崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第183話 それぞれの道へ

「結局、わたしの独り相撲だったって事じゃない」

 

 激しい()()()()()から数時間後。

 

 目を覚ましたイリスは、冷静な状態でマルグリットと向き合う事ができた。

 にこにこと笑う未来の圧を背中に感じながら、改めて話し合った結果――

 

「っていうか、聖女が早死にする原因がそれって」

 

 マルグリットから聞かされた、世界の真実。

 その情報量にイリスは頭を抱えた。

 

「確かに普通の巫女が既に王国は負けてるって聞いたら発狂モンでしょうね」

 

 多少不利で、今は反撃の機会を狙っている、というのが王国(エタ)中枢部の共通認識だろう。

 それが実際は既に完敗していて魔族側に遊ばれてるだけ。

 迂闊に人間を滅ぼすと世界ごと滅ぶから魔王が頑張って勝たないようにしているなど、まさに青天の霹靂としか言いようがない。

 

 こんな話を真顔で報告した所で、狂ったと思われるのが落ちだろう。

 

 そうなれば、聞いた話は自身の胸の内に留めておくしかない。

 そうして徐々に心を壊し、体が病み、死んでいったのが歴代聖女なのだろう。

 あの時見た聖女の様子から、イリスはそう推測した。

 

「わたしゃ想像通り過ぎてなんの面白みも無かったですけどねぇー」

 

 腹が減ったのか一人干し肉を齧りながら、ふがふがとニノンは口を挟む。

 実際に交戦した経験の有るニノンからすれば、なんか手加減されてるんじゃね?という疑惑が確信に変わっただけなので特に驚きも無かった。

 

「まあ二対九十八はちょっとドン引きしましたけど」

 

 どんだけ負けてんだよ人類。

 流石に負けてるとは言え最悪一対九くらいだろうと思ってたので、ここは想定外だった。

 

「光と闇が争うのは神から定められた運命」

 

 ぽつり、とイリスが言う。

 

「でもそれを厳密に解釈すれば、争わなければ存在意義が無いとも言えるわよね。()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、普通考えないわ」

 

「文字通り、私達は戦う為に生きているという事ね……」

 

 イリスもマルグリットも深く溜息を吐く。

 

 これが世界の真実。

 

 自分達は単なる神の遊戯(ゲーム)の駒でしかなかった。

 遊戯(ゲーム)が終われば、その盤は用を為さず、取り去られる。

 そんな儚い存在だった。

 

「ま、私達が生きてる間にどうこうって話じゃないから、いいんじゃないですか?」

 

 話を聞く限り、魔王は世界の延命に動いている。

 そして、あの強大な大魔将の力を見る限り、人類側がまともに勝つ事はまず不可能と考えられる。

 

 人類が適度に負けている限り、世界は滅びない。

 その損害を度外視すればの話だが。

 

 ニノンにとっては、有る意味縁遠い話だった。

 圏外領域(アウトゾーン)に籠っている限り、この人類の存亡劇はまさに対岸の火事に等しい。

 

「良かったじゃないですか。王国(エタ)が滅びない事は確定してますよ。相手が滅ぼさないように配慮してんですから」

 

王国(エタ)のお偉いさんが聞いたら号泣しそうね。屈辱で」

 

 実際牽引派など憤死する人間続出じゃないだろうかとイリスは思う。

 彼らが本気で魔王に勝つつもりなのは、イリスも良く知っていた。

 

「私もこの話を伝えるつもりは無いわ」

 

 話した所で決して受け入れられないだろうとマルグリットも思う。

 だからこそ、自分の内だけに秘めようと考えた。

 歴代の聖女と同じように。

 

 だが過去の聖女と違う点が一つ有る。

 

「これは、今ここに居る人たちだけの秘密よ」

 

 その事実を共有する人間が他にも居る。

 故にその負担は圧倒的に減じていた。

 

「ヴェリスに帰ったら、ただ聖女の認定を受けたという報告だけしようと思うの」

 

「……やっぱり、行くんだ」

 

「ええ。戻って、聖女としての勤めを果たしたい」

 

 本音を言えば、イリスはマルグリットを引き止めたかった。

 王国(エタ)への帰属意識も奉仕の精神も無い。

 イリスとしてはただ姉の安全だけが気がかりだった。

 

 だが、マルグリットの意思は固い。

 戻れば牽引派に良いように使われる事も理解した上で、彼女は戻る事を決意した。

 

「もし戻らなければ、魔王の封印は破れてしまう。相手が加減をしているとしても、やっぱり封印は保っておくべきだって、そう思う」

 

 確かに、王国(エタ)は圧倒的に敗北してる。

 良いようにされてると言ってもいい。

 

 そんな状況での、魔王の封印。

 これが何を意味しているのか分からないが、無駄なものではないとマルグリットは感じた。

 

 きっと自分達の知らない意図がまだ隠されている。

 そんな予感がした。

 

「それにね」

 

 しかしそれ以上に重要なものが、マルグリットには有った。

 

「勇者召喚を止めないと」

 

 牽引派が行っている勇者召喚の真実。

 マルグリットもそれを知ってしまった。

 

 難しい話は良くわからない。

 あそこで聞いた話は半分程度の理解だろう。

 それでも、異界の人間の尊厳が奪われている事だけは彼女にも分かった。

 

「あれは、行ってはいけないものだわ」

 

「わたしは勇者がバンバン召喚されてるのに驚いたわよ」

 

「あ、わかるー。私も聞かされた時王国(エタ)は頭おかしいんじゃねえのって思いました」

 

 既に勇者召喚が行われている事、その犠牲者が目の前の男である事もイリスは聞き及んでいた。

 

 伝説の勇者召喚を既に十六回。

 十六回も行っている。

 それは、イリスにとって一番の衝撃だった。

 

「まあ、それで納得できた事も有るけど」

 

 そう言ってちらりとイリスは未来を見る。

 

 何処となく違う何かを纏っていると感じさせる黒髪の少女。

 とてつもない技量を誇る彼女の正体が勇者であれば納得できる。

 

「でも恩寵(チート)を持ってるのはトトなのよね。わかんないわ」

 

「私も一応恩寵(チート)は持っているが」

 

「隠してたって事ね」

 

 まあ勇者の力なら切り札だものね、とイリスは納得する。

 

「未来なら相当凄い恩寵(チート)なんでしょうけど」

 

「空中に立てる」

 

「え?」

 

 イリスは自分の耳を疑った。

 あれだけとてつもない強さの未来なのだから、持っている恩寵(チート)もそれこそ初代勇者並の凄まじいもののはず。

 そう彼女は思っていた。

 

「だから、空中に立てる」

 

「あれ? もしかしてわたし幻聴でも聞いてる?」

 

「正確には空中に見えない半径二十センチの足場を作り出すことができる。私の体が接触した部分どこでも作り出せるが、私の体から離れると消える。ちなみに一度に一個しか出せない」

 

「やっぱり幻聴じゃなかった!」

 

 何その宴会芸にしか使えなさそうな力。

 これが勇者の力か!?とイリスは本気で思った。

 

「確かに恩寵(チート)の中でも相当使えない部類だな」

 

 複数の恩寵(チート)を見てきた雅次からしても、未来の恩寵(チート)()()()に感じられた。

 最下位に位置する能力なのは間違いない。

 

「皆同じような反応をするが、私には使い勝手が良い能力なんだがね」

 

 未来は苦笑する。

 確かに弱い恩寵(チート)かもしれないが、同時に彼女にとってこれほど有用な恩寵(チート)もまた無かった。

 

 足場さえあれば、彼女の暴力は如何なる場所でも発揮可能になるのだから。

 

「とにかく、聖女という立場ならやれる事は有るはずです」

 

 彼らの悲願がサカマキ・ケンゴの再来であるのなら。

 そしてその成果を最大限得ようとするのであるのなら。

 いずれ聖女が引っ張り出される日が来る。

 マルグリットはそう予想していた。

 

「召喚を止めるか、最悪召喚された勇者達を保護する事くらいは、できるはず」

 

「その時は俺も協力する。少なくとも何も分からずに放り出される、なんて事はもう無くなる」

 

 雅次はマルグリットと共に王都に戻る事を決意していた。

 彼女を陰ながら護り、助力をする。

 それが雅次が決めたやるべき事だった。

 

「言い出したら聞かないもんね。しゃあないか」

 

 マルグリットは見た目に反して頑固な面が有る事をイリスは良く知っている。

 

「……色々複雑だけど、任せたわよ」

 

 不承不承という様子を隠さずに、イリスは雅次へ複雑な視線を向ける。

 散々ボコボコにされた相手なので複雑だが、それだけに実力も理解している。

 下手な騎士よりは頼りになると確信はできるのだが。

 

「ほんっとうに、複雑だけど」

 

「任せておけ。俺の恩寵(チート)なら大抵の所には出入りできる」

 

 他人に成り代わる恩寵(チート)と、物質に潜る恩寵(チート)

 この二つの組み合わせであれば、殆どの場所には潜り込める。

 雅次は陰の護衛として完璧な存在だった。

 

「イリスは……戻らないのよね」

 

 マルグリットの顔に影が落ちる。

 

 イリスは牽引派の想定では、間違いなく死んでいる予定だ。

 それを逆手に取り、姿をくらまそうとしているのだった。

 

「まあ戻ったところで絶対ヤバい事になるのは目に見えてるし」

 

 下手をすれば牽引派のみならず礎石派からも命を狙われてもおかしくない。

 神殿へと戻るのは彼女にとってリスクしか無かった。

 

「このままこいつらに着いてくわ」

 

「多分圏外領域(アウトゾーン)入りする巫女なんて初めてじゃないですか?」

 

 そうなるだろうなあ、とニノンは思う。

 基本的に圏外領域(アウトゾーン)は宗教お断りの土地なのだ。

 

「こちらとしても、巫女が一人加わる実利は大きい」

 

 祈り(オラティオ)が使える者が一人居れば、怪我も病気も恐れることは無くなる。

 しかもイリス程の使い手となれば、言うなら医療機関丸ごと抱えているようなものだ。

 そのメリットは多大極まる。

 

「それに、多少なりとも都会の事情に精通している人間が居るのは心強い」

 

 なにせ、と未来は周りを見渡す。

 

 衛星国(セクタ)出身のトトと、浮世離れした魔法使いのニノン。

 そして異世界人の未来には、世情に疎いという致命的な弱点が有った。

 イリスはそこを埋める人材としてこれ以上無い存在だった。

 

「歓迎するよ、イリス。まあ、仲良くやっていこう」

 

「ええ、よろしくね」

 

 マルグリットと雅次。

 

 そして、未来たち四人。

 

 霊峰で交わった二つの集団は、再び別れて進む。

 各々の向かうべき場所へと。

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