崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第162話 険しい山を登っていけ

 ニノンの魔法の庇護もあり、四人の道程は然程厳しいものではなかった。

 道無き山肌を登るのは厳しいものが有ったが、それでも体を鍛えた者であれば多少キツい程度の負荷で収まっている。

 

「なんでぇー」

 

 だがここに、約一名。

 体を鍛えてない者が紛れていた。

 

「あんたらホイホイ登りすぎなんだよぉー」

 

 山に入って一時間。

 既にニノンは息も絶え絶えという状態だった。

 

「だから体は鍛えなさいと言ったのに」

 

 先頭を行くイリスに疲労の色は無い。

 鍛え上げられた張りの有る両足は、まだまだ行けるとばかりに艶の有る色をしていた。

 

「どんだけ貧弱ですか」

 

 ひょいひょいと登っていくトトも、疲れは見えない。

 まるで平地を歩くように、この少女も山肌を登っていく。

 

「荷物が無ければ背負ってあげても良かったんだが」

 

 未来も普段と変わらない涼しい顔をしていた。

 その顔には汗一つ流れていない。

 

 対して、ニノンは。

 

「普通の美少女は山登りなんてしねえぇんだよぉ。うぉっうぉっ」

 

 既に杖で体を支え、汗だくになりながらヘロヘロと足を動かしていた。

 あまりの疲労にもう半泣きだった。

 

「うわ、なんかガチ泣きし始めたです」

 

「魔法使いを連れてくると楽だけど、その世話に手を取られるという事かしら」

 

 はあ、とイリスは溜息を吐いて。

 

「仕方ないわね。一度休憩しましょ」

 

 そう提案した。

 

「ヤッダバアアアアア!」

 

 休憩という言葉を聞いて、ニノンが狂乱した。

 両手を上げて走り回り、「キィヤアアアア!」と叫んで杖を振り回している。

 

 未来とトトは見ないふりをした。

 というより、見たくなかった。

 

「おらっ休息地造成(セキュアー・シェルター)!」

 

 意気揚々と起動鍵(コマンドワード)を叫んだニノンの前に、雪で出来たかまくらのような小さな建屋が現れた。

 

「いっちばーん!」

 

 ニノンはその中に我先にと突入していく。

 先程まで疲労困憊で動けなくなっていたとは思えない機敏な動きだった。

 

古式魔法使い(オブソレット)って凄いわね」

 

 苦笑しながらも、純粋な驚きがイリスの顔には表れていた。

 目はまるで童女のように輝いており、そこには明確な憧れの色が有った。

 

「本当に御伽噺そのものだわ。どうして居なくなっちゃったのかしら」

 

「まあ彼女はその中でも上澄みだから、皆がこうだと思わない方が良いと思うよ」

 

 ああ見えてニノンは時代でも頂点に位置するような魔法使い。

 きっと他の者ではここまで容易くなんでもこなす事はできないだろうと未来も知っていた。

 

「ニノンが言うには昔色々有ったらしいが」

 

「魔導式が不便とは言わないけど、魔導式で出来ない事も色々できるのよね。もっと周りに居てくれたら、ほんとうに助かりそうなのに」

 

 イリスは訝しげに、ぶつぶつとそう言いながらかまくらの中へと入っていく。

 

「ちょっと歩いたくらいで休憩とは、ほんと困った奴です」

 

 やれやれ、と言いながらトトも続いた。

 

 未来は静かに山の先を見る。

 

 急な斜面。

 だが本格的な登山装備を用意するまでではない。

 十分に歩いて登れる範囲。

 

 激しい吹雪だが、即座に死に至るような勢いでもない。

 視界を塞ぎ体温を奪うだろうが、適切に対処すれば進んでは行ける。

 

「あまりにも、程良いな」

 

 そう、一言。

 外に残して、未来もかまくらの中へと入っていった。

 

 

 

「うっほっほっほ」

 

 据え付けられた寝台――雪が盛り上がったものだが、魔法で断熱して寝袋を敷いてある――でごろごろしながら、ニノンはご満悦だった。

 

「やはり人は寝転んでる姿勢が自然なんですよ」

 

「こいつとんでもねえこと言い始めやがりましたです」

 

 トトのジト目も気にせず、ニノンは干し肉を取り出して齧り始めた。

 最早彼女に恥も外聞も無い。

 ただカウチジャーキーを楽しむ心だけがそこには有った。

 

「うーん、やっぱ通信圏外ですか。結界の所為なんですかね」

 

 ぽちぽちと持ち込んだ情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を弄りながら、つまらなそうにニノンは呟く。

 

「いざって時に外と連絡取れないのは怖いですね。過去に何人も死人出てたのも分かります。なんか有っても救助呼べないですもんねぇ」

 

「そういう情報は、前もって教えられたりはしなかったのかな?」

 

 未来の問いに、イリスは首を横に振る。

 

「この拒絶山峰(モン・イナクセシブル)についての情報は、徹底的に秘匿されているの。勿論、過去に参加した者達もここで何が有ったか語ってはいけないと固く箝口令が敷かれているわ」

 

 この山で何が有ったのか、語ってはいけない。

 それは古より伝わる不文律だった。

 

 試練を終えた聖女も。

 それに付き従った騎士達も。

 黙して語らず、何も教えず。

 それを貫いてきた。

 

「最後の最後で出たとこ勝負とは、確かに厳しいな」

 

 死人が出るというのもそれが原因だろうと未来は思う。

 事前対策が一切出来ないのであれば、()()が足りずに窮地に陥るという可能性は十二分に有る。

 

「もし私達に遭わないでイリスがここに来ていたら、相当苦労していただろうな」

 

「ニノンが居ないものね」

 

 ニノン無しで山に登る場合、寒さに耐えマントで風雪を凌ぎながら少しずつ山を進んでいく事になっていたはずだ。

 そうなれば、どれだけの苦労をしていた事か。

 イリスには想像もつかない。

 

「幾らでも崇めてくれていいんですよ」

 

 ふふん、と言いながらニノンは干し肉を飲み込んだ。

 そして間髪入れず、次の干し肉を革袋から取り出し、齧り始める。

 

「ここに男が居なくてよかったですね。居たらこんな万能美少女、速攻で惚れられてましたよ。きっとニノンちゃんの取り合いで収拾がつかなくなっていましたね」

 

「お世話係の押し付けあいの間違いじゃないです?」

 

「なんだァ、テメェ……」

 

 ぎゃー!にゃー!とやり合うニノンとトトを尻目に、未来とイリスは互いの眼鏡(ウィッチグラス)で情報の確認をし始めた。

 

「とりあえず事前に保存しておいた地図で、おおまかな位置確認はできるが」

 

「目的地はここらへんなのよね」

 

 そう言って、イリスがポイントした地点は、入った場所からかなり遠い場所であった。

 山々を分け入り、一際高い山の山頂。

 そこが、彼女が本来目指す場所だった。

 

「犯人に何か目的が有るとしたら、結局ここの近くじゃないのかと思うの。そのまま向かったって話から考えるとね」

 

「それは私も同意見だな」

 

 未来もイリスの考えに頷く。

 

「重要な()()が有るとすれば、君が目指していた啓示を受ける場所の近辺じゃないかと私も思う。それが何であるかは想像もつかないが」

 

 相手はこちらの知らない何かを知っている。

 そしてそれを手に入れる為に一人進んでいるのだ。

 

「ただ巫女を攫ったという事は、彼女が鍵になるのだろう」

 

 巫女マルグリット。

 必要だったのは巫女か、それとも聖女候補か、はたまた聖女か。

 何れにせよ、犯人にとって必須だから攫ったのは間違いない。

 

「つまり目的を達成するまで、マルグリットの命は保証されているとも言えるが――トト」

 

 未来の呼び声に、トトの耳がぴくりと動いた。

 彼女は未だニノンとぎゃーぎゃー言い合っている最中だったが、その声に顔を向ける。

 

「なんですか、ミク」

 

「犯人の様子はどうだ?」

 

「えっとですね」

 

 トトはちょっと深刻そうな顔をして、口を開く。

 

「なんかものすごい速度で動いてるっぽいですよ。距離がどんどん離れてくです。あいつら馬にでも乗ってんですか?ってくらい速いですよ」

 

「客観的に見ると、有り得ない状況だな」

 

 古式魔法使い(オブソレット)という、フィールドギミックを無効化する人員を連れたこちらよりも圧倒的に速く移動している。

 

 相手が古式魔法使い(オブソレット)であった、という可能性を考慮に入れてもなお、速すぎる。

 

「一体相手は何者なんだ」

 

 明らかに、単なる騎士ではあるまい。

 少なくとも今まで見聞きしてきた魔導式という技術で、人知を越えた速度でこの山を踏破するのは不可能だ。

 

現代式(デルニエクリ)だろうが古式(オブソレット)だろうが、無理だと思いますよ」

 

 未来の思考を補足するように、ニノンが言う。

 

「油断できねえ相手っぽいですね。近づく時は気をつけた方が良いと思います」

 

「可能であればまず観察から入りたいところだが」

 

 そう理想的に物事が運ぶ事は無いだろうな、と未来は心の中で独りごちる。

 

「どうするですか」

 

 トトの感覚は、ぐんぐんと距離を広げていく自身の()()()()を捉えていた。

 中心点がどんどん離れていく。

 

「これ、追いつけないですよね」

 

「残念ながら、相手がどこかで詰まってくれる事を期待するしかないな」

 

 高速移動する手段は、四人の誰も持ち合わせてはいない。

 できるのは、地道にこの山稜を踏破し目的地に向かう事だけ。

 

「地道かつ最速での踏破。私達がやる事は、それだけだ」

 

 

 

 じっくり休息を取った後、四人は再び進んでいく。

 激しく切り立ち谷のようになっている山間、今はそこを進んでいた。

 

 ふと、ずず、と何かが引きずられるような音がした。

 道の先、山と山の端が近づきまるで関所のようになっている場所。

 そこから音はしてきていた。

 

 すぐに音の主は判明した。

 山の陰よりのっそりと巨大な何かが這い出てきたのだ。

 

「なんです?」

 

 トトが驚き、足を止める。

 

 それは巨大な人形をしていた。

 身の丈は普通の人間の倍より大きいだろうか。

 その巨人が緩慢だが力強い動きで這い出てくる。

 

 目を凝らせば、その巨人が半透明な何かで出来ているのを確認できた。

 鈍く透き通る堅き肌。

 それは、明らかに氷であった。

 

 氷の塊で出来た巨人が二体。

 まるで行く手を遮るように、四人の前に現れ出てきた。

 

 巨人の一体が一步足を踏み出す。

 ズゥン、という鈍い音と共に、雪積もる大地に大きな足がめり込む。

 

 一体は前に。

 一体は後ろを守るように。

 

 彼ら二人は明らかな連携を取り、侵入者を迎え撃とうとしていた。

 

人造氷兵(アイスゴーレム)ですか」

 

 巨人を見たニノンが、へえ、と呟く。

 

「痛覚も無く、半端な損傷でも止まらない人工の巨兵。しかもこの雪山で氷製なら、自己再生も可能でしょうね」

 

 なかなかに厄介な相手ですねえ、とニノンは分析する。

 この場所に置く衛兵としてはかなり優秀な選択だった。

 

「これも試練の一環って事ね」

 

 イリスは手にグローブを嵌めると、ぎゅっとその感触を確かめる。

 

「っしゃあ! やってやんわよ!」

 

「いや素手で戦う相手じゃないですからどう見ても」

 

 ほんとこいつ脳筋だな、とニノンは思いながら。

 

「トトさん。あいつの弱点を測ってくれません?」

 

 トトにそう言った。

 人造兵(ゴーレム)には、魔族のように全てを統括する部分、核が存在する。

 その場所を特定し、そこを攻撃するのがこの巨人を倒す時のセオリーだった。

 

「……測れねえですよ?」

 

 だがトトは困惑したようにそう返してきた。

 

「あちゃー。弱点扱いじゃないのか。じゃあ()()()までの距離を測ってみてください」

 

「あ、それは出てきたです」

 

 そう言いながら、トトはびしりと指を指す。

 

「大体あの、胸の真ん中辺りですね」

 

「ちょっと高いなぁ」

 

 巨人の身長は目算で大体五メートル。

 胸までの高さは四メートル以上か。

 

「さて」

 

 どうしますかねえ未来さん。

 そうニノンが言う前に――

 

 未来は既に、動いていた。

 

 迅雷が如き神速の踏み込み。

 誰にも捉えられぬ程の一步、ただ一步で巨人の足元に肉薄する。

 

 前に居た巨人の丁度股下に潜り込むような形になった未来は、巨人の右足、その膝内側を掌で打った。

 

 膝は外側からのベクトルにはそうそう簡単に曲がらないように出来ている。

 だが内側方向からのベクトルには、容易に曲がるような構造になっていた。

 

 故に格闘技で膝の内側を蹴る事は禁忌であるし、実戦武術では膝を締めて内を狙われないようにするのだ。

 

 だがそのような事を知らぬ巨人は、大股に足を開き、威圧するように出てきてしまった。

 それは人型を如何に破壊するかを思考し続ける怪物の前で取るには、あまりにも迂闊過ぎる行動だった。

 

 巨人の膝がかくんと崩れ、巨大な上体がぐらりと揺れる。

 もし巨人に表情が有れば、きっと驚愕していただろう。

 踏ん張る事もできず、崩れるように体が前に倒れていく。

 

 そしてそれを支えるが如く、未来は天に向かって再度掌を打つ。

 

 まるで天井に設えられた硝子の窓が割れるように。

 いとも呆気なく、巨人の胸が砕け散る。

 まるで爆発したように、きらきらとした氷の粒がその背中から吹き出て、吹雪の中へと消えていった。

 

 そしてそれを見届ける事無く、未来は次なる行動に移っていた。

 

 掌を見舞って間髪入れず、更に前へと未来は進む。

 倒れる巨人の股下を通りその後ろへ。

 二体目の巨人の前へと躍り出る。

 

 そこは丁度前の巨人によって視界が塞がれ、イリスからも見えない位置となっていた。

 故に、()()は遠慮する必要は無い。

 

 とんとん、と二歩、未来は空中を踏み跳び上がる。

 丁度巨人の胸の高さまで一瞬で跳び上がった未来は、神速の前蹴りを真正面へと叩きつけた。

 まるで横へ踏みつけるかのような、足裏全てを使った蹴撃。

 繊細さでは手に劣るが、しかし筋力で上回る蹴りは、さらなる威力を齎し巨人の胸を破砕させた。

 軸足により生み出され、蹴り足により増幅された威力は巨人の背中半分全てを吹き飛ばし、粉々に砕いていた。

 

 99%を浸透させ破壊に。

 そして残した1%の力で未来は跳躍し、後ろへ跳ぶ。

 くるりと空中で一回転しながら、倒れようとする前の巨人の頭へ一步。

 そしてその頭をさらに踏み台に、とん、と軽やかに地面へと跳んだ。

 

 全てが終わるまで五秒。

 

 たった五秒で、氷の巨人は単なる氷の塊へと姿を変えた。

 

「悪いが遊んでる暇は無い」

 

 地上に降り立った未来は息の乱れ一つ無い。

 常と変わらぬ姿のまま、そこに立っていた。

 

「さ、行こう。ただでさえ相手の方が速いんだから、さくさく進もうじゃないか」

 

 そう言って歩き始める未来に、イリスは呆然として呟いた。

 

「素手で倒せる相手じゃ、なかったんじゃないの」

 

 そんなイリスの肩を、優しくニノンが叩く。

 

「あれは素手じゃないです。武器:未来って存在です」

 

 考えちゃ駄目ですよ、と付け加えながら。

 

「まあすぐに慣れますよ。すぐにね」

 

 ハハハと笑うニノンの声は、乾いていた。

 

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