崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第164話 雪山の休息

 もう、幾度休憩を取り、そして進んだか。

 

 時刻はもう夕刻。

 吹雪で視界が遮られる中、そこへさらに夜の闇が混じりあいつつある。

 鮮やかな赤が黒を伴い世界を染め、人の時間の終わりを告げようとしていた。

 

「そろそろ野営準備をしよう」

 

 ぴたりと足を止めた未来がそう言った。

 

「完全に暗くなってからでは、遅い」

 

「まあ準備は休息地造成(セキュアー・シェルター)一発で済みますけどね」

 

 呑気にそう言うニノンに、未来は苦笑する。

 テントを張ったり、火を起こしたり。

 そういう苦労は彼女が居る限り無縁だ。

 

「確かにそうだが、さらに視界が悪くなる中無理に進む必要も無いからね」

 

 雪積もる山道という、足元が悪い状況。

 ここにさらに暗さが加われば、不慮の事故が起きる可能性も上がる。

 準備に時間が取られないとは言え、ぎりぎりまで進む理由は何も無い。

 

「ここは早めに休んで、明日に向けて英気を養おう」

 

「そうね。あまり焦りすぎるのも良くないわ」

 

 イリスもそう言って頷く。

 

()()も動きが遅くなったし、じっくり行きましょ」

 

 当初はとてつもない速度で進んでいた犯人だったが、ある時からがくっと進行速度が落ちていた。

 トトが測る限り、今ではこちらと同じか、むしろこちらの方が速いくらいらしかった。

 故に、こちらのペースであればなんとか追いつけるのではないかと、そう思われた。

 

「啓示場まではあと三割くらい」

 

 本来の目的である最も高い山の山頂。

 そこまで今日で七割以上進めた計算になる。

 本来であれば往復で一週間以上と思われていたのだから、相当な速度で進めていた。

 

「こんなに順調に行くとは思ってなかったわ」

 

「これが魔法の力ですよ!」

 

 ずもももも、と大きめのかまくらを休息地造成(セキュアー・シェルター)で作りながら、いつものようにニノンがドヤった。

 

「だから皆さんも習得しましょう、古式(オブソレット)。便利ですよ」

 

「そういや前にも教えてくれるって言ってたですね」

 

 トトはそう言って、ニノンと出会った時の事を思い出す。

 あの時もウェルカムとか言ってたです、と。

 

「トトは教わってみたいです。魔法、使いたいです」

 

「いいですともいいですとも、幾らでも教えてあげますよ」

 

 ふんふんと満足げにニノンは頷いた。

 彼女としてはこの廃れた技法の使い手が一人でも増える事は実に喜ばしい話だった。

 

古式(オブソレット)こそ本物。現代式(デルニエクリ)なんてクソだって事を、骨の髄まで教え込んでやりますよ」

 

「すげえ私怨入ってるですよねそれ」

 

 ニノンも現代式(デルニエクリ)の利便性は認めているし、自身で利用もしている。

 それはそれとして嫌ってもいるというのは、それなりの付き合いとなった未来とトトにとっては周知の事実だった。

 

「私も教わってはみたいんだがな」

 

 未来も魔法自体には興味が有る。

 だがおそらく、使う事はできないだろうと考えていた。

 

「あーまあ、未来さんはねえ」

 

 魔力無しの体。

 内在魔力(アニマ)無しでは古式(オブソレット)現代式(デルニエクリ)もまずその取っ掛かりである始動言語(アクセスコード)が機能しない。

 古式(オブソレット)では言葉、現代式(デルニエクリ)では式。

 その違いは有れど、この始動言語(アクセスコード)が発動できなければ話にならない。

 

「一応裏技は有るんで、初歩の初歩くらいならなんとかなると思いますが」

 

「ほう」

 

 そのニノンの言葉に、未来がぴくりと眉を動かす。

 

「それは――実に、興味深い」

 

「ま、なんにせよもっと落ち着いてからの話ですね」

 

 あーさぶさぶ、とニノンはかまくらの中へと入っていく。

 

圏外領域(アウトゾーン)に着いたら詳しく教えてあげますよ、この件は」

 

 そう言って、彼女は室内へと消えていった。

 

「トトもぶわーっとやってみたいです。ぶわーっと」

 

 大荷物を持ったトトも、ニノンに続く。

 

「魔法ねえ」

 

 イリスはつまらなそうに、消えていった二人の背中を見つめていた。

 

「わたしには関係無い話だわ」

 

「それは、光神教である事が関係するのかな」

 

 未来の問いかけに、少し呆れたようにイリスが顔を向ける。

 

「あんた、随分と世間知らずね。光神教の巫女は、()()()使()()()()()()()()のよ」

 

 そんな事も知らないの、というような声。

 だが未来にとっては、初めての情報だった。

 

「言う通り世情にちょっと疎くてね」

 

 未来はおどけるように肩を竦める。

 

「その辺り、少し詳しく知りたい」

 

「掻い摘んで言うとね」

 

 仕方ないわねえ、とイリスは話を続ける。

 

祈り(オラティオ)の使い手は、魔法を使えないの。魔法を使うと、何故か祈り(オラティオ)が弱くなる」

 

「それはまた、奇妙な話だな」

 

 ふうん、と訝しげに、未来は考え込む。

 祈り(オラティオ)と魔法。

 因果関係は何か。

 

「考えるだけ無駄よ。世界がそういう風に出来てるってだけの話なんだから」

 

 ものが上から下に落ちるように。

 ただそう決められているから疑問に思う事も無い。

 イリスにとって、これは摂理だった。

 

 生まれた時から決まっている、動かしがたい事実。

 それを疑うという発想自体が無かった。

 

「だから巫女は基本的に魔導式を刻んでないわ。魔導式を入れるとあからさまに祈り(オラティオ)が弱くなるから」

 

 古式(オブソレット)の時代であれば、遠ざけておくだけでよかった。

 しかし現代、魔導式という新たな魔法、現代式(デルニエクリ)では、意識してそれを体に刻まないという行程が必要だった。

 

 軽い式であれば一つ二つくらい平民でも魔導式は持っている。

 それらを全て外して生きていくのは不便極まりない話だった。

 

「まあ、魔核(ロイユ・セレスト)だけはどうしようもないんだけどね」

 

 流石にこれ無しじゃ王国(エタ)では生きていけないし、とイリスは溜息を吐いた。

 

「だから魔王戦役以前よりも、強い祈り(オラティオ)の使い手は減ってるわ。……できるなら、魔核(ロイユ・セレスト)を持たない衛星国民(セクタ)で才能の有る巫女候補を探し出して登用すべきなんでしょうけど」

 

衛星国民(セクタ)は、巫女になれない?」

 

「なれないわけじゃないけど、あまり見ないわね」

 

 物憂げに、イリスは俯いた。

 

「厄介な事に、祈り(オラティオ)の強さって何故か刻印容量(キャパシティ)に比例するのよ。で、刻印容量(キャパシティ)が高いのって基本的に貴族なわけ」

 

「とすると、巫女は基本的にいいとこの出という事か」

 

王国(エタ)の貴族にはね、()()の慣習が有るの」

 

 少し寂しそうに、イリスは言った。

 

「家から女児一人を神殿に入れる。明文化されてるわけじゃないけど半分義務よ。家から誰も神殿に人をやらない場合、不信心者として色々不都合が出てくる」

 

 神の庇護の元生きるこの世界では、宗教に尽くすのは義務であり人類への貢献だった。

 それを怠った場合、どのように見られるか。

 背信者としてレッテルを張られた家がどうなるかは火を見るより明らかであった。

 

「だから貴族は躍起になって女児を産ませたがるし、女児が生まれたら大喜びで神殿に放り込むのよ。一人入れれば、暫くお家は安泰ですもの」

 

 それが、この世界の()()の根幹を支える、巫女の供給システムだった。

 貴族は娘を人身御供として差し出し、家の安寧を得る。

 世界への貢献という免罪符も有る。

 だから喜んで娘を捨てるのだ、王国(エタ)の貴族達は。

 

「わたしも、もう親の顔なんて十年は見てないわ。他の皆も似たようなもの」

 

 巫女である彼女らは、例外無く家から切り離され。

 そして神の子として、姉妹となった者達であった。

 

「……なんか、話がズレたわね」

 

 やや気まずそうに、イリスは一度話を区切る。

 

「とにかく、そういうわけで巫女は魔法を使わないし使えないの。その巫女自身が魔法の才能に溢れてるとしてもね」

 

「いろいろと複雑だな、巫女というものも」

 

 彼女達にも彼女達なりの苦労が有るのだなと、未来は認識を改める。

 そう考えると、イリスのような信仰に凝り固まっていない巫女が居るのも何処か納得が行く。

 彼女らは決して、教えを盲信してはいないのだろう。

 

 そこでふと、未来は思いつく。

 

「寄進によって巫女が絶える事無く存在し続けられるというのは分かったのだが」

 

 この寄進のシステムが根底に有るとしても。

 

「――自分から望んで巫女になる人間が居ないわけではない。違うかな?」

 

「勿論居るわよ」

 

 寄進による巫女候補の供給はあくまで義務。

 そうではない、望んで自ら身を投じる娘も世の中には居る。

 

「そういう連中は大体()()()()わね。信仰心に篤く、神の言葉に従い、俗世と無縁で生きるすばらしいお方ばかりよ」

 

 言葉とは裏腹に、その表情も声色も、イリスの何もかもが皮肉に満ちていた。

 

「察するに、それは牽引派に多い」

 

「良くわかったわね。その通りよ」

 

 やはりな、と未来は心の中で一人ごちた。

 牽引派は率先して有能な巫女候補を送り込み、そしてその中枢を掌握したのだろう。

 未来はそう予想していた。

 

 政治面を担う男、司祭等を、力有る巫女が補佐し、後ろ盾として機能させる。

 奇跡が実在する以上、その強弱はそのまま発言力に繋がるはずだ。

 双方を揃える事で、権力という階段を登る事ができる。

 

 牽引派という集団は、実に油断がならないだろう。

 政治面に限っては。

 

「ろくでもない人間は、どうにもこういう事ばかり得意なのは何故なんだろうな」

 

 そんな未来の呟きに、イリスはわけがわからないというように首を傾げていた。

 今の話からどうしてそのような言葉が出てきたのか、まったく分からない様子で、ん?と頭を悩ませていた。

 

「イリスは素直で良い子だって話だよ」

 

「なんだか良くわからないけど、褒められるのは悪い気しないわね」

 

 ふふん、と機嫌良くしながら、イリスもかまくらへと入っていった。

 

「さっさと休みましょう。明日で追いつくわよ」

 

 血気盛んなイリスの様子を、未来は微笑ましく見つめる。

 最初から彼女のような相手と出会えていれば、光神教への印象も大分変わったものになっていただろうと。

 

 視線の先には、雪間から朧げに一際高い山の陰が見え隠れしている。

 

 全ては明日。

 そこで何が起こるのか、未来にも窺い知る事はできなかった。

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