崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第151話 手が求めしは

 正体が見えたのであれば、対応は早い。

 

「なんで分かったのか良くわかんないんだけど」

 

 事態を見守っていたイリスが、ぐっと拳を握る。

 

「つまり病気を治せば出れるってわけね?」

 

「おそらくは」

 

 未来の言葉に、うし!と気合を入れると、イリスは手を天に掲げる。

 

「だったら話は早いわ。私の祈り(オラティオ)で病気を癒して出れば解決ね」

 

「いやほんと便利ですね祈り(オラティオ)。普通はこんな気軽に使うもんじゃないんでしょうけど」

 

 伊達に神の奇跡じゃないな、とニノンも思う。

 死んでさえいなければあらゆる治療を行うことができるこの力は、光神教の根幹を支えるに相応しい効力を保有していた。

 こうやって目に見える恩恵を与えるからこそ、光神教は絶大な力を保持する事ができているのだ。

 

 イリスの両手に集まった光が強い輝きを発すると、周囲に静かに降り注いだ。

 砕骨場の中を遍く祝福が満たし、温かい光に包まれる。

 

「これでどうかしら」

 

 ふふん、と得意げなイリスに、トトも「大丈夫みたいです」と返した。

 トトが感じる限り、この三人から()()はもう無い。

 

「まったく、どうなるかって焦ったわよ」

 

 ようやく出れるわね、とイリスは砕骨場を出ていく。

 軽い足取りでステップすら踏みながら退出する様は、どこか微笑ましかった。

 

「私も数時間ぶっ続けで詠唱する覚悟が無駄になって嬉しいですよ」

 

 ニコニコとしながら、ニノンも後に続く。

 長距離よりは格段に楽な短距離転移とは言え、使うとなればそれくらいの時間は必要になる。

 久々に喉を枯らす事になるかも、と戦々恐々としていたニノンとしては、穏便に事態が収拾されて嬉しいの一言だった。

 

「転移魔法も言う程楽ではないんだな」

 

「そりゃまあ、上位魔法ですからね一応。並の魔法使いだったら一人で使うのは無理な位には難しいですよ」

 

 数時間というのもニノンが魔導士(マスター)という最高位であるからの話であって、そうでなければ一日かかりで目視範囲しか飛べない、なんて事もざらであった。

 

「まあ簡単に使えれば、その利便性を捨てる事はできないだろうからな」

 

「転移魔法が簡単に出来るなら、移動回りはもっと楽になってたでしょうねえ」

 

 そんな事を話しながら、未来とニノンも扉を潜る。

 

「いやーようやく帰れますね。さっさと宿で肉でも食いてえなー」

 

 んー、とニノンは伸びをする。

 閉じ込められていたのは極短時間だが、妙に疲れたような気がした。

 

「これはイリスさんにがっつり奢って貰わねえと――」

 

 そこまで言葉を発して、気づく。

 

 隣に居たはずの未来の姿が無い事に。

 

「未来さん?」

 

 まさか、とニノンは後ろを振り返った。

 

「どうやら」

 

 未来はまだ砕骨場の室内に居た。

 その扉の内側に、まるで縫い付けられたように留まっていた。

 

「ここを守る()()は、私を出す気は無いらしい」

 

 未来の足には、やはり半透明な手が縋り付くように纏わりついていた。

 

 それだけではない。

 

 扉の脇、四方八方の壁から手がさらに伸び、未来の手や体を掴んでいる。

 

 無数の手が一人の少女に絡みつく様は、生理的な嫌悪感を見ている三人に与えていた。

 

「なんで!?」

 

 手に捕まる原因である病気は、既に祈り(オラティオ)で癒されたはず。

 

「おかしいですよ」

 

 トトも泣きそうな顔で、弱々しく呟く。

 

「ミクに()()()()()です。トトにも感じられねえですよ!」

 

 トトの恩寵(チート)では、()()()()()()は既に感じられていない。

 だというのに、未だに未来はこの腕に阻まれ続けている。

 

 しかも今度は足を掴むだけではない。

 絶対に出さないとでも言いたげに、無数の腕が突き出ている。

 

「なんなのよ、もう!」

 

 ようやく解決したと思ったら、次のトラブル。

 それはイリスにとっても強いストレスだった。

 

「こんの腕が! いちいち邪魔してんじゃないわよ!」

 

 ぬがー!と怒りながら、イリスは扉の腕を引き剥がそうとする。

 だがイリスが腕を掴もうとしても、なんの感触もなくすり抜け、虚しく空を切るだけだった。

 

「実体が無いのに、感触や圧力だけ感じる。不思議な感覚だよ」

 

 手の形で体を圧迫されている感触は確かに有る。

 だが、()()()が無いように未来には感じられていた。

 

 手であればその力の源は背筋、ひいては地面から足に伝わる反作用となる。

 その為、手への圧力に抵抗すれば複雑な力の流れというものが確実に感じられるはずなのだ。

 

 だが。この手にはそれが無い。

 その場で生まれた純粋な力が手を装って体を掴んでいるように見せかけている、そんな感覚。

 

 生まれて初めて感じる名状し難い力の奔流を未来は体験していた。

 

魔力付与(エンチャントフォース)!」

 

 ニノンの起動鍵(コマンドワード)が、唐突に響く。

 

 それと同時に、未来の体が淡い光に包まれた。

 

「相手が幽霊(ゴースト)と同じようなものであれば」

 

 ニノンが杖を構え、そう呟く。

 

「魔力付与されれば、触れるようになるはずです! まあ魔力抵抗有るんで攻撃あんま効かねえんですけどねこれやると!」

 

「いや十分だ」

 

 そう未来が言葉を発した刹那――

 

 

 

 弾けるように、手が一斉に体から離れる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 未来は魔法が体を包み込んだ瞬間、まるで手がいきなり実体を持ったように感じられた。

 

 確かな手、そして腕の感触。

 そしてその動き。

 

 それが腕であるとはっきりすれば、それだけで問題無かった。

 

 天音寺未来は、人体に接触さえしていれば、相手以上にその体を自由に操る事ができる。

 重心のコントロールや皮膚の動き。

 それらの精妙な操作により、相手をまるで操り人形のように動かす事が可能。

 

 いわば合気と言われる技術の極点。

 

 ただ力の流れを変えて投げ飛ばすだけではない。

 相手の生み出す全ての力、その操作権を奪い、それを利用し違う動きへと転化させてしまう。

 

 怪物的な知能と異常なまでに細分化された知覚、そして人類の範疇を越えた身体操作能力がそれを可能とさせていた。

 

 そしてそれは単純に肉体のみに留まらない。

 剣や槍などの近接武器、それ越しに触れていてもまったく変わらずに効果を及ぼす事が可能だった。

 

 この女を殺したければ、近接戦闘だけは選んではいけない。

 銃撃や爆撃、化学兵器の散布。

 そういった肉体を介在しない手段以外で殺す事はできない。

 

 肉体と肉体がぶつかり合う状況に限定するならば、天音寺未来は神以上に傲慢で絶対的な存在であった。

 

 そしてそれは、不可視で超常の腕に対しても同様であった。

 

 単なる力の奔流から、無数の腕への変化。

 

 腕という固体として定義された以上、未来という化け物の力から逃れる事はできない。

 掴んでいたはずの力が、何故か全て開く動作へ変換させられるという魔法のような事象を前に、輝く腕達は為す術もなく体から離れるしか無かった。

 

 だが、無数の腕は再度未来へと掴みかかろうと殺到する。

 

 しかしその度にまるで電撃を受けて弾かれるように、ぱっと腕が体から離れていく。

 

 その様は傍目から見れば至極滑稽。

 しかしもし腕に意思が宿っていたならば、極限の恐怖を味わっていただろう。

 

 自らの動きが意思の通り反映されない恐ろしさ。

 それを骨の髄まで味わわせられていただろうから。

 

「対抗できるようにはなったんだが」

 

 一方も未来も、困り顔で途方に暮れていた。

 

「これ、延々と弾きながら外に出るのか?」

 

「それしか無いんじゃないですかね」

 

 三人は延々と弾かれ続ける腕を引き連れた未来の姿を想像した。

 

 素知らぬ顔で歩く未来と、なんか必死に纏わりついてくる沢山の腕。

 触ろうとしては離れ、触ろうとしては離れ、それを繰り返す腕の皆様。

 

 なんだこれ。

 

「最高に嫌過ぎるわね、これ」

 

 イリスもげんなりした表情で呟いた。

 どう考えても鬱陶しい。

 

「とは言え、原因が分かんないですからねえ」

 

 ニノンは再度トトに振り向き、尋ねる。

 

「本当にわからないんですよね?」

 

「少なくとも、トトには感じられねえですよ」

 

 うーんとトトも唸っている。

 彼女が感じる限りは、やはり何も無い。

 

「なんか条件変えてみるべきですかね……うーん」

 

 トトの恩寵(チート)の有用性は、既にこれでもかと証明されている。

 はっきり言って「知る」「調べる」という点において、これほど強力な能力も無い。

 

 適切な条件さえ設定してしまえば、その対象までの距離や数量を確実に測る事ができる。

 翻って、条件に合う対象のあぶり出しが可能なのだ。

 

 だから、どう条件を設定するか。

 それが重要な能力でもあった。

 

 そしてこの能力の弱点は、あくまで数量を測定するものでしかないという事だ。

 

 例えば先程のように、原因までの距離を測定しようとすれば、それは即座に反映される。

 しかし今何故未来が留められているのか、というような問いには答えられない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 万能ではあるが癖が有る。

 それがこの恩寵(チート)の力の本質だった。

 

「さっきから気になってたんだけど」

 

 イリスが二人の会話に割り込んでくる。

 

「その測るとかなんとかって何なの?」

 

 イリスの問いに、ニノンとトトは顔を見合わせる。

 

 一応部外者であるイリスには、トトの恩寵(チート)の事は伏せておこうという話になっていた。

 だがここに至って、そんな事を気にしている場合では無くなってしまったので、偽装するのを止めたのだが。

 遂にその部分にイリスが気づいたようだった。

 

 ニノンは未来をちらりと見やる。

 

 未来は腕を弾きながら、いいんじゃない?とばかりに静かに頷いた。

 その間も腕はばんばん襲いかかってくる。

 本当に鬱陶しそうな顔をしながら、頷いた。

 

「まあちょっと説明し辛いんですけど」

 

 あーうーとまごつくトトに代わり、ニノンが説明を始める。

 

「トトさんはものの半分を測る能力というかなんというか、そういうちょっと不思議な力を持っていましてね」

 

「まるで恩寵(チート)ね」

 

 その言葉に、ニノンはどきりとする。

 恩寵(チート)

 未来から聞くまで知らなかったその単語が今目の前の少女から出てきた事に、軽い衝撃を覚えていた。

 

「でもおかしいわね、恩寵(チート)って異界の勇者しか持ってないはずだし」

 

 ううん、とイリスが首を捻る。

 

「トトはどう見ても異世界人じゃないわよねえ……不思議だわ」

 

「世の中には知らない事が沢山有るんですよ、ええそりゃもう」

 

 とりあえず有耶無耶にして誤魔化した。

 詳しい話はいずれする事になるだろう。

 だが今は、そんな事を深堀りする状況ではない。

 

「まずは未来さんをどうするか、次の手を考えないと」

 

 そう言ってニノンが振り返る。

 

「あ」

 

 そしてそれを見て、思わず間抜けな声が口から漏れた。

 

 それに釣られるよう、イリスも、トトも、未来を見る。

 

「うーん」

 

 未来は足元を見た。

 

 

 

 そこには、巨大な光る水溜りのような、穴のような、そんなものが広がっていた。

 

 

 

 まるで巨大魚が口を開けて未来へとかじりつこうとしているかのような、そんな様相。

 唐突かつ確実に、それは未来の足元へと現れた。

 

「流石にこれは無いんじゃないか」

 

 な、と未来が最後まで言い終わらない内に。

 

 未来の体は、その中へと落下していった。

 

「み、未来さん!?」

 

 あまりの展開に、三人は言葉も出ない。

 

 なんだよ穴って。

 いきなり過ぎるだろ。

 

「こんな事、こんな事有る!?」

 

 いくらなんでも唐突過ぎるだろ!

 

 なんの前触れもなく訪れた超展開(デウス・エクス・マキナ)に、ニノンはただ叫ぶ事しかできなかった。

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