「それで」
執務室で書類仕事に向き合うフレデリックが、そこから目を離さずに問う。
「どんな
部下は手に持っていた紙を差し出すと、フレデリックの眼前に置いた。
それは狩猟競技で一番を
彼女はそれを手に取ると――
「クッ……クククッ……」
不意の哄笑。彼女はもう堪らぬ、とばかりに盛大に笑い声を漏らした。
「お前もこれを見たのだろう?」
「はい」
「どう思った?」
「……似合いの要求かと」
「確かに、これ以上無い程奴らには相応しい要求だな」
くつくつとまだ笑いを漏らしながら、フレデリックは椅子に深く座り直す。
「よかろう。言う通りにしてやろうじゃないか」
まあ、と彼女は漏らす。
「元からそのつもりだったとは、奴らは知らんのだろうがな」
手元の紙には【
あの狩猟から、早二週間が経過した。
あれから保護組の扱いが変わった――などと言う事も無く。
然程変わらず、それまで通りの日々を過ごしていた。
ただ戦闘組からの当たりは少し弱くなったかな、と南那は感じていた。
無能だの言われたり舌打ちされたり、そういう事は若干少なくなったような印象を、彼女は覚えていた。
反対に、特別組からの当たりはキツい。
「ゴミが! 生意気なんだよ!」
最早人間扱いすらして貰えてない。
「ゴミ」だの「カス」だの。
そういう呼び方をしてくるようになった。
幸い、召喚者同士の直接的な諍いは禁止されている。
故に、こうやって言葉で虐める事以外できはしないのだが――それが一日三回となると、南那も少々気が滅入ってくる。
それでも耐えきれたのは、あの時の経験が有るからだと南那は感じていた。
あれが戦った内に入るのかは分からないが、あの経験が彼女の中の何かを変えたのだけは確かだった。
命を賭けたやりとり。
自らの死を覚悟し、自らが生きる為に殺した。
現代社会では殆ど味わう事の無いそれを、南那は経験した。
かつての時代であれば当然であったそれを取り戻した彼女の精神性を、確実に強かに成長させていた。
故に。
「聞いてんのかよ、ブス!」
今こうして罵倒を浴びせてくる特別組――梶間、だっただろうか。身長の小さい奴――の声も、不快ではあるが聞き流せる。
今の私は衣目川セカンド。つよい。
南那は己が強くなった事を自覚していた。
表向きは冷静な顔をしながら、黙々と給餌をする。
その様子が気に食わないのだろう。
眼の前の小男は癇癪じみた奇声をあげて、何やら喚き始めた。
「クソっクソっクソっ!」
地団駄を踏み荒ぶるその光景を、周りに侍る女たちも引きつった笑顔でどうしたものかと扱いかねてる様子だった。
これももういつもの事過ぎて驚きすら無い。
慣れたものだと適当に流していた。
だから南那は気づかない。
彼らが自分たちを眺める視線に、険呑なものが混じっている事を。
「ところでお前ら、これからどうするですか?」
ストレス生産現場の給餌・配膳から解放されて掃除の時間。
トトと窓拭きをしている時、南那はそう聞かれた。
「どうって言うと」
「そろそろこの仕事も終わるですよ。次はどうするつもりですか?」
その言葉に南那は面食らった。
仕事が終わる? どういう事?
トトの言葉に、南那は混乱する。
なんだか分からない南那の様子を意に介さず、トトは続ける。
「二ヶ月だけでしたけど、なかなか実入りの良い仕事でした。次も良い仕事にありつけると嬉しいです」
「二ヶ月」
南那が詳しく話を聞いてみると、トトはここに二ヶ月という契約で連れてこられたらしい。
ヴェネリサール王国の国境沿いから馬車に揺られ、長い距離を移動してここまで来たという。
「もっと近くで人を集めればいいですのに。貴族様のやる事はわからんです」
トトも首を捻っていたが、給料が破格という事で気にしない事にしたらしい。
「ナナも少しは掃除が様になってきたです。これなら何処かで雇って貰えるですよ」
「ははは……」
愛想笑いをしながら、南那は考える。
トト達砦で働く下働きが居なくなるという事は、この砦がもうすぐで役目を終えるという事だ。
つまり、私達がここから居なくなる……?
それが指し示す答えは一つ。
――出兵。
最初にアウレリアが言ったではないか。
自分たちは魔王、魔族と戦う為に召喚されたと。
その本分を果たす時が来た、という事なのだろう。
遠からず皆は戦場へ赴き、魔王軍と戦うのだ。
なら、自分たちはどうなる?
戦えない、という事で隔離されたのが保護組だ。
当然戦場に行けるわけが無い。
となれば自分たちの処遇はどうなるのだろうか。
当然の疑問が、南那の頭に浮かぶ。
琉覇や未来は自分たちが使えない人材だと見倣されれば処分されるのではないか、と危惧している節が有った。
自慢ではないが、下働きとしては真面目に働いてきたと南那は思う。
それに狩猟の時もあのばかでかい熊を獲ってきたのだ。無能扱いはされてない、はず。
そのはずだと、彼女は自分に言い聞かせた。
「皆さんには、各々王国の各街で暮らしていただく事となります」
疑問はあっさり氷解した。
召喚されたあの日、保護組が集まった小さな部屋。
そこに呼び出された五人は、そう通達された。
「何分人手が足りないので、全員別々の場所で仕事をしていただきます。当面の生活と仕事先の斡旋はこちらで責任を持ちますので心配しないでください」
如何にも官僚然とした騎士らしき人がそう告げる。
「ばらばらになっちゃうんだ……」
麻美の声は、寂しげな響きで部屋の中に木霊する。
「戦場に行くわけじゃねェんだ、いつかまた会えるだろ」
対照的に、琉覇はあっさりとそれを受け入れてる様子だった。
男である彼はこういう、出会いと別れに対しても割り切りが上手いのだろうと南那は思った。
「で、何時頃になんだ。俺達が出ていくのは」
「二日後に閲兵式が有ります。勇者様達の出陣を見送った後、皆様は他の方々といっしょに退去していただく予定です」
つまりここでの仕事が無くなったらすぐに次、という話らしい。
無駄飯食らいにさせる気は無い。
そういう事だろうと南那は感じた。
「この砦からの移動にはこちらから馬車を出しますのでご安心ください。それではあと数日間、よろしくお願いします」
「ふうん。随分親切な事だ」
未来が感心でもしたかのように言う。
「至れり尽くせりだね、ほんと」
「まあ、いきなり放り出されるよりマシだよ未来さん」
だが、いきなり告げられたタイムリミット。
顔を見合わせる五人には、各々困惑が浮かんでいた。
「この五人で顔を合わせるのも、あとちょっとって事か」
「たった一ヶ月なんだね、わたし達が出会ってから」
長いような、短いような一ヶ月だった。
しかし、彼女達の人生の中で決して忘れられない一ヶ月だったのだけは間違いない。
余り物が集められた五人だった。
でも今は、離れがたい五人になった。
家族と強制的に引き離され。
そして今、こうして出会った仲間とまた引き離されようとしてる。
そこに寂しさを覚えない訳が無かった。
「さっき琉覇が言った通り、今生の別れってわけじゃない」
暗い雰囲気を払拭するように、未来が明るく言う。
「幸い私達の能力は
ね、と。
「必ずまた会おう。せっかくこうして出会った縁なんだから、大事にしていこうじゃないか」
「……そうですね。また絶対会いましょう」
異世界で出会った、本来出会うはずの無かった仲間。
その関係が無くならずずっと続いていけば良いと、南那はそう強く思った。