崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第152話 サカマキ・ケンゴ

 一方、光の穴へと落ちた未来は。

 

 不思議な浮遊感と光に包まれながら、無限とも思える落下を味わっていた。

 

「ふむ」

 

 体感的には、空中から落とされているのと変わりない。

 空気抵抗が無い分いくらか快適ではあるが。

 

 ただ、上も下も無いこのような謎の空間で落下感だけを与えられているというのは実に奇妙であり、また理解し難いものだった。

 

「物理的に落下している、というより、落下しているという概念を味わっているような印象だな」

 

 未来はそう結論付けた。

 

 おそらく、落下に伴う運動エネルギーの蓄積なども実際には起こっていないのだろう、そう未来は予想していた。

 

 まるでヴァーチャル・リアリティのように、感覚だけが自己認識へ投射されている。

 

 いずれにせよ、超常的な現象であるのは間違いなかった。

 

精神世界(アストラルサイド)へ行った時とはまた違う感触だな」

 

 あの時は真逆で浮き上がるような感触だった。

 故に、精神世界(アストラルサイド)へ移動させられたという事でもないだろうと彼女は判断した。

 

 ――さて、どうなるか。

 

 最悪このまま死、という可能性もゼロではない。

 

 だが未来は今の状況に危険を感じていなかった。

 そのような意図を、一連の動きから見いだせなかったのだ。

 

 少なくとも、これを起こした()()は自分に害意は持っていない。

 そう感じていた。

 

 時間感覚が喪失した中、早いとも遅いとも判断つかない時を経て、未来は着地した。

 

「ほう」

 

 そこは上の霊廟にも劣らぬ、立派な白磁の壁で区切られた空間だった。

 軽く見回すと先へ進む為の通路が一つあるのみで、今立っている場所はその突き当りのようだった。

 すぐ脇の壁には淡く光る灯りが灯されているが、先の通路にそれは無く、肉眼では容易に先を見通す事はできそうに無かった。

 

「ここがこの聖地に隠された場所、という事か」

 

 直感的に、この場所が厳重な封印をしてでも隠したかった()()だと未来は理解した。

 

 霊廟の何処に有るとも知れない、秘された領域。

 それこそが、あの厳重な施錠の正体だった。

 

「進むしか無いか」

 

 今の未来は籠に囚われた鳥のようなもの。

 ここに招いた元凶はおそらく、この先に進む事を望んでいる。

 

 未来はゆっくりと通路を進み始めた。

 暗い廊下は、まるで先導するように未来の一歩先の壁面が照らされ、彼女を誘っていた。

 

 数十メートルほど歩き、未来はそこに辿り着く。

 

 砕骨場に有ったものよりさらに豪奢で大きな扉。

 それが未来を待ち受けるように目の前に現れた。

 

「入れ、という事か」

 

 灯りは、扉の周りを煌々と照らしている。

 一際明るく、決して見失わせないかのように。

 

 未来は扉の取手に手をかける。

 

 取手に触れた瞬間、扉全体が淡く光り輝いた。

 まるで扉自体が喜んでいるかのように、すっと何かが軽くなったような、そんな印象を受けた。

 

 だが未来はそれに構わず力を入れる。

 決して軽くはない大扉を、未来はその負荷も感じさせず静かに開いた。

 

 ズズ、と扉が床を擦る鈍い音と共に、巨大な扉が開いていく。

 薄暗い室内が、外の灯りで徐々に照らされ、輪郭を浮かび上がらせていった。

 

 未来の視界に映り込んだのは、祭壇のような場所であった。

 

 これまで見て来た光神教の、飾り気の無い真白な様式とは真逆。

 

 精緻なレリーフが壁一面に彫られ、びっしりと何かの記号のようなものが刻みつけられている。

 

 部屋の中央には綺羅びやかな台が設えられており、それは金銀で装飾され、淡い光を反射し美しく輝いていた。

 まさに何かを祀る為の祭壇としか思えないものが、そこには有った。

 

 この世界に来てから見てきた宗教的な様式とはまるで違う光景。

 それに未来は疑問を抱かざるを得なかった。

 

「ここは……」

 

 感情を動かさず、状況を俯瞰しようと努めている未来ですら、目の前の部屋の様子は衝撃的だった。

 

「ここは、なんだ?」

 

 一際未来の目を引いたのは、祭壇の上に浮かんでいる()()だった。

 

 それこそが部屋の主であり、最も重要とされているものだと一目で理解する。

 だがそれが何故こんな所にと、未来ですら思わずにはいられなかった。

 

 

 

 そこに浮かんでいたのは、()()()()()であった。

 

 大きさや形状から察するに、成人男性のもの。

 肌の色艶から考えると、二十代前半と推測される。

 

 そう、未来が断言できたのは、簡単な話だった。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 体から切り離され、血すら流れていないのに。

 確かに、この肉片は生命に満ちあふれていた。

 瑞々しく死の一欠片すら感じさせないように、血色の良い肌がそう主張していた。

 

「これは流石に想定外過ぎる」

 

 急にこんな場所に叩き落とされ、体の一部がこんな場所に祀られているのを見せつけられ。

 流石にその意図が理解できない。

 

「だが、これが光神教の隠したいものなのは間違い無いだろうな」

 

 未来はそう自身の推測による確信を深めた。

 

 どう見てもこれは外法の類だ。

 おそらく広く知れ渡る事で不利益を被る、そんな何か。

 

 どうしても隠しておきたい、光神教の恥部。

 

「とは言え、私にどうしろと言うんだ?」

 

 だからと言って、未来からすればそれがどうしたという話でもある。

 如何な恥を隠していようがなんだろうが、それは未来の判断基準になり得ない。

 

 天音寺未来の基準はあくまで人だ。

 人がどう行動するか。

 そこにしか興味が無い。

 

 今居る光神教徒がどう振る舞うかこそが重要であり、過去はそう問題ではない。

 

 尤も、今もこれを隠しているという事実は、確かに今の光神教徒に対する態度を動かす一因にはなるかもしれないが。

 

 そんな未来の態度を察したのか。

 祭壇の横に、ぼうっと人影が浮かび上がる。

 

 

 

 それは、光り輝く巫女の姿だった。

 

 

 

 先程の腕と同じように半透明で、実体が無い事は一目で分かった。

 白い巫女服に身を包み、顔はヴェールで覆われた、イリスよりも少し歳上に見える少女。

 その姿が、そこには有った。

 

「お前が私をここに呼び込んだ元凶か」

 

 ふう、と未来は一つ溜息をつく。

 

「こういう強引なお誘いは迷惑なんだ。次からは少しスマートにやってくれないか」

 

 そんな未来の言葉を聞いているのかいないのか。

 

 巫女は悲しげな顔をヴェールの下に浮かべて、ゆっくりと祭壇の上に浮かび上がる()()を指さした。

 

『サカマキ・ケンゴを』

 

 か細い、消え入りそうな声。

 末期に絞り出したような声が、微かに室内に響き渡る。

 

『サカマキ・ケンゴを終わらせて』

 

 そう言いながら、彼女はただ悲しげに、祭壇に浮かぶものを見つめていた。

 

「サカマキ・ケンゴ。それがこいつの持ち主……持ち主?か」

 

 ふむん、と未来は唸る。

 その名前からして、おそらく自分と同じ異世界から呼ばれた勇者であろう事は理解できた。

 

「どうしてこんな事に……などとは、言うだけ無駄だな」

 

 自分達に対する扱いを見れば、この世界の勇者の扱いが碌でもないのは既に知れていた。

 

 洗脳(マインドコントロール)を受け、単なる畜生にまで堕とされた自分達のように。

 

 この目の前の男も、おそらく実験材料にでも使われたのだろうと未来は推測した。

 

「つまるところ」

 

 故に、この巫女の言いたい事もおおよそ理解できた。

 

「この――サカマキ・ケンゴを殺して欲しい。そういう理解でいいんだな?」

 

 未来の言葉に、巫女は静かに頷いた。

 

 この状況から察するに、五体をばらばらにされた挙句生かされたまま何かに使われている、という事なのだろう。

 それは目の前の彼女にとっても不本意な話であり、その解消を願っている。

 

 少なくとも彼女自身はこのサカマキ・ケンゴに寄り添う誰かだったのだろう。

 利用しようとする光神教の大多数とは違い。

 

「まあ、見るにそちらもギリギリだったのだろう。だから、さっきの事は大目に見るさ」

 

 先程のニノンの幽霊の手(ゴーストハンド)の話から類推するに、この巫女もまた残留思念の一種と思われた。

 死んでもなお心を残す程に、このサカマキ・ケンゴの解放を望んでいた。

 

 だとするなら、あまりにも救われない話だと、未来は思った。

 

「私をここに喚んだのは、私が()()だからか」

 

 このサカマキ・ケンゴの状況、そしてその苦しみを理解できる者は、この世界の人間には存在し得ない。

 

 理不尽に連れてこられ、戦わされ、使い捨てられた。

 まったく同じ境遇を持つ者にしか、彼には共感できない。

 

 ニノンやイリスでは例え憐れむ事はできても、その真の苦痛を共有する事はできないだろう

 

 同じ勇者にしか、それは出来ないのだ。

 

「いいさ。これも縁だ」

 

 とん、と未来は空中を駆け上がる。

 彼女の恩寵(チート)は、即座にその体を肉片の元へと押し上げる。

 

「最後の頼みくらい、引き受けよう」

 

 未来の鋭い横蹴り。

 それが、浮かぶ大腿へと突き刺さった。

 

 しなやかな足から放たれた蹴撃は、その大腿の骨を粉微塵に砕き、周りの筋組織を一撃で吹き飛ばす。

 まるで最初から存在しなかったかのように、消し去ってしまった。

 

「この様子を見るに――サカマキ・ケンゴの体が()()されているのは聖地か」

 

 未来の推測を肯定するように、巫女は再び頷く。

 そして力を振り絞るようにして、一言、呟く。

 

『彼の心は、王城に』

 

「覚えておこう」

 

 心――つまり頭部は、王城に有る。

 未来は静かに頷き返す。

 

「率先して訪れる事は無いだろうが……まあ、寄ったら処分しておくよ」

 

 その未来の言葉に、満足したかのように。

 巫女の姿は掻き消えた。

 

 最後に少しだけ、笑顔を浮かべながら。

 

「随分厄介な願い事をされてしまったな」

 

 未来は思わず苦笑する。

 

「次に行く拒絶山峰(モン・イナクセシブル)とやらにも有るのかな。だとすれば話は早いのだが」

 

 流石に最優先で聖地巡りをしてやる義理はない。

 だが寄ったついでくらいになら、その願いを果たすのは吝かではない。

 

「しかし本当に碌でもない事ばかりするな、王国(エタ)と光神教は」

 

 生かしたまま体をバラバラにして祀りあげる。

 どう考えても正気の沙汰ではなかった。

 

 だが正気とは思えぬ愚策を連発するのが王国(エタ)だとも、これまで十二分に味わってきた。

 

 彼らが理性的で最善の手段を取っている場面を、未来は挙げる事ができなかった。

 そして反面、その愚かしさだけは、幾らでも指折り数える事ができた。

 

「これも碌でもない企みの一つなのだろう」

 

 どうせまともな理由ではあるまいと未来は嘆息した。

 やるなら自分達だけでやってくれ。

 地球(こちら)を巻き込むなと。

 

「ところで」

 

 ふと、未来は気づく。

 

「ここからどうやって帰れば良いんだ?」

 

 その呟きに答える者は、誰も居なかった。

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