崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第169話 十四番目の勇者

 イリスと男は向かい合い、じりじりと間合い、そして間を測る。

 

 仕切り直され新たに膠着した状況を、ニノンとトトも見つめていた。

 

 トトはただあわあわと慌てて身を固まらせているが、ニノンは場が固まった事を確認して即座に行動に移る。

 

魔法矢(マジックアロー)!」

 

 ニノンが選んだのは、初歩中の初歩である魔法。

 最も早く詠唱が可能でかつ威力調節が容易、そして向かい合うイリスが邪魔にならないものだった。

 

 袖口から取り出した巻物(スクロール)が消滅し、それと入れ替わるように魔力が矢を形成し、まっすぐ男へと飛ぶ。

 

 その数、五。

 

 淡く輝く光の矢は違わず男の胴体目掛け殺到した。

 

「チィ!」

 

 側面から飛来する飛び道具に、男は僅かに身を回転させ相対する。

 イリスから視界を外さず、かつ飛び道具を迎撃できるよう、互いに斜めとなるような角度に身を置く。

 

 男の握る刃が、ひょう、という音を立てながら空を滑る。

 

 疾風の如く振るわれた剣が、瞬時に五本の矢を叩き落とした。

 

 ――やはり、魔導武器ですか。

 

 魔導式が仕込まれた剣類を、魔導武器と呼ぶ。

 その効果は様々だが、一番の恩恵は実体を持たない精神体(アストラルボディ)幽霊(ゴースト)等に攻撃が通じるようになる事か。

 そして今見たように、魔力に対しても干渉効果を得る。

 

 かつて古式(オブソレット)が多大な時間をかけて行っていた魔力付与を、現代式(デルニエクリ)による魔導式はいとも容易く実現する事ができた。

 

 その為、かつて一財産とも言われた魔剣の類、今や魔力がこもった武器はほぼ誰もが持つ事ができる程にコストダウンしている。

 

 むしろ普通の武器にも魔導式が付与されているのが一般的になってしまい、その恩恵も意識している者の方が既に少数派だろう。

 

 ごく一部の達人達のみが、この()()を嫌い、敢えて魔導式を刻み込まない選択をしている。

 

 ニノンがこれを確認したのは、まさにこの理由だった。

 

 ()()()()()()()()()という事実が欲しかった。

 

 相手が自分の及ばないレベルの強さではないと、確認したかったのだ。

 

 手に握るのは魔導武器。

 即ち。

 

 ――未来さんみたいにデタラメな相手じゃないって事ですね!

 

 ここで紙一重で避けるとか、魔法をぶった切るとかされた方が怖かった。

 そんな芸当してくるのは自分の力量では追いつけない技量の相手だけ。

 

 そうでなかった事に、まずほっと胸を撫で下ろす。

 

 ――未来さんが居ない状況で、そんな強さの相手と戦いたくないですからね。

 

 未来のみこの場に居ない事に、ニノンはすぐに気づいていた。

 

 何故彼女だけが帰ってこないのか分からない。

 だがあのエレクトラとかいう女は、明らかに未来が目的だった。

 まだ奇妙なあの場所に留め置かれているのだろうと、そう予測が立った。

 

 もし未来が居れば状況は既に終っていただろう。

 目の前の男が、未来に敵うとは到底思えない。

 

 ニノンですら目で追える程度。

 理解できる程度の動き。

 

 それ程までに、凡庸な強さだった。

 

 人知を越えた化け物相手に、人間に見える相手が対抗できるわけがない。

 

 ただ一つ気がかりなのは、先程の動き。

 

 地面へと潜ったあれ。

 固いはずの地面がまるで水面になったかのように男を受け入れ、即座に下へと静めていた。

 

 魔力の流れを感じない、魔法に依らない超常の現象。

 

 それと同じ現象をニノンは既に知っていた。

 

 ――まさかこいつ。

 

 嫌な予想を振り切りながら、ニノンはさらなる追撃を行おうとするが――

 

「シイッ!」

 

 突っ込んできたイリスが、男に攻撃を見舞う。

 

 軽くステッピングし、剣を振り切った男の右斜め前方、その側面に回り込みながらイリスは足を素早く突き出した。

 

 脛、その側面を狙った斧刃脚(カーフキック)

 

 そして同時に、イリスの両手は相手の手を制する為、既に動いている。

 

 大きく掌を開き被せるように。

 男の眼前を掠めながら振り下ろす。

 

 イリスの手はまるでカーテンのように男の視界を遮り、情報の殆どを遮断していた。

 

 掴みかかりと同時に視覚を妨害し、牽制である足を当てる。

 どれもが牽制でどれもが本命。

 何れかが当たれば、そこから必殺の一撃へと繋げる、詰め。

 

 実戦において一步一撃などという単調な攻撃は意味を成さない。

 一步同撃は生死を分かつ状況では必須事項であった。

 

 手の動きに意識を奪われれば、足を折られる。

 足を捌けば、掴まれる。

 そして避ければ体を崩し、さらなる追撃が見舞われる。

 

 先手を打てた時点でイリスは圧倒的なアドバンテージを握っていた。

 

 一方のニノンは、思わず舌打ちをする。

 

 ――やり辛ぇー!

 

 こちらが不意打ちをして相手に隙が出来たからイリスが突っ込む。

 まあ解かる。

 

 だがその動きが一切こちらを意識しないような、独り善がりなものであるのが問題だった。

 二人が完全に重なるような攻め方。

 もし迂闊に魔法で攻撃を行えば、イリスも巻き込んでしまうだろう。

 

 ニノンは今容易に手出しができない状況に陥っていた。

 

 未来であれば、このような無様は晒さなかった。

 まるで思考を読んだように自分がしたい事を無言の内に汲み取り、常に噛み合うように動いてくれた。

 改めてあの少女が自分にとって得難いパートナーであった事を痛感する。

 

 そして思い出す。

 これが普通なのだと。

 

 そのようなニノンの葛藤も知らず、イリスは心中でにやりと笑う。

 状況は既に必勝の形へと落ち着いている。

 

 相手がどう出ようがこちらが有利。

 そのまま畳みかける!

 

 意気揚々とイリスは手を振り下ろし――

 

 

 

 その手が、まるで縫い付けられたように突如止まった。

 

 

 

「なッ!?」

 

 正確にはその指。

 ()()()()()()が、空中で掴まれたように止まる。

 

 ぐい、と引っ張られるようになった両手の人差し指が反り返り、それに連動するように腕の動きもまた制限され、肘がぐにゃりと曲がった。

 そして、その威力が自分に返り、思わず上体が前のめりになる。

 

 突如の出来事に、イリスは理由も分からず混乱が頭を支配した。

 

「握った拳は()()()()()が」

 

 男が、静かに呟く。

 

「開いた手の指なら()()()()()()()だぜ」

 

 ――ものを固定する能力。

 

 男が持つ恩寵(チート)の一つは、彼が視認した対象をその場に固定し留める力を有していた。

 しかしその対象に出来る質量は小さく、また彼自身が一定以上の大きさと認識してしまったものには使えない。

 

 人体に用いるなら指先等の小さな部位を固定するしかできない、貧弱な力。

 しかし体の末端を支配されるというのは、思う以上に厄介なものなのだ。

 

 つんのめる形になったイリスは、思わず蹴り足を地面に付ける。

 

 男の脛を砕くはずだった足は横へそれ、だん!と大きな音を踏み鳴らした。

 

 先程まではイリス優勢だった状況が、一瞬にしてひっくり返る。

 

 今や無様に隙を晒しているのはイリスの方。

 そして魔法を撃ち落とした男は、万全の態勢でそれを迎えうてる。

 

 魔法を打ち飛ばし、下まで切り下げられた刃を跳ね上げるように男は振るった。

 

 レの字を描くような、切り落としからの逆袈裟。

 地面すれすれから空へ昇る剣筋の狙いは、イリスの右手であった。

 

 違わず右手首に吸い込まれるような一撃を、イリスが躱す術は無い。

 指を捕らえられた状態で身を捻ろうとも、さらに隙を晒すだけ。

 それではより詰みに近づくのみ。

 

 だから、イリスは避けなかった。

 

 唐突に、男は顎へ()を感じた。

 

 考えるより早く、男は上体を後ろへ逸らす。

 切り上げられていた刃も釣られるように滑り、イリスの腕、その表皮を切り裂きながら、ただ空を斬りつけていた。

 

 男の顎先が有った場所。

 そこに、イリスの足が通り過ぎていった。

 

 相手の動きを感じた瞬間。

 イリスは地に着いた足を蹴り上げ、男の顎先を砕かんと全力で蹴撃をかましたのだ。

 

 鍛え上げられた細く美しい足が塔の如く屹立し、天を突いた。

 

 刹那、イリスの()が自由を取り戻す。

 

 イリスは蹴り上げの勢いのまま、その足を後方まで振り上げる。

 くるん、と体を回し、バク転の要領でそのまま後ろへと飛び退った。

 

 男もまた、反った勢いのまま体を一回転させ、膝をつく形でその勢いを殺す。

 

 二人の男女は距離を取り、再び向かい合う。

 

 攻防の第一弾は、互いに仕切り直す形で振り出しへと戻った。

 

「魔法使いか」

 

 不機嫌そうな顔で、男が吐き捨て。

 

「お前から倒した方が、良さそうだ」

 

 そう言って、ニノンへ向かって腕を翳した。

 

「ふえっ?」

 

 ようやく離れてくれたぜ、とこの隙に魔法を叩き込もうとしてニノンの体が、ぐい、と引っ張られる。

 

 抗いがたい強制的な力。

 突如発生した引力に引かれるように、ニノンが男の方へと引かれていった。

 

 同時に、男もまたニノンの方へ向かって飛ぶように加速する。

 

 彼の恩寵(チート)、自分とものを引き付ける能力は、その効力のまま二人を引き寄せる。

 

 突如崩された態勢のまま何かできる程、ニノンは体捌きに習熟していない。

 彼女は為すがままにただ引っ張られていった。

 

 だが男は違う。

 その勢いを活かすように、腰だめに剣を抱えながら突っ込み、そして――

 

 

 

 横薙ぎの一閃がニノンを襲った。

 

 

 

 男は決して剣の腕に秀でてはいない。

 だが恩寵(チート)の勢いを活かした斬撃は、彼に達人級の鋭さを与えていた。

 

 斬りつける瞬間解除された恩寵(チート)は、しかしその勢いを殺さぬままに二人の体を交差するように飛ばす。

 

 滑るように男は着地する。

 ざざ、と少し地面を削りながら、彼は残心を保った。

 

 対するニノンは、どん、と地面にそのまま投げ出された。

 まるで人形のように、だらりとしたまま体は動かない。

 

 そしてその腹からは、あふれるように血が吹き出していた。

 

「まずは一人」

 

 男が一つ、剣を振る。

 

 刃にこびりついた血は逃げるように地面へと、刃から放たれ吸い込まれていった。

 

「ニノン!」

 

 明らかなる致命傷。

 すぐに祈り(オラティオ)を使わなければ、余命幾許も無いだろう。

 

 だがそれをするには、目の前の男を制するしかない。

 

「なんなのよそれは」

 

 イリスは叫ぶ。

 先程から立て続けに起きている異常な状況に、彼女は混乱しっぱなしだった。

 

「まるで恩寵(チート)じゃない……勇者でも無いのに!」

 

 その言葉に。

 

 それまで能面が如く表情を動かさなかった男の顔が、激しく歪んだ。

 

 般若が如き、憤怒の形相。

 

「どの口が」

 

 地獄の底から響くような、重く、憎しみのこもった声。

 それが男の口から漏れていた。

 

「どの口が言いやがる!」

 

 怒りのままに彼は剣を地面に突き立てる。

 何度も、何度も。

 

「勝手に喚んでおいて、勇者じゃないと見下して」

 

 それは叫びだった。

 この呪われた世界への、せめてもの抵抗だった。

 

「じゃあ俺は、俺達は一体なんなんだって言うんだよ!」

 

 憎しみの中に潜む、悲しみの色をイリスは聞いた。

 あまりにも痛切な叫びがそこには有った。

 

「あんた、一体何者なの」

 

 思わず口をついて出た、そのイリスの問い。

 

「俺の名は西浜 雅人(にしばま まさと)

 

 それに男は今までの激昂が嘘のように静まり返り、そして答えた。

 

「お前達に呼ばれた十四番目の勇者、その生き残りだよ」

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