暫くすると、再び巫女達が担架を持ってやってきた。
放置されていたであろう
それらが全員ホールに集められた。
その様を見たイリスは満足げに頷くと、両手を高く天に掲げる。
己の掌を空に翳し、天に御座す神への敬意と強い祈りを表していた。
「遥かな天の先に御座す、偉大なる神よ――」
先程のように小規模な
聖句を用いた本格的な
朗々と紡がれる祈りの言葉は神殿の広いホール内に響き、その音で場を満たしていく。
そして音が導くように、きらきらとした光が、徐々に室内に溢れ出した。
天井の方からまるで降ってくるように、小さな輝きが部屋に満ちる。
「ああ……」
場に居る女たちの口から、思わずそんな声が漏れる。
奇跡の光がここまで多量に降り注ぐ様を見るのは、人生で初めてであった。
全てを優しく包み込むような温かな光が、不安を消し去っていく。
「これは中々圧巻ですね」
信心深く無いニノンですら、この光景には心打たれるものが有った。
まさに大いなる愛に触れたような充足感。
それが自分の中に満ちていくのを感じる。
「すげー……」
トトはまさに言葉も無いと言うように、ただきらきらとした光を見つめていた。
そんな中ただ一人未来だけが、凪のような瞳でじっとそれを観察していた。
「ふむ」
これが害になるものではないというのは分かる。
だがそれ以上は感じない。
周りを見れば、まるで何かに取り憑かれたように浮かれた表情を浮かべている者ばかり。
未来の目から見れば尋常ではない様子だった。
「異世界人であるのが理由であるとするなら」
そう、未来は考える。
「やはり
これは決して神の愛などでは無い。
違う何かではないかと、そう思う。
本当に愛だとしたら、
明確に区別されているのだ。
彼ら彼女ら現地人と、自分のような召喚者は。
これはラベルによって切り分けられた、システム的な効果の適用。
「少し興味が湧いてきたぞ、光神教とやらに」
その正体、根源はなんなのか。
未来はそれが知りたいと思い始めていた。
未来が思索を重ねる間にも光は数を増していく。
そしてその輝きはやがて床に伏せる子供たちを覆い、美しい光を放ち始めた。
ぱあっ、とした、一段と強い輝きが放たれた後――
そこには、安らかな寝息を立てる子供たちの姿が有った。
「ふう」
イリスが額に滲み出ていた汗を拭った。
「もう大丈夫よ。あとは家に連れて帰ってゆっくり休ませなさい」
その言葉を契機に堰を切ったように、周りに居た女たちが我先にと我が子の元へと殺到した。
安堵と涙。
例外なくそれが彼女達の顔に浮かんでいた。
嬉しそうに我が子を抱いて、「巫女様の恩寵に感謝します」と謝意を述べて早足に神殿を飛び出していった。
一人の
そして深くお辞儀をすると、子を抱いて出ていった。
幾人もの
イリスは彼女達に笑顔で手を振って見送った。
「みんな治って良かったですね」
にこにことしながらトトが喜んだ。
「これで全部解決です」
だがイリスはゆっくりと首を横に振る。
「これで終わりじゃないわ」
むしろ、と。
「これから始まりよ」
イリスの目は厳しさを増していく。
これからの困難を見通すように、より鋭く、険しくなっていた。
「わたしは何度も辺境回りで
一般的な
だがここに、それを容易く行える者が現れたのなら。
「そうすると、どうなると思う?」
「……どうなるです?」
「すぐに判るわ。すぐにね」
イリスの顔には、覚悟めいた何かが既に宿っていた。
「ごめん、今日はこのままここに居る事になるかも。先に宿取ってて貰っていいわよ」
イリスはそう言うが、彼女を一人で置いていくわけにもいかない。
依然として刺客を警戒する必要が有る。
何より、その刺客とこの神殿が繋がっていないという確証も無い。
敵である牽引派が光神教――少なくとも、その一派――と通じている事は未来もニノンもよく知っていたからだ。
「私がここに残ろう」
未来がそう提案した。
「ニノンとトトは宿を取りに行ってくれないか。何かあったらこれで」
そう言って、とんとんと自分の
「すぐ様連絡を入れてくれ。トトも
「もう既に引っかかってるですけどね」
トトは微妙な顔をしてそう呟く。
彼女の「距離の真ん中を測る能力」は強力だが、弱点も有る。
条件を認識すれば、その対象がどれだけ遠方に居ても引っかかってしまうという点だ。
今回の場合、「イリスに悪意を持つもの」という条件で
それがたとえ、世界の果てに居る者だろうと。
つまり遥か彼方、
「本当に国の端から端くらいの、めちゃくちゃ遠くの方に何人か居るです。で、街一つ分かそこらくらい遠くにも何人か。こいつらは無視って事ですよね?」
「このヴェズレー近辺で動いてる奴くらいの認識でいてくれ」
「わかったです」
トトもこの新しく得た自分の力の使い方にはまだ苦慮しているようだった。
彼女からすれば、まるで目がもう一つ増えたかのような状況だった。
それに習熟するには、まだ暫くの時間が必要だろうと、彼女自身も考えていた。
「未来さんの方も、何かあったらすぐに連絡してくださいよ」
そう言いながら、ニノンはトトを連れて神殿から出ていった。
「いいですか、必ずですからね!」
絶対ですよ!とさらに念押しし、二人は扉の外へ消えていった。
「そこまでしなくても……と言えないのが辛い所ね」
そう言うイリスの顔に疲労の色が見えたのは、未来の気の所為ではあるまい。
「しっかり守ってちょうだい。頼りにしてるわ」
「任せてくれ」
二人は顔を見合わせると、軽く笑った。
「あの、聖女様」
「まだ聖女じゃないけどね」
愛想笑いを浮かべ話しかけてくるアルマンに、イリスは厳しい口調で言う。
「これから
そのイリスの言葉に、はて、と言うように彼は不思議そうな顔をする。
「来る、とは」
その疑問に答えるように、ばたん!と大きな音が響き渡る。
神殿の入口扉が乱暴に開け放たれた音。
それと共に入ってきたのは、やはり子を抱いた母親であった。
「あの!」
彼女は恐る恐る、しかしはっきりと叫んだ。
「今ならすぐに
ほあ?と半ば呆けるようなアルマンと他の巫女達に、イリスは振り返る。
――ね?
そう、言いたいように。
「とりあえず少し待ってなさい」
有無を言わせぬ口調で、イリスが言う。
「もう少し人が来てからやってあげるから」
そしてその言葉に釣られたかのように、何人もが神殿へと飛び込んでくる。
やはり何れも、子を抱いた母親達。
彼女達が雪崩のように入り込んでくる。
「これは……」
流石の未来も、この勢いには圧倒されそうになっていた。
鬼気迫る女達が、群がるようにやってくる。
その圧力は
「まだまだこんなもんじゃないわよ」
イリスは涼しく、そして不敵に言う。
「通信社会の今じゃ、何かあれば話なんてすぐに広まる。だからこうやって来るのよ。間も置かずに、大量に」
彼女の語る通り――これは、始まりに過ぎなかった。
それから何時間が過ぎただろう。
「なんとか……捌ききったわね……」
疲労の色を隠す事も出来ず、イリスは息も絶え絶えにそう答えた。
これまで放った
普通の巫女であれば途中で倒れる事必至の数を、イリスはたった一人でこなしていた。
一応のサポートに入っていたこの神殿の巫女達は、事実既に脱落している。
彼女達は数回目の
「ご苦労さまでございます、聖女様」
とは言え彼も何もしていなかったわけではない。
足りぬ人手を補うために率先して下働きに混じっていた。
「本日は一先ずここまでと致しましょう。信徒の来訪も途切れたようですので」
時刻は既に夜半。
無闇に出歩く者も居らず、誰かが新たに神殿にやってくる事は無いだろうと思われる時刻だった。
「本日はこのまま神殿にお泊りください。部屋を用意させます」
「そう。じゃあお言葉に甘えようかしら」
イリスはちらりと傍に侍る未来を見た。
「彼女も一緒で良いかしら? 連れなのよ」
「勿論ですとも」
では案内の者を寄越しますので、とアルマンは奥へと引っ込んでいった。
誰も居なくなった事を確認し、イリスははあ~と大きく息を吐いた。
「つっかれたぁ……流石に……」
「お疲れ、イリス」
それを数時間。
良くやり遂げたものだと思う。
「とりあえず今日は帰らないとニノンに伝えておくよ」
「今から宿に行くにも遅すぎるし、何よりもうそんな歩きたくないわ今は」
ふらりと体を揺らすイリスの肩を、未来が支えた。
伝わってくる力無い様子に、彼女の消耗具合が良く表れていた。
昼に供回りを殺され、自身は命を落とす間際。
それで心身ともに疲弊しないわけが無い。
むしろそのような状況に陥った後、こうして施しまで行える彼女の精神の強靭さは驚嘆すべきものと言える。
――強い子だな。
よろよろと歩くイリスを支えながら、未来は彼女がどんな人間なのか、少しだけ分かった気がした。