崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第158話 もう一人の聖女候補

 ニノンがはっと息を呑む程に、目の前の少女は美しかった。

 ヴェール越しでもわかる、上品な顔立ち。

 その美しい所作。

 美少女を自称するニノンでも、負けたと思わされる魅力がそこには有った。

 

「ありがとうございます」

 

 少女は供の者にそう礼を告げ、祈祷所へと歩みだそうとする。

 その様子に、男たちが数人、彼女を囲むよう立ち位置を変えた。

 

 ――すごい警戒っぷりですねー。ま、わかりますけど。

 

 イリスを襲ったのが牽引派の手の者であれば、自分達も()()()()()を警戒するのは当然であった。

 騎士達は油断無く周囲を見回し、多目的ゴーグル(ウィッチグラス)には複数の魔導式が励起している事を窺わせた。

 

 

 

 その時がちゃりと、祈祷所の扉が開く。

 

「あー終わった終わった」

 

 めんどくさげにそう言いながら扉から出てきたのは、挨拶に向かったイリスだった。

 

「挨拶なんてほんと面倒よ」

 

 ね、と言い終わる前に、彼女も気づく。

 

 目の前に想像もしていなかった人物が立っていた事に。

 

 だがイリスが驚きを表す前に、動き出した人物が居た。

 

 件の少女、彼女が軽くイリスへと駆け寄る。

 そして嬉しそうに、彼女の手を取った。

 

「イリス!」

 

 ヴェール越しにでも分かる喜びよう。

 少女は楽しげにイリスへと語りかけた。

 

「貴方も辿り着いていたのね。良かった」

 

 握った手をぶんぶんと振り回すその様子に、イリスは少し迷惑そうな表情を浮かべていた。

 だが、それを拒もうとはしていない。

 

 ふむ、と後ろに控えていた未来が認識を変える。

 

 牽引派と礎石派。

 対立派閥同士である為、その候補者もまた対立しているものだと思いこんでいた。

 しかし少なくとも、聖女候補者同士の仲は悪くないのだろうと推測を立てる。

 

「後は拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に登るだけね」

 

 未来の観察するような視線にも気づかず、少女は嬉しそうにそう話を続ける。

 

「どちらが聖女に選ばれるか分からないけれど、お互いがんばりましょう」

 

 とても親しげに、嬉しそうにしている少女とは対照的に。

 イリスは苦虫を噛んだような表情を見せていた。

 

「巫女マルグリット」

 

 名を呼ぶイリスの声色は、常よりも硬いように聞こえた。

 

「私達は共に競争相手。あまり馴れ合うのはよろしくないと思われます」

 

 斬り捨てるような言葉に、少女――マルグリットはしゅんと気落ちしたように肩を落とす。

 何かを言いたげに口を開こうとするも、なんの言葉も出てこない。

 暫く逡巡した後――

 

「そう、ですね」

 

 ただ一言、それだけ零した。

 

「わたし達も準備が有りますので、これで」

 

 つかつかとマルグリットの横を、イリスが抜けていく。

 マルグリットは寂しそうに、だが無言でそれを見送った。

 

 その脇についた未来が、横目で彼女達、マルグリット一行を流し見る。

 

「ふうん」

 

 何かを納得したかのように、未来は一言頷いた。

 

「なによ」

 

 やや不機嫌に、イリスが尋ねる。

 

「いや」

 

 未来は涼しい顔で、機嫌を損なった巫女の感情を受け止めた。

 

()()()()()()、という事さ」

 

「何勝手な想像してんのよ」

 

 さらに不機嫌になるイリスに、未来はそれ以上何も言わなかった。

 

 イリスと入れ違いになるように、マルグリットの一団が祈祷所へと入っていった。

 彼女達もここに訪れた事を伝え、そして近い内にあの拒絶山峰(モン・イナクセシブル)へと赴くのだろう。

 

 ――負けられないわ。

 

 イリスは決意を新たにした。

 

 聖女になるのは私だ。

 絶対に。

 

 拳をぐっと握りしめる。

 手が白くなるほどに、力強く、彼女の拳は握られていた。

 

 

 

 数少ないロセリーヌに有る宿の内の一つ。

 その一室に、未来達四人の姿は有った。

 

「で、あの巫女さんとどういう関係なんです?」

 

 取れたのは大部屋一つ。

 そこで荷物を整理している時、ニノンがイリスにぶっこんできた。

 イリスは扉に魔法陣を描きながら、顔も向けずにそう言ってきた。

 

「あんたねえ」

 

 こいつ聞くか、とばかりに、イリスは嫌そうな顔をしていた。

 

「普通、もう少し気を使わないこういうの。こう、複雑な関係っぽいから触らないでおこうとか」

 

「こいつにそういうの期待しても無駄ですよ」

 

 その手の気遣い一切ねえ奴です、と呆れたようにトトが付け加えた。

 

「興味本位だけで突っ込んでるわけじゃあないですよ」

 

 扉と壁の境界。

 そこに細かく呪文を刻んでいるニノンは続ける。

 

「ずいぶんとあの巫女さんはイリスさんと親しげに話していたみたいなので、気になったんですよ。私達はてっきりあちらの牽引派とは誰も彼も敵対関係なのかと思っていたんですが」

 

 そこで初めて、ニノンが振り返る。

 眼鏡の奥に宿っていたのは、貫くような鋭い視線。

 それがイリスを射抜いていた。

 

「想定とは大分違うようなので、確かめておこうと思って」

 

「つまりだね」

 

 ニノンの言葉を受けるように、さらに未来が言葉を繋ぐ。

 

()()()()()()()()を知りたい、とニノンは言ってるのさ。それによってこちらの出方も変わるだろうから」

 

「そういう事です」

 

 イリスは言葉に詰まるように固まっていた。

 話すべきか、どうするべきか。

 逡巡しているように周りからは見えた。

 

「……あの子との付き合いは、大分長いわ」

 

 暫し後。

 諦めたように、イリスが口を開き始めた。

 

「同じ神殿で修行して、一緒に暮らした仲だった。だから、知らない間柄じゃない」

 

「なるほどねぇ」

 

 それなら先程の様子にも納得が行く、とニノンは頷く。

 あれは単なる顔見知り程度の態度では無かった。

 むしろ、まったく逆の――

 

「でも今は蹴落とすべき相手よ」

 

 イリスは厳しい声で、そう切り捨てる。

 

「こっちとしても馴れ合うつもりは無いわ」

 

「イリスさんに無くても、あっちは違うんじゃないですかねぇー」

 

 あちらの巫女、マルグリットは明らかにイリスに会えて喜んでいるようだった。

 それが演技という可能性も有るが、だとしたら大した役者だろう。

 だがニノンには、彼女が心から再会を喜んでいるようにしか見えなかった。

 

「仲良くしたいと思ってるのが見え見えですよ」

 

 その言葉に、イリスはあからさまに顔を歪ませた。

 なんとも名状し難い、不愉快とも、苦悶とも取れる表情だった。

 

「だから、なんなのよ」

 

 二人の間に不穏な空気が流れる。

 まるで唐突に雰囲気に重さが付与されたような、そんな錯覚をトトは覚えていた。

 どろりと、そして剣呑な何かが、場に満ちつつあった。

 

「まあまあ、あまり雇い主を虐めるものじゃないよ、ニノン」

 

 それを断ち切ったのは未来の涼やかな声だった。

 重圧を一切感じていないかのような、軽やかな声色。

 それが場を一刀両断し、元に戻す。

 

「二人が旧知の仲だというのなら、それで良い。今は彼女自身がこちらに悪意を向けてきていない、という事実だけで十分だ」

 

 少なくとも、と未来は付け加える。

 

「彼女は積極的に敵に回り得ない。その理解でいいかな?」

 

「……まあ、こちらに悪意は持ってないのは間違いないわ」

 

「とりあえず敵ではないって事ですね」

 

 ふうん、とニノンは再び魔法陣描きに戻る。

 まるで興味を失ったように、指に宿った光を振り回していた。

 

 イリスも気まずそうに顔を背け、自身の荷物を開ける。

 拒絶するように、誰からも背を向け――

 

「あの騎士達は、あの子の味方じゃないぞ」

 

 その言葉に、心臓を掴まれるような思いをした。

 

 ――どうして。

 

 イリスの心に、そんな言葉が満ちる。

 

「私が推測するに――おそらく、この聖女争奪戦とやらにも、強制的に参加させられた口じゃあないか? あの子自身は望んでいない」

 

 心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 何も言っていないのに。

 何も教えていないのに。

 まるで、誰かから答えを聞いてきたかのように、目の前の少女は話し続ける。

 

 この場ではイリスしか知り得ない事実を。

 

「騎士達、牽引派にとって、彼女は目的を達成する為の手段ではあるが敬う対象ではないように見えたよ」

 

 だから、と未来は言う。

 

「気をつけた方が良い。あの子は護られてるんじゃない。生殺与奪の権を奪われた籠の鳥だ」

 

「なんで」

 

 なんで分かるの、とイリスが言うより先に。

 

「昔からこういう事には敏感なのさ。だから、()()()()()

 

 未来はただそう言って、微笑んだ。

 

「大切なら、良く見ておいた方が良い。遠ざけるよりね」

 

 全てを見透かすような未来の笑顔。

 そこにイリスは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

 

 

 翌日。

 全ての準備を終えた四人は、準備万端という体で宿屋の入口に居た。

 全員が厚手のコートとブーツを着込み、大きなザックを背中に背負っている。

 

「とりあえず転移陣は部屋に書き込んでおきました。何かあってもすぐに戻れるはずです」

 

 いつものようにドヤァと胸を張りながら、ニノンがそう言う。

 

「食料も予備の防寒具もばっちりですよ。不測の事態が有ってもこれで大丈夫です」

 

 小柄な体に不釣り合いなザックを背負って、トトも準備万端という様子だった。

 

「競う相手が居る状況だが、安全第一で行こう。命有っての物種だ」

 

 未来は腰に下げた警棒(バトルスティック)の様子を確かめていた。

 厚手のコートに剣を佩くと邪魔になる為、小型で取り回しの良いこの武器を予め用意しておいたのだ。

 

「よし」

 

 ぱぁん!と頬を張り、イリスが気合を入れる。

 

「行くわよ、拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に」

 

 イリスは力強く、一步を踏み出した。

 

 

 

 しかしその勢いは、すぐに削がれる事となる。

 

「なんですかね、あれ」

 

 街の奥。

 中心部の方が、どうにもざわついている。

 

 人々が不安気にひそひそと言葉を交わしあい、見れば兵士たちが忙しそうに走り回っている。

 

「何か有ったのかしら」

 

 不穏な空気に、イリスも違和感を覚えた。

 どうにもきな臭い。

 

「わかんなきゃ聞けば良いんですよ」

 

 ニノンはそう言うと、とててと近くに居たおばさんの下へと走っていった。

 一人だけ殊更小さいザック――というよりポーチ――を背負っていた彼女は、軽やかな足取りで進んでいく。

 

「すいません。何か有ったんですか?」

 

「いやね、事件よ事件」

 

 こわいわあ、と大仰に怖がりながら、おばさんは続ける。

 

「昨日から町長の家に光神教の偉い人がお泊りになってたらしいんだけど」

 

 あー、なるほどねとニノンは心の中で頷く。

 牽引派の方は公的な客として、町長に饗されていたという事らしい。

 高級宿も無い街であれば、貴賓客が泊まれるのはそこくらいしか無いという事情も有るだろう。

 

「で、何が有ったんです?」

 

「それがね、もうおっそろしいのよ」

 

 こわいわあ、こわいわあ、とおばさんは連呼する。

 んまー!と言う叫びとも何とも取れない感嘆を挟みながら、言った。

 

「泊まってた巫女さんがね、攫われたらしいわ。他のみんなを殺して」

 

 その言葉を、脇で聞いていたイリスの目が。

 大きく、大きく見開かれた。

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