえた。

 

「勇者、ですか?」

 

 トトも不思議そうに問い返す。

 

「そう、勇者」

 

 はー、と再度イリスの溜息が聞こえる。

 

「頭痛い事にね、もう一度勇者を喚んでその勇者に全てを託そうって本気で考えてんのよ、こいつらは」

 

 とんだ夢物語だと話してるイリス自身も思う。

 だがこんな馬鹿げた事を本気で追求する集まりが王国(エタ)の主要派閥の一翼になってしまったのだ。

 

 馬鹿みたいに聞こえるわよね、とイリスも思っていたが。

 その話を聞いている三人の空気は、何か微妙だった。

 

「勇者」

 

 トトがちらりと未来を見る。

 

「勇者ねえ」

 

 ニノンもちらりと未来を見る。

 

「勇者かあ……」

 

 その未来自身は、なんとも言えない表情をしていた。

 

 場に流れる微妙な空気に、イリスはなんとも言えない奇妙さを感じていた。

 

「まあ、うん、そういう反応になるわよね」

 

 多分いつものやつだろうとイリスは納得する。

 派閥について詳しくない人間の反応としては、大抵こうやって困惑するのが常だからだ。

 なんかちょっと違う気もするが、多分そうだろうと。

 

「なるほど、勇者に引っ張って貰おうって連中だから牽引派ですか」

 

 なるほどねえ、とニノンが頷く。

 

「責任転嫁派に改名した方が分かりやすくないですか?」

 

「礎石派が煽る時に実際言ってるわよ、転嫁派って」

 

「マジかー」

 

 そう言いたくなるのも納得な政治信条だと未来も思った。

 異世界から喚んだ一人の人間に全てをおっかぶせようなどと、正気の沙汰ではない。

 

「勇者を喚んだから上手く行くとも限らないだろうに」

 

 その実例は未来が一番良く知っている。

 

 共に呼ばれた三十四人。

 そして自分。

 

 誰に国を託そうが上手く行くヴィジョンは一切見えなかった。

 

「礎石派としても、そういう認識よ」

 

 ていうか普通はそうでしょとイリスは言う。

 

「何処の誰かもわかんない奴に国を丸投げしてどうしようってのよ。正気じゃないわ」

 

「まあ私もそう思いますけどね」

 

 そう言うニノンの顔は暗い。

 

「でもそんなのが二大派閥の片方なんですよね?」

 

「正確に言うとあっちが今の最大派閥よ」

 

「嘘だろぉ―?」

 

 ニノンは思わず頭を抱えた。

 そんなファンタジー目指してる連中が国政の最大多数だという事実など知りたくはなかった。

 

「比率としては四対六くらいで、まだ一応拮抗できてる状況よ。でも……」

 

 イリスは僅かに口ごもり、そして続ける。

 

「最近牽引派は勢いを増してきてる。このままだと圧倒的最大多数になる日も遠くないわ」

 

「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 そういう派閥が有る、という事実はまだ分かる。

 だがこいつらが最大多数になっているという現実は、どうしても受け入れ難いものが有った。

 

「正気とは思えないが」

 

 何時もは涼しい顔をしている未来も、何処か焦ったような、不安な顔を見せていた。

 

「そんな博打に縋らなければならない程、何らかの要因が潜んでいるという事か?」

 

 未来にはそうとしか思えなかった。

 奇跡のような乾坤一擲を目指さなければ、どうしようもない。

 そんな状況なのだと。

 

 まさか単純に頭がおめでたい連中の集まりだとは、未来としても考えたくはなかった。

 

「私も流石に政治の詳しい話はわかんないけど……五大領の半分が牽引派に転向したのは事実ね」

 

王国(エタ)の中央の半分か……」

 

 五大領。

 

王国(エタ)の中枢を形成する、大領地。

 そこは栄える王国(エタ)の中でも、さらに別世界のように繁栄している場所だという。

 

 未来もニュースファブでちらりと様子を見たが、確かに別世界だった。

 衛星国(セクタ)が十七~十八世紀くらい。

 王国(エタ)はさらに進み十九世紀後半。

 だが五大領はそこを越え、二十世紀初頭くらいの雰囲気のように感じた。

 

「ともかく」

 

 話を切るように、イリスが言う。

 

「私は礎石派の聖女候補。そして対立候補が牽引派に居て、二つの派閥が争っているの」

 

「バックボーンは大体わかりました」

 

 わかりたく無かったですけど、とニノンは呟く。

 

「それと牽引派が勝利に拘る理由も見えたな」

 

 一方の未来はどこまでも真剣だった。

 

()()()()()()()()。勇者主義を掲げる牽引派としては、このアイコンを零すわけにはいかない。政治的対立以上に、その信条に反する」

 

「そういう事」

 

 ごほん、とイリスは咳払いをすると、改まって口を開く。

 

「そういうわけだから、私とは関わらない方が良いわ。多分また狙われるもの」

 

「狙われてるなら、逃げれば良いじゃないです?」

 

 ふと思ったのだろう。

 トトはそんな言葉を漏らした。

 

「死んだらどうにもならんですよ」

 

 だがイリスは悲しそうに首を振った。

 諦めと、強い意思がそこには同居していた。

 

「わたしはどうしてもこれをやり遂げなきゃいけない理由が有るの」

 

「例え確実に死ぬとしても?」

 

 その未来の問いにも、イリスは無言で肯定を示す。

 

「だとしても、行かないと」

 

「そうか」

 

 未来は軽く眼鏡のテンプルを触る。

 魔導式起動のサインである。

 

『ニノン、聞こえるか』

 

 短距離通信(リンク)による無言の通信。

 それを未来はニノンに送っていた。

 

『はいはい聞こえますけどー?』

 

 隣のニノンは素知らぬ顔のまま、そう返してくる。

 気取られたくない話だと、言わずとも彼女は理解していた。

 

『私としちゃあ、ここでサヨナラで良いと思いますけどね』

 

 あっさりとニノンはそう言う。

 彼女は情が浅いわけではない。

 だが無闇矢鱈に他人に振りまく情を持っているわけでもなかった。

 

『言う通り超絶厄ネタですもん。それに』

 

 そこで一旦ニノンは言葉を切る。

 

『……光神教を、助ける気にはあまりなれなくて』

 

 彼女はあの地下研究所の事を思い出す。

 あの所業に光神教が関わっていた。

 その事実だけで、近寄り難いと考えるのは自然な流れだった。

 

『あの研究所を主導していたのは、牽引派だ』

 

 だがその言葉に、ニノンはどきりとする。

 

 ほんの少し目を見開き、ちらりと未来を見やる。

 当の未来は涼しい顔でカップを傾けていた。

 

『どうして、その事を』

 

『少々彼らと()()する機会があってね』

 

 何時もと変わらぬ平坦な声。

 だがそこには何かが含まれているようにニノンには感じられた。

 

『だからあの研究所が牽引派の主導である事も、そして主導している連中が救世会(ソシエテ)という若手が作った結社だという事も知っている』

 

救世会(ソシエテ)

 

 それは初めて聞く名前だった。

 もし未来が言う言葉が真実だったとしたら。

 

 ニノンは遂に、本当の敵の姿を知る事ができたと言える。

 

『ついでに言うとね、私を召喚したのも救世会(ソシエテ)だ』

 

『それは』

 

『私達と連中には、もう深い因縁が有るんだよ、ニノン』

 

 その言葉に深い情念を感じたのは――今度こそ、気の所為ではなかった。

 

『私は奴らに報いを受けさせると決めている。君はどうだ』

 

『そりゃ決まってるでしょ』

 

 ニノンは即答した。

 

『殴る相手が分かってるなら、殴るわ』

 

『だとしたら礎石派と繋がりを持てるのは大きなアドバンテージになる。この機会を逃す手は無い』

 

 組織と戦うには、個人だけでは荷が重い。

 もし対抗勢力の助力を得られるというのであれば、これ以上無い強力なサポートとなるはずだ。

 ニノンにもそれは即座に理解できた。

 

 だから。

 

『伝手は、持っておくべきですね』

 

『決まりだな』

 

 レンズ越しに見える未来が、薄く笑った。

 

「提案なんだが」

 

 未来がそう、イリスに切り出す。

 

「私達を護衛として雇わないか?」

 

「は?」

 

 思わぬ言葉に、イリスは思わず目が点になる。

 

「あのねあんた、今の話聞いてなかったの?」

 

「聞いていたとも」

 

 したり顔で、未来は続ける。

 

「つまり君に恩を売れば、自動的に礎石派に繋がりが持てるという事だ。王国(エタ)の二大派閥と関係が持てるというのは、私達にとっては旨味が大きい話だよ」

 

 こいつぅ、とニノンは未来を見つめた。

 感情論ではない。

 互いにメリットが有ると、利害は一致していると未来は話を持っていったのだ。

 

 危険が有っても自分達は利益が欲しい。

 そう、表明したのだ。

 

「先程見た通り、私も腕に自信は有るしニノンもかなりやる。トトは戦闘には向かないが、頼りになる子だ」

 

 だから、と。

 

「私達を雇ってくれ。何、料金は安すぎなければ納得する」

 

 そう言う未来に、イリスは難しい顔をした。

 

 申し出は正直有難い。

 この先一人では数日もしない内に結局死ぬのは目に見えていた。

 

 だからと言って……。

 

「でも」

 

 やはり、迷う。

 次は先程よりも確実に殺しに来るはず。

 そんな状況に、他人を巻き込んで良いものか。

 

「いやあー、実はですね」

 

 そんなイリスに、困り顔でニノンが語りかける。

 

「最近ちょっと物入りで、懐が寂しいんですよね。ぶっちゃけそろそろ仕事探さなきゃって感じで。だからね、雇って貰えないとこっちも厳しいなーって」

 

 ね?と。

 ニノンは可愛く小首を傾げながら、お願いしますよぉ~とイリスにすり寄ってくる。

 

「な、なによ鬱陶しいわね」

 

 はぁ、とイリスは溜息を付く。

 もう何度目の溜息かな、と思い返しながら、仕方ないと言葉を紡ぐ。

 

「そこまで言うなら雇うわよ。でも何があっても文句や泣き言は無しだからね」

 

「やったーオナシャス! 助かりましたぜイリス様」

 

 ゲヘヘヘと笑うニノンに、未来もトトも苦笑する。

 だが未来の目だけは、機械的で冷たい眼差しのままだった。

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