崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第171話 グラップリング・コンクエスト

「小さければ小さい程」

 

 舞い上げられた砂。

 そこには、石と呼ぶのも憚る、砂利に含まれているような小石も当然含まれている。

 

 雅人が継承した恩寵(チート)では、一度に二つの対象までしか固定する事ができない。

 だが二つもあれば十分だった。

 

「逆に()()()()()んだよ、この恩寵(チート)なら」

 

 外力に決して冒されない、万能の固定。

 それは小石を鋭い針に変えてイリスの突進(タックル)を迎撃した。

 単体であれば脅威にすらならない小石は、今や敵の進撃を阻む絶対の罠となって空中に存在していた。

 

 そして砂を投げた時に大きく振り上げられた腕。

 その動作は既に次の行動の準備(セットアップ)となっていた。

 

 大きく掲げられた右手をイリスに向ける。

 照準を定めるように、掌を突き出す。

 

 雅人の、ものとものを引き付ける能力。

 その行使には、対象に掌を向ける必要が有る。

 

 実戦で活用するには微妙な隙。

 それを他の恩寵(チート)でカバーし、次へと繋げる。

 複数の恩寵(チート)を持つ雅人が辿り着いた実戦活用法であった。

 

 まるでイリスの体を掴むように、雅人がぐっと拳を握り込む。

 本来ならば必要の無い無駄な動作。

 

 しかし引き込もうという彼の意思は、無意識にそのような動きを雅人にさせていた。

 

「ぐぅッ!」

 

 イリスの体がさらに小石へとめり込んでいく。

 雅人の体と引き合う事で前へと、強制的に食い込み、彼女の白い肌を食い破った。

 

 白い巫女服にだらだらと血が流れ、赤い染みを作っていく。

 

 そして雅人はニノンの時と同様、イリスの体へと引っ張られ急進し始めた。

 

 左手に握った剣を真上に、大上段の構え。

 上から振り下ろさんと高く掲げた。

 

 体を両断するかのような唐竹割り。

 それが雅人の選んだ攻撃だった。

 

 彼の技量では恩寵(チート)の恩恵を加味しても、骨を両断する事はできない。

 だが振り下ろしによる強打は少女を絶命させるのに十二分な威力を問題無く出す事ができるだろう。

 

 二つの小石が体にめり込み、固定する形となっているイリスに回避動作は不可能。

 唯一可能なのは後ろに下がる事だが、それも恩寵(チート)により封殺されている。

 

 雅人は既に必勝の形を作り上げていた。

 

「死ねッ!」

 

 恨みと殺意を込めて、雅人は剣を振り下ろす。

 彼の脳内では既に斬り伏せられ、死んでいく巫女の姿すら映っていた。

 

 絶体絶命。

 その状況でも、イリスの目は死んではいなかった。

 

 ただこいつをぶん殴る。

 そのシンプルな思考だけが彼女の頭には存在した。

 

 

 

 故に、イリスは一步さらに進んだ。

 

 

 

「……ッ」

 

 肉をさらに深く裂く感触をイリスは覚える。

 だが知った事ではない。

 

 躱す事も、下がる事もできないのであれば。

 

 なら、後は進むしかない!

 

 恩寵(チート)により生じた引力と合わさったイリスの体は、力強く前へと進む。

 体を貫かれながらもまっすぐ進む。

 

 両腕を前へ、まるで盾のようにイリスは構えた。

 自らの上体を覆い、鉄壁として前へと差し出した。

 

 雅人の両目が、驚愕に見開かれる。

 

 最早詰みの状況まで持っていった。

 だというのに、この戦意。

 

 それはこの過酷な世界を生き抜いてきた彼すら息を飲む壮絶な覚悟だった。

 

 そしてその覚悟が、雅人の計算を狂わせる。

 

 腕を掲げた瞬間。

 

 ふっと、イリスの体を押し留めていた針先の圧力が消失する。

 

 ――ああ、そういう事ね。

 

 イリスは瞬間的に悟った。

 

 先程指を固定されたのは。

 その拘束を外れたのは、彼女が蹴りを見舞った時。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして今、空中の小石が動くようになったのは、腕で体を隠した時。

 

 つまり――

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 目の前の男の手品、その種。

 それが一つ、詳らかになった。

 

 押し留められていたイリスの体が、その支えを失い急速に加速し始めた。

 雅人にとっては望外の、イリスにとっては狙い通りの突撃。

 それは、二者の立ち位置を完全に逆転させた。

 

 弾丸となって放たれたイリスが、一気に雅人へと迫る。

 

 恩寵(チート)を使っていたが為に、片手でしか振るえなかった剣。

 その為に選んだ、もっとも威力の有る上段振り下ろし。

 重力を味方につけたその攻撃は、基本にして最大の威力を生み出す形だった。

 

 だが上段から切り下ろす形は、対手へと攻撃が到達するまでの時間が長い。

 また刃の内に入られれば容易に攻撃が無効化されてしまいもする。

 

 その弱点が、完全に突かれていた。

 

 雅人の振る腕の弧。

 攻撃の内側へ、イリスは一瞬にして肉薄した。

 

 あ、と声を上げる間も無く。

 雅人はイリスに組み付かれていた。

 

 胴に抱きつくように、イリスは男の体へとぶつかる。

 イリスの華奢にも思える肩が雅人の腹へと突き刺さった。

 

 唐突な、内腑まで響く重い衝撃。

 そして、押し上げられた消化管により圧迫された横隔膜が、雅人の肺から空気を追い出した。

 

 鈍い苦悶が雅人の精神を遍く冒す。

 痛みというより、ただ苦しい。

 まるで体を構築する成分が名状し難い不快さに置き換わったように、体のあらゆる場所が否定的な感覚を伝えてきていた。

 

 ほんの僅か。

 僅か一センチ程、雅人の体が浮いた。

 

 その瞬間を逃さず、イリスは雅人の前足――前に出ていた右足を左手で抱えるように捕らえ、そのまま彼の体を引き倒した。

 

 どお、と大地を叩く音が激しく響いた。

 

 もつれるが如く地に伏した二人。

 

 雅人は背中を強かに打ち付け、二度、肺の空気を押し出す事となった。

 さらなる苦痛が上乗せされ、彼の思考は混乱する。

 

 今自分が何をしていたのか。

 何をしようとしていたのか。

 それすら定かではなくなっていく。

 

 ただ苦しみから逃れようと、本能的な喘ぎに全ての神経を集中させていた。

 

 そこに加わる、さらなる衝撃。

 

 燃えるような目をしたイリスによる、拳の鉄槌(ハンマーフィスト)

 

 全力を以て振りかぶられたそれが、雅人の顔面に突き刺さった。

 

 二度、三度。

 

 地面と挟まれた頭部はその衝撃をもろに受け、脳が頭蓋内で揺れる。

 

 そして拳を真正面から受けた鼻骨は粉々に砕け、その下にある骨にも罅を入れていた。

 

 幸運にも、辛うじて意識消失は免れていた。

 しかしそれは苦痛から逃れる事ができなかったとも言える。

 

 雅人の意識が朦朧とする中、イリスの追撃は止まらない。

 

 抱えた右足の下へ左足を滑らせ、そのまま後ろに倒れ込む。

 両腿で雅人の右足を挟む形になったイリスは、その脚の先端、足首を両手で抱える。

 

 ぐらり、と寝転がる勢いのまま。

 イリスは雅人の脚を内側に捻りあげた。

 

「――――ッアー!」

 

 上体が落下する勢いを加えたヒールホールド。

 それは雅人の膝、脚を繋げる靭帯という靭帯を一瞬にして引きちぎる。

 

 ブジリ、という生理的な不快感を齎す音が、雅人の膝から漏れた。

 

 燃えるような痛みが、雅人の右膝から勢い良く噴出する。

 

 ――熱い!

 

 まるで膝が炎になったかのように、熱い。

 痛みよりも高まる熱が、彼の恐怖を加速させる。

 自らの脚がまるで違うものになってしまったかのような錯覚が、彼の心を苛んだ。

 

 しかしそれは終わりではない。

 苦痛のフルコースは、未だ続く。

 

 膝をねじ切ったイリスは流れるように、身を縮めて雅人の大腿を両手で掴む。

 そして自らの体ごと、捻るように回転させた。

 

 左膝を男の左腰の下、そこを擦らせるように股間へ向けて滑らせる。

 回転ベクトルは雅人の脚を容易に再び捻り上げ、その脚全体が、天を突きながらぐりんとねじられていった。

 

「っしゃああああああ!!!」

 

 イリスの裂帛の叫びと共に。

 

 ごりぃ、と再び音がした。

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

 今度こそ雅人は絶叫した。

 あまりにも激しい苦痛に一瞬意識が飛びそうになる。

 

 雅人の右大腿。

 その根本、股関節が完全に破壊されていた。

 

 不自然な角度で加えられた力が関節をねじ切り、最早用を為さぬ程にかき回していた。

 

 苦痛にぎゅっと目をつぶり、涙を流しながら、それでも雅人は苦痛から逃れようと本能のまま藻掻く。

 

 上体を回転させ、うつ伏せになって。

 無様に這い出ようと、両手を伸ばして地面を掴む。

 

 だがそれを黙って見過ごす程、目の前の少女は甘くなかった。

 

 雅人がうつ伏せになった瞬間。

 

 その首筋に飛びかかるように、腕を這わせる。

 

 一瞬にして、雅人はバックチョークに囚われた。

 

 蛇の如く絡みついた腕は雅人の喉と頭を完璧に極めていた。

 しかもイリスの体はそのうつ伏せの体を押しつぶすように、重心をきっちり載せていた。

 

 こうなれば力に差が有る男と女であろうと、もう脱出不能となる。

 

 イリスはぎりぎりと締め上げる腕に力を込めた。

 

 雅人が落ちるまで、三十秒。

 その三十秒で勝利が決まる。

 

 ――勝った。

 

 最早覆しようのない詰み。

 この短くも長い攻防にようやく決着がつくと、イリスは内心胸を撫で下ろしていた。

 

 ――はやくニノンも治療しないと。

 

 まだ間に合うはずだ。

 逸る気持ちを押し込みながら、彼女は絶対に離さないとさらに首を締め上げる。

 

 

 

 だが、予想もしない出来事が彼女を襲った。

 

 

 

 イリスの体が、正確には雅人とイリスの体が()()()()()

 

 地に伏していた二人は一瞬にして大地の中へと飲み込まれていった。

 

 雅人の持つ恩寵(チート)、ものに潜る能力。

 

 その効果範囲は自身と、自身が触れている対象。

 故に、使えば組み付いている敵ごと地面の中へとも連れ込めるのだ。

 

 だがイリスからすれば、そんな事は知らない。

 突如起きた謎の現象に、一瞬思考が停止する。

 

 周囲から押し寄せる、包み込むような不快な感触。

 そして絶たれた呼吸と視界。

 一瞬にしてこのような状況に持ち込まれて混乱しない人間は殆ど居ない。

 

 故に、彼女は緩めてしまう。

 雅人の喉を拘束していた手を、咄嗟に、自らを守るように離してしまう。

 

 その瞬間を雅人は逃さない。

 ぐるりと土中を泳ぐように向き直った雅人は、イリスの体を押しのける。

 

 雅人の体から離れたイリスは、その恩寵(チート)の恩恵の効果から外れてしまう。

 すると、どうなるか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 土の圧力に身を固められ、指一本すら動かせない。

 彼女は土という牢獄に閉じ込められていた。

 

 そして対照的に、雅人は地面へと泳いで上がる。

 腕を地面に突き出し、這い上がるようにそこへ出た。

 

 はあはあと息を切らせ、最早立ち上がる事もできない。

 顔は涙でぐしゃぐしゃで、その鼻はへし折られ無惨にねじ曲がり、流れ出る鼻血も未だ止まらない。

 惨めで目も背けたくなるような惨状。

 

 だが今こうして残ったのは雅人だった。

 

 あまりにも無様、しかし間違いなく。

 彼は勝利を手にしていた。

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