崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第159話 攫われたマルグリット

「ちょっとそれ、どういう事なの!?」

 

 他の者が止める間も無く、イリスがおばさんに食って掛かる。

 いきなりの事におばさんは面食らった表情をしたものの、年の功だろうか、すぐに元の顔を取り戻すと穏やかに話し始めた。

 

「あたしも詳しい話は知らないんだけどねぇ」

 

 噂話に聞いただけだし、と前置きして。

 

「どうも、一緒に泊まってた騎士の一人がお仲間を全員殺して、そのまま巫女さんを攫ったんですって。こわいわぁ」

 

 いやねぇと不安な顔をしながら、そう言った。

 

「ちょっと状況が良くわかんなくなってきましたよ?」

 

 ニノンも若干頭が混乱してくるのを感じていた。

 

 巫女が攫われる。

 これはまあ、まだ分かる。

 

 一緒に居た騎士の一人が仲間を皆殺しにして?

 なんでよ。

 

「おばさんもそれくらいしか知らないの。ごめんねぇ」

 

 こわいわぁ、と去っていくおばさんの後ろ姿を見ながら、ニノンは考える。

 

「今更仲間割れ……?」

 

 目的地である拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に入山する直前というのは、わからなくもない。

 おそらく犯人には独自の目的が有って、その為には周りの騎士が邪魔だったのだろうという推測は立つ。

 それで限りなく目的地に近く、ギリギリのタイミングで事を起こした。

 そう考えられる。

 

 だが、とも思う。

 もう少し穏便に事を済ませるタイミングは、有ったのではないかと。

 それこそ入山直後の方がむしろやりやすいはずだ。

 だから、引っかかる。

 

「一体何が起こってるのよ……」

 

 イリスは頭を抱えていた。

 もう何がなんだか分からない。

 

「トト」

 

 未来が冷静に、きょとんとしているトトに声をかけた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()までの距離を測れるか?」

 

 未来の言葉を受けたトトが、んー、と集中するように目を閉じた。

 そして数秒もする事なく、返事を返す。

 

「あの山の方に居るです。結構凄い勢いで移動してるっぽいですね。どんどん距離が広がってくのを感じてるです」

 

「なるほど」

 

 ふむ、と腕組んだ未来は暫し思案する。

 

「犯人はあの霊峰に用が有る。だが、それは他の騎士達とは違う独自のものだった。そう考える事ができるか」

 

「だとしても、裏切るなら直前で良さそうなものですけどね」

 

 ニノンの疑問に、未来も頷く。

 

「合理的な判断をするなら、そうなる。だから、この件は何かこちらが把握していない要因。非合理的な選択を選ばざるを得ないような何かが潜んでいる」

 

「つまるところ、判断材料が足りないって事ですか」

 

 自分達が掴んだのは、事件の概要だけだ。

 その真実を知るにはあまりにも情報が少なすぎた。

 

「確定しているのは、マルグリットが攫われ犯人と共に拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に向かっているという事実だけだ」

 

「助けにいかないと!」

 

 そのイリスの言葉には、切迫したものがあった。

 誰が見ても分かる程に焦りが浮かび、早く動かないと、という焦燥感が全身から滲み出ていた。

 

「助けない方が、イリスさんには良いんじゃないですか?」

 

 しれっとそう答えるニノンに、イリスは虚を突かれたような表情をした。

 え?と何が言われたかわからないように、身を固まらせる。

 

「だってそうでしょ。多分犯人の目的は、あの子を聖女にする事じゃない。多分何か別の目的が有る。だったら放置すれば、イリスさんが自動的に聖女になれるって寸法です」

 

 ですよね?とニノンは問いかける。

 

「実質的に牽引派は壊滅。つまり礎石派の勝利は確定的なんですよ、この状況は。あとはイリスさんがしくじらなければ、勝ちです」

 

 意地悪く笑うニノン。

 だがその視線だけは、何かを測るような鋭さを備えていた。

 

「ならこのまま放置して行けばいいじゃないですか。運が向いてきたって奴ですよ」

 

「そんな事できるわけ無いじゃない!」

 

 イリスは叫ぶ。

 

「わたしはあの子を()()()為に、ここまで来たのよ!」

 

 はっとイリスが気づいた時には遅い。

 失言したとばかりに口を手で覆うが、後の祭りであった。

 

「言えたじゃねえか」

 

 うんうん、とニノンが頷く。

 どこか嬉しそうに。

 

「始めから素直にそう言えば良いんですよ。めんどくさい」

 

「めっ」

 

 めんどくさいって何よ!と抗議したかったが、その通りだとしか思えなくて、イリスは口を噤んだ。

 

「君が地位や権力を求める人間では無いという事は、短い期間で良く理解できている」

 

 そうだろう?と同意を求めるように、未来が言った。

 

「君が動くのは、誰かの為だけだ。昨日の様子を見ればその相手は容易に想像がつく」

 

「ううううう」

 

「今更恥ずかしがっても遅えんですわ。バレバレっすわ」

 

 うーとかあーとか呻いてしゃがみ込むイリスを尻目に、未来とニノンはしたり顔をしていた。

 特にニノンは凄まじいドヤ顔だった。

 

「イリス。君の優先順位はマルグリット、彼女を助けるのが第一という事で良いのかな?」

 

「そうよ。あの子が聖女にならずに逃げられるなら、それでいい」

 

 顔を俯かせたまま、イリスはそう答える。

 

「まあ聖女になるならない以前に、もっとヤバい事になってるけど」

 

「成る程」

 

 未来は軽く頷く。

 

()()()()()()()()にもリスクが潜んでいたのか。それを回避するには誰か別の人間が聖女になるしかない。だから君は聖女候補に志願したんだな」

 

「何故か知らないけど、聖女は代々短命なのよ」

 

 イリスが知る限り、聖女に選ばれた巫女は皆若くして亡くなっている。

 一人の例外も無く。

 

「長くて十年。早ければ一年以内に皆死ぬわ」

 

「それもう呪いかなんかでしょ」

 

 あちゃーとニノンは額を押さえる。

 これが事実なら、そりゃ親しい人間には聖女になんかなって欲しくないだろう。

 

「聖女の話なんて御伽噺でしか出てこないの、そういう理由ですか」

 

「聖女任命されると、軟禁される形で大神殿の奥深くから出れなくなるの。一般の目には触れないから、今でも聖女が居るって知ってる人すら少ないわ」

 

「トトもそんなの聞いたことも無かったですよ」

 

「表向きの理由は勇者の来訪に備えるという話だけど、眉唾ね」

 

 でしょうね、とニノンは思う。

 勇者云々であれば、その反証が目の前に居る。

 

 既に幾度となく勇者召喚が行われていた証拠が、ここに有る。

 

 それでなお聖女がアプローチを起こした様子が無いというのであれば、やはり別の理由なのだ。

 

「状況は大分判明してきたな」

 

 イリスの主目的は、マルグリットの救出。

 彼女を聖女にせずに帰す事が目的。

 

 そのマルグリットは正体不明の、騎士の一人と思われる相手に誘拐され霊峰へと向かっている最中。

 

 ならば、指針を決める事は容易い。

 

「私達がやる事は、犯人の追跡。イリスが聖女になるかどうかは優先しなくていい。そういう事だね?」

 

「まあ正直、聖女に拘りなんて無いし」

 

 最早聖女への興味の無さを、イリスは隠してもいなかった。

 彼女としては聖女になるというのは手段でしかなかった。

 

あの子(マルグリット)が聖女にならないなら、それでいいわよ」

 

「決まりだな」

 

 ぱん、と未来が手を叩く。

 

「目的は少々変わったが、やる事はあまり変わらない。拒絶山峰(モン・イナクセシブル)に行き、巫女のマルグリットを取り返す。それだけだ」

 

「その後逃げたきゃ圏外領域(アウトゾーン)に来れば良いですよ。あそこならまず見つからねえ」

 

 未来は、しゃがんでいるイリスに手を差し出した。

 その手は、どうする?とまるで問いかけるように、イリスの眼前に突き出されている。

 

 イリスは迷いなくその手を取った。

 ゆっくりと、だが力強く。

 彼女は立ち上がる。

 

「行くわよ、あの子を助けに」

 

 その言葉に、未来は笑った。

 実に満足そうに、そして嬉しそうに。

 

「んじゃまず下手人の絞り込みからいきますか」

 

 ニノンもどこか生き生きとしながら、大きい丸眼鏡(ウィッチグラス)を弄る。

 

「昨日遭った時に、全員の経歴(アド)は記録しておいたんですよ」

 

 ふふん、と言いながら、ニノンはトトに幾人かの名前を告げた。

 

「今言った人間、全員との距離を測ってみてください。距離測れる奴が犯人です。まあ死体に反応するかは知らないですけど、その場合は動いてる奴でしょう」

 

 トトは目をつぶって、精神を集中させる。

 おそらく幾許もなく犯人は判明するだろうと、ニノンは考えた。

 

「とてつもなく便利ねこの子の恩寵(チート)

 

「対象の指定が現物無しで出来るのがほんとヤバいんだよなあ……」

 

 ふんわりとした、◯◯との距離が測りたいという指定だけで、その対象がどこに居るのか、本当に存在するのかがおおよそ判明してしまう。

 本来の想定とはまるで違うが強力無比な効果は、何度見ても驚嘆するものがあった。

 

「誰かわかれば、後はそこから深堀りしていけば経歴とかは判明しますからね」

 

 濫りにする事ではないが、こういう緊急事態ならば相手の個人情報を抜くのも吝かではない。

 感応手袋(コネクトグラブ)は無いが、ある程度までなら行けるだろうとニノンは踏んでいた。

 

「どういう人間か分かれば、対処もしやすいですからね」

 

 動機は何か。

 何を目的とするのか。

 それが判明すれば動きやすくなる。

 

 だからトトの()()()()()を心待ちにしていたが――そのトトの様子がおかしい事に、ニノンは気づいた。

 何か戸惑うように、想定外と慌てるように、うーんと首を捻っている。

 

「どうかしました?」

 

 ニノンの問いかけに、トトは困惑したように答えた。

 

「それがですね」

 

 本当に困ったように、トトは言った。

 

()()()()()()()()()んですよ。さっき言われた奴」

 

「へ?」

 

 えーとですね、ともう一度騎士達の名前を全員分挙げる。

 まさか漏れが有った?

 

 だが再び意識を集中させるトトは、ゆっくり首を横に振る。

 

「やっぱ引っかからないです。あの山に登ってる犯人」

 

 トトは確信して言う。

 

「騎士じゃねえですよ、絶対」

 

 

 

 トトが困惑しているのと同時刻。

 

 マルグリットは、男に担がれるようにして連れ去られていた。

 

 彼女の意識が覚醒したのはつい先程だった。

 ベッドで眠っていたはずが、気づけばこんな山の中。

 しかも、手足は縛られていて自由に動かせない。

 

 口には猿轡がされており、自由に喋る事もできない。

 

 むー!むー!と声を上げて身を捩るが、がっしりと彼女を捕らえる腕はびくともしなかった。

 

「目が覚めたか」

 

 若い声が、自分の背中側から聞こえる。

 少年というには大人びており、大人というには幼い声だった。

 

「できれば目的地まで寝てて欲しかったんだけどな」

 

「んー!」

 

 なんで、とマルグリットは声にならない声を上げる。

 一体何故こんな状況になっているのか。

 そもそも、自分を捕らえているこの男は誰なのか。

 

 彼女には、何もわからなかった。

 

 マルグリットは力を振り絞って、揺られながらちらりと横を見る。

 

 自分を運んでいるだろう男の後頭部。

 それが見えた。

 

 特徴的な黒い髪。

 ちらりと見えたその色が、やけに印象的だった。

 

 まるで、とマルグリットは思う。

 

 まるで勇者のようだと。

 

 もしマルグリットが正面から相対していれば、さらに多くの事がわかっただろう。

 自分達とは違う顔つき。

 まるで異世界から来たような、彼女が目にしたことの無いその人種。

 

 御伽噺にだけ語られる彼ら。

 

 日本人と言われる者達だと、彼女は未だ知る事は無かった。

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