崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

165 / 169
第156話 その影響は

 治療の日々も瞬く間に過ぎ去り、ヴェズレーを去る日が近づいてきた。

 

「こういうのは未来さんの仕事だと思うんですけどねぇー」

 

 ニノンは両手に荷物を抱えて、よろよろと街の通りを歩いていた。

 抱える袋に入っているのは携帯食料等が主、そして幾つかの魔導具。

 決して軽くないそれを、ニノンは必死の形相で運んでいた。

 

「仕方ないです」

 

 隣のトトもまた、前が見えなくなる程に大きな荷物袋を抱えていた。

 その量はニノンを超える程だったが、苦にしている様子は一切見られなかった。

 

「護衛するならミクが一番だってのはニノンもトトも納得してるです。そうなると、買い物するのはトト達になるですよ」

 

 ――最後まで油断はできないからね。

 

 このヴェズレーを出るまで気を緩める事はできないと、未来はイリスの護衛に力を注いでいた。

 今は片時も離れずに彼女の身辺を護っている。

 

 そうなると、必然的に旅の準備は残る二人に回ってくるわけで。

 

「わかってますけどさぁー」

 

 不満そうにニノンは口を尖らせる。

 

「でもわたしゃね、肉体労働に向いて無いんですよ!」

 

 魔法使いニノン、自他共に認めるインドア派。

 その肉体は子供に負ける程にひ弱。

 

 多分明日も筋肉痛だ。

 

「だから少しは体鍛えるですよアホの子は」

 

 手足をぷるぷるさせながら歩くニノンの姿に、呆れながらトトは言う。

 

「いくらなんでも貧弱過ぎるです。イリスじゃないけど鍛えろと言いたくなるです」

 

「はー? 私は頭脳労働担当なんですけどー? 賢いですけどー?」

 

「賢いなら効率良く動けるくらいには体鍛えろですよ」

 

 信仰は肉体的パワーと言い張るイリス。

 獣人で身体的素養に優れ、経験で鍛えられてるトト。

 そして良く分からないがフィジカルがおかしい未来。

 

 この面子に比べた時、ニノンが著しく劣るというのは否定できない事実だった。

 

「あんたらがおかしいんですよ。私は普通……よりはちょっと弱いかもしれないですけど、許容範囲程度ですよ」

 

 そう、周りがおかしい。

 私はおかしくない。

 

 ニノンはそう気づいた。

 なんなんだよこのフィジカルエリート揃いのパーティー。

 

「とりあえずさっさと帰りてぇー。重いんだよぉー」

 

 さっさと宿にたどり着こうと、ニノンは少し歩幅を広くする。

 

 だが早く進もうとしても、道がごった返して、なかなか思うように進めない。

 

「なんか最近人多いですね」

 

 小柄なトトは幾分マシだが、それでも前がつかえている状況にやや不満そうだった。

 

「まだ街に来た直後はこんなじゃなかったです」

 

 何かあるですか?と首を傾げるトト。

 まるで休日のように、街の大通りがごった返していた。

 

「街から出れない傭兵とかがたむろしてんですよ」

 

 そのニノンの指摘に、トトは改めて辺りを見回した。

 

 そう言われてみると、確かに厳つい男たちの姿が幾分多い気がする。

 鎧こそ着てはいないが腰に獲物を差した荒くれ者が街を闊歩している。

 それを避けようと住人たちはやや遠巻きにし、それが混雑の一因になっている事は想像に難くなかった。

 

「確かに、荒っぽいのが沢山居るみたいです」

 

 だが、トトは不思議に思う。

 

衛星国(セクタ)でもないのに、なんでこんな事なってるですか? 別にここで戦争有るわけでも無いですよね?」

 

 前線に近い衛星国(セクタ)であれば、稼ぎに来た傭兵たちが集まってくるのも理解できる。

 だが辺境部とは言えここは王国(エタ)

 傭兵仕事が潤沢にある場所ではない。

 

「うちらにゃあんま関係無かったし、魔法使わないトトさんなら尚更なんで知らないのも当然ですけど」

 

 どすん、と荷物を脇に置いて、ニノンは小休止がてら話し出す。

 

「どうも自己編綴魔導式(レベルアップ)が機能不全を起こしたらしいんですよねえ」

 

「れべるあっぷ」

 

 なんかの魔法の名前だった気がする、とトトは自分の記憶を掘り返した。

 そういえば傭兵がそんな魔法を叫んでた気がする。

 

「平たく言うと、一定時間すごく強くなれる魔法です」

 

 良く判ってないトトの様子を察し、ニノンは解説を付け加える。

 

「これが有るから魔族と人間はなんとか戦えてるってくらい、強い魔法ですよ」

 

「それが使えなくなったです?」

 

「そうらしいんですよねぇー」

 

 それに気づいたのは、彼女達が霊廟から戻ってきた翌日の事だった。

 ニノンがだらっと自分の眼鏡でニュースファブを眺めていた時、その記事を見つけた。

 

 

 

 自己編綴魔導式(レベルアップ)に不具合発生!?

 偉大な魔法使いが残した致命的な欠陥とは――

 

 

 

 そんなセンセーショナルな見出しの記事が、でかでかとトップに存在していた。

 

 ほうほう?と興味を惹かれたニノンは勿論記事にも目を通した。

 要約すると、自己編綴魔導式(レベルアップ)が昨日未明急に使用不能になった。原因は現在調査中だが、開発段階で何か致命的な欠陥が潜んでいた可能性が高い、という事だった。

 

 その記事を読んだ時、ニノンはこう思った。

 

 ――んな事有るかい!

 

 と。

 

 魔導式に不具合が有ったとして、それが一斉に全員に起こるわけが無い。

 だから、間違いなく違うのだ。

 

 これは魔導式の不具合ではない。

 もっと根深い何かの問題だ。

 

 ニノン自身はこの魔導式を使用しない。

 古式魔法使い(オブソレット)からすれば、一発で内在魔力(アニマ)を枯渇させるこんな魔法を使いたがるわけが無い。

 

 未来もトトも魔核(IACI)を持たない以上、この魔導式を使用する事は無い。

 

 故にこの問題を彼女達が自覚する事も無ければ、それを詳しく調べようともしなかった。

 

 だがこうした事件が起きた以上、この魔導式をもっと知るべきなのかもしれないとニノンは思う。

 

 きっと自己編綴魔導式(レベルアップ)は単なる強化(バフ)魔法ではない。

 本質は違う何かなのだと、ニノンの勘が囁いていた。

 

「で」

 

 トトはまだ良くわからないとでも言うように、小首を傾げていた。

 

「それが使えなくなると、なんで荒くれ者がたまるです?」

 

「それはですねぇー、大半の傭兵は自己編綴魔導式(レベルアップ)が使えないと強い魔族に勝てないからですねぇー」

 

 害獣(フェルテーニュ)のような、弱い魔族が数匹ならなんとかなる。

 

 だが目で捉える事が困難な速度で動き回る線兎(レ・トレ)が複数迫った時。

 強力な外装を持つ鎧装猪(レ・キュイラ)が出現した場合等は、一般の傭兵からすれば自己編綴魔導式(レベルアップ)無しに渡り合う事は困難だった。

 

「えーとつまり」

 

 うーんと唸りながら、トトはなんとか答えをひねり出した。

 

「あの人達、出れなくなっちゃったですか?」

 

「出れなくなったというか、歩き回る自信が無くなった感じじゃないですかね」

 

 万が一、()()()に遭遇した時。

 果たして自分達は生き残れるのか?

 

 そのような疑念が、彼らは拭いきれないのだろう。

 だからこそ、停滞を選んでいる。

 そうして待っている間にこの()()()が解消される事を祈って。

 

「ついでに言うと、傭兵が調達できないから護衛が必要な商隊や移動馬車も動けないでしょうね。つまるところ、人が移動できなくなってんですよ」

 

「ほへー。だから人がいっぱいですか」

 

 見れば待ちゆく荒くれ者や商人らしき男たちは、浮かれながらもどこか不安そうな空気を隠せてはいなかった。

 あと数日待てば、そんな希望と、あとどれくらい待てば、という不安。

 それが彼らを包んでいるようだった。

 

「ま、こっちにゃなんも関係ねえですけどね」

 

 よいしょ、とニノンは再び荷物を持ち上げた。

 やっぱ重い。

 

「堂々と出て行かせてもらいましょ、情けない男たちを眺めながら」

 

 未来とニノンとトト。

 この三人が揃っている時点で、()()()など脅威にならない。

 さらにイリスという万が一のリカバリー要員まで居るとなれば、恐れる事などむしろ愚かでしかない。

 

 少女達には欠片程の不安も存在してはいなかった。

 

 

 

 神殿の祈祷室。

 祈り(オラティオ)を終えたイリスが、どっかと椅子に座り込んでいた。

 

「これで終わったわね」

 

 既に訪れる患者の数は一桁となっていた。

 ここまで減れば、あとは一般の巫女に頑張って貰えばなんとかなる。

 

「おつかれさま」

 

 労いの言葉をかける未来の目から見ても、イリスは良くやったと思う。

 連日途切れる事無く祈り(オラティオ)を用い、病人を癒し続けた。

 

 この姿は牽引派の目論見とはまったく逆の効果を生むだろう。

 

 呪いにも似た奇病に一人で立ち向かった聖女。

 

 この風評は、将来的にイリスを助けるはずだ。

 

 想定していなかった愚か者の影響で、牽引派の罠はむしろイリスにプラスとなって返ってきていた。

 

「いよいよ明日、ここを出るのね」

 

 やや疲れた表情をしながらも、イリスの目には意思がみなぎっていた。

 

「遂に行けるわ。拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に」

 

 意気込むイリスに、未来が問いかける。

 

「その拒絶山峰(モン・イナクセシブル)というのは、やはり普段入れない場所なのかな?」

 

「一般的な聖地も管理が厳しくて許可が無いと入れないけど」

 

 先日訪れた骨砕きの霊廟(ル・セピュルクル)のように、今や全ての聖地は秘匿され厳重に管理されていた。

 簡単には人が訪れられぬよう、その存在が露呈しないように。

 

拒絶山峰(モン・イナクセシブル)はさらに上。資格の無い人間は立ち入る事すらできないわ」

 

 確か前にも話したわよね、とイリスは続ける。

 

「聖地を巡り、祈り(オラティオ)を捧げた巫女だけが訪れる事ができる、聖地の中の聖地よ。そこに何が有るのか、詳しく知る者は実際訪れた歴代の聖女だけ」

 

「謎多き場所という事か……」

 

 つまりそれは、罠の心配等は要らないと考える事ができる。

 工作員等が入り込む隙は無く、もし牽引派が先行して罠を仕掛けるとしても大掛かりなものは無理であろう。

 

「厳しい山々だって事くらいは知ってるけど」

 

 そう言うイリスの顔は、不安の色が隠せていなかった。

 

「正直どれくらい困難な場所なのかは、想像もできないわ。ただここを登った人間が全員揃って帰って来た事が無いという記録だけは残ってる」

 

 そもそも帰って来れなかった聖女候補すら居ると、イリスは知っている。

 これから訪れる場所は、命懸けで望まなければならない死地なのだ。

 

「そんな所へ行くのに巻き込んで、申し訳ないとは思ってるわ」

 

 行けるものなら、一人で行きたい。

 イリスはそう考えていた。

 自分の為に他人が犠牲になるのは、彼女としても耐え難い苦痛に他ならなかった。

 

 だが未来はそんなイリスに、軽く笑いかける。

 

「気にしなくて良い」

 

 彼女は軽く、なんでもないように答える。

 

「こういうのは慣れている」

 

「それはそれで怖いわよあんた」

 

 未来の自信に満ちたその態度に、喜んでいいのか不安に思えば良いのか。

 イリスにはわからなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。