訓練場には、特別組・戦闘組・補助組の計25名が勢揃いしていた。
特別組は最前線で磨き上げられた豪奢な鎧に身を包み、背には赤いマントを付けている。その姿は確かに「勇者」に相応しいものであっただろう。
その後ろに居並ぶ戦闘・補助組も新たに設えられただろう革鎧を着込んでいる。
それはこれまでの一ヶ月間の労苦で培っただろう経験も合わさり、精悍な雰囲気を彼らに与えていた。
いつもは傍若無人に振る舞う特別組も、今日は静かにしている。
彼らですら理解しているのだろう。
ここで恥を晒す事は、己の株を下げる行為だと。
それでもやや退屈そうな素振りを見せている所に彼らの人間性が伺えた。
地下に続く大扉より現れたのは、やはり巫女アウレリアであった。
彼女は騎士たちをともなうと厳かな様子で彼らの下に歩み寄る。
アウレリアは胸に手を当てその掌を天に翳し神への感謝を示すと、さらに一歩前へと出た。
「皆様」
初めて会った時から変わらぬように、彼女は良く通る声で語りかけた。
「厳しい訓練を耐え忍び、よくぞここまで力を培ってくださいました。縁もゆかりも無い我々の為粉骨砕身の努力を積む勇者様方のお姿に我々も、そして神々も大変感銘を受けております」
感極まったように、声を震わせアウレリアは続ける。
「さて、皆様方はこれより前線へと赴く事となります。魔王軍が押し寄せ我が人類を脅かすその場所へ。きっと熾烈な戦いとなる事でしょう。凄惨な場で有りましょう。そこには苦難が有りましょう」
目を閉じる巫女が思うのは、勇者が勇ましく魔王と戦う姿だった。
しかしそれは、眼の前の少年少女たちではない。
彼女が思う理想の勇者が駆ける姿だった。
「しかしそれを乗り越えることが出来ると我々は確信しております。何故なら貴方がたは――」
――選ばれし、勇者なのですから。
その言葉は、改めてこの場に居る全ての人間に自分は特別な存在だと、そういう気持ちを励起させるのだった。
砦の窓から閲兵式を望むのは、フレデリック・ド・カスタルノーであった。
彼女はつまらなそうにその光景を見つめている。
それは
「早々に次の準備に取り掛からなければならぬな……」
彼女の机、そこに置かれた計画書。
その表紙にはこの世界の文字で「第十七次勇者召喚計画」と書かれていた。
「今回の十六次召喚は完全に赤字だった。これでは
そう呟くフレデリックの顔には苦悩が浮かんでいた。
【勇者召喚】もタダではない。
このただでさえ苦しい時代に消費するものが多すぎる。
それを捻出するのにどれだけの労力を必要とするか、考えただけでも頭が痛くなる。
特に今回の十六次は一層のリソースを注ぎ込んだ乾坤一擲の計画であった。
それが失敗となれば責任者である自身への追求は免れないであろう。
「私の提唱したメソッドの有用性を示し、幾らか相殺するしかあるまい。
彼女はこれまでも何度も【勇者】達を見てきた。
そしてそのいずれもが、期待外れであった。
故に、かつて訪れただろう真の勇者のような存在を招き入れるまで、何度でも召喚は続けなければならない。
そしてそれが成されなかった時は、使えぬ外れ籤をなんとしてでも役立たせる。
そう奮起し、リカバリー法を確立し実践しようとしたのがフレデリックであった。
数多の犠牲を払い召喚を行っている以上、そこに有用性を見出さなければ愛する国民への、ひいては世界への冒涜である。
彼女はそう信じていた。
「さしずめ
そもそも戦闘力だけならあんな勇者どもより自分たちの方が圧倒的に上なのだ。
強さには端から期待していない。
愛玩犬を一ヶ月で一流の猟犬に仕立てるなど誰にもできない。
それがこの女の本音だった。
だがそれでも
この、口惜しさ。
能無しに自らの世界の命運を賭けなければならない屈辱に、フレデリックが煩悩を覚えなかった日は無かった。
「魔将に僅かばかりでも手傷を負わせてくれれば万々歳なのだがな……」
フレデリックは、強大な大魔将の姿を思い浮かべた。
それにあの
せめて馬鹿なりに無謀に突っ込んで理外の一撃を叩き込んで欲しい、と彼女は切に祈った。
馬鹿も過ぎれば計算できなくなる。
連中相手であれば、それこそが一番効くだろうと。
暗い皮算用を、フレデリックはしていた。
「次こそは来ていただきたいものだな、勇者様に」
深く深く、フレデリックは再び溜息をついた。
彼女が思い出していたのは、幼少の頃見た勇者の似姿、その像であった。
雄々しく、凛々しく、精悍な青年。
その姿と眼の前の馬鹿面の姿が重ならない事に、より一層の苛立ちを覚えるのだった。
「いよいよだな」
部屋の片付け――荷造りや掃除――をしながら、五人はしみじみとした気分になった。
今日は自分たち以外の出兵式。
これが終われば特別・戦闘・補助の三組はすぐに戦場へと向かう。
そして役目が終わった自分たちもここから退去する事となる。
見知らぬ街へ。そして新しい生活へ。
そこに寂寥感を覚えないわけにはいかなかった。
いざ去るとなると、大変な事ばかりだった場所でも寂しくなるものなんだな、と南那は思った。
そんなに良い場所じゃないし、何も面白い事は無いし、馬鹿にされる事も多かった。
でも確かにここでは仲間と一緒に暮らしていて、助け合って生きてきたんだと。
その日々が惜しいと、ちょっとだけ感じていた。
「お前ら、最後まで仕事はきっちりするですよ! 手を抜くのはゆるさないです!」
トトは相変わらずの先輩面で、きっちりと保護組の面々を監督していた。
「最後の最後に手抜きしたとこ見せると、ずっと手抜きしてたように見えるですよ。最後が肝心なのですよ!」
そういうトトの様子が空元気に見えたのは気の所為だろうか。
きっとこの少女も少し寂しいのだろう。
それはなんだか、ちょっとだけ。
南那にも嬉しいと感じられた。
「そういえば私達ってお給料出るのかな」
ふと、麻美が話しかけてくる。
「確かに、こんだけ働いたんだし欲しいよね」
「お前らはなんか事情がとくべつそうですからねえ」
トトの目には、多分戦う為に集められてきたけど役立たずだから下働きに落とされた、みたいに自分たちは映ってるんだろうな、と南那は考えていた。
「でも流石に無給って事は無いと思うですよ」
「仕事先の斡旋とかで相殺って事だろうね」
手際良く梱包作業をしていた未来が話に加わってくる。
「コネは有る意味金銭に変えられない価値が有るからね。そういう意味では中々の報酬と見ていいんじゃないか?」
そういえばそんな話されたな、と南那も思い出す。
考えてみれば住む所と生活費が幾らか保証されて仕事先も斡旋されるとなると、結構な高待遇と言えた。
「次の仕事先が決まってるのは羨ましいです」
はあ、とトトは溜息をついた。
「推薦状は出してくれるらしいので、街についたら斡旋所のお世話になろうと思うですよ。どこか良い所が紹介されるといいのです」
先の見えぬ獣人の少女と比べれば自分たちは本当に恵まれているのだろう。
先が見えないという事の不安が、単なる高校生である南那には本当の意味では解ってはいなかった。
だが誰からも庇護を受け得ぬ状況で自分の意志で一歩を踏み出す事の困難さは、想像だけでも相当なものだと思えた。
出発は明日。
その事を思うと、胸中で不安と期待が入り混じるのを、南那は感じざるを得なかった。