崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第170話 だとしても

「十四番目の勇者?」

 

 男――雅人の言葉に、イリスは訝しげな視線を送った。

 

「勇者召喚は、過去に()()しか行われてないはずよ」

 

 魔王を倒した初代勇者、サカマキ・ケンゴ。

 

 その後、時間を置いて二人。

 初代勇者の陰に隠れているが、その後にも二人の勇者が居た事を、光神教徒であるイリスは知っている。

 

「十四なんて、そんな出鱈目な数」

 

 あり得るはずが無い。

 そう、イリスは思う。

 

 だが雅人は皮肉げな笑みを浮かべながら、吐き捨てた。

 

「お前は礎石派だから知らないんだろうな」

 

 侮蔑と嘲笑を浮かべて言う。

 

「牽引派は既に十六回、勇者召喚を行ってる」

 

「有り得ないわ!」

 

 イリスにとっては信じられない話だった。

 

 勇者召喚。

 

 それは一大儀式であり、おいそれと簡単にできるものでは無い。

 

「そんな大儀式、高位巫女や大巫女を揃えでもしないと――」

 

 そこで気づく。

 

 聖女就任よりも優先された儀式。

 唐突な大巫女の死。

 

 与えられた疑念が、急速に芽吹いていく。

 

「まさか」

 

「俺達が喚ばれた時は、十人だった」

 

 雅人と共に喚ばれたのは、やはり同じ年頃の学生たち。

 見知らぬ高校生が十人。

 

 貴方達に世界を救って欲しいなどという甘言を真に受け、戦った果てが――

 

「そして俺以外全員死んだ」

 

 時にぶつかりもしたが、全員が共に戦う信頼できる仲間だった。

 だが皆死んだ。

 

 雅人一人を残し、最早この世には居ない。

 

「お前達に殺されたんだ」

 

 味方であるはずの王国(エタ)によって、殺されたのだ。

 

 雅人が持つ憎悪の源。

 それは、紛れもない確固たる復讐心だった。

 

 

 

 イリスは、言葉も無かった。

 

 俄には信じられない、荒唐無稽な話。

 だが湧いた疑念は、有り得ると囁いている。

 

「勇者を召喚したなら、国賓待遇のはずよ」

 

 本当に勇者であるのなら。

 魔王に対抗する力を持つ彼、彼らを捨て置くはずがない。

 国をあげて歓待し、大々的にその存在を知らしめ、魔族への圧とするはずだ。

 

「そんな、殺すだなんて」

 

「本当に何も知らないんだな」

 

 そういう雅人の表情は寂しげなものが浮かんでいた。

 

「あいつらが求めているのはただ一人。サカマキ・ケンゴ――榊巻 玄悟(さかまき けんご)の持っていた恩寵(チート)自己編綴(レベルアップ)を備えた召喚者だけだ」

 

 初代勇者、榊巻玄悟は、単純にして強力無比な恩寵(チート)を持っていた。

 始原の一にて至高の一。

 まさしく勇者と呼べる、理外の切り札。

 

「経験を積む事で無限成長し、能力を生やす自己改造の恩寵(チート)。魔王すら追い詰めたそいつの再臨が牽引派の目的だ」

 

 自己編綴(レベルアップ)

 ゲームキャラクターのように自身を成長させるその恩寵(チート)こそが、王国(エタ)が欲した唯一の能力なのだ。

 

「だからそれ以外の恩寵(チート)を持ってきた奴は、要らないんだ。そして捨てられるのさ、俺達みたいに」

 

 故に、それを持たない召喚者は、王国(エタ)にとっては()()()でしかない。

 使い道の無いゴミであり、それをどう処分するかで頭を悩ませていた。

 

「前線に送られ、使い潰され、最後には捨て石として使われる。それが期待外れの勇者()()()が辿る運命ってわけさ」

 

「そんな」

 

 知らなかった牽引派の裏の顔。

 

 いや、違う。

 これこそが牽引派の存在する目的なのだと、イリスは悟った。

 

 勇者の再臨とは即ち、サカマキ・ケンゴの再現。

 その為に結束したのが彼らなのだと。

 

 彼らは方便で勇者復活を唱えていたのではない。

 一字一句違わず、本気で勇者復活を目論んでいた、あまりにもたちの悪い夢想論者(ロマンチスト)の集まりだった。

 

「馬鹿げてるわよ、そんなの」

 

 その為に、どれだけの犠牲を払ったのか。

 異界の人間を呼びつけ、期待外れだと殺し。

 きっと王国(エタ)衛星国(セクタ)の犠牲者だって居るはずだ。

 

 たった一回、その大当たりを再び夢見て、何もかも捧げるつもりなのか。

 

 イリスには、あまりにも愚かしいとしか思えなかった。

 

「あんたが王国(エタ)や神殿に復讐する動機が十分に有るのは理解したわ」

 

 だが、と彼女は思う。

 

「それとマルグリットを攫ってここに来た意味が分からない」

 

「ここは世界の中枢にアクセスできる場所の一つだ」

 

 そう言って、雅人はマルグリットの方を指し示す。

 そこには虚ろな目で浮かぶ光球に手を翳し続けるマルグリットの姿が有った。

 

「あれがコンソールだ。この馬鹿げた戦争(ゲーム)に干渉し、ルールすら変える事ができる端末。だけどそんな事俺にはどうでもいい」

 

 雅人の願いはただ一つ。

 

「俺は帰るんだ、地球に、日本に。皆の代わりに、ちゃんと帰って生きる」

 

 懐かしき日本への帰還。

 ただそれだけ。

 

「お前達は好きなだけ殺し合って、殺されてろ。だけど俺達にはなんの関係も無い。こんなクソな世界、どうにでもなればいい」

 

 悲しい事に、雅人達は出会う事が無かった。

 

 命を賭けたいと思える程の素晴らしい人達も、護りたいと思う者達も。

 

 ただ軟禁され、都合良く戦場に出され、ひたすらに敵を殺す。

 そんな日々の何にこの世界を愛する要素が有るのか。

 

 奴隷はただ、解放される日を夢見るだけだ。

 鞭打つ主人に敬意を持つ事も、好感を抱く事も有り得ない。

 

「俺はここから逃げる。その為にアクセス権を備えた人間が、どうしても必要だった」

 

「そう」

 

 同情は出来る。

 言う事が真実であれば、勝手にこの世界に喚ばれ、戦う兵器のように扱われてきたその日々は、哀れとしか言いようがない。

 

 故郷に帰りたいという願いも共感できる。

 イリス自身、もし家に帰れたらと思う事は有るのだから。

 

「本当にご愁傷さまとしか言えないわ。正直自分の関係無いとこでだったら最後までやってって言えるんだけど」

 

 そう、だとしても。

 

「でもね、マルグリットを巻き込んだら――見逃せないのよ、わたしは」

 

 イリスは一段と重心を下げる。

 前かがみに、猫背になって。

 

「だからぶん殴るわ。お前が動かなくなるまで、殴る」

 

 男の背後には、マルグリットが居た。

 

 あれが聖女就任の儀なのだろうか。

 まるで何かに操られるかのようなマルグリットの様子に、イリスは薄ら寒いものを感じる。

 

 一刻も早く、マルグリットを止めなければならない。

 

 ちらりと斜め後ろを見れば、そこには倒れたニノンとトトが居た。

 トトは泣きながらニノンの腹を押さえている。

 ニノンは、ぴくりとも動かず倒れたまま。

 

 こちらもすぐにでも助けなければならない。

 

 つまり、邪魔なあの男を殴り倒さなければいけないという事だ。

 

「別に同情してもらえると期待してたわけじゃないが」

 

 雅人も再び、剣を構える。

 取った構えはやはり青眼。

 

 お手本のように綺麗で、面白みの無い基本の構え。

 だが奇をてらうことの無い堅実な構えだった。

 

「面と向かってそう言われると、やっぱりムカつくぜ」

 

 二者が再び向かい合う。

 

 攻防の第二幕。

 そしておそらく、最終幕。

 

 ここで決めなければ、イリスに後は無い。

 もう時間は無いのだ。

 

 ――あいつの恩寵(チート)は、三つ。

 

 地面に潜る能力。

 指を止めた能力。

 そして、ニノンを引っ張った能力。

 

 どれも魔法ではない異能だった。

 どちらかと言うと、魔族の使う魔技(パルシオン)に近いとイリスは感じた。

 

 イリスは拳をぎゅっと握り込む。

 ご親切な事に、相手はヒントをくれていた。

 

 拳なら止める事ができない、指ならできると。

 

 ならば手を開かなければ、とりあえず先程のような事はおきないはずだ。

 だがそれはイリスにとっては不利な状況でもあった。

 

 彼女が得意とするのは組み技(グラップリング)であり、打撃はあくまで補助。

 そこに至るまでには、どうしても手を開く必要が有る。

 

 つまり一枚落ちの状況で戦わなくてはいけない状態に追い込まれていた。

 

 そしてニノンを引きつけた異能。

 手をわざわざ翳していたからには、ああいう動作が必要なんじゃないか、とイリスは予想する。

 それをさせない為には、こちらから積極的に攻めるしかない。

 

 余計な動作をさせない為に。

 

 最後の潜る能力についてはもうどうしようもない。

 使われたら逃げる。

 それだけだ。

 

 正直相手の剣術自体は大した事はないとイリスは見切っていた。

 

 実戦で磨かれてはいるが、せいぜい一人前程度。

 並の兵士と同じかやや上くらいの強さだろうと彼女は感じていた。

 

 油断はできないが、技術的な部分のみを見れば明らかな格下。

 恐れる程ではない。

 

 慎重に、イリスは呼吸を測る。

 

 焦ってはいけない。

 だが、隙を見逃さず、最速で。

 

 今度はこちらから攻める――!

 

 じり、とほんの僅かずつ、イリスはにじり寄る。

 

 対する雅人は横へ、軸をずらすよう少しづつ動く。

 イリスの狙いが突進(タックル)を軸にしたものだと、彼も気づいていた。

 

 右足を前に出した標準的な構えを取っていた雅人は、必然的に右へと回る。

 前足をにじり、少しずつ横へと体を滑らせる。

 

 イリスはそれに合わせるよう、まるで螺旋を描くかのように体の軸を回しながら、進む。

 ほんの一センチ。

 傍目からは分からぬ程の距離をじっくりと詰めながら、男の腹へと照準をあわせ続けた。

 

 反時計回りに、緩慢に。

 二人は離れながらも踊るように回る。

 

 一步。

 

 また一步。

 

 地面を擦る音を残しながら、二人は間合いを測り続ける。

 

 

 

 不意にがくんと、雅人の膝が崩れる。

 

 足裏で捕らえた小石。

 それが彼の体を崩した。

 

 ほんの僅かに雅人の体が沈んだ瞬間、イリスが駆けた。

 

 弾丸が如き突進(タックル)が、雅人目掛け放たれる。

 十分に溜めの効いた脚、そこに蓄えられた力が全て推進力へと変換され、イリスの体を推し進める。

 

 彼女の卓越した瞬発力は、一瞬にして二者の距離を縮めようとしていた。

 

 苦し紛れか、雅人はぐらりと崩れた態勢のまま手を付き、そしてその手を振り上げる。

 

 ざあっ、と二人の間に砂煙が舞った。

 細かい砂粒は薄いヴェールとなり、両者を頼りなく遮る。

 

 ――こんなもの!

 

 目眩ましがあろうと、最早照準は固定されている。

 ただまっすぐ進むだけだとイリスは突き進んだ。

 

 瞬く間もなく、イリスは雅人の腰に組み付き、テイクダウンを取るはずだった。

 

 だが――

 

「ッ!?」

 

 鋭い痛みが、イリスを襲う。

 

 ――何が!?

 

 胸と腹。

 

 イリスの体、その二点から血がにじみ出ていた。

 

 そこに埋まっていたのは小石。

 ほんの小さな石が彼女の突進を遮る楔となって、そこに存在していた。

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