崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第184話 超人会議

 ()()()で孤独に佇むエレクトラは、一人その天窓を眺めていた。

 

 刹那に等しい悠久を映すその場所は、世界の全てだった。

 

 懐かしいその輝きに彼女は手を伸ばす。

 今はもう届かぬその場所への憧憬と郷愁。

 彼女ら超人(ユーバーメンシュ)にとって、決して帰れぬ故郷がそこには有る。

 

「これで、確率世界(ルート)は完全に分岐する」

 

 どの時点で天音寺未来の可能性を分かつか。

 それが一番重要にして重大な問題だった。

 

 召喚の時点で干渉してはいけない。

 仲間を殺されなければ、彼女の殺意に火が付かない。

 

 ダラマトナに着いた直後でもいけない。

 あの悲劇が無くては、彼女は前に進まない。

 

 あまり後でもいけない。

 この霊峰を訪れ、その後では彼女は()()を編み出してしまう。

 そうなれば、道は決まる。

 

 あの時点でなければいけなかった。

 大魔将を倒し、この場所でこの世界の神(アステリオン)を欺く条件を満たさせる。

 その一点を遂行させなければいけなかった。

 

 

 

 そうでなければ、彼女は世界の九割を吸収する地獄の主として君臨する事が確定する。

 

 

 

 その力は強大無比で、この世界で抗う事ができる存在は皆無。

 ある種の完成形とも言える到達点。

 

 

 

 だが彼女らは、それに満足していなかった。

 

 むしろ、評価は逆。

 

 単一世界で閉じてしまったその姿に、失望すら覚えていた。

 どれだけ力を振るえようが、こんな箱庭の中でイキられても困る。

 

 彼女らが天音寺未来に求めているのは、もっと先なのだ。

 

「知性と闘争は切り離せない。知性とは生存競争を生き抜く為に生物が編み出した最強の武器。その武器を行使する事こそ、進化に繋がる」

 

 天音寺未来にこれ以上のブレイクスルーを齎すにはどうするか。

 

 敵だ。

 彼女には戦える敵が必要だ。

 

 踏み潰す虫しかいないこの籠の中に、猛獣を放り込むのだ。

 

 故の過去干渉。

 エレクトラらが歴史に手を加えるのは、世界の為ではない。

 

 ただ天音寺未来という一人の人間を先に進める。

 それだけの為に、彼女らは多大なリスクを抱えながら、この世界に影響を与えているのだ。

 

「無限に生まれる人の業を吸い上げ永久に量的な強さを積み上げるかつての貴方。そして、今から生まれるだろう違う強さを持つ貴方」

 

 天音寺未来と戦えるのは、天音寺未来しかいない。

 

 違う道を歩んだ化け物二体を相喰ませる。

 より強い獣はどちらか、より進歩するのはいずれなのか。

 それが、彼女たちが導き出した答えだった。

 

「これで良い結果が得られれば良いのですけど」

 

 果たしてどうなっているか。

 それを確認しようと、エレクトラは椅子から腰を上げた時。

 

「どうやら、滞り無く終わったようですね」

 

 不意に、声が聞こえた。

 

 彼女の眼前、その遥か先。

 

 そこより、二人の女が歩いてくる。

 

「これはこれは」

 

 エレクトラにとって、彼女達の来訪は意外なものだったのか。

 少し目を見開き、口に手を当て軽い驚きを見せた。

 

「自らお出でになるとは」

 

「やはり、気になりますからね」

 

 そう口を開いたのは、淡い桃色の髪を持つ女だった。

 彼女は長い髪をたなびかせ、誰もが安心するような柔らかな雰囲気を纏い、エレクトラの前までしずしずと歩いてくる。

 

「あの少女には、私達の存亡がかかっていますから」

 

 そう告げながら、スツールに置かれた本の表紙をつうと撫ぜる。

 ほんの少しだけ彼女は目を細めたのは、如何なる感情からか。

 エレクトラには読み取れなかった。

 

()()()として、任せっきりとはいかないでしょう?」

 

「相変わらず心配性ですね、花影様は」

 

 花影=LXXX-CDLXXⅢ・吉野。

 

 エレクトラ達、ここに存在する全ての超人(ユーバーメンシュ)の長。

 この世界の全ての頂点に立つと言っても良い存在が、彼女だった。

 

「結果だけ確認されれば良いと思うのですが」

 

「だって、気にはなるでしょう」

 

 少しすねたように、花影が言う。

 

「これまでなんの成果も上げていなかった計画が、突如進み始めれば――誰だって、直に見たくなるはずです」

 

 これまで微塵の成果も上げられていなかったこの白と黒の戦争(ゲーム)――盤上計画(プロジェクト・ゲイングラウンド)が、突如本命として躍り出てきた。

 その事実は、花影にとっても望外の結果だった。

 

「しかしまあ、蓋を開けたらまさか、ねえ」

 

 頬に手を当てて、花影は呆れたような、感心したような呟きを零す。

 

「運良く採取してたサンプルの中に求めていた存在が隠れていたなんて」

 

基盤人種(メイト・ビーイング)の愚かしさが、結果的に功を奏する事になりましたね」

 

 そう言ったのは、花影の後ろに侍っていたもう一人の女。

 

 彼女の姿は、エレクトラとは対照的に、その髪から装束まで全身が黒で統一されていた。

 漆黒に包まれた彼女は、この闇の中ではまるで存在すら蝕まれたように、その黒へと溶け込んでいた。

 

「サブプラン通りに()()へのデータ置換を行っていては、こうはならなかったかもしれません」

 

 ソフィーヤ=Ⅷ・山茶花。

 彼女もまた、この計画に携わる一人だった。

 

()()では、理性的過ぎて状況の硬直化が懸念されていましたからね」

 

「プレシミュレーションでも協調路線からの安定へ落ち着く可能性が非常に高いと出ていましたから」

 

 自分達を生み出した()()では賢すぎた。

 理知的で倫理観を備えすぎていた。

 彼らは有る意味完成されている。

 

 皮肉にもそれ故、進歩と進化が見込めなかった。

 だから彼女達の計画に人類の情報を使えなかった。

 

 必要だったのは、より愚かしく原始的で争い合う知性体。

 人類以前の旧人類、寿命が短く知能が低く、感情を制御できずに諍いが絶えない、そんな知性体。

 

 協調戦略という最善手を取れない、未発達な知能を持った生命体が必要だったのだ。

 

「流石にやりすぎなデザインかと思った基盤人種(メイト・ビーイング)ですが」

 

 可能な限り退化させ、ギリギリ人間に見える程度にまで後退させた種。

 それが彼女達がデザインしたこの世界の人類(メイト・ビーイング)だった。

 

「まさか他力本願とかいう惨めさを発揮してライブラリを漁った結果、偶然採取していた他惑星の類似人類から目的の知性体が出てくるとは予想外でしたね……」

 

 これは花影達にとっても想定外の成果だった。

 

 彼女達が望んでいたのは、争い有った基盤人種(メイト・ビーイング)が闘争の中から目的の存在へと昇華する個体が出現する事。

 それがまさか、外から正解を引っ張ってくるという反則をするとは思わなかった。

 

「ですがこれで、私達の遡行計画(プロジェクト・オーバーライド)も第二段階へと進む事ができます」

 

 全ての命運を賭けた遡行計画(プロジェクト・オーバーライド)

 その実行に為の下位プランが幾つか並行して行なわれていた。

 だが第二段階、王手まで手をかけたのは盤上計画(プロジェクト・ゲイングラウンド)が初であった。

 

「天音寺未来は、先程()()()()に紛れて私達の領域にデータを書き込んでおきました」

 

 実に弾んで、嬉しそうな声でエレクトラは言う。

 

「これで、彼女が失われる事はありません」

 

「万が一この世界が崩壊しても、他プランで彼女の協力を仰ぐ事が可能という事ですね」

 

 ふむ、とソフィーヤが頷く。

 

先程の会話(ログ)を見た限り、精神性は私達に近いですね」

 

 いつの間に手にしていたのか。

 薄いメモに目を通していた花影が、興味深そうにそれを眺めている。

 

「確かにこれなら()()できるでしょう」

 

「見ての通り、肉体に自己基盤が有る彼ら類似人類(リゼンブル・ビーイング)は、自己確立性が薄いですから」

 

 エレクトラは先程の雅人の様子を思い出していた。

 自己価値を無限に高く見積もる傲慢さと、今居る自分が己だと定義できない精神力。

 その二つが合わさり、複製という()()()()()()事にすら耐えられない古い知性体。

 

「そこから抜け出さないまま価値観だけアップデートされている彼女は、かなりのレアケースですね」

 

「ですがだからこそ、目的に適う存在なのでしょう」

 

 ソフィーヤも知っている。

 天音寺未来の肉体構造は、単なる古い類似人類(リゼンブル・ビーイング)と変わりが無い。

 だというのに、彼女は目的に適う特異性を持ち合わせている。

 

 ならば差異は、その精神性に有るとしか言いようがなかった。

 

「ともかくまずは今回の結果を確認しましょう」

 

 花影は上機嫌で踵を返す。

 

「それを鑑みた上で、さらに修正を加えて第三段階を目指しますので」

 

 その言葉を残し、ふっと花影は消えた。

 なんの痕跡もそこには無く、まるで最初から居なかったかのようだった。

 

「では私も、彼女とのコンタクトの準備をしましょう」

 

 ソフィーヤもまた、エレクトラに背を向ける。

 

「間違いなく来るでしょうからね。この私」

 

 ちらりと僅かだけ、ソフィーヤがエレクトラを見た。

 薄く笑いながら、悪戯な笑みを浮かべて。

 

()()()()の所へは」

 

「行くでしょうね。間違いなく」

 

 エレクトラも、静かに頷く。

 

「二人の聖女の下へと赴く。彼女はそうするでしょう、確実に」

 

 白と黒、二人の聖女の視線が交錯する。

 その様は言葉は無くとも何かが通じ合っているような様子だった。

 

「務めましょう。偉大なる太母の名に恥じぬように」

 

「ええ。太母の名に恥じぬように」

 

 ソフィーヤの姿が掻き消えると、再びエレクトラは一人となった。

 

 黒より暗い闇の中。

 

 天窓に押し込められた数多の星だけが、エレクトラの姿を照らしていた。

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