崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第141話 ヴェズレーへ

 それから馬車に揺られる事数時間。

 

 夕刻に差し掛かる頃、四人は無事にヴェズレーの入口まで辿り着いた。

 

「また襲われるんじゃないかと思ってたんだけど」

 

 どこか安心したように、だが納得できないように。

 イリスはそう呟く。

 

「結局誰も来なかったわね」

 

「戦力の逐次投入は下策も下策だからね」

 

 当然だろうという顔で未来が言った。

 

「注げる戦力が有るなら最初から全部突っ込んでいる。だから当面襲撃の類が無いだろう事は予測していたよ」

 

「今ごろは次どうするかって考えてる最中だと思いますよ。まあ、数日くらいは多少安心できるんじゃないですかね」

 

 連絡が途絶えてから、状況確認。

 そして次善策の展開と考えれば、それくらいはかかるだろう。

 そうニノンは考えていた。

 

「そういうもんかしら」

 

 なおもイリスは首を傾げる。

 彼女からすると、矢継ぎ早に刺客が襲ってきそうなイメージだったのだ。

 

「トトも特に危なそうな奴が来るのは感じなかったですね」

 

 トトに関しては、異常に勘が鋭い的な説明をイリスにしていた。

 あながち間違った表現ではない。

 この能力は、勘に正確性を持たせたようなものだと言えるからだ。

 

 未来もその能力には信頼を置いている。

 それに、と彼女は思う。

 

「時間も人員も有限だ」

 

 ゲームやなんかだと、無限とも言える勢いでこういう刺客は湧いてくる。

 だが現実としては、そんなわけにはいかない。

 人は育てるのに時間がかかるし、一箇所だけにそれを振り分けるわけにもいかない。

 

「そうそう無駄はしないだろう」

 

 つまり、一度失敗した時点で次も同じような策で来るとは考え辛い。

 襲撃したという事は、ほぼ失敗しない算段がそこには存在していたと考えられる。

 そこを覆された以上、次は違う手段、かつ必ず成功できる状況を作り上げるはず。

 少なくとも自分ならそうするだろうと未来は思った。

 

 あの瞬間の襲撃ですら、狙いすました必殺の一撃だったはず。

 

 待ちに待って最高のタイミングで仕掛けて、外した。

 

 ――尤も、「引っかかってくれれば御の字」のような小さな障害をばらまいてる可能性は有るが。

 

 だが得てしてこういう()()()()()()の方が怖いのだ。

 大きい動きは警戒し易いし、読み易い。

 

 しかし小さな罠は些細であるが故に見過ごしやすく、そこに偶発的な状況が重なれば大きな動き以上に損害を出す事もある。

 

「多少緊張感を持つくらいでいい。気を張りすぎず、それでいて鷹揚に構える事だ」

 

 緩ませすぎるな。

 だが、緊張し過ぎるな。

 

 結局の所、そうなる。

 

「なかなか難しい事を言ってくれるわね」

 

 それができれば苦労はしない。

 イリスはそんな顔をしていた。

 

「だけどわたしの油断が原因なとこもあるし、気をつけるわ」

 

 ――言動と正反対に割と真面目っ子ですよねこの子。

 二人のやり取りを聞いて、ニノンはそう思った。

 

 短い間だが、彼女にもイリスという少女の人となりが少しずつ分かってきた。

 

 少なくとも聖女候補に挙げられる程度には良い子だなと。

 

「とりあえずこのまま街に入りますけど」

 

 再び御者に戻っていたトトがそう言う。

 

通行証(パス)も何も持ってねえから、時間かかるかもしれんですね」

 

 なにせ身元不明、しかも半数は衛星国(セクタ)であるから魔核(ロイユ・セレスト)経由での認証もできない。

 そんな怪しい集団となると、街の入口で多少厳しく見られるのは想像に難くなかった。

 

「それなら心配しなくていいわよ。私が居るし」

 

 気にしなくていいわよ、とイリスが手をひらひらさせる。

 

「そのまま顔パスで行けるから、進んでちょうだい」

 

 そしてイリスが言う通り、街の門では咎められるどころかそのまま通り過ぎるように入る事ができたのだった。

 

「宗教権力つえー」

 

 確かに光神教という世界で一番大きな勢力の保証が有るのなら、身元確認も緩くなる。

 権力の強さというものをニノンはまざまざと実感していた。

 

「聖地巡りで王国(エタ)中回るから、最初に許可証全部発行されてんのよ」

 

 今なら何処でも行き放題よ、とイリスは付け加えた。

 

「まあその代わり行き先全部把握されてるから、関係ないとこ行こうとしたら連絡来るけどね……」

 

「それはそれで嫌ですね。完全に監視状態じゃないですか」

 

「試練の最中だから監視くらいはされるわよ」

 

「なんか色々大変そうですねイリスも」

 

 トトには全然わかんねえ世界です、と言いながら、馬車はヴェズレーの街へと入っていく。

 

 ヴェズレーは閑静で平和な田舎町という佇まいをしていた。

 しかしそれでも、ダラマトナよりは遥かに都会で整然とした街並みがそこには有った。

 

 美しく整えられた石畳の街路はより広く、馬車が容易にすれ違える程の幅が有った。

 そこに雑然とした雰囲気はなく清潔で、ゴミが散乱していたりという事も無い。

 

 街路の脇には石造りの二、三階建ての建物がずらっと並び、威圧感を醸し出していた。

 表面には店が居並んでおり、ショーウィンドウには様々な商品が存在感を放つように並べられている。

 

 ぼうっと光る街灯の灯りは、電気によるものとはまた違う温かみで街を照らしている。

 

 現代日本からすれば十分にレトロな光景だが、それでも文明的な臭いの萌芽を未来は確かに感じていた。

 

「やっぱり王国(エタ)は何処に行っても都会です」

 

 ほーとトトが感心したような声をあげた。

 

「ここでも田舎なんですよね」

 

「中心部はもっと凄いわよ」

 

 ここはまだまだ王国(エタ)でも辺境。

 真の文明の輝きはまだまだ及んではいない。

 

「五大領に比べれば、()()()()()って言っても良いくらいよ」

 

「ちょっと想像できないですね……」

 

 王国(エタ)で仕事をした事が有ると言っても、結局自分は外側をウロチョロしてただけなんですねえ、とトトは思う。

 まだ自分は本当の王国(エタ)の姿を見てはいないのかもしれない。

 

「いつか行ってみたいです、そういうとこ」

 

 その無邪気な発言に、イリスとニノンは微妙な表情を浮かべた。

 なんとも名状し難い、味のある表情だった。

 

「それはちょっと」

 

「難しいかもしれないですねえ」

 

 なんとも奥歯に物が挟まった物言いに、トトは首を傾げる。

 

「あそこは王国(エタ)の中心部。身元がある程度保証されてるか、元から住んでる人間しかほぼ入れないですよ」

 

 ニノンがそう付け加える。

 

「トトさんからすれば王国(エタ)は一つの国に見えるでしょうが、実際は違います。五大領という中心国家が有って、それに付随するように周辺領が有るんです」

 

 王国(エタ)衛星国(セクタ)に歴然とした差が有るように。

 また王国(エタ)の中心である五大領とその他の領にも、越えられない壁が有る。

 

 格差の入れ子構造が、この世界には存在していた。

 

「五大領こそ世界の心臓。そこに踏み入る事が出来るのは、一部の選ばれた人間だけって事です」

 

「なんか凄いです」

 

 トトは目を丸くして、答える。

 

王国(エタ)の中にもまた王国(エタ)衛星国(セクタ)が有るですか? わけ分かんないです」

 

「なかなか本質を突いた表現ですね、それ」

 

「確かに分かりやすい考え方だわ」

 

 トトの言葉を聞いた二人は、改めてこの構造の救えなさを感じていた。

 どこまで行っても格差と差別。

 そのスケールが拡大していくだけで何も変わらない。

 なんともやるせない世界だと。

 

王国(エタ)国内のやり方を、外にまで適用したのが今の衛星国(セクタ)構造なんだろう。だから似てる」

 

 未来は一人、冷静にそう評する。

 

「結局の所、王国(エタ)の上層部の思考がそのまま現れているという事さ」

 

「そうなんでしょうね」

 

 イリスは深く溜息をついた。

 この格差に苦しめられた事は、彼女も何回も有った。

 

「ま、その話は今は置いときましょう。とりあえずこの街の神殿に向かうわ」

 

「到着の報告とかですか」

 

「そういう事。真っ先に顔を出さないと不味いわ」

 

 イリスに先導され、馬車はぱかぱかと街路を走りヴェズレーの神殿へと向かっていった。

 

 ヴェズレーの神殿は、街の規模に比べても立派で大きなものだった。

 光神教の施設らしい真白の石で形作られた荘厳な神殿は、やはり一際目立つ建物だった。

 

「地方にしてはでっかいですね」

 

 素直な感想をニノンが述べる。

 

「そりゃここは聖地が近いもの」

 

 当然でしょ、という顔をイリスはしていた。

 

「この街の近くに有る聖なる墓所、骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)。そこがわたしの目指す場所よ」

 

「聖地って言う割に物々しい名前過ぎません?」

 

 聖地と言うからにはもっと清廉で美しい名前が付いているものだとニノンは思い込んでいた。

 

 それが骨砕きの霊廟。

 

 なんだよここ処刑場かよ。

 

「ここには過去の聖人や聖女の骨が砕かれて安置されてるの。歴史的にも重要な場所よ」

 

「偉人の墓所と考えれば聖地扱いも納得か……」

 

 名の有る人間が葬られている場所であれば、それだけで名地となり得る。

 それが宗教的な人間であれば、聖地化するのも納得だと未来は思った。

 

「もしかしたら時間かかるかもしれないし、先に宿取っててもいいわよ」

 

「いやイリスを一人にはできないだろう流石に」

 

 イリス自身はここまで来たら安全と考えているのかもしれないが、それはあまりにも甘い想定のように未来やニノンには感じられた。

 

 最悪、この神殿丸ごと敵という事も考えられるのだ。

 

「ここは全員固まって動いた方が良いでしょう」

 

 護衛の二人に、生きた最強のレーダー。

 この組み合わせから依頼人を引き離すという選択肢はどう考えても無かった。

 

「うーん……まあ、そうね」

 

 結局、イリスに連れられるようにして三人は一緒に神殿へと入った。

 

 光神教の神殿であるからには、静かな場所かと思ったのだが――

 

「何か物々しいな」

 

 どうにもざわついていると、未来は察した。

 

 まず入ってすぐのロビーからして、人が多い。

 特に女性が目立つ。

 若い女がうろうろとそこらへんをうろついているのが見て取れた。

 

 下働きの者たちも、忙しくあちらこちらへと走り回っている。

 

「そうね、ちょっと変ね」

 

 訝しみながらも、イリスは近くに居た巫女に神殿長へのお目通りをお願いしていた。

 

 巫女はやや戸惑いながらも、神殿の奥へと消えていった。

 

「何か有ったんですかね」

 

 トトも不安そうに、辺りを見回していた。

 この雰囲気に、トトは思い出すものが有った。

 

「なんか、こういうの前にも見た事が有ります」

 

「ああ、私もだ」

 

 二人は思い出していた。

 シリバが亡くなったあの日。

 

 あの時の祈祷所の様子にそっくりだと。

 

 何かひりついた空気が未来とトトを包んだ。

 不吉な予感がこびりついて離れない。

 

 

 

 そこに、一人の女性が神殿へと駆け込んで来た。

 汗まみれな顔と、荒れた息。

 彼女は息も絶え絶えに、叫ぶ。

 

「お願いです、この子に祈り(オラティオ)を!」

 

 顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、目に涙を浮かべ。

 彼女は、手に抱いていた小さな()()を掲げる。

 

 布に包まれた赤ん坊が、そこには居た。

 

 だが様子は尋常ではない。

 

 びくびくと小さな体が痙攣し、目はぐるんと上を向いている。

 顔は紅潮して赤く腫れ上がったようになっていた。

 

「お願いです、祈り(オラティオ)を……」

 

 母親の切なる消え入りそうな声。

 それが、ただ広いホールに響き渡っていた。

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