崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第2話 召喚の格差

 南那は足早に次の仕事場所に向かう。

 

 そろそろ()()()の時間だ。

 間に合わないと、ちょっと不味い。

 

 白い大理石で作られた美しい廊下を、南那は麻美に続いて進んでいく。

 

 サン=ヴォワイエ。

 

 それが、この砦の名だった。

 

 南那達が召喚されてから一週間。

 三十五名の召喚者たちはここからずっと出る事無く生活を続けている。

 

 「勇者」となる為の訓練、それをする為に。

 

 砦の一階。

 

 そこには、外の中庭に続く大広間が有った。

 元の用途はなんだったのかは南那にも窺い知れないが、今のこの場所が()()のような使われ方をしているのだけは良く判った。

 

 壁の周囲に棚が据え付けられており、そこには様々な武具が転がっている。

 使い込まれ古びたそれは、良く見ればどれもが刃を潰された練習用のものであるのが見て取れた。

 

 その控室に、転がり込むように南那はやってきた。

 静かな様子に、どうやら間に合ったみたい、とほっと胸を撫で下ろす。

 

 その部屋には、既に到着していた彼女の仲間が揃っていた。

 

 未来と麻美、そして二人の少年。

 

 一人は大柄な少年だった。

 筋肉質で、見るからに鍛え込まれた肉体が簡素なチュニックから見え隠れしている。

 彼は南那を見つけると、よっ!と笑顔で軽く片手を上げた。

 

 もう一人は、物静かな少年だった。

 どこか恨めしげな目つきをしている彼は、南那が来た事に気づいても顔を背けるように逸らしただけだった。

 

 対照的な二人を眺めながら、南那は再びメモを開いた。

 ただ黙々と、日常を書き留める。

 

 それくらいしか自分の恩寵(チート)の使い道は無いと、彼女自身が一番理解していた。

 

 

 

 ――私達がやらせられてる雑用でも一番重要でいちばんめんどくさいのが、この控室での仕事だ。

 

 何が嫌って、()()()()()と顔を合わせるからだ。

 

 保護組、って平たく言うと落ちこぼれの集まりなわけで。

 そりゃもう、他の人たちからの扱いなんてボロカス。

 

 それはこれから嫌ってほど良く分かる。

 

 ぎぃぃ、って大扉の開く音がする。

 これが帰ってきたっていうサイン。

 

 他の組の訓練の終わり、そして私達の仕事の始まり。

 

 ぞろぞろと大扉から入ってきたのは、戦闘組の皆。

 戦える恩寵(チート)を持っているって判断された人達が分けられた、召喚者の中の最大派閥。

 戦闘組はここで訓練を積んだ後、魔族との戦争の前線に送られて戦うらしい。

 

 私は戦えるなんて思えないから、正直保護組になれて良かったと思う。

 もし戦闘組なんかになっても足が竦んで動けないでやられちゃうんじゃないかと思う。

 

 それに、厳しい訓練を乗り切れるとは思えない。

 だって戦闘組の皆の顔を見れば分かる。

 あんな疲れ切ってる顔になるまで体を動かすなんて、私には無理だ。

 

「皆様、訓練おつかれさまでした」

 

 そんな戦闘組を出迎えるように、白いローブ(法衣?僧衣?とにかくそういうの)を着た凄い美人が一步前に出る。

 

 この砦の責任者っぽい人、巫女のアウレリアさんだ。

 

 私達を召喚したのもこの人だそう。

 まあ、周りの騎士の人達の態度からしても凄い偉い人なんだなってのはなんとなく分かる。

 

「勇者となるべく厳しい鍛錬を積む皆様方の努力、(わたくし)も頭が下がる思いでございます」

 

 そう言って、アウレリアさんが頭を下げる。

 ただそれだけの動作も、なんかすごく様になってて上品で、女の私から見ても魅力的に見える。

 

 だから、男の人から見たらもっとそうなんじゃないかな。

 

 実際、アウレリアさんが来るとあからさまに男子の顔は明るくなるし。

 

 現に今も、さっきまで死んだような顔していた戦闘組の男の子達の顔が、もう別人みたいに元気なんだよね。

 現金だよね、男の子って。

 美人が居ればそれだけで嬉しいんだねえ。

 

「僭越ながら、僅かばかりの祈り(オラティオ)を皆様に」

 

 そう言ってアウレリアさんが手を高く掲げると、きらきらとした光が戦闘組に舞い降りる。

 

 この祈り(オラティオ)、RPGで言う僧侶魔法とか奇跡とかに当たるものらしい。

 なんか魔法よりお手軽ではないけど、効果は凄いとか。

 

 とは言え魔法の方は、私はまだ見たことが無い。

 なんかここに魔法使いは居ないんだって。

 

 折角のファンタジー世界なんだから、どうせなら魔法は見てみたかったと思うのは、別によくばりではないよね。

 

 とにかく、この奇跡のお陰か、戦闘組の人達の顔色がみるみる内に良くなる。

 効果は良くわからないけど、疲労回復かなんかだと思う。

 

「ありがとうございます、アウレリア様!」

 

 前の方に居る男子がもう叫ぶみたいにお礼を言ってる。

 顔なんかすごくニヤけてる。

 

 アウレリアさんはその言葉ににっこりと笑顔を返すと、しずしずと戻っていった。

 

 戦闘組の男子達はその後姿を眺めながら、あからさまにニマニマしてる。

 ほんと現金だな男子って。

 

 あー、と軽く肩を回したりなんだりしながら、戦闘組の人達も控室から出ていこうとする。

 

「しっかりやれよ、無能組!」

 

 そして通りすがりに、そんな言葉をこっちに投げかけてきた。

 相変わらずニマニマとした顔だけど、さっきとは違って悪意丸出しの笑い方をして、そんな事を言ってくる。

 

 言わなくても分かると思うけど、無能組っていうのは私達保護組の事。

 

 戦闘にも出れない無能者。

 

 何れ勇者として華々しく戦場へと向かう戦闘組からすれば、落ちこぼれのゴミみたいなもんなんだろね私達なんて。

 まあ、否定できないのが悲しいけど。

 

 通りすがる全員が全員、ニヤついた目でこちらを見てる。

 もう完全に下に見てる目つきなんだよね。

 最初は嫌で仕方ないけど、一週間も経つと流石に慣れてきた。

 もうしょうがないねって。

 

「後から補助組の連中が来るから、武器を受け取っておけよ」

 

 きっちり磨いとけよ!と言いながら、男子の一人が出ていった。

 言われなくてもやるっての。

 

 で、戦闘組全員が出ていった後。

 

 もう一つの集団が、大扉から入ってきた。

 

 戦闘組よりもずっと疲れ切った顔をしている、数人の集団。

 

 この人達が、補助組だ。

 

 戦闘に使えないわけではないけど、直接的に戦えるような恩寵(チート)ではなかった人達。

 ゲーム風に言うなら、デバフ系みたいな能力を貰った人がここに入れられてる。

 

 補助組の人達は、両手一杯に剣とか槍とか、後は鎧がついた的とかを持ってやってきた。

 

 補助組の人達も戦闘に出るから、訓練は戦闘組と一緒に受けてる。

 

 でも、扱いは酷いみたい。

 

 戦闘組の補助、って言えば聞こえはいいけど、要するにパシリだ。

 あれこれ戦闘組訓練の為にあくせく動いて、自分たちの訓練は二の次。

 

 ちょっと訓練を覗いた時は、そんな感じだった。

 

 私達保護組と、補助組。

 一応補助組の方が扱いとしては上なはずなんだけど……。

 どっちの扱いの方がマシか、正直疑問に思う。

 

「ほら、受け取れよ無能組」

 

 腕いっぱいに抱えた槍を、男子の一人が渡してくる。

 

 それを受け取ったのは、大柄な男の先輩。

 

「ほい、おつかれさん」

 

 補助組の男子はいっぱいいっぱいって感じだった槍の束を、軽々しく持ち上げるこの人の名前は、四十八願 琉覇(よそなが りゅうは)

 未来さんと同じ高校三年の先輩だ。

 

 背が大きくて筋肉モリモリで、ところどころに傷も有る。

 まるで格闘漫画から飛び出してきたみたいな人なんだけど、その印象通り格闘技やってるらしい。

 

「いやあ~ほんとがんばるねェ~。感心するよ」

 

 四十八願さんはニコニコしながら、槍を丁寧に並べてる。

 あの槍、私なんかじゃとてもずっと持ってられないくらい重いんだよね。

 それを軽々と片手で持っちゃうんだから凄い。

 腕なんか下手したら私の腰くらいありそうだもの。

 

 そんな四十八願さんの様子を忌々しげに見つめながら、補助組の男子も出ていった。

 

 四十八願さんは愛想良くしてるつもりなのかもしれないけど……。

 倒れそうなくらい疲れてる所にああやって笑って出迎えられたら、なんか嫌な気分になるのは、自分もちょっと共感しちゃう。

 

「うわっ」

 

 その隣で、なんか情けない声を上げてる男の子は旦尾 帆(あさお かい)

 私達と同じ一年生の男子。

 

 旦尾くんは四十八願さんとは対象的に、見るからに文系の陰キャ男子って感じの子だ。

 多分、クラスの影で休み時間はずっと突っ伏してるタイプ。

 

 旦尾くんは受け取った練習用の的を支えきれなくて、よろっと転びそうになってる所だった。

 

「おっと、危ない」

 

 その様子を見かねた未来さんが旦尾くんの背中を支える。

 未来さんはなんか気づくとアシストしてくれてるんだよね。

 ほんとに頼れるお姉さんって感じ。

 

「楽してんだから、これくらいちゃんとやれよ」

 

 的を渡した男子は、チッと舌打ちをしながら出ていった。

 

 一日中雑用を押し付けられてる私達だけど。

 でも、補助組の人達からすれば、「楽をしてる」ように見えるみたい。

 そう思えるくらい訓練は厳しいんだろう。

 

 だから、やっぱり補助組の人達からも私達は嫌われてる。

 

 ……残りのもう一つの組含め、私達に友好的な組なんて無いんだけどね。

 

 はあ。

 

「とりあえずさっさと終わらしちゃおうよ、こんなの」

 

 嫌な空気を吹き飛ばすみたいに、麻美ちゃんが元気いっぱいにそう言った。

 何時でも元気一杯で本当に羨ましい。

 

「だな。この後は洗濯も控えてるしよ」

 

 ぱぱっとやろうぜ、と四十八願さんがずらっと武器を並べる。

 

 訓練で使った武器の手入れも、私達の仕事なんだよね。

 まあ本格的にどうこうなんて出来ないんで、基本的に磨くだけって感じなんだけど。

 

「なんでこんな事やらなきゃいけないんだよ……」

 

 旦尾君が、いつものように文句を言う。

 この一週間、こいつが文句を言わなかった試しが無かった気がする。

 

 なんでも否定から入る系男子なんだって、三日目くらいで判った。

 こいつ彼女とか絶対居ないでしょ。

 

「いいじゃねェか。男なら好きだろ、こういうの」

 

 逆に四十八願さんは鼻歌混じりの上機嫌で武器に脂を塗っている。

 

 いいねェ~なんていいながら、剣の照り返しなんかを見てる。

 

「俺も思う存分振り回したいんだけどなァ、こういうの。残念で仕方ねえ」

 

 四十八願さんは間違いなく戦闘とか好きだろうからね。

 戦闘組だったら天職みたいなもんだったんだろうなあ。

 

 でも恩寵(チート)が弱いってだけで保護組(こっち)に来ちゃったんだよね。

 ちょっと同情する。

 

 四十八願さんも旦尾くんも、私達以上にどうしようもない位使い道の無い恩寵(チート)の持ち主だったりする。

 

 麻美ちゃんや未来さんみたいに戦闘じゃなければちょっと活用できるとか、私みたいに一応使い道が有るとかですらない。

 本当にどうやって使うのこれ?みたいな恩寵(チート)

 

 もし使うことが有ったら、改めて書くと思う。

 

 ともかく。

 

 残念そうに練習用の剣を振り回す四十八願さん。

 

 それを、女子組は皆苦笑しながら眺めてた。

 ちょっと分からないからね、そういう男の子の気持ち。

 

 女の私からすれば、平和が一番だ。

 

「暴力なんて、縁がない方が良い」

 

 未来さんもしみじみとそう言っている。

 

「世の中平和が一番だよ」

 

「ですよねえ」

 

 女子組、意見が完全一致。

 

「僕だって戦うなんて冗談じゃない」

 

 そんな女の世界に、男も割り込んできた。

 旦尾くん?

 君、恥ずかしくないの?

 

「なんだよ俺だけ仲間はずれかよ」

 

 そう言ってるけど、四十八願さんはなんか楽しそうだった。

 

「ま、しゃあないね。暴力なんてよ、異常者の遊びだぜ」

 

 言ってる事は物騒なんだけど、不思議と嫌な感じはしないのが四十八願さんの凄い所だと思う。

 割と爽やかっていうか、怖くない。

 なんとも言えない感じなんだよね。

 

 だから、女子の皆とも実は結構仲が良い。

 旦尾くんと違って彼女とか居たんじゃないかなあ、これは。

 

 なんか女の子が安心できそうなタイプだもん。

 

 

 

 ぱたりと、南那はメモ帳を閉じた。

 これにかまけて、仕事が疎かになっては本末転倒。

 

 手にした訓練用の木剣に脂を塗る。

 地球ではやった事も無いこの作業も、段々板に付いてきていた。

 

「この後は食事の用意なんだよなあ」

 

 琉覇が、軽く溜息を付いた。

 

「あっちの方がよっぽど嫌だぜ。何せ」

 

 そこで一言、彼は言葉を切って言った。

 

()()()と顔を合わせなきゃならねェからな」

 

 この世界に呼ばれた召喚者達は、四つのグループに分けられていた。

 

 役立たずの保護組。

 奴隷のような補助組。

 戦闘で矢面に立つ戦闘組。

 

 そして特権階級である、特別組。

 

 その特別組と顔を合わせる事が最も苦痛だと、保護組の全員の意見は一致していた。

 

 そんな彼らとの邂逅の時間がもう少しで来てしまう。

 重苦しい空気は、彼らの心情を現しているかのようだった。

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