召喚者達が魔将と戦っている、遥か後方。
「やった、やったぞ! 命中だ!」
ユーグ・ド・リュジニャンは狂乱じみた喝采の中に居た。
間抜けな面に笑顔を浮かべ、ホホーッと叫びながら手を叩いている。
「これが我ら技術の粋を凝らした魔導炸裂弾の威力だ! 思い知ったか魔族め!」
彼の傍らには、巨大な
人の身の丈を数倍にした程の高さと、陣一つを占めるのではないかという程の大きさ。
最早建物一つをそのまま持ってきたかのような巨大な兵器がそこには有った。
「おめでとうございますリュジニャン卿」
傍では小太りの男が、にこにこと笑いながらリュジニャンを褒め称えている。
如何にも品が無い表情を浮かべた男は、続けざまに美辞麗句を吐き続ける。
「その発想と技術には並ぶ者はおりません。リュジニャン卿の功績は未来永劫語り継がれるでしょう。勇者という称号と共に」
「そうだろうとも、そうだろうとも」
その言葉にさらに気を良くしたようなリュジニャンだったが、しかし一転して不快そうな表情を見せた。
「しかし何故装填に手間取ったのだ。危うく逃すところだったではないか」
不機嫌さを隠そうともせず、リュジニャンは顔をしかめる。
彼の想定ではもっと早く攻撃を叩き込めるはずだったのだ。
「
「は」
小太りの男は額から流れる汗を拭いながら、しどろもどろに答える。
「どうやら
ちらり、と男は後ろを見やる。
そこには、手枷をされ口を塞がれた男が居た。
彼は脇を兵士に固められ、強制的に何処かへ歩かされようとしていた。
「大人しくしろ!」
しかしそれに抵抗するように、男は執拗に暴れる。
どんなに殴られようと、逃げ出そうと足掻いていた。
だが数人の兵士に雨霰の如く槍の柄で小突かれようやく大人しくなる。
そして何か筒のようなものに彼は押し込められていった。
「あのように、暴れられるもので」
「手足は切り落としておくべきだったか」
ううむ、とリュジニャンが唸る。
「自ら人類を守る礎となる誉れをくれてやろうと尊厳を与えてやったが、とことん相応しい扱いをしてやった方が良かったかもしれんな」
「リュジニャン卿の優しさが裏目に出ましたなぁ」
ええ、ええ、と小太りの男はひたすらに媚びを売った。
「所詮犯罪者。如何様に扱おうと、文句は出ませんでしょう」
「次からはそのような処置をしておこう」
改善点だな、とリュジニャンは頷き。
「ともかく、次弾も装填急ぐがよい。賢い私は万が一にも備える慎重さが有るのだ」
そう、周りに命じるのだった。
――一体、俺は。
体の感覚が薄い。
まるで何も感じられなくなったかのような錯覚を雅人は覚えた。
鉛のように重くなった瞼を、全力で開く。
眠気も無いのに一向に開こうとしない目を見開いた時、そこには絶望が広がっていた。
先程まで立っていた仲間達。
彼らが全員、地に伏していた。
向こうに見える千夏は、体の上半分が無かった。
ひらりとしたスカートが、ただ彼女だったと控えめに主張していた。
目の前には哲也が居た。
仰向けになったその体は、ああ、と思わず声を漏らす惨状だった。
縦に半分、最初から存在していなかったかのように。
スライスされたみたいに、消えてなくなっていた。
そして一番前に居たはずの浩は、そもそも姿が見当たらなかった。
粉微塵になり、何一つ残りすらしていないようだった。
雅人だけが何故か、生き残れた。
一番後ろに居たからだろうか、とぼんやりと思う。
だが、そんな事はどうでもいい。
赤い鎧を纏った魔将が、ただ一人立っていた。
傷一つ無く、何を負う事も無く。
悠然としたまま立っていた。
何が起きたのかまったく分からない。
だが自分達だけが今、こうして死にゆく事だけは理解できる。
「畜生」
結局自分達がここに来た意味はなんだったのだろうか。
ただこうして無惨に殺される為だったのだろうか。
それが、どうにも悔しかった。
ゆっくりと魔将が歩いてくるのが見える。
もう抵抗する力は無い。
「ちくしょう……」
ただ一言、そう絞り出すのが精一杯で。
雅人の意識は、闇へと落ちていった。
魔将は雅人の下へと辿り着くと、その脈を探る。
か細いながらも命が永らえている事を確認すると、胸を撫で下ろした。
「いかれているのか、あの臆病者どもは」
魔将は心底不快そうに吐き捨てる。
「同胞諸共攻撃するなど」
超長距離よりの、強烈な一撃。
それは確かに彼女を驚かせる、効果的な奇襲だった。
しかしそれでも
工夫をしたな、と感心する程度の小細工だった。
だが問題はそこではない。
「これ程の
殺し殺される、そのような間柄だと彼女も理解している。
だとしても、許しがたい事は有る。
同胞を殊更大事にする闇の民にとって、味方を使い捨てにするなど有ってはならない愚挙であった。
単なる仕事でしかなかった戦いに今、明確な怒りが魔将の中には産まれつつあった。
「急げ、急げ!」
先程までの上機嫌は何処へやら。
リュジニャンは苛ついた様子でがなり立てる。
「魔将の様子はまだ分からんのか!」
「それが
炸裂弾をぶちかました後。
リュジニャン達は魔将の様子を探ろうとしたが、それが果たされる事は一向に無かった。
「流石に無傷という事は無いと思うが」
まさしく命を燃やし尽くす強大無比なそれを食らっては魔将と言えど只では済むまい、とリュジニャンは考えていた。
あと一発、もしかしたら二発。
それだけ叩き込めば確実に倒せる。
「さっさと次弾装填しろ! 英雄になる時が近づいているんだぞ!」
興奮気味に叫ぶリュジニャンの目の前に、ふわりと人影が舞い降りた。
――私の目の前に
何処の恥知らずだ、とさらに機嫌を下降させ視線を向けた刹那、彼は理解した。
全身を赤い水晶の鎧で纏った、一人の戦士。
光を反射し、その姿は神々しさすら感じる程に煌々と輝いている。
「ヒッ!」
思わず声が出た。
何故、何故こんな所に!?
「魔将……!」
倒すべき人類の怨敵。
リュジニャンには混乱しか無かった。
隣に居る小太りの男も、周囲に居並ぶ兵も、誰もが恐れ慄いている。
魔将とは一軍を軽く凌駕する怪物。
それが目の前に居る事は、かつて古来に猛威を振るった竜の眼前に立つよりも恐ろしい事実だった。
魔将は一人の少年を抱きかかえていた。
息も絶え絶えな西浜雅人。
彼を伴い、魔将は敵の本拠へと訪れていた。
「今治療すれば、まだ命は助かるだろう」
両手で抱きかかえた雅人を、魔将は差し出す。
「彼らの献身と勇敢さに報いようと考えるのであれば、私は引いてやってもいい」
だがそんな魔将の言葉はリュジニャンには届いていない。
彼は半狂乱になり、唾を飛ばしながら喚く。
「くそっくそっ、なんで魔将がここに来る! 足止めできてたんじゃないのか!」
リュジニャンは子供のように地団駄を踏み、さらに叫ぶ。
「あの役立たずの猿どもが! どうして私が考える通りに働かないのだ!」
その姿はまるで癇癪を起こした子供そのもの。
戦場に有るはずもない、見るに耐えない醜い幼稚な様だった。
「挙句魔将まで連れてきおって! 紛いものの勇者の癖に! 我々を失望させた分の働きすらできんのか、あのカスどもは!」
魔将は、差し出した雅人の体を引き戻した。
そして少しだけ、強く抱く。
「彼らは皆、勇敢に戦い死んだぞ」
一步、魔将は前に出る。
ただ一步。
それだけなのに。
とてつもない圧を、その場に居る者全員が感じた。
「それが称えるどころか謗るなど、人倫に劣るであろう。ましてや、囮として諸共殺そうなどと、どこまで腐っている」
「うるさい!」
ただ一人リュジニャンだけが、癇癪のままに反論する。
「全部あいつらが悪い! 私の想定通りに動けば、お前なんか倒せたんだ! 全部、全部あの紛い者が悪い!」
「もう喋るな」
魔将の背後に、さらなる煌めきが現れる。
それは無数の針だった。
水晶により作られた、雨の如き数の針。
その数は数百をゆうに越えている。
「我が名はヴォルシュ=マゴクのベアトリクス。闘士を束ねる
魔族――ベアトリクスは、冷たく言い放つ。
「お前達は余りにも醜悪に過ぎる。最早
じゃらり、と針が放射状に広がった。
陣の兵士を遍く狙うように、彼女を中心に展開された。
「ああ、くそう」
周りに居た騎士は、半泣きになりながら震えた。
「動かなきゃ死ぬのに」
今目の前の相手を排除しなければ、自分達は死ぬ。
そう理解しているのに、足が動かない。
あまりにも強大な圧が、彼らの体を金縛りにしていた。
竦む兵たちをベアトリクスはゆっくりと睥睨し、そして。
「故に消えるがいい。増長と傲慢に浸ったまま」
音もなく針が放たれた。
どさり、と。
人が倒れる音が聞こえる。
一人二人の話ではない。
陣として控えていた全ての兵が、ほぼ同時に倒れ伏した。
「我が
だがただ一人、リュジニャンだけはその攻撃から外されていた。
哀れな男は何が起こったかも分からず、ただがたがたと震えていた。
「我が意思が戦場を遍く貫く」
ベアトリクスの背後より放たれた針は一切の抵抗無く、戦場の全ての兵の体を貫いた。
兵たちは自らが攻撃されたという感覚すら無いままに、絶命させられていた。
ベアトリクスの
その力は対象を貫く事。
「私は不器用でね。愚直に、これしかできない」
ただ、それしかできない。
応用範囲の狭い力。
「だがね」
ベアトリクスは、すっとリュジニャンの横を通り過ぎた。
ただそれだけで、リュジニャンは
「それだけで、十分だ」
彼女は自身の
これは、ただ己の剣や矢が敵を抵抗も無く貫くというだけではない。
彼女が歩いて起こした気流。
そこに含まれる微細な粒子全てすらあらゆる物を貫く最強の礫となって相手を襲う。
結果、数多の散弾により削り取られた形となったリュジニャンは、粉微塵にばらばらとなって消えてしまった。
単純明快。
しかし、強力無比。
彼女の攻撃は決して防ぐ事はできず。
また近づく事すらできない。
攻防一体となった恐るべき
それこそがベアトリクスであった。
彼女が望むのであれば、ヴェネリサール王国の戦力を一人で殲滅する事など容易いだろう。
動く者が居なくなった戦場をベアトリクスは一瞥すると、静かにふわりと浮き上がった。
死に瀕した雅人の体を抱え、彼女は飛ぶ。
本来ならば、
だが、味方より攻撃され、仲間すら殺されたこの少年を手にかける事は、ベアトリクスには憚られた。
戦いの中で殺すのであればいい。
だが、味方に裏切られ失意の少年を、しかも巻き込まれたに過ぎないだろう
「間に合うと良いのだが」
やや焦燥を滲ませながら、ベアトリクスは飛ぶ。
人を抱えて飛ぶなど初めてでやや苦戦しながらも、彼女は青い空へと消えて行った。