崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第146話 霊廟と奸計

 その後順調に徳稼ぎは進んだ。

 

 未来という優秀な狩り手、そしてトトという完璧な観測手が揃った以上、成果が出ない方がおかしかった。

 

「ここまで出来るとは思わなかったわ」

 

 結局追加で見つけた分を含め二十体以上。

 イリスが止めを刺した魔族の数は、最終的にそこまで膨れ上がっていた。

 

「これで次に祈り(オラティオ)を振る舞う事になっても、まだなんとか余裕が持てるわ」

 

 流石にあそこまでの数は来ないだろうが、数日以内に数回は祈り(オラティオ)を振る舞う事になるだろうとイリスは予想していた。

 そしてこの病がいつ収まるか分からない以上、少なくとも小康状態になるまでは逗留して祈り(オラティオ)を執り行う事になるだろうと。

 

「まあ、仕方ないか」

 

 一刻も早く聖地に向かいたい気持ちも有る。

 だが目の前で苦しむ人間を見捨ててそこに向かう事を憚る心が彼女には有った。

 

 誰かを見捨てた足で聖地に向かって聖女認定を受けたとして、それが本当に聖女と言えるのか。

 少なくとも自分はそうは思えないというのがイリスの考えだった。

 

「やはり気になるのか、聖地の事が」

 

 唐突な言葉に、イリスはどきりとする。

 まるで心の中を読んだかのようなタイミングで、未来が話しかけてきたからだ。

 

「気にならないと言ったら嘘になるわね」

 

 この聖女認定レースは自分の為だけではない。

 家やその他、派閥の運命自体を左右する決して負けられない戦いだ。

 

「でも、やっぱりここで放っておくのは違うと思うから」

 

 だが自分に任せた以上、口を挟むな。

 そうも思う。

 

 例え今すぐ聖地に向かえと言われても、頑として動くつもりはイリスには無かった。

 

「ところで聖地の……骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)でしたっけ? そこって何処らへんに有るんです?」

 

 唐突なニノンの質問に戸惑いながらも、イリスは森の奥の方を指さす。

 

「あっちの方角のはずよ。ヴェズレーからそう遠く無いわ。遥か昔には巡礼地として開放されてた頃も有ったそうだし。ヴェズレーは元々その宿場町として作られた場所よ」

 

「距離はどの程度で?」

 

「多分歩いて一時間もかからないわ」

 

「なるほどねぇ」

 

 ニノンはうーんと腕を組む。

 眉を寄せどうしたものかと悩ましげに顔を歪ませる。

 

「実はですね、これも魔法で分かった事なんですが」

 

 暫しの沈黙の後、ニノンはそう切り出した。

 

「あの子供の病気の原因、多分その聖地なんですよ」

 

「なんですって?」

 

 イリスにとっては聞き捨てならない言葉だった。

 今蔓延している病気の原因が聖地に有る。

 そんな事あり得るはずがない。

 

「呪われた地ならともかく、聖地よ? なんで病気の原因になんのよ」

 

「そこはなんともわかりませんね」

 

 本当に困り果てたような顔をニノンもしていた。

 彼女自身、原因はなんだか分からない。

 そのような表情だった。

 

「ただそこが大本だというのは、なんとか調べられただけです」

 

「ちょっと信じられないわね……」

 

 聖なる清められた場所から、病が溢れ出している。

 それはイリスにとっては認め難い事実だった。

 

「イリスは何か誤解しているな」

 

 すっと、未来が言葉を挟む。

 

「聖地が原因なんじゃない。()()()()()()()()()()なのだろう」

 

「えっと」

 

 その言葉に、今度はイリスが困惑する番だった。

 

「どういうこと?」

 

「つまりだ」

 

 未来はいつもの通りの怜悧な声で言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えるべきじゃないのか」

 

「それこそ無いわよ!」

 

 ありえない!

 感情のまま、イリスは叫ぶ。

 

「あそこは千年以上も聖人が祀られてきた、重要な聖地よ! そんな場所でそんな事」

 

 あまりにも罰当たりな所業。

 それが出来る人間が居るとは、イリスには考えたくもなかった。

 

「一つ聞きたいが、骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)に向かうのはイリスだけなのかな? もう一人の聖女候補も向かう予定は」

 

「同じルートで競い合っても、面倒になるだけでしょ」

 

 二人で同一の聖地を巡りあえば、単純な速さ勝負になってしまう。

 その為、巡礼する聖地の選定は被らないように調整されていた。

 

「だからあの子はこっちには来ないわ。ここに来るのはわたしだけ」

 

「だろうな」

 

 何か納得したように、未来は頷く。

 

「だったらやはり、誰かに設置されたのだろう」

 

「やはりも何もわたしにはわかんないんだけど」

 

 合点が行かないとでも言うようなイリス。

 そんなイリスに諭すよう、優しく未来は言葉を紡いだ。

 

「つまりだね――君を罠にかける為に誰かが設置したんじゃないかって事だよ」

 

「え」

 

 その言葉にイリスは一瞬身を固まらせる。

 

「やっぱり未来さんもそう思いますか」

 

 だが脇で聞いていたニノンは、ですよねーと頷きを返していた。

 

「本当のシナリオはこうだったんじゃないですか? イリスさんが聖地巡礼しました。その後に何故か子供たちが病気に!」

 

 おお、なんて事でしょう!

 ニノンは大袈裟な身振りと声色で天を仰ぐ。

 

「これはきっと聖女候補として相応しく無い者が訪れた為、聖人様がお怒りなんだ! あの女は聖女に相応しくない!」

 

 とまあ、と。

 すっと元に戻ったニノンは、説明を続ける。

 

「こんな感じで難癖付けるつもりだったんじゃないですかね。想像ですけど、多分そんな外れて無いと思いますよ」

 

「私もほぼ同意見だ」

 

 流石ニノンだな、と思いながら、未来も頷く。

 ニノンが語った推論は未来のものと同一と言って良いものだった。

 

「これは君を陥れる為に作られた罠だ。そしてその罠が、何故か先に発動してしまってこのような状況になってしまっている、という事だろう」

 

 ただ祈り(オラティオ)を無駄打ちさせる為の策、という線も考えられなくはない。

 だがそれを狙うのであればこんな迂遠な方法を取るとは考え辛かった。

 もっと直接的に怪我人でも出す方がタイミングのコントロールもしやすい。

 

 だからこその罠。

 

 イリスにトリガーを踏ませて発動させ、貶める。

 その為の手段として選ばれたのが病魔だったと言うわけだ。

 

 何よりイメージが()()

 

 聖地に訪れて呪いが振りまかれた。

 このイメージが、毀損に用いるにはあまりにも相応しすぎた。

 

「え、ちょっと待ってよ」

 

 イリスの声は震えていた。

 本当に混乱したように、自分を騙すかのように笑顔すら浮かべていた。

 

「流石にそこまではしないでしょ」

 

「そこまでと君が思うなら、それほどに効果的という事だよ」

 

 罠というのは相手の埒外から仕掛けるからこそ効果が有る。

 その事を未来は熟知していた。

 

「そもそもからして、君の殺害という直接的な手段を取った時点で今更という話だよ」

 

「まあ、そうですね。仮に暗殺が失敗したとしてもいいよう二の矢三の矢を用意していた」

 

 未来とニノン。

 二人の見解は一致していた。

 

「ここでイリスさんを完全に潰すつもりなんですよ、牽引派(あちらさん)は。もう競うなんて段階じゃない。排除される段だって理解してください」

 

 序盤は油断させ、気が緩む目的達成の直前で刈り取る。

 実に理に適ったタイミングであった。

 

「じゃあ」

 

 イリスが泣きそうな声で呟く。

 

「あの子達が病気になったのは、わたしの所為なの?」

 

「違う」

 

 イリスの嘆きを、未来は即座に否定した。

 

「悪いのはこの事態を引き起こした連中だ。君は被害者に過ぎない」

 

 それは未来にとっても譲れない事実だった。

 善意を行う者を加害者として仕立てられるのは、あまりにも我慢ならない所業であった。

 

「だから気に病む必要はない。だがもしそう感じるのであれば」

 

 これからイリスがやる事は一つ。

 

「一刻も早く聖地に向かい、事態の収拾に動くべきだ。おそらく聖地に入るのにも、ただでとはいかないのだろう?」

 

 そう尋ねる未来に、イリスは頷く。

 

「今は許可が無いと墓所の一帯には入れないようになってるわ。少なくとも、気軽に立ち入れる場所ではないわ」

 

「となれば、やはり許可を得ている君が動くのが最適だろう」

 

「そう……そうなのかもしれないわ」

 

 うし!とイリスは気合を入れ直す。

 自分が切っ掛けかもしれないが、それを解決できるのも自分だけ。

 なら、動くだけだ。

 

「ならこのまま骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)に向かいましょう。善は急げよ」

 

「思い切り良すぎだろこの聖女」

 

 行くのは良いが準備すら無しとは。

 いやこれどうすんだとばかりにニノンは未来に視線を送る。

 

「悪くないんじゃないか?」

 

 当の未来はしれっとそう言う。

 

「あまりにも突発的な動きなら、()が対応してくる可能性も低くなる」

 

 もし一度帰ってあからさまに聖地に向かう動きを見せたなら。

 潜んでいる敵が、更なる妨害を企てるかもしれない。

 

 なにせヴェズレー神殿に敵はほぼ潜んでいるのが確定したようなものだ。

 先程のイリスの話を聞くに、聖地に足を踏み入れられる人間は数が少ない。

 だとすれば、それが行える人間、つまりこの街の神殿の者が罠を仕掛けた可能性は限りなく高い。

 

「こちらにとってもいきなりであれば、敵にとっては尚更だ。確実に対応不能だろう」

 

「まあ、そうかもしれませんけど」

 

 ニノンは袖口の巻物(スクロール)を数える。

 そこまで遠出するとは思ってなかったので、護身程度の数しか仕込んではいない。

 

「やり合う事になったらちょっと不安ですねえ……」

 

「その時は私がフォローするさ」

 

 任せろ、と未来は微笑んだ。

 

「魔法使いを守るのが、戦士の役目なのだろう?」

 

「あらやだイケメンな返し」

 

 しゃあねえなあ、とニノンはニマニマし、トトはそれをいつもちょれーと思いながら見つめていた。

 

「トトもなるべくニノンに付いていてくれ」

 

「言われなくてもそうするです。トトはなんもできんですし」

 

 とは言えトトは一同の生命線。

 あらゆるものを探知できる観測手として、最も守らねばならない人物だった。

 トトは自分が思うよりも遥かに重要なポジションに居ると、まだ自覚できてはいない。

 

「何やってんの、早く行くわよ!」

 

 ずんずんと一人森の奥へと突き進むイリスを、三人は足早に追いかけた。

 

「さて、どうなるか」

 

 イリスの後ろ姿を見ながら、未来は呟く。

 

 聖地と言われるような場所だ。

 件の罠を除けば、危険は無いはず。

 

「油断はしない方が良いと思いますよ」

 

 だとしても、気は抜けない。

 ニノンは手にした真理の杖(ソル・ディバイダー)を強く握りしめる。

 

 こういう時は大抵ろくでもない事が起きると相場が決まっているのだ。

 

「そういう事言うから起きるんですよ。馬鹿ですか」

 

 冗談めかして言うものの、鉄火場に不慣れなトトは明らかに不安そうな様子を隠せていなかった。

 単なる下働きでしかない彼女からすれば、危険に飛び込むというのは実に勇気の要る行動だった。

 

 三人は各々微妙に異なる気持ちを抱えながら、巫女の後ろをついて行った。

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