崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第148話 嫌がらせ

 階段の壁は光神教の施設らしく、白い石造りで装飾の無いものとなっていた。

 一見淡白にも見えるこの様式こそが光神教らしさを表していた。

 

 階段の壁面には小さな光球が浮かびあがるのみ。

 それ以外は何も存在していない。

 

「真っ白い壁を見ると、光神教だなあって感じですね」

 

 ぺたぺたと壁を触りながら、ニノンが言う。

 

「目が痛くなるんですよねえ、真っ白過ぎて」

 

「トトは掃除の時のことを思い出すです」

 

「確かに磨くのが大変なんだよね……」

 

 未来とトトの二人は、あの砦での日々を思い出していた。

 壁の美しさを保つ為に何時間も壁磨きをしていたあの頃。

 すぐに汚れるので朝昼夕と掃除が欠かせなかった。

 

「滅茶苦茶汚れ目立ちますもんねこれ」

 

 白はとにかく汚れが目立つ。

 掃除する側からすれば、これほど嫌な壁も無いだろう。

 

「白は至天神様を表す色ですもの」

 

 得意げにイリスが言う。

 

「その色で形作られた建物は、まさに神の寵愛を受けていると言っても過言ではないわ」

 

 その寵愛を受けた施設で人体実験してたけどなお前らのお仲間。

 現実を知っているとどうしても良い方向には受け取れないな、とニノンは思った。

 

「逆に黒は獄冥神の色、か」

 

「そうね。だから黒を基調にした建物は無いのよ」

 

 そういえば黒系の色を使った建物は見たことが無かったな、と未来は思い返す。

 この世界の建物に基本明るめの色が多い理由は宗教的なものだったか、と理解した。

 

「そして白く輝く昼が私達の時間、だから人間は昼に起きて活動する。黒が支配する夜は魔族の時間だからわたし達は眠って過ごす。そういう風に出来ているのよ」

 

「なるほどです」

 

「子供の頃に聞くような話なんだけど、衛星国(セクタ)の人だと知らなかったりするのね……」

 

 そういうものなのかしら、とイリスはうんうん唸っていた。

 

「わたしは王国(エタ)から出た事ないから、実はあんまり知らないのよね衛星国(セクタ)の事」

 

「まあ、余程でない限り国を跨ぐなんてなかなかしないですからね」

 

 移動手段は馬か馬車しか無いこの世界で、王国人(エタ)が長距離移動をする事は稀であった。

 彼らは自国で全てが完結している為、外に出る必要が無いのだ。

 

衛星国(セクタ)から王国(エタ)に行く奴は多いですよ。トトみたいに出稼ぎする人多いです」

 

 だが衛星国人(セクタ)となると、話は変わる。

 貧困に喘ぐ彼らは外貨を求めて王国(エタ)へと仕事を探しにやってくる。

 なけなしの金で馬車に乗り、より良い稼ぎを求めて国を渡って来るのだ。

 

「確かにダラマトナでも王国人(エタ)は駐屯する兵士くらいしか見た事無かったな」

 

 馬車に乗り合わせた男を除けば、町中で王国人(エタ)を見る事は稀であった。

 少なくとも、未来が見た回数は片手で数えられる程度だろう。

 

「そりゃ快適な王国(エタ)からわざわざ衛星国(セクタ)に来る奴は、商人かもの好きくらいですよ。魔導通信網(ネット)も繋がらん事有りますし」

 

魔導通信網(ネット)が無いのは辛いわね……想像もできないわ」

 

 いつでもどこでも情報が手に入るのが普通であったイリスからすると、それが無い生活は想像すらできなかった。

 

「トトはそれが普通だったから気にしなかったですけど、最近魔導式眼鏡(ウィッチグラス)を買ってようやくその便利さが分かったです」

 

「わたしは生まれた時から普通に使ってたから、その感覚はわかんないわね」

 

 イリスが生まれた頃には既に魔導式によるネットワークは構築され尽くし、その恩恵を受けるのが当たり前の生活だった。

 それが無い世界というのを、彼女は思い描く事ができなかった。

 

「異世界でまでネット社会の在り方を見るとはなあ」

 

 未来からするとなんとも感慨深いやり取りだった。

 まさかファンタジー世界に来てまでネット云々に直面するとはねえ、となんとも言えない気分になる。

 

「おっと、そろそろ着くぞ」

 

 話している間に階段の終点が見えてきた。

 未来は床に足を下ろすと、その先を注意深く覗く。

 

 そこから先も、暫く通路になっているようだった。

 白い壁に囲まれた直線の空間が、おおよそ二十メートル程度だろうか、続いている。

 その突き当りには豪奢な大扉が有るのが見えた。

 

「あそこにも鍵が掛かっているのかな?」

 

 未来の問いかけに、イリスは小さく首を振る。

 

「流石に中にまで鍵はかかってないわ」

 

 そう言ってずかずかとイリスは一人進むと、大扉に手をかけるが――

 

「あれ?」

 

 がたがたと扉を揺する。

 

 押す。

 

 引く。

 

 だが、扉はびくともしない。

 

「あれー?」

 

「鍵はかかってないんじゃなかったんですか」

 

「そのはずなんだけど、おかしいわね」

 

 戸惑いの表情をイリスは浮かべていた。

 この事態は本気で想定外だとその顔が物語っている。

 

「物理鍵ではないですよね。ちょっと見せてください」

 

 ニノンが扉をそっと触る。

 表面に魔力を少し流すと、それに呼応するように幾何学的な光が浮かび上がってきた。

 

「うん、一般的な魔導式施錠ですね……ちょっと待って貰えば私が開けますよ」

 

「開けられるの?」

 

 訝しげに聞くイリスに、ニノンは最高のドヤ顔をしながら答えた。

 

「私にかかればこの程度、余裕ですよ」

 

 だがその言葉を聞いたイリスが、若干及び腰になる。

 

「もしかして、普段からそういう事してるんじゃないでしょうね」

 

「ただ魔法の専門家ってだけだよ!?」

 

 んもーとぶつくさ言いながら、ニノンは扉に仕掛けられた施錠(ロック)の魔導式の解析に移る。

 この魔導式の優れた部分は、鍵の付いていない扉も施錠できてしまう所だ。

 故に後でどうしても閉めておきたい扉が有るが鍵がついていないという時に重宝する。

 

 そして勿論、今回のように嫌がらせするのにも使える。

 

「見た所普通に市販されてる奴みたいですから、そんなに手間はかからないっぽいですけど」

 

 ニノンの見立てでは、誰でも買える程度のタイプの魔導式だった。

 一般人ならいざ知らず、魔導式の知識を持つ人間なら誰でも解ける程度のものだ。

 本当に嫌がらせにしかなっていない。

 

「うーん」

 

 この難易度の低さが、逆にニノンの警戒を引いた。

 出来てたった数分足止めできるくらいのこの鍵。

 一体なんの為に付けたのか。

 

「考えすぎですかねえ」

 

 鍵自体はもうするすると解析できる。

 だからこそ怖い。

 

「相手を自分と同じ智者だと思わない方が良い」

 

 そう声をかけてきたのは未来だった。

 

「単純に少しでも足止めできればいい、その程度の気持ちで使われた可能性も有る」

 

「なんの意味が有るんですか、そんなの」

 

「本人は満足するさ。これで妨害してやったぞ!とね」

 

 誰も彼もが高度に知略を尽くした罠を仕掛けられるわけではない。

 ただ衝動的に、まさに嫌がらせでこのような事をする人間はごまんと居るのだ。

 

「いやまさかそんな」

 

 ハハハとニノンは笑うが、解析すればする程その可能性が一番高いんじゃないかと思えてくる。

 裏で走る魔導式も無し。

 隠蔽されたものも無し。

 となれば、単純にこの施錠しかされていないという話になる。

 

「人間なんてそんなものだよ」

 

 未来は重ねて言う。

 

「誰も彼もが優秀というわけじゃない」

 

「ええー……そうは思いたくないですけど」

 

 すっと扉に浮かんでいた魔導式が消える。

 

「まあ、開きましたよ。特に罠は無いみたいです」

 

 トトも無言で頷いている。

 恩寵(チート)による探知では罠や敵の姿は無いようだった。

 

「ありがと。助かったわ」

 

 イリスは扉に手をかけ、ゆっくりと押していく。

 ずずず、と床を擦る音をさせながら、大扉が左右に開いていった。

 

 扉の先は、開けた空間になっていた。

 

 一際明るい照明が天井につけられ、仄明るい通路とは打って変わって眩しい程に光に満ちている。

 

 壁面には複数の扉が存在しており、その先が何処かで続く事を連想させる。

 そして部屋の中央には一際目立つそれがあった。

 

 光り輝くような、白磁の祭壇。

 やはり装飾の無い、ただ光神教のシンボルだけが掲げられた簡素な作りの祭壇がそこには存在していた。

 

「この祭壇で祈り(オラティオ)を捧げるのが、ここで私がやる事よ」

 

 ゆっくりと静かに、イリスは祭壇に向かう。

 そしてその中央に立つと、恭しく両手を掲げた。

 

「病気の事は気になるけど、まずはやるべき事をこなすわ」

 

 イリスは目をつぶると、精神を集中させる。

 神への信仰、ただそれだけを心に残す。

 

 俗世で与えられた雑念、その一切を今イリスは忘れ去っていた。

 ただ天に御座す至天神に心を委ね、その御心を精一杯感じようとしていた。

 

「とりあえず、全然危険は無いみたいです」

 

 そんなイリスの姿を見守りながら、トトがそう報告する。

 

「敵も罠も無いって感じます。だから大丈夫だと思うですけど」

 

「私にも異常な何かは感じられない」

 

 トトの恩寵(チート)と自身の感覚。

 この二つが安全と示しているのなら、大丈夫だろうと未来は判断した。

 

「魔力的なものも特に無いですね」

 

 ニノンが補足するようにそう言う。

 

「少なくとも魔法を使った何かは無いと保証します」

 

 ここにニノンの見立ても加われば、状況の安全性は完璧だろう。

 三人は少しだけ緊張を緩めた。

 

 目の前ではイリスの掌にはまばゆい輝きが少しづつ集まって来ていた。

 空間からにじみ出るように、光が引き合うように収束していく。

 

 ただの白い光だけではない。

 様々な色の光が、まるで砕けた虹のようになってイリスを祝福するように集まっている。

 

「綺麗です」

 

 幻想的な光景に、トトは素直に目を輝かせていた。

 神の光はただ純粋に美しく、胸を打つものが有った。

 

 粒子の一つ一つが激しい光を放つのに、眩しくない。

 

「ですねえ」

 

 ニノンもまた、トトと同じようにその輝きに魅せられている。

 

 だがただ一人未来にだけは、それはまるで画面越しに光を見つめているような、奇妙な感覚を与えていた。

 どこか現実感の薄い、イリスの祈り。

 

 この気持ち悪い違和感はなんなのか。

 

 未来の背中に汗が伝う。

 自らの感覚を信じられないと思ったのは、生まれて初めての事だった。

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