崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第161話 霊峰の入口

 ごつごつとした岩肌が露出し、道らしきものすら見えはしない険しく切り立った山。

 それが今四人の目の前に壁のように立ち塞がっていた。

 

 拒絶山峰(モン・イナクセシブル)

 

 隠された聖地の入口に今彼女達は立っていた。

 

「うん、ここね」

 

 岩の斜面の手前。

 まるで見えない何かを触るように、イリスが空中でそっとそれに触れる。

 

「やっぱり結界が有る。ここから先が、目的の場所みたい」

 

「どれどれ」

 

 ニノンがほいっと手を伸ばすと、特になんの抵抗も無くイリスが触れている辺りを通過した。

 

「別になんも無いように感じますけど」

 

「私と一緒だからだと思うわ」

 

 そう言うと、イリスは数メートル下がり、そこから離れた場所へ行く。

 

「もう一度やってみて」

 

「ほーい」

 

 ずいっと。

 勢い良くニノンは空中へ手を突き出す。

 

 何もなかったはずのその場所。

 しかしニノンの指がぐきりと、まるで見えない壁にぶつかったようにねじ曲がった。

 

「オングエアアアアイアイアアア!?」

 

「何をやってるんだ君は」

 

 指を押さえて地面を転げ回るニノンを他所に、未来もそこに触れてみる。

 

「なるほど、確かに透明な壁のような抵抗を感じる。呼気は弾いていないのに、私達の体だけが拒絶されるように通れなくなっているな」

 

「これで分かったでしょ。ちゃんと結界が有るって」

 

 イリスはすたすたと戻ってくると、ほら、と三人を促す。

 

「私の近くに居れば通り抜けられるから、さっさと行くわよ」

 

 イリスを中心に、未来とニノン、そしてトトが一塊になって一步進む。

 四人の体はなんの抵抗もなくその地点を通り抜ける事ができた。

 

 そして四人が結界の境を越えた瞬間、まるで誘うように光が一筋、天から差した。

 雲間を抜けるよう、まるでスポットライトのように四人の目の前、その先を照らしていく。

 

「これは、このまま進めって事かしらね」

 

 イリスの前には光で出来た道が綺麗に敷かれていた。

 そこを辿れと言うように。

 

「でも、生憎私の目的はもう()()じゃないのよ」

 

 まるで天に宣言するように、拳を突き出して。

 イリスははっきりとそう言った。

 彼女が求めるのは、聖女への道ではない。

 ただ友を救う、それだけだ。

 

「でも、犯人もこのまま進んでるみたいです」

 

 恩寵(チート)でマルグリットを攫った犯人の方向を探っていたトトが、そう言った。

 

「向かう方向は近いか、同じかじゃないですか?」

 

「そ、そう」

 

 やや勢いを削がれたように、天を突いた拳がちょっとへにょりと下がった。

 

「いいじゃないか。つまるところ、途中まではナビ付きというわけだ」

 

 フフ、と未来が薄く笑う。

 

「まずはこのまま進んで行こう」

 

 聖女へ至る道。

 その先がどれだけ険しく厳しいものか、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 

 全員が揃って帰れぬ霊峰という情報が間違いでない事は、すぐに判明した。

 

 麓よりやや登った辺り。

 その時点で、早くも拒絶山峰(モン・イナクセシブル)は巡礼者達に牙を剥き始めた。

 

 それは唐突に起こった。

 

 雲間から差した光が唐突に遮られたかと思うと、まるで一瞬の内に別の場所に迷い込んだかのように、天候が急変する。

 

 激しい風と、滂沱の如く降り注ぐ雪。

 恐るべき吹雪が、一行を襲いかかった。

 

 一步先すら見えぬ自然の猛威に、少女達も翻弄されつつ有った――

 

「なんて事はねえんだよなあこれが」

 

 気楽な様子で、ニノンは杖を振り回した。

 

暑熱耐性(エンデュア・エレメンツ)防衛力場(プロテクションフィールド)。たったこれだけで吹雪なんて無効化できんだよなあ」

 

 魔法の力場で吹雪自体を防ぎ、さらに冷気への耐性を付与する事で寒気を無効化する。

 これで彼女達はまるで春の山を登るかのような快適さを得ていた。

 

「相変わらずだが、とてつもない利便性だな魔法」

 

 どれだけ技術を重ねようと、肉体を強化しようと、自然の猛威には逆らえない。

 それをいとも容易く行ってしまうニノンの魔法は、やはり驚嘆に値するものだった。

 

「そうでしょうともそうでしょうとも」

 

 ドッヤアアアアアアア、といつもよりもさらに胸を逸らして、ニノンがイキる。

 

「まあ私も魔導師(マスター)ですしー? そこいらの魔法使いとはものが違うっていうかー?」

 

「アホの子だけどほんと魔法はすげーですよ……物語から飛び出してきたみたいです」

 

 日常では評価点の無いアホだが、魔法の腕前だけは手放しに褒められるとトトも思っていた。

 日常では、本当にアホだが。

 

「これが私ら古式魔法使い(オブソレット)の力ですよ! 現代式(デルニエクリ)なんて目じゃねえんだよカスが! これが本物の魔法って奴よ!」

 

 本当にとてつもないイキりっぷりだった。

 普段は日陰者なだけに、こうして活躍できると嬉しくて仕方が無いのだろう、ニノンは。

 

「これ、防寒具とか要らなかったかしら」

 

 あまりの快適さに、イリスもなんか違うと解せない表情を隠せていなかった。

 

「そこいら歩いてるのとなんも変わらないわよこの状況」

 

「いやあそれは甘いですよイリスさん」

 

 分かってないですねえ、とニノンが杖をふりふりする。

 

「何かが起きて分断されて、私が居なくなったらどうすんですか。そのまま凍死ですよ凍死。準備はちゃんとしておかないと、いざって時に困ります」

 

 魔法はあくまで補助。

 それを最初からアテにして動くと、足を掬われる。

 その事は魔法使いであるニノン自身が良く知っていた。

 

「だがここまで快適だと油断したくなる気持ちもわかる」

 

 常在戦場を心がける未来ですら、少々気が緩みそうになる。

 それ程までに、魔法が齎す恩恵は甘かった。

 

「おそらくこの厳しい天候で死んでいった者達も多かったのだろうが……私達には、無用な心配だな」

 

「この程度の魔法なら、魔法使い(アプレンティス)でも何回かこなせます。古式魔法使い(オブソレット)が一人居れば、安全度は格段に違っていたでしょうねえ」

 

 今ニノンが使っている魔法は、何れもそこまで難しくないものだ。

 少なくとも、初学を抜けた程度の力量が有れば使う事は難しくない。

 

 そこで、ふと気づく。

 

「……もしかして、魔法使い居る事前提なんじゃないですか、ここ」

 

 そうぽつりと、ニノンは零した。

 

「どういう事?」

 

 イリスが訝しげに聞き返す。

 トトも興味深げに、未来は静かに聞き耳を立てている。

 

「いや、魔法使い居なかったらかなり大変な道中になってたでしょうけど、魔法使いさえ居れば御覧の通り脅威度は格段に下がります」

 

 魔法使いが居なければ、この天候はかなりキツい。

 逆に言えば、魔法使いさえ居れば障害ですらない。

 そんな状況。

 

「だから、最初から魔法を使って抜けてこい、って話なんじゃないかなあって……まあ、なんとなくそう思っただけなんですけど」

 

 ニノンにはそう思えてならなかった。

 

 その言葉を受けて、イリスは難しい顔をする。

 腕組して、うーんと考え込んだ。

 

「……有り得ない話じゃないかも」

 

 そしてぽつりと、そう言った。

 

「魔法はそもそも遥か古に光の民が与えられた、闇の民と戦う為の原初の力。神の御下に近づく為にそれを使えと言うのは、むしろ自然かもしれない」

 

 至天神は闇の民と戦う為に、魔法という技術を己の民に与え。

 獄冥神は光の民と戦う為に、熱情(ヘヴレト)という異能を自らの民に与えた。

 

 神の声を聞く為の聖地へ赴くのにそれを使えと問われるのは、考えてみれば当然の話であった。

 

「つまり私ら(オブソレット)を排斥した結果、犠牲出しまくってるって話になりますよね。馬鹿かあいつら」

 

「これと同じ事を現代式(デルニエクリ)でこなすのは難しいのか?」

 

 未来が疑問に思い、ニノンに問いかける。

 

「自分に暑熱耐性(エンデュア・エレメンツ)かけるのはまあ出来るんじゃないですかね」

 

 自己強化であれば、それは現代式(デルニエクリ)の得意分野。

 だが――

 

「でも防衛力場(プロテクションフィールド)は難しいと思いますよ。こういう継続的に魔力場を発生させたりってのは現代式(デルニエクリ)が一番不得意な分野ですから」

 

 反面魔力を継続的に放出したり維持したりするのは、現代式(デルニエクリ)には困難であった。

 

「なんで寒さを緩和する事はできますが、吹雪に翻弄されるのはどうしようもないんじゃないですかねえ」

 

 ま、半分ですね半分。

 ニノンは嘲笑しながらそう言った。

 

「それに暑熱耐性(エンデュア・エレメンツ)だって今私がやってるように複数人に一気になんて無理ですよ。個人個人が魔導式刻まないと無理ですし、自分の魔力が切れたらアウトです。使い勝手が全然違うんですよ」

 

 皮肉な事に、現代式(デルニエクリ)という敷居の下がった魔法方式を導入した結果。

 この山の試練が、「準備さえすれば難なく越えられる難易度」から「命を賭けてなんとか達成できる死にゲー」へと変貌してしまっていた。

 

「まあ古式(こちら)としてはざまあああああ!って感じですけどねぇ! どうしたご自慢の現代式(デルニエクリ)はよぉ! 無様すぎやしねぇかあ?」

 

「生き生きしすぎでしょ……」

 

 ニノンのあまりのはしゃぎっぷりに、イリスがドン引きしていた。

 

「まあニノンも古式(オブソレット)としての矜持が有るからな」

 

「アホの子がいつものアホやってるだけなんで、気にしなくていいですよ」

 

 他二人は最早見慣れた光景なので、適当に流す。

 

「とりあえず私が居る限り、環境で苦労するって事は無いですよ。存分に崇めてください」

 

「ありがとうニノン大先生」

 

「それほどでもありますね!」

 

 ニノンをおだてながら、未来は考える。

 

 五箇所の聖地を巡る事で解放される侵入権。

 魔法使いが居る事で軟化する環境。

 

 まるでゲームのイベントのようだ、と。

 

 聖地巡りなど、典型的なお使いイベントだ。

 場所を回りフラグを立てて、本命へのお膳立てをする。

 

 この吹雪への対策も、特定の職業(ジョブ)を連れていけば攻略が楽になるという類のシチュエーションに類似している。

 

 だとすれば、この霊峰(ダンジョン)を抜けた先に有るのは、強力なアイテムか。

 はたまたイベントによる強化か。

 

 全てが予めお膳立てされているかのような状況に、座りの悪いものを未来は感じていた。

 

「ゲーム、か」

 

 未来の中に、朧げな予測が立ちつつあった。

 確信は持てないが、直感として正しさを見つめつつ有る、その仮説。

 

 それが真実であればこれ以上に残酷な事実は無く、また同時に救いも無いと思った。

 

 未来は珍しく、祈りを捧げた。

 それは神への賛美ではない。

 ただ死んでいった者達への哀悼だった。

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