崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第157話 霊峰の麓

 明日(みょうにち)

 

「聖女イリス様万歳!」

 

 司祭アルマンが、満面の笑みで両手を振りあげる。

 それに従うように、脇に居並ぶ巫女たちもまた天に掌を翳しにこやかな顔で祈りを捧げる。

 

 ヴェズレーの街を発つ四人は、神殿の一行から仰々しい見送りをされながら街を出立する所であった。

 

 イリスは引きつった笑顔を浮かべながら、手を振った。

 

「流石にここまで露骨にやってくる奴は初めてだわ」

 

 いっそ清々しい程のアルマンの媚の売りっぷりに、ドン引きを通り越して感動すら覚えそうなイリスだった。

 名前を覚えていただければ、程度であれば先々で受けてきたのだが、ここまであからさまに隠す気すら無いような相手と出会うとは思ってもいなかった。

 

 今も笑顔のまま「万歳! 万歳!」と叫びながら、両手を上げ下げしている。

 あまりにも仰々しすぎて、はっきり言ってはずかしいとイリスは感じていた。

 

「まさに俗物って感じですねえ」

 

 そんなアルマンの姿に、あーいるいる、と一人納得しているのはニノンだった。

 権威が有ると媚を売りに来る。

 そんな人間は彼女も数え切れない程見てきた。

 

 魔導師(マスター)に上がった直後の売り込みの激しさは、未だ記憶に新しい。

 それまで見向きもしなかった連中が群がるように自分の所にやってきた事を、よーくよく覚えていた。

 

「正直相手にするだけ時間の無駄って感じですよねああいうの」

 

「こっちが疲れるだけですものね」

 

 うんうん、とイリスとニノンは頷きあった。

 そこには、どうでもいい相手が纏わりついてくるというのは本当に鬱陶しいものなのだという共感が有った。

 

「地位にせよ、金にせよ、持っている者に群がろうとする人間は居るものだ」

 

 未来にしても、そのような手合には心当たりが有った。

 彼女の両親は資産家であり、それを掠め取ろうとする輩は枚挙に暇がなかった。

 

 それこそ、両親が亡くなった直後に虫が如く湧いてきたのを、彼女は忘れていない。

 

「偉くなったりすると大変ですね」

 

 四人の中で唯一トトだけはピンと来ていないようだった。

 単なる衛星国人(セクタ)であるトトはこのような状況とはまったく無縁の人生を送っていた。

 まさに雲の上の話でしかない。

 

「有名税、と言えば聞こえは良いですけどね」

 

 その実体はどう言い繕おうが不快なもの。

 される側としては、うんざりするとしか言いようがなかった。

 

「ま、見えなくなるまでの辛抱だ」

 

 苦笑しながら、未来がそう言う。

 

「短い間だけ、彼らの機嫌を取ってあげれば良い」

 

「ほんとめんどくさいわ」

 

 イリスの顔は、未だひくついた笑顔を張り付かせていた。

 

 

 

 それから、特に何が有るというわけでもなく。

 

 

 

 数日を費やした一行は、拒絶山峰(モン・イナクセシブル)の麓に有るロセリーヌという街に到着した。

 

「ようやく着いたですねー」

 

 途中で御者を変わってもらい荷台に寝転がっていたトトは、うーんと伸びをする。

 

 ロセリーヌはヴェズレーと比べれば随分と小さい街だった。

 

 街というよりも、大きい村と言った方が良い程度の規模。

 街の大通りと思われるそこそこの大きさに街路には、人の姿はほとんど無い。

 散歩しているだろう老人が幾人か、めずらしい客人を物珍しそうに眺めながら歩いているのを確認できる程度だった。

 

王国(エタ)の外れに有るヴァルドラーヌ山脈。

 激しく切り立った山々の一角にある拒絶山峰(モン・イナクセシブル)への入口。

 最早忘れ去られた禁断の聖地の守り人が、この街だった。

 

「ヴェズレーで全部準備しろっていうのは、こういう事ですか」

 

 うわあ、とニノンが街並みの貧相さを見て納得する。

 

「確かにここじゃなんも調達できないですね」

 

「外れも外れ、田舎だもの」

 

 当然でしょ、という体でイリスも言っているが、内心イリスも「思った以上ね……」と冷や汗をかいていた。

 想像を越える寂れっぷりに、十分な準備をしてきて良かったと胸を撫で下ろしていた。

 

 街の向こうには、壁のようにそそり立つ山々が遠くに見えた。

 見える範囲でも巨大な岩塊がせり出している厳しい様相は窺えた。

 入る段階から既に人を拒むかのような威容がそこには有った。

 

 また山の頭は白く彩られ、山頂付近が別世界である事を物語っていた。

 到達するまでどれだけの困難が有るのか。

 今からでも容易に想像できてしまった。

 

 ここが目指すべき拒絶山峰(モン・イナクセシブル)

 

 ごくり、とイリスは喉を鳴らした。

 

 五つの聖地巡りはあくまで準備。

 ここからが、本当の試練の始まりなのだ。

 

「とりあえず、神殿にでも向かえば良いのかな?」

 

 御者を務めている未来が、イリスに問いかける。

 最早トトと変わらぬ程の技量を備えた彼女は、体力の関係も有りメインの御者を務めていた。

 トトは未来が休む時の交代要員だ。

 

「ここに神殿は無いわね」

 

 小さいもの、とイリスは肩を竦める。

 

「じゃあ祈祷所ですか」

 

「そうなるわね。未来、多分適当に走ってれば白い建物見つかるからそこに着けて」

 

「光神教の建物って真っ白だから分かりやすくていいですよね」

 

 かしましく談笑しながら、馬車は街中を進む。

 イリスが言う通り、程なくして小ぶりな祈祷所が建物の間からひょっこりと顔を出す。

 

 こじんまりとした、最低限の祈祷所。

 ちょっと大きな民家くらいの大きさのそこは、祈祷所というより集会所にしか見えなかった。

 

「なんか懐かしい気分になるです」

 

 ダラマトナの祈祷所も、建て替えられる前はこんな大きさだったです、とトトは昔を思い出していた。

 主要な都市でもなければ、光神教の施設とは言えこんなものが普通なのだ。

 

 古から神殿が有るパサや聖地近くのヴェズレーのような街でもなければ、普通神殿が街中に有るなど有り得ない。

 

 その事実は、拒絶山峰(モン・イナクセシブル)は光神教ですら一部しか知らない本当に秘匿された聖地である事もまた物語っていた。

 

「まあ、普通はこんなもんですよね」

 

 ニノンも何処か安心したような表情で祈祷所を見つめる。

 

「なんか最近神殿とかデカいとこばっか目にしてたから感覚おかしくなってましたけど、一般的にはこうですよ」

 

「ですです」

 

 何かわかり合うように頷き合う二人を、うーんと首を傾げながら見守っていた。

 

「私は大きい施設しか知らないから、むしろ新鮮な気分だな……」

 

 この世界に来て初めて目にしたサン=ヴォワイエ砦然り。

 未来が見てきた光神教の施設は、基本的に大規模であった。

 その為このような一般的な祈祷所の存在は、むしろ驚きに近いものを孕んでいた。

 

「デカいのばかりだから、目立ちたがりやなのかと思ってたよ」

 

「光神教は基本的に清貧を旨としてるわよ。あと力」

 

「力は本当に入っているのか……?」

 

 未来が指示した通りグリは器用に祈祷所の脇へ馬車を止める。

 この馬は非常に賢く、指示を違える事は無い。

 偶然出会った馬だが、実に良い出会いだったと未来は思う。

 

 止まった馬車から下りたイリスは、少し身を整えた。

 

「この大きさだと流石に全員入るのは邪魔ね。未来だけ着いてきて貰えるかしら?」

 

「ああ、分かった」

 

 すたすたと祈祷所へと入っていくイリス、そしてその後に未来が続く。

 

「じゃあこっちは留守番してんで、お早く帰って来てくださいねー」

 

 付き添わなくていいならと、これ幸いに、ニノンは干し肉を取り出すとがじがじと齧り始める。

 

「おめえ暇さえ有ればなんか食ってるですね。太るですよ」

 

「知らねえのかちびっ子。美少女は太らねえんですよ」

 

 見なよ私のプロポーションを、とニノンはドヤる。

 確かに健啖家とは思えぬ理想的な細さをニノンは保っていた。

 

 だがトトはジト目で、ぽつりと言った。

 

「そういう奴程歳取った時に太るですよ……」

 

「あーあー聞こえなーい! 聞こえませーん!」

 

 ニノンは現実から目を逸らした。

 

 もし将来太るとしても。

 今太って無ければ、それでヨシ!

 未来の事は未来に自分に任せるよ……。

 

 ニノンはさらに干し肉を一本追加する。

 ダブルでしゃぶる肉は殊更美味かった。

 

「ん?」

 

 そんなやり取りをしている最中、ニノンは気づく。

 

 馬車が一台、こちらにやってくる。

 

 自分達のような粗末な荷馬車ではない。

 このような寂れた街にはあまりにも不釣り合いで豪奢な馬車。

 その周りを幾人かの騎馬に乗った男たちが囲み、辺りを警戒している。

 

「トトさん、一応下りておきましょう。面倒は避けるに限ります」

 

 お貴族様だった場合、馬車に乗りっぱなしでは不敬だなんだと難癖をつけられかねない。

 とりあえずは地に控えておこうと、ニノンとトトは馬車の荷台から地面へ下りた。

 

「すげえ立派ですね」

 

 その馬車は遠目からでも分かるくらいに輝き飾り立てられていた。

 白を基調とした車体に、鈍く金に光り、装飾が施されたフレーム。

 目が眩しくなりそうな馬車だった。

 

「んんー?」

 

 徐々に近づいてくるにつれ、ニノンの目にはそれが嫌という程入ってきた。

 

 馬車の扉に燦然と輝く光神教のシンボル。

 

「またなんつータイミングだよ」

 

 ニノンは頭を抱えた。

 

 こんな場所に来る、無駄に偉そうな光神教の関係者。

 そんな人物、一人しか考えられない。

 

 やがて馬車は祈祷所の前で止まる。

 周りを固める現代式甲冑(プロテクター)を着た男たちがぎろりとニノン達を睨むが、ニノンはえへへと愛想笑いでやり過ごす。

 

 魔核(IACI)による相互認証で、互いの素性は丸わかりだ。

 この視線は軽い牽制だとニノンも理解していた。

 

 ――うーん、やっぱ騎士ですかあ。

 

 シモン・ド・ベルモン、王国(エタ)の子爵の次男坊。

 目の前の男の情報はそう告げている。

 

 彼だけではない。

 周りに居並ぶのは単なる傭兵ではなく、全員が正規の騎士だった。

 

 この馬車に乗る人物がニノンの想像通りだとしたら。

 牽引派は、礎石派よりも遥かに力を持っているという事になる。

 

 二大派閥などと言うのもおこがましい。

 ただ牽引派に対抗できそうな者達が最早礎石派だけだったという話でしかない。

 

 それくらい、勢力に開きが出ている。

 そうでなければこれまでの相手の動きも、この目の前の光景も説明できなかった。

 

 思索を続けるニノンの目の前で、馬車の扉が開く。

 男たちが恭しく丁寧に扉を開き、頭を垂れた。

 

 

 

 真白が、馬車からそっと、降りて来た。

 

 

 

 純白の巫女服に身を包んだ少女だった。

 飾り気の無い、しかし美しいまでに白い装束。

 それが彼女の清廉さを引き立てる。

 

 そして顔を覆う薄いヴェールが、僅かに彼女の表情を隠していた。

 良く目を凝らせばなんの意味も無い程度の薄絹。

 だがその僅かな覆いが少女の神秘性を高めていた。

 

 少女はしずしずと馬車から降り立つ。

 その所作は洗練されており、たおやかで美しかった。

 

 ただ馬車から降りる、それだけで、彼女が高度な教育を受けた人間だと一目で分かった。

 

 動きには、品が出る。

 美しく洗練された動作というものは、高度な教育からしか生まれる事は無い。

 故に、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ニノンにも一目で分かった。

 ああ、そうか。

 この子が。

 

 

 

 牽引派の、聖女候補――

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