その頃、霊廟に残った三人は――
「ど、どうするです!?」
「流石にこれは私もお手上げですよ?」
「フッ……わたしもさっぱりだわ!」
まさに混乱の極みに有った。
未来の唐突な落下と消失。
それと共に群がっていた手は一斉に消失した。
だが同時に、あらゆる手がかりもまた消え去ってしまった。
静寂に包まれた霊廟の中、ただ三人だけがわちゃわちゃと雑音を振りまき続けている。
おろおろと蠢いたり、はたまた頭を抱えたり。
三者三様、混乱した様子を見せていた。
「トトさんが感じる限り、未来さんはちゃんと居るんですね?」
ニノンがそう念押しすると、トトは頷いた。
「すごい地下の方ですけど、ちゃんと居るです。生きてるです」
その言葉にニノンはほっと胸を撫で下ろす。
どうやら最悪の事態は免れたらしい。
「しかしなんでそんな所に」
あれは文字通り落とし穴のようなものだったのだろうかとニノンは考える。
魔力の流れ等は一切感じられなかった。
だがその効果はまるで魔法のようであり、それがニノンにとっては何より不可思議だった。
そこには自分の知らない力が間違いなく働いていた。
それが恐ろしくもあり、また分からない事が悔しくもあった。
「それに未来さんに拘った理由が良くわからないです。私達と未来さんの違いなんて――」
そこまで言って、ニノンは気づく。
違いなんて幾らでもあるわ。
なにせ彼女は異世界より喚ばれた勇者なのだから。
そう考えると、むしろ腑に落ちる。
特別な彼女をあの腕は求めていたと考えれば、むしろ自然だ。
「どうしたです?」
唐突に言葉を切ったニノンに、トトは不思議そうに尋ねてきた。
「いや、違いしか無かったなって」
ですよねえ、と半ば呆れたように肩を竦めた。
「例外中の例外みたいなもんじゃないですか、未来さんって」
「そう言われると、否定しようが無いです」
トトもまた、それに納得するしかなかった。
「なんだか分かんないけど、未来は色々特別って事ね」
ふうん、とイリスは納得したような顔を見せた。
しかしこういう態度を取る時、実際は何も理解していないという事を、ニノンも段々理解しつつあった。
「で、どうすんの?」
そのイリスの疑問に、ニノンとトトは顔を見合わせる。
「現状どうしようもないとしか言いようがないですねえ」
正直お手上げだった。
生存が分かっているからまだ落ち着けているが、その他は何もかもが八方塞がり。
どうやって未来を助ければ良いのか何もわからなかった。
「はっきり言って私の理解を越えてます。ありゃ、なんだったんですかね」
唐突に現れた光の穴は、完全に彼女の理解の埒外に有った。
魔法の専門家ですら理解不能な超常現象が、そこには有った。
しばし三人の間に沈黙の帷が降りる。
白磁に包まれた空間が、気まずい沈黙で満たされた。
「あれはきっと、
暫くの後、ぽつりとイリスがそう漏らした。
「
「魔法以外であんな事ができるのは、それしか無いと思う」
「でも
ニノンが知る限り、
それ以外のまるで魔法のような利便性の有る効果を
「ずっと昔、魔王なんかが出てくるよりもずっと前。本当に、すごく昔は」
イリスはそう語りだす。
「かつて
伝説に謳われるような古の時代。
神官や巫女達はより多彩な力を神から戴き、それを仲間たちに振りまいていた。
それは最早忘れられた伝説。
あまりにも永い時の果て、そのような力が存在した事すら忘れ去られてしまった。
「それを、わたし達は
「
神の使徒が起こす
人はそれと共に戦っていた時代が、確かに有ったのだ。
「ニノンみたいな専門家が魔力を感じないというなら、わたしはその
「でもそれってもう誰にも使えないんですよね?」
ニノンの問いに、イリスは静かに首を振る。
「現代でも唯一、
それが、と彼女は続ける。
「――聖女よ」
失われたはずの
それこそが、聖女の正体だった。
「
聖地を巡り、人を拒絶する激しく切り立った山を登るのは何故か。
「そこで授けられるらしいのよ。
現代で失われた技術。
全てはそれを神から再び授けられる為であった。
「もっとも、そうらしい、って話しか知らないのよ私も」
イリスが知る限り、歴代の聖女が
だが聖女であれば使えるのではないか、という噂は絶えなかった。
「だからもし私が聖女になれて
「なるほど」
――でもだったら、誰がそんなもん使ったんでしょうね。
そういう疑問が浮かんでくるが、その答えはおそらく得られないだろう。
トトに調べて貰えば判明はするのかもしれないが、一先ずそれは止めておいた。
「わたしも
実際そうであれば伝説の秘奥だ。
おそらく生涯で目にする事など、一度か二度有るか無いかというものだ。
イリスにしても、確信が持てる話ではなかった。
「とりあえずそういうものが存在するっぽいって事は、納得できましたよ」
思わず世界の裏側を覗いてしまったと、ニノンは唸る。
世の中まだまだ知らない事は沢山あるなあ、と少しばかりの感動すら覚えていた。
知識欲が旺盛な彼女にとって、このような真実は蜜の味であった。
「まあそれはそれとして」
知識欲は確かに満たせた。
だが、とニノンは思う。
「それが分かったからって、何も解決しないですよね?」
「しないわね」
イリスは無駄に胸を張った。
無駄に自信満々だった。
「なんも話が進んでねえですよ……」
脇ではトトが頭を抱えていた。
祈りやら奇跡やらの話を聞いても、結局事態はなんの進展も見られない。
「これはもう、勝手に戻ってくるのを待つしか無いんじゃあないですかねー」
投げやりに言うニノンに、いやいやとイリスが首を振る。
「そんな犬猫じゃあるまいし」
「でも未来さんなら、なんか自力で戻れそうですし」
「トトもそれで良い気がします」
「これ投げやりな扱いなのかしら、それとも信頼されてるって事なのかしら」
半ば諦め気味な二人の様子に、イリスは悩んだ。
その時――
「うわっ」
未来が唐突に、放り投げられるかのように空中から現れた。
「あ、おかえりです」
「やっぱ勝手に帰ってきたじゃないですか」
「それで良いのあんた達……」
未来は音も無く床に着地すると、やれやれと苦笑する。
「流石にフォロー無しではなかったな。無事戻れて良かったよ」
「特に何も無かったみたいで安心しましたよ未来さん」
で、とニノンが聞く。
「なんか有ったんですか?」
「うーん、有ったと言えば有ったのだが」
どうするかな、と未来は心の中で一人ごちる。
「あまり軽々しく言えるような出来事では無かったのでね」
あの場所で見聞きした事。
それを他人に伝えるべきかどうかは、悩みどころだった。
「まあ言いたくないなら言わなくていいんじゃないですか」
ぽん、と背中を叩きながらニノンがそう言った。
「なんでもかんでも共有しなきゃならないってわけでも無いですから」
「じゃあ今の所は、胸に仕舞っておくことにするよ」
話をするとしても今ではない。
そう未来は判断し、秘する事とした。
「とりあえずミクが戻ってきてくれてよかったですよ」
トトはほっと胸を撫で下ろしたような様子で駆け寄ってきた。
「もうあの変な腕とかは出てこないです?」
「散々人を引っ張り回して満足したようでね。奥へ引っ込んで行ったよ」
そう言って未来は後ろを振り返る。
視線の先には、見送るように扉が開かれた砕骨場が有るのみだった。
「これでようやく帰れるのね」
よっしゃあ!とイリスも拳を振り上げ喜んでいた。
「さっきのはちょっと焦ったけど……こうして振り返ると、襲撃とか有るよりは全然マシだったわね」
「まあ、そうかもしれないです」
この狭い霊廟で刺客に襲われるなど、イリスは想像もしたくなかった。
何よりこの場所の出口は一つしかない。
そこを押さえられれば、ほぼ詰みだ。
恐ろしい程に危機的状況に陥っていた事は、想像に難くなかった。
「なんかどっと疲れたわ。さっさとヴェズレーに戻りましょう」
こんな場所からはさっさとおさらばしたいとばかりに、イリスは率先して歩き出す。
小走りで廊下に突入していく巫女の姿を、他三人も追いかけた。
「ところで、ちょっと聞きたいんだが」
道すがら、未来が尋ねる。
「サカマキ・ケンゴという名前に聞き覚えは無いか?」
そんな問いに、ニノンもトトも首を傾げるばかりだった。
「聞いた事無いですねえ……誰です、それ」
「トトも知らんですね」
「まあそうか」
おそらくそうだろうと予想していたので、未来としては想定通りだった。
唯一計算違いだったのは。
「あ、わたし知ってるわよ」
前を行くイリスから、そんな返事が返ってきた事だった。
「でも良く知ってたわね、そんな名前。光神教でも平じゃ知らないわよ」
へえ、と彼女はちょっと感心したような素振りだった。
「私も名前しか知らないんだが」
やや目を細めて、未来は言葉を続けた。
「どんな人物か、イリスは知っているのか?」
「勿論よ」
ふふん、と得意げになりながら、イリスも答えた。
「光神教とも縁の深い、この世界で最も偉大な方ですもの。一度聞けば忘れないわ」
そして彼女は告げる。
その名に備わる真実を。
「サカマキ・ケンゴは――百年前、あの魔王を退けた勇者、人類の救世主の名前ですもの」