崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第147話 鍵と謎と

 聖地である骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)は、木々生い茂る森の奥深くに存在していた。

 

 土が被せられ小さく盛り上がった霊廟への入口。

 そこには大木の根が絡みつき、一見では聖地の入口とは思えないような場所だった。

 まるで木と一体になってしまったかのようなそこは、聖地というよりも秘された何処か異世界への入口のようだった。

 

「なんか、想像してたのと違うです」

 

 聖地と言うからには豪華な神殿が有って、もっと荘厳なものだとトトは想像していた。

 だが目の前に有るものはそれとは真逆。

 あまりに落差に、肩透かしを食らったような思いだった。

 

「それこそ昔は派手な建物が表に有って、まるで観光地みたいだったらしいんだけど」

 

 まだ魔王戦役が起こる前。

 ここはヴェズレーと一体になった、開かれた巡礼地であった事をイリスは知っていた。

 

「でも魔族がね」

 

「魔族が?」

 

「聖地を狙い撃ちで潰し始めて……」

 

 魔王登場後。

 暴虐非道の魔族の王は、人類圏に有る聖地を執拗に狙うようになった。

 たった数年で聖地とされていた場所は半減し、光神教の威光は大きく傷つけられる事となった。

 

「だから残った聖地はなるべく目立たないように隠す事になったのよ。こんな感じでね」

 

「なるほどー」

 

 そういうものなんですね、とトトは感心するが、他二人は神妙な顔つきでイリスの講釈を聞いていた。

 

『どう思う?』

 

 未来の短距離通信(リンク)が、ニノンに飛んだ。

 

『半々じゃないですかね』

 

 表向きの理由はそうなのだろうとニノンも思った。

 だがそれだけでもないな、とも感じていた。

 

『だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔王は聖地を執拗に狙ったという。

 であれば、派手に観光地化していたここ、骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)も所在がバレていないはずがない。

 

『魔王の所為にして隠したかった理由が有るんじゃないですかね、きっと』

 

 それがニノンの推測だった。

 誰もが知る魔王という脅威を隠れ蓑にして、本当に秘匿したかった理由を隠しているのでは?と。

 

『私も似たような感想だ』

 

 未来もまた、隠された理由が有るのではないかと踏んでいた。

 状況を聞くに、隠すくらいなら防備を固める方が理にかなっている。

 それがむしろ放置されるよう、無防備に晒されている。

 

 巧妙に思考をズラす理由付け。

 あまりにもきな臭いものが充満しすぎていた。

 

『ちょっと暴いてみたくなりますねえ』

 

 意地の悪い笑みをニノンは浮かべる。

 

光神教(あいつら)の隠してる秘密、知りたくありません?』

 

『興味が無いと言えば、嘘になるな』

 

『ですよね!』

 

 二人ともイリス個人には好感を抱いている。

 やや物言いはきついが、どこまでも真っ直ぐで善良な少女。

 彼女の事は助けてあげたいと素直に思う。

 

 だがそれと光神教への感情は別だ。

 未来とニノンにとってはむしろ敵に近しい。

 それが牽引派に与する一部だとしても、好感を持つ方が難しかった。

 

『隙が有ったら白日の元に晒してやろうじゃないか、奴らの恥を』

 

『未来さんってほんと容赦ねえですよね』

 

 こえーと笑うニノンに、未来も軽く笑って返す。

 

『私は徹底的にやらないと満足できない性分(たち)なんだ』

 

 年長組二人がそのような密談を交わしている間に、イリスは入口の扉に近づく。

 まるで土に埋め込まれたようなその扉は、唯一土に塗れておらず、綺麗に磨かれているようだった。

 

「ちゃんと綺麗にしてるですね」

 

 掃除には厳しいトトの目から見ても、立派に手入れがされていた。

 細かい埃はついているものの、こびりついたような汚れは無い。

 日常的に手入れされている雰囲気がそこには有った。

 

「隠してるとは言っても、放置してるわけじゃないからね」

 

 どこかしら、とイリスは扉を調べながらそう言う。

 

「神殿から出した人手で定期清掃は入ってるわ。中だってちゃんと綺麗なはずよ」

 

「ほへー」

 

 トトは中々触れる事の無い世界に、呆けたような声しか出せない。

 衛星国(セクタ)のしかも亜人(ミノール)ともなれば、光神教はやや遠い存在だ。

 そこには何か、人間(スプレム)向けのきらきらとした世界が有る、という漠然としたイメージが有るのみだった。

 

 だがこうして話を聞くと、急に身近な存在に感じてくる。

 ちゃんと自分達と同じように掃除をしたり苦労したり、そんなに変わらないんだな、と。

 

「あ、有ったわ」

 

 扉の表面に有る認証面(アクセスパネル)をようやく見つけたイリスは、そこにそっと掌を重ねた。

 

「多分五分くらいかかると思うから、ちょっと待ってね」

 

「双界式多重生体認証ですか。相当念入りですね」

 

 ほほーとニノンは感心したような声をあげた。

 

「双界……なんです?」

 

 不思議そうに首を捻るトトに、ニノンはタクトを取り出して得意げに解説しだした。

 

「双界式多重生体認証。平たく言うと、魂と肉体、双方にアクセスして個人認証するやり方ですね。滅茶苦茶厳しい認証方法の一つです」

 

 普通は使わないようなすごいやつです、と付け加える。

 

「この認証方式だと、例えば誰かが肉体を乗っ取ってます!みたいな状況だったら弾かれるんです。特定の人間以外絶対に入れたくないって時に使う方式ですね」

 

「つまり最高級の認証方式というわけか」

 

「多分他だと王城の一部とかしか無いですよ。普通ここまで固くする意味無いですもん」

 

 ダラマトナにあったあの研究所ですら、遺伝子認証までしかしていなかった。

 そこすら凌駕するという時点で、聖地が如何に強固に人の出入りを拒んでいるかが容易に見て取れた。

 

 ――これはいよいよもってきな臭いかもしれないですねえ。

 

 先程の推論が早々に証明されてしまったと、ニノンは内心冷や汗をかく。

 ここには間違いなく、どうにか隠しておきたい、万が一にも見られたくない何かが存在すると言ってるようなものだ。

 

 ――入りたくねえなあ……。

 

 なんか有るとは思っていたけど、間違いなく想定以上の奴じゃん。

 いやだよ私最近そんな事ばっかだよ。

 ニノンはここ最近の運の悪さに、自分は呪われてるのでは?と本気で思い始めていた。

 

 ぽん、と未来の手がニノンの肩に置かれる。

 

「まあ、諦めよう」

 

 そういう未来の視線は生暖かった。

 

「どうやら私達はそういう星の巡りの下に居るようだ」

 

「もしかして私は未来さんの悪縁に巻き込まれてるだけなのでは?」

 

 思えば未来と出会ってからずっと波乱尽くしだった。

 うん、私は悪く無いのでは?

 

「ニノン自体も相当なものだと思うけどな……」

 

 未来はちょっと納得がいかないような様子だった。

 

「呑気ねえあんたらは」

 

 右手を扉に当てたまま、手持ち無沙汰気味にイリスが言う。

 

「せっかくの聖地なのよ。もう少しありがたがったらどうなのかしら」

 

 その言葉に、未来とニノンは顔を見合わせる。

 

「わたしゃあんま信心深く無いんで」

 

「私は深くないどころか全く無いぞ」

 

 そう返してくる二人に、イリスはぷるぷると体が震えてくるのを我慢できなかった。

 

「ふ……不信心者! もっと神様を敬いなさいよ!」

 

「そうは言われてもなぁー」

 

 そんなもんに縋って生きてこなかったニノンからすると、信仰心を持て!などと言われてもピンと来ない。

 圏外領域(アウトゾーン)に光神教の施設が無いのも相まって、古式魔法使い(オブソレット)は信仰心の薄い者が多かった。

 

「あんただって小さい頃は祈祷所とかに通ったでしょ!?」

 

「あーまあ凄い小さい頃はそんな事も有りましたねえ」

 

 まだ家出をする前。

 母に連れられて、家の祈祷室に通わされた事を思い出す。

 

 懐かしい記憶に、ほんの少しだけ郷愁を覚えるが――

 

「でも信仰心は感じねえ」

 

「感じなさいよ! もっと神を!」

 

 こんな感じでぇ!とイリスは余った左手を天に高く掲げた。

 しかし受け止めるべき天の恵み、陽の光は生い茂る葉で遮られ、彼女の手には届いて来なかった。

 

古式魔法使い(オブソレット)って不信心者が多いって話、本当だったのね」

 

「まあそういう環境で生きてましたからね」

 

 ニノン達からすれば、神は身近な存在でもなんでもない。

 ただそういう存在だと客観的に認識しているだけだ。

 

 それは興味の対象にはなり得るが、寄り掛かる対象ではなかった。

 

人間(スプレム)二人居てどっちも不信心者っていうのは、なかなか無いわよ……」

 

 こんなの初めてだわ、と疲れた様子でイリスは呟いた。

 

「まあ私は神の実在は信じているよ」

 

 少なくとも、そう称される何かは間違いなく居るのだろうと未来は思っていた。

 そうでなければ、自分達がこんな場所に連れてこられているわけが無い。

 超常的な何かの関与が有った事は明白であった。

 

「だが信仰心を持つかどうかと言われたら、無いなあ」

 

「なんでそれを堂々と言えるの!?」

 

 ワタシハカミヲシンジマセーン、なんて公に言おうものなら、下手をすれば官憲に捕まってもおかしくない。

 魔族と通じている裏切り者のように捉えられてしまうからだ。

 

「わたしだから良いけど、他の奴の前で言うんじゃないわよ。最悪即これよこれ」

 

 そう言って首を掻き切る動作をイリスはした。

 そのような光景を、少ないながらイリスは目にした事が有るのだ。

 

「まあ確かに他の光神教徒だったら怒りそうですねえ」

 

 その事は理解しているから、ニノンだって普段は口にしない。

 

「でもイリスさんはお目溢ししてくれるんですね」

 

「まあ、いい気分はしないけど。それでも、人それぞれでしょこういうのは」

 

 イリスとしては、信仰心は持つべきだと思う。

 だがそれでも。

 

「こういうのは強制されるもんじゃないでしょ。自然に湧き上がってこないと意味無いわ」

 

 外から与えて、無理矢理というのは違うと彼女は思っていた。

 

「まあ見てなさい。わたしの威光で必ずあんたらを回心させてみせるわ」

 

 ふん!と自信有りげにイリスは笑った。

 

「是非そうなるよう頑張ってくれ。応援してる」

 

 そんな姿に眩しさを感じ、未来は少し目を細めた。

 

 

 

 ゴゴゴ、と音がして、重い扉が開いていく。

 

「どうやら開いたみたいね」

 

 魔導式眼鏡(ウィッチグラス)暗視(ナイトヴィジョン)を起動し、イリスは奥を覗き込む。

 

「灯りは一応有るけど、薄暗いみたいだから暗視(ナイトヴィジョン)を使った方がいいわ。下りの階段結構キツいみたいだし、転ぶと危ないわよ」

 

「ご忠告感謝するよ」

 

 三人も各々暗視(ナイトヴィジョン)を起動する。

 覗き込んだ入口の先は確かに下り階段となっており、壁に転々と灯された灯りは仄明るいがとても全てを賄える程の光量を発してはいなかった。

 

「とりあえず私が先頭で行こう。着いてきてくれ」

 

 未来は一步、入口に足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気が頬を撫でる。

 

 ほんの少しだけ場に留まり気配を探ると、ちらりと後ろに目をやった。

 そしてそのまま下っていく。

 

 それに従うように、三人も入口へ入っていく。

 決して広くないそこは、人が一人通るのもやっとという狭い通路になっていた。

 四人は縦に連なり地下へと降りていく。

 

 聖地骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)

 四人は遂にその内部へと侵入していった。

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