崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第149話 誰も彼もが最善手を打てるわけじゃない

 やがて収束した光が、イリスの体を包んでいく。

 

 祈り(オラティオ)による治療が行われる時とほぼ同じ光景。

 しかし違うのは、それが祈っている本人に行われているという点だった。

 

 光の繭がしっかりと形づくられたのと同時に、それがぱあっと割れるように開いた。

 

 そこには祈り(オラティオ)の姿勢のまま立ち尽くすイリスの姿が有った。

 

 イリスはゆっくりと目を開き、手を下ろす。

 

「……終わったわ」

 

「おおーなんか綺麗だったです」

 

 滅多に見れない光景を前にはしゃぐトトを見て、イリスは苦笑した。

 

祈り(オラティオ)ではあるけど、今回は啓示を受けるためのものだもの。普段のと少し違ったでしょ」

 

「なんかきらきらの色が色々有ったです」

 

 治療の時は白い光のみだが、今回は七色に輝いていた。

 このような祈り(オラティオ)はトトやニノンにとっても初めてであった。

 

「とりあえずこれで()()を得たわ。やっと拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に入る事ができる」

 

 ほっと胸をなでおろすイリスに、ふと気づいたようにニノンが問いかけた。

 

「資格、という事は、拒絶山峰(モン・イナクセシブル)には軽々しく入る事ができないという話ですか」

 

「そうよ」

 

 イリスは小さく頷き、言葉を続ける。

 

拒絶山峰(モン・イナクセシブル)はその名の通り余人を拒絶する聖なる山よ。神の結界が張られていて普通の人間では立ち入る事すらできないわ」

 

 遥か神話の時代から存在する結界。

 それが、山への侵入を拒む障壁となり存在していた。

 

「だから入山するには各聖地を巡って啓示を受けて、資格を手に入れなくちゃいけないの。そうして初めて登る事ができる」

 

「でもそうすると、ヤバくないですか」

 

 ほら、とニノンは言う。

 

「私達そんな資格とか無いじゃないですか。最初からイリスさんに付いてたわけでもないですし。入れないんじゃないですか?」

 

「そこは心配しなくていいわ。供回りくらい一緒に連れていけるようになってるから。神は度量が広いのよ」

 

「融通が効いてますねぇ」

 

 なるほどなあ、とニノンは唸る。

 とりあえずイリス単体で山に登るという事態は避けられるらしい。

 

「そんなわけだから、次はいよいよ拒絶山峰(モン・イナクセシブル)よ」

 

 っしゃあ!とイリスは拳を突き上げた。

 勢いのまま振り上げられた拳が天を突く。

 

「でもその前に病気の原因をなんとかしないと」

 

「ですねえ」

 

 ちらりとトトを見たニノンが、少し悩む素振りを見せる。

 

「原因はですねえ……うーんと」

 

 しばし逡巡したような様子を見せた後、ニノンは一つの扉を指さす。

 四人が入ってきた入口の真正面、丁度部屋の反対側に有る扉。

 この霊廟の中でも一際大きく立派なそこが、目的地のようだった。

 

「あそこですね。あの中に有ります」

 

「砕骨場ね」

 

 ふうん、とイリスは納得したように頷く。

 

祈り(オラティオ)を収めた後は、あそこで一つ遺物を持ち帰る事になっていたの。確実に寄る場所だから、罠を仕掛ける場所としては納得ね」

 

「そんな事もするんですか」

 

祈り(オラティオ)による啓示は神からの承認。遺物収拾はまあ、どっちかと言うと世俗の為よ」

 

 まったく、と呆れたようにイリスは肩を竦めた。

 

「聖地を巡った物証が欲しいのよ。そいつをずらっと並べて偉業を達成しましたって喧伝したいってわけ。ただ行って帰って来ましたじゃ印象薄いでしょ」

 

「政治的配慮って事ですか」

 

 この聖女選定が各派閥による一大アピールの場だとすれば、確かに行って戻って聖女になりましただけではインパクトが少ない。

 そこに聖地に有る遺物、即ち聖遺物がずらっと揃っていたならどうなるか。

 見た目はかなり派手になるのではないだろうか。

 

 なんとも世知辛い話だなぁ、とニノンも嘆息した。

 

「あれ? でも襲撃された時に他の遺物とか持ってこれたんですか?」

 

「基本的に身につけられるものが多いから、常に身につけていたわ」

 

 ほら、とイリスは腕を出して見せる。

 そこには古びた腕輪が嵌められていた。

 

「他に首飾りとかもそうだし、とにかく今までの遺物は全部持ってこられてるわ。だから、そこは心配要らない」

 

 遺物は決して無くしてはならないものであった。

 故に、肌見放さず身につける事で盗難や散逸の防止としていたのだ。

 

「じゃあここで最後の一つを持っていくだけって事ですね」

 

 なるほど、とニノンは頷く。

 

「となるとその遺物関係が怪しいって事ですかねえ」

 

 ニノンはそう言って未来の方を振り返るが。

 

「――未来さん?」

 

「ん? ああ」

 

 珍しく未来はどこか上の空のような表情を浮かべ、はっとしてニノンに返事を返す。

 

「すまない。少し考え事をしていた」

 

 すぐに元の調子を取り戻すと、いつものような笑顔を未来は浮かべた。

 

「私としても、その遺物とやらが怪しいと思うよ。確実に手に取ると分かっているなら、そこに仕掛ける」

 

「ですよね」

 

 というわけで、とニノンはイリスに向き直る。

 

「遺物が何かはわからないですけど、それが怪しいと思うんで気をつけてください」

 

「わかったわ」

 

 四人は一塊になって大きな扉――砕骨場へと近づいていく。

 

「じゃあ、開けるわよ」

 

 イリスが扉に手をかけ、一気に開けた。

 

 扉から見える室内は、大きな扉に反してこじんまりとして小さいものとなっていた。

 

 白磁で目が痛くなりそうな壁に囲まれた部屋の中央には、床と一体になった台が設えられている。

 おそらくかつて聖人達の骨を砕いたであろうその台は、何も言わず沈黙したまま部屋の中央で静かに役目を果たす時を待っているかのようだった。

 

 壁際には大小様々なハンマーが吊るされており、部屋の雰囲気とは相反する禍々しさを放っていた。

 

 そして中央の台には、小さなハンマーが一つ置かれていた。

 片手で持てる程度の金槌のようなそれは、この中でも最も小ぶりなハンマーのようだった。

 

「なんであれだけ台に置いてあるのかしら」

 

 イリスは不思議そうに首を傾げる。

 壁にはその金槌を外したであろう小さなスペースが、ハンマーの列の中で不自然に開いていた。

 何者かが故意に外して置いたとしか思えない、不自然な状況だった。

 

「定期的に清掃に入ってるんだから、道具が置きっ放しなんて有るはずないのに」

 

 なんでかしらね、と呟きながら、台へと近づいていくイリスだったが――

 

「近づかないでください」

 

 ニノンの厳しい声が、室内に響いた。

 

「え? 何よ」

 

「それです」

 

 真剣な面持ちで、ニノンは金槌を指さす。

 

「それが、件の原因です」

 

「なんですって!?」

 

 一見なんの変哲も無い、ただの金槌。

 変わっているのはせいぜい持ち手の所に光神教のシンボルが刻み込まれている事くらいか。

 

 だがこれが、街に病気を蔓延させている原因だと言う。

 

「とりあえず調べてみます」

 

 手に持った杖を振りかざし、ニノンは魔法を唱える。

 

物体探査(オブジェクトサーチ)

 

 手早く起動鍵(コマンドワード)を唱えたニノンの杖から、魔法の光が照射される。

 その光は金槌へ、その奥底まで光を届かせるかのように照らしていた。

 

「構造的には普通の金槌ですね」

 

 見た目の通りなんの変哲も無い金槌。

 作りに変わった所は無い。

 

「けどまあ、予想通り魔導式は仕込まれてますね」

 

 古代の遺物に、最新式の魔法である魔導式が刻まれているわけが無い。

 つまりこれは後付というわけだ。

 

「ふむ」

 

 ニノンは魔法を通じて魔導式構造を解析し続ける。

 

「これは……毒の霧(ポイズンクラウド)に近い? でもちょっと違う……」

 

 ううむ、とニノンが唸る。

 見た事の無い魔導式構造に、しばし時間を取られていた。

 

「うーん、ろくでもねえなこれ」

 

 数分だろうか。

 それだけの時間を使い、ニノンはようやくその一言を絞り出した。

 

「大体想像はつくが、教えてくれ」

 

 未来の言葉に、ニノンは呆れた顔をしながら答えた。

 

「魔導式自体は毒の霧(ポイズンクラウド)――毒の霧を噴出する放出系の魔導式に近いです。でもこの式が出してるのは毒じゃない」

 

「病原体か」

 

 今も放出が続いていて、かつ目に見えず、無味無臭。

 こうして魔導式が発動していても間違いなく気付けない。

 

 勿論無味無臭の毒という可能性も有ったが、それにしては身体への影響が遅すぎる。

 自覚症状を得るまで時間がかかるとなると、病原体を放出していると考えるのが妥当だと未来は予想していた。

 

「私もそうだと思います」

 

 ニノンからすれば、とんでもなく物騒でろくでもない魔導式だった。

 勿論元の毒の霧(ポイズンクラウド)も非常に恐ろしい魔法だ。

 毒を吹き付け、相手を冒す。

 生物相手であれば、無類の強さを発揮する魔法だ。

 

 だがこの魔導式はそれとは違い、即効性が無い代わりに伝播性が高い。

 密かに仕込めば街一つを全滅させる事すらできるだろう。

 

「幸いなのは病気の力が強くない事ですね」

 

 少なくとも大人に効果が有る類の病気ではない。

 そういう意味では、危険性が低い魔導式とも言えた。

 

「いや」

 

 だが、横から否定の声が飛ぶ。

 

「これは悪辣だよ、ニノン」

 

 未来が真剣な声でそう言った。

 

「神殿でも見ただろう。この病に罹患しているのは子供、それも乳幼児に近い幼子ばかりだ」

 

 その言葉に、三人は昨日の光景を思い出す。

 思えば神殿に集ってきていた母親たちが抱く子供は、両腕で抱えられる程に小さい赤ん坊のような年頃の子供ばかりだった。

 

「子供に狙いを澄ました卑劣な罠だよ、これは」

 

 自分を含めた大人には効果が無い。

 それでいて、弱い子供だけに発症する。

 そしておそらく、致死性。

 

 弱者だけを狙う、あまりにも卑劣な攻撃だった。

 

「しかも大人には症状が出ないというのが厄介だ。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、ニノンは顔を青ざめさせる。

 

「つまり、無意識に病気をバラまいてる人間が大勢居る?」

 

「そういう事だ。彼らは無症状のキャリアとなって、子供たちに病気をばら撒き続ける。体内の病原菌が淘汰されるまでね」

 

 この絵図を書いた人間は、悪徳に身を浸していると未来には思えてならなかった。

 あまりにも悪辣で、恐ろしい方法だった。

 

「おそらく、この罠を先に発動させた()()が、病気に冒されたんだ。そしてそのまま帰り、街中にこの病をばらまいた。そして時間差で、子供たちへの発症が起きた」

 

 本来であれば、その役目はイリスが担うはずだったのだろう。

 イリスが霊廟より帰った後、病気が蔓延。

 それを神の怒りとして触れ回り、失脚を狙う。

 そういう筋書きだったのだろうと。

 

「なんでそんな事になってんのよ……」

 

 当のイリスには何がなんだかわからなくなっていた。

 自分を狙った罠が有ったのはわかるが、なんでそれが失敗しているのか。

 それが理解できない。

 

「私の予測だが」

 

 そう前置きをして、未来は話し始める。

 

「今回の件には、数人の思惑が絡んでいる」

 

 そう言って指を一本立てる。

 

「まずはこの罠を仕掛けた人物。この人物は勿論イリスが手に取るだろう事を予想し、罠を仕込んでいた。おそらくは手に取った時にでも発動するようになってたんじゃないか?」

 

「お察しの通り接触発動式ですね」

 

 未来の言葉をニノンがそう補足する。

 対象に接触した時に魔法が自動的に発動する。

 魔導式はそういう構造になっていた。

 

「確かに、私が手に取るとしたらこの一番小さい奴でしょうね。じゃないと持っていけないもの」

 

 持ち歩くのであればなるべく小さなものを選ぶのは当然だろう。

 それを見越した上で罠は仕掛けられたのだ。

 

 イリスの答えに無言で頷くと、未来はさらに一本指を立てる。

 

「そしてもう一人は、おそらく君に忖度しようとする人物だ。その人物は、少しでもこのヴェズレーの神殿の心象を良くしようと、お膳立てをしようとした」

 

 そう、と未来は言う。

 

「例えば、()()()()()()()()()()()()()とかね。それこそ分かりやすく、台の上に置いておくとか」

 

 あっ、とイリスは声をあげる。

 

「これってそういう事だったの!?」

 

 別に大してありがたくないけど、と心の中で思う。

 壁から台に移したからなんだと言うのか。

 

「全然嬉しくないんだけど」

 

「媚を売るなんてそんなもんさ。些細でどうでも良い事しかできないから媚というんだ」

 

「相変わらず辛辣ゥ」

 

 まあそういうタイプ嫌いそうですもんね未来さん、とニノンは心の中で呟いた。

 良くも悪くも、真っ直ぐなタイプが好みだろう。

 

「じゃあその誰かが病気を持って帰ったって事ですか?」

 

 トトの言葉に、未来は頷く。

 

「壁から金槌を外す時に魔導式が発動して罹患。本人は気づかずヴェズレーに帰り、病気を蔓延させた。おそらく、こういう流れだろう」

 

「なんてはた迷惑」

 

 碌でもない忖度心が、街を危機に陥れていた。

 なんとも滑稽で、頭の痛くなる状況だった。

 

「だがこの人物の動きがなければ、十中八九イリスが陥れられていた。そういう意味では、良い働きをしたとも言える」

 

「確かに知らないままだったら、おそらく引っかかってたでしょうね」

 

 その場合、未来が言う通り自分が病気――もしくは呪いの元凶としてやり玉に挙げられていたかもしれない。

 そう考えるとイリスは背筋が寒くなるようだった。

 

「そして最後に、最低一人。入口にお粗末な鍵をかけて嫌がらせをした人物が居る」

 

 これはおまけみたいなものだが、と未来は言う。

 

「こちらはおそらく、隙が有れば妨害しろとでも言われただけの、程度が低い協力者だ。彼、もしくは彼女は自分のできる範囲で微力ながら妨害を行った」

 

「それがあの施錠(ロック)ですか」

 

 ほんとろくでもねえー。

 ニノンは思わず心の中で毒づいてしまった。

 

「でもまあ、確かに私みたいな専門家が居なかったら、結構な嫌がらせではありますよ」

 

 ろくでもねえが、効果は有る。

 市販品だから、おそらく準備をすれば外す事はできる。

 だとしても時間は結構取られるだろうと思われた。

 

「足止め狙いなら悪くない選択だったかもしれないですねえ」

 

 素人考えにしてはいい線かもしれません、とニノンは締めた。

 

「そういうわけで、主に二人の人物の動きが悪い方向に重なった結果が今という事だ。ここに加えてその他の人間も間接的には感染に関わっている可能性が有る」

 

「つまり対処法は」

 

「とりあえずこいつを無効化して、後はもう住人全員が抗体得るまで治療し続けるしか無いんじゃないか?」

 

 おそらく複数回感染するような病気ではなく、一度免疫が付けば無効化される類のものだと未来は看破していた。

 

「子供たちの治療さえ済んでしまえば、あとは時間が解決する。逆に言えば、時間で解決するしか無いとも言える」

 

「徳を溜めておいたのは正解だったって事ね……」

 

 最低数日はヴェズレーへ滞在する事になるだろうとイリスは考えた。

 尤も、元から休息も兼ねて数日は移動しない予定を立てていたのでそこまで大きな遅れにはならない。

 

「じゃあとりあえずそれ、解除して貰える?」

 

 イリスの言葉に、ニノンは不敵に笑って――

 

「もう解除してありますよぉ。そんだけ喋られたら余裕ですって」

 

 にやりとそう返した。

 

「じゃあこれは持っていっても大丈夫って事かしら?」

 

「全然問題ないですよ」

 

「それじゃ遠慮無く」

 

 イリスは台の上の金槌を手に取ると、腰に結わえて下げた。

 

「こんなもんかしら」

 

「巫女さんとは思えない物騒さです……」

 

 腰にハンマーを下げた巫女。

 どう見ても絵面は最悪だった。

 

「じゃ、帰りましょ。次に備えなきゃ」

 

 そう言って砕骨場の扉を潜ろうとした瞬間。

 

 

 

 イリスの足が、何者かに掴まれた。

 

「ッ!?」

 

 声にならない悲鳴をイリスは上げ、咄嗟に足元を見る。

 

 そこに絡みついていたのは、手であった。

 

 光り輝く半透明な腕。

 それが床から伸び、イリスの足を掴んでいた。

 

 まるでここから逃さぬとでも言うように、手は怪しく光り輝いていた。

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