崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第154話 消失する力

 傭兵集団【西壁の槍】がダラマトナを離れて数日が過ぎていた。

 

「しかし隊長の読み通りでしたね」

 

 小さな幌馬車一台の横、馬を歩かせるミシェルは小声でリュックに話しかける。

 

「随分と高値で売れました」

 

 先の魔族侵攻の折、ダラマトナに滞在していた彼らは、そこから逃げ出す王国(エタ)の商人に雇われ護衛の任に就いている最中だった。

 

 ――金なら幾らでも出す。儂をここから連れ出してくれ。

 

 必死の形相でそう捲し立ててくる壮年の男に、リュックはかかったと心の中では舌舐めずりをしていた。

 

 リュックは男を冷静に観察する。

 衛星国(セクタ)では手に入らないような立派な仕立ての服と、無駄に身につけられた、財を誇示するかのような装飾品。

 体型は小太りで動きは素人。

 

 成り上がり系の商人か、とアタリをつける。

 

 ――しかし我々も参事会から要請が来てましてねえ。

 

 リュックは悩ましげにそう言って見せた。

 勿論そんな事実は無かった。

 あからさますぎる程の、見え見えのハッタリ。

 だが相手が冷静さを失っている状況であれば、それは嫌という程効いた。

 

 ――倍、いや三倍出す! だからこっちに来てくれ!

 

 心中でリュックがにたりと笑う。

 そういう人間なら、こう返してくるのは読めていた。

 勢いが有って金が幾らでも湧いてくると錯覚してるような人間なら、絶対に。

 

 結果として、普段の三倍の報酬とさらに経費の諸々がタダとなる、非常に()()()()仕事が舞い込む事となった。

 

 稼ぎだけなら前線で魔物を狩る方がおそらく稼げる。

 だが安全に手堅く稼げるのはこっちだ。

 

 リュック達傭兵とて、無闇に危険に飛び込みたいなどとは考えていない。

 ただ危険の傍に金が落ちているから拾いに行っているだけであり、安全に稼げるならそれに越した事は無いのだ。

 

 ましてや今回は普段の小競り合いとは違う本格侵攻。

 生きて帰れる保証など何処にも無かった。

 

「ラニヤナへの避難民護衛依頼も来てましたけど」

 

 ミシェルがふと、気づいたように尋ねる。

 

「こっちを選んだのはどうしてです? あちらの方が依頼料は高かったですが」

 

 実はほぼ同時に、そのような依頼も舞い込んでいた。

 その金額は商人が提示した額よりさらに上、目も眩むような大金が提示されていた。

 

「勘が働いたのさ。こいつはヤバいぞってな」

 

 とんとん、とリュックはこめかみを叩いて見せる。

 

「そいつの正しさはニュースファブでも見りゃ分かるだろ」

 

「そうですね……」

 

 雑多な記事を乗せているファブリックには、ルグンド戦線で大魔将が現れた事が記載されていた。

 数年ぶりの大魔将の降臨。

 一度出現すれば、衛星国(セクタ)の一つや二つ容易に消え去ってしまう。

 

 今回の大魔将は()()()早めに退散したらしいが、通常であれば数週間は暴れまわる。

 ルグンドに留まっている間、それに巻き込まれない保証は無かった。

 

「危うきには近寄らず、さ」

 

 そう、リュック不敵に笑う。

 

「臆病でいるのがこの家業で生き残るコツだ」

 

 暴力を友としそれで糧を得ながら、危険を極力避けようとする。

 傭兵という生き方の矛盾がそこには有った。

 

 現在彼らはルグンドを抜け、王国(エタ)の辺境から中心部に向かう途上であった。

 ここまで来てしまえばもうそうそう危険は無い。

 

 実に楽で美味しい仕事だったと、リュックの相好は自然と緩んでいた。

 

『隊長、おくつろぎの所申し訳ないんだが』

 

 唐突に、斥候として周囲を見回っていたザンガから通信が入る。

 

『運悪くお客さんが来ちまったようだ』

 

『こんな内地でか』

 

 リュックは思わず舌打ちをした。

 辺境に近いとは言え、王国(エタ)()()()に遭遇するとは。

 

鎧装猪(レ・キュイラ)だ。大方戦場に居た奴がここまで運良く入り込んできたんだろう』

 

 ザンガから送られてきた視覚情報には、並走する三体の鎧装猪(レ・キュイラ)の姿が映り込んでいた。

 銀の体躯で光を反射し、軽く土埃を巻き上げながらこちらに向かって走り込んで来ているようだった。

 

『別働隊はどうだ』

 

『居る気配はない』

 

 リュックの脳裏に、この前の失敗が過ぎる。

 

 大百足(ジガ・ミルパット)による奇襲。

 あれでニコラが重傷を負う事となった。

 

『ザンガはそのまま哨戒を続行。俺とミシェルが前衛、ニコラが控えで後続を警戒しろ』

 

 そのように短距離通信(リンク)を全員に飛ばす。

 

 大百足(ジガ・ミルパット)ならともかく、鎧装猪(レ・キュイラ)はそれより脅威度は劣る。

 警戒によりリソースを割いても問題無いだろうとリュックは判断した。

 

 雇い主への説明は護衛についているドニに任せ、リュック達三人は馬を走らせた。

 

 ザンガが()()()を見つけた位置はそう遠くない。

 それは即ち、すぐに襲われる危険性を孕んでいるのと同じだった。

 

 鎧装猪(レ・キュイラ)はそこまで足が早いわけではないが、その突進力は脅威だ。

 一当てすれば、あの小さな幌馬車など一撃で吹き飛ぶだろう。

 

「見えたな」

 

 馬を駆けさせて、数十秒の後に。

 鎧装猪(レ・キュイラ)が突進してくる姿が目に入る。

 

 リュックは背中に括り付けられた大棍棒(ラージクラブ)を手に取ると、肩に担ぐ。

 

 そして鎧装猪(レ・キュイラ)の真正面から突っ込むように、リュックは馬を走らせた。

 

 全力で走る双方が互いに向き合うその相対速度は想像以上となる。

 急速に距離が縮まり、ぐんぐんと姿が大きくなっていく鎧装猪(レ・キュイラ)を前に、リュックは大棍棒(ラージクラブ)を振り上げる。

 

 鎧装猪(レ・キュイラ)も敵の姿を認識したのだろう。

 リュックに体当たりを仕掛けるように、そのまま真正面から突っ込む様相を見せた。

 

 だがリュックもそれに怯まず、馬を進める。

 

 まるで引き合うように急速に双方の距離は縮まっていく。

 

 十メートル。

 

 五メートル。

 

 一メートル。

 

 鎧装猪(レ・キュイラ)に接触すると思われた刹那――

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 四本の足がぐっと地面を蹴り、障害を越えるように上空へと跳び上がる。

 

 そう大きくはない鎧装猪(レ・キュイラ)の体。

 馬であれば、飛んで越える事は決して不可能ではない。

 

自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」

 

 リュックは必殺の起動鍵(コマンドワード)を叫ぶ。

 魔族相手に出し惜しみは禁物だ。

 今は一気に決める!

 

 その叫びと同時に、リュックは大棍棒(ラージクラブ)を上から下に、地面すれすれを振り抜く。

 まるで馬上からゴルフのスイングをするように、彼は鎧装猪(レ・キュイラ)をすくい上げた。

 

 跳躍による馬の突進力と、自己編綴魔導式活性(レベルアップ)により強化されたリュックの膂力。

 そして大棍棒(ラージクラブ)の質量と遠心力。

 それらが合わさり、鎧装猪(レ・キュイラ)の体を強烈に殴打した。

 

 決して軽くはない鎧装猪(レ・キュイラ)の体がまるでボールのように空中へと浮き上がる。

 

 ギイィィン!という金属が叩かれたような音と共に、銀の猪は吹き飛んだ。

 軽く放物線を描いたその体は数メートルほど飛ばされると、ずんという鈍い音と共に地面にめり込んだ。

 

 あれほど戦意に満ちて突進を行っていた鎧装猪(レ・キュイラ)の姿はそこには無い。

 既に物言わぬ骸となって、大地に横たわっていた。

 

 これほど強烈な打撃を受ければ、どの部位に(レスプリ)が潜んでいようと関係無かった。

 全身に遍く響き渡った衝撃がそれに耐えられるはずも無い。

 魔族は命の源を砕かれ、永遠にその動きを止めた。

 

 リュックがちらりと後ろを見ると、ミシェルが衝撃波(ショックウェーブ)鎧装猪(レ・キュイラ)の進路をずらしている所が見えた。

 

 ミシェルの武器はリュックとは違い一撃必殺とは言えない。

 彼はあくまでリュックの補助として動く事を徹底した。

 

 馬首を返し、リュックは後ろから鎧装猪(レ・キュイラ)を追撃しにかかる。

 まだまだ自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の時間には余裕が有る。

 あと二体倒すには十分過ぎる程の余裕だ。

 

 そう思い手綱を握りしめ、リュックは走り――

 

 

 

 唐突に、手に重みを感じた。

 

 

 

 掲げた大棍棒(ラージクラブ)がやけに重い。

 

「何!?」

 

 リュックは多目的ゴーグル(ウィッチグラス)の画面を覗き込む。

 そこには、自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の残り時間が表示されていたはずだった。

 その数字が、今ゼロになっている。

 

 ――何故!?

 

 不可思議な状況にリュックの頭は混乱に支配されていた。

 まだ魔力量は十分に残っている。

 なのにまるで掻き消えたように、自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の効果が消え失せていた。

 

自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」

 

 もう一度、起動鍵(コマンドワード)を叫ぶ。

 だが、起動しない。

 

自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」

 

 さらに叫ぶ。

 だが必殺の魔導式は沈黙してしまったかのように、その力を発揮しなかった。

 

「隊長?」

 

 ミシェルとニコラも、リュックの様子を不思議そうに眺めている。

 彼らからすれば、何故そんなに起動鍵(コマンドワード)を唱えているのかまったく理解不能だろう。

 

 だがリュックからすれば洒落になっていなかった。

 己の切り札が唐突に封印されてしまったのだ。

 

「くそッ!」

 

 こうなれば自己編綴魔導式(レベルアップ)抜きで戦うしかない。

 リュックは自分が保有する魔導式をどう組み合わせるか、頭を悩ませ始めた。

 

 一体何故こんな事に?

 

 そんな胸中の嘆きは、誰に聞かれる事も無く虚空へと消えていった。

 

 

 

 だが、そのような状況に陥っていたのはリュックだけではない。

 王国(エタ)に住む全ての者達。

 彼ら全員が一斉に、自己編綴魔導式(レベルアップ)という最強の強化魔導式の恩恵を失っていた。

 

 

 

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 自己編綴魔導式(レベルアップ)は世界から消え去った。

 

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