武器の整備を終えた保護組の下に、トトがやってきた。
獣人の少女は可愛らしくぱたぱたとした足音を立てて、元気よく扉を開いて控室に入ってきた。
「お前ら、遅いですよ!」
何やってるです、と少し怒り気味にトトは言う。
後ろでは少女の感情を表すように尻尾が揺れ動いていた。
「早く食事の準備をしないと、お昼に間に合わなくなるですよ!」
「え、もうそんな時間?」
南那は驚いたように反射的に辺りを見回す。
壁に据え付けられた時計――幸運にも、元の世界とまったく同じ二十四時間のそれ――は、昼の十一時を過ぎようとしていた。
昼食の時間は十二時。
あと一時間も無い。
「やべェな」
苦笑いしつつも、顔に冷や汗を流しながら琉覇は立ち上がる。
それに釣られたように他の四人もゆっくりと立ち上がった。
「ほら、行くですよ」
出来の悪い生徒を先導するように、トトは廊下を小走りで進む。
「時間は待っちゃくれないですからね!」
トトや琉覇の後に続きながら、南那はまたメモ帳を開いた。
この異世界に召喚されてから一週間。
こうして自分たちの事を書き残すのが、もう日課になってしまっていた。
――食事の準備も私達がやらせられてる。
正確には、給餌。
ご飯を配るのと、後は下準備。
それが私達の仕事だ。
「さあってと、気合入れないとねェ」
厨房に着いた四十八願さんは、扉から外に出ていく。
力の強い四十八願さんは薪割り係だ。
この厨房の火力を支える、縁の下の力持ち。
他に皆は力仕事には全然向いてないから、こういうのは四十八願さんの独壇場だ。
まあ、それだけじゃないんだけどね。
ちらりと外を覗くと、四十八願さんが斧を振り上げて薪を割っている。
斧を振りかざす毎に。ぱこーん!と軽い音が辺りに響き渡る。
その割れた薪を見たら、多分驚くと思う。
本当に綺麗に真ん中から半分に割れてるから。
まるで、測ったみたいに。
まあ、
「ものの真ん中を測る能力」。
これが、四十八願さんが貰った
効果は読んだまま、物のちょうど半分の場所が分かるだそうだ。
今はそれを活かして、ちょうど薪の真ん中の部分を叩いて薪を割ってる。
本人曰く、「これくらいしか使い道ねェけどね~」だそうだけど。
まあ、
無理矢理にでも使い道を見つけないとどうしようもないのが私達保護組なんだよね。
ほんと不公平だ。
おっと、あんまりサボってもいられない。
私も仕事に戻らないと。
私達がやるのは、主に食材の皮剥きとかだ。
野菜(地球のと似てるけどちょっと違う、なんか違和感が有るようなもの)の皮をひたすら剥いて剥いて剥きまくるのが私と麻美ちゃんの仕事。
「いや別に私だって出来ないわけじゃないんだよ?」
麻美ちゃんが、芋?の皮を剥きながら、ちょっと焦ったように言う。
「でもさ、まだ修行中っていうか、発展途上って言うか。将来性に期待?」
「それ、出来ないって言うよね」
かくいう私も発展途上だ。
まだ修行中だから仕方ない。
そういう事なんだ。
そうだよね?
でも私達の隣では、未来さんが食材を切り分けて、下拵えをしている。
それはもう手際良くささっと。
材料の切り方なんて、四十八願さん顔負けにすごい均等に綺麗に切れてる。
これが……これがお嬢様の力!
「ナナとアサミも、もうちょっとお料理くらい出来た方が良いです」
未来さんと並んで食事の準備を手伝っているトトちゃんにはいつも呆れられている。
「お前らそんなんで良く生きてこられたですね。ちょっと感心するです」
小学生くらいの女の子にそう言われると、流石に少しへこむ。
いや出来ないんじゃないんだよ。
やってこなかっただけだから。
これから出来るようになるから!
気まずいから脇を見て誤魔化そうとしたら、旦尾くんが室内にえっほえっほと薪を運んでいるのが見えた。
二、三本ずつ、大した量じゃない薪を汗を流しながら運んでた。
下手したら私より力ないんじゃないかな、あの人。
あ、薪を積もうとして崩した。
ガラガラ、と大きな音がする、と思ったけど、音がしない。
旦尾くんは適当に薪を置くと、ササッと外へと逃げていった。
そして、ちょっと遅れて。
ガラガラッ!と大きな音がした。
厨房の人達が一斉にそっちに顔を向ける。
で、なんだ薪が崩れたのか……みたいな納得顔で、すぐに作業に戻っていった。
あいつ、
旦尾くんの
遅らせたいと思った音を、きっかり5秒間遅らせるんだそうだ。
私達の
いや、ろくでもないけど。
折角貰った能力が、ミスの誤魔化しにしか使えないとか本当にしょうもないよね。
私達が無能って言われるのも納得しちゃうな、こういうのを見ると。
ぱたん、と。
南那は一度メモ帳を閉じる。
時計を見ると、もう間もなくお昼を迎えようとしている所だった。
「急がないと、皆来ちゃうね」
「だねえ」
麻美も、やばっ、と言いながら、不器用ながらも野菜の皮を懸命に剥いていた。
所々細かく皮が残る、不格好な皮剥き。
それを無様と笑う事は南那にもできなかった。
彼女の手元に有る野菜も、似たようなものだったからだ。
もっと丁寧にやれと突っ込まれそうなそれを、籠に次々と放り込む。
不格好だろうがなんだろうが終わらせないと不味い。
昼食の時間はもう間近に迫っていた。
南那はガラガラとカートを引いて、食堂を進む。
カートには十人分のパン、肉、サラダなど、簡素ながら美味しそうな食事が詰め込まれていた。
テーブルの反対側を見ると、麻美が同様にカートを引いている。
二人で二十人分、これが戦闘組に出される食事だった。
「おい、早くしろよ!」
机に座っている男子の一人が、苛立った声をあげる。
「食事くらいさっさと配れねえのか、無能!」
声を上げているのは一人だけ。
しかし突き刺さるような視線が、皆同じ気持ちだと表しているようだった。
南那は気まずさと恐怖を隠しながら、無言で食事を並べる。
その間も、「さっさとしろ」「遅い」など罵声が飛んでくる。
南那は表向きそれをなんでもないような表情を装い、耐えた。
麻美は反対に、何を言われようが「はいはいごめんね無能でさー」と軽く言いながら躱していた。
少なくとも見た限りでは、あまり堪えてるようには感じられない様子だった。
そのテーブルの向こうでは、琉覇が大きな鍋を持って壁際へと向かっていた。
「ほら、飯だ」
どん!と壁に据え付けられていた棚にその鍋を置く。
本来は手持ちの道具等を一時的に置いておくだけの場所が、彼らにとっては粗末なテーブルだった。
「飯だ!」
そう叫んで群がるのは、補助組に分けられた六人だった。
彼らはひび割れた碗を手に持って、一目散にスープの入った鍋に向かっていく。
「おっと」
琉覇がぱっとその場から飛び退いた。
そうでなければ、
「どけ! これは俺のスープだ! お前らは残りでも食っとけ!」
「ふざけんなテメエ! どんだけ食う気だ!」
「私の分が少ないじゃないの! 女なんだから気を遣おうって思わないの!」
六人の男女が、一鍋のスープを巡り、罵りあう。
そして一滴でも多くスープを得ようと、餓鬼のように鍋にしがみついていた。
その姿を、戦闘組の者達がニヤニヤしながら眺めている。
この醜態も彼らにとっては軽いスパイスのようなものだった。
娯楽の無いこの砦の中で、自分と同年代の
ここでこれ以上の楽しみは存在しなかった。
そんな姿を南那も目が離せないでいた。
ちょっと掛け違ったら、自分もあそこに居たかもしれない。
そう考えると、背中に寒いものが走るのを止める事はできなかった。
諍いはさらにエスカレートし、ついにはお互い掴みかかるような形にまで発展していた。
「いいから寄越せよ!」
一人の少年が、スープをかき集める少女を無理やり引き剥がそうとする。
力任せにその肩を掴み、後ろを引こうとして――
「そこまでだ」
壁際に控えていた居た騎士が、彼らの下へとやってきた。
召喚者達はこうして常に騎士から保護――もしくは監視を受けていた。
その縛りが比較的薄いのは、雑用で動き回る保護組のみである。
騎士は力強く少年の肩を掴み自分の方を向かせると、低い声で告げた。
「召喚された勇者同士が諍いを起こす事は許可されていない」
感情の無い平坦な口調。
それが少年少女達に、否応無しに恐怖感を抱かせる。
「それ以上事を起こすなら、
教育。
その単語を聞いた途端。
補助組の面々はびくり、と体を震わせ、硬直させた。
「……チッ」
少年はしぶしぶと矛を収める。
ここで暴れるのが不利益になると、彼も理解していた。
仕方なく向き直った少年は、そこで気づく。
「あっ」
少女に掴みかかってる間に、他の誰かにスープを全て食われた事を。
誰よりも多く分け前を望んだ結果、全てを失い――彼は、絶望的な顔を浮かべた。
少年の視線が、ちらりと南那が運ぶワゴンに向けられた。
そこには温かいスープを始めとした、補助組では手の届かないちゃんとした食事が据えられている。
物欲しそうに羨むねっとりとした、それでいて突き刺さるような視線。
そこにこちらへの嫉妬も混じっているように感じたのは、南那の気の所為だろうか。
――なんで。
そんな感情が、視線から聞こえてくるようだった。
なんの落ち度もないのに、糾弾されたような気がして。
南那は思わず少年から目を逸らした。
「あまり気にするな」
そんな少年の視線を遮るように、未来がやってくる。
彼女の手前には、南那達のものより一団大きく、そして豪奢なカートが押されていた。
「さ、そろそろ本命だ」
遠くに居る麻美にも目配せをし、補助組三人の女性陣が集まる。
彼女たちが進む先。
そこには、一際豪奢な扉が存在していた。
おそらく貴人の為の個室だろうそこは、今や選ばれし者達の特別な場所となっていた。
三人はそこに、静かに入っていく。
そうして出てきたのは、どれくらい経った頃か。
食堂の戦闘組や補助組が食堂を後にして、誰も居なくなった後。
ようやく三人はそこから出てきた。
彼女たちの表情は一様に固く、そして無言だった。
そしてそのまま厨房へと戻っていく。
厨房に入り、ばたん、と扉を閉めた麻美は、そこでようやく口を開いた。
「あーもー!」
先程までの鉄面皮は何処へやら。
不快さに顔を滲ませ、彼女は叫ぶ。
「ほんっとにもう、毎回の事だけどムカつくわあいつら!」
抑えきれない感情が溢れ出すように、麻美は遠慮なくがなりたてる。
その影では、南那がいそいそとメモ帳を開いていた。
そしてやはり、何かをぶつけるように己の
――麻美ちゃんじゃないけど、ほんっとうにムカつく。
何がって?
特別組の連中よ。
その名の通り、一段上のとんでもなく強い
これまで説明してきた通り、ここでは
だから戦える戦闘組は比較的優遇されてるし、直接戦闘できない補助組の扱いはあんなだし、使い物にならない私達はこんな扱いなわけ。
で、そうだとしたら――明らかに強い
さっきの給餌の様子を教えたら、大体分かると思う。
奥の部屋に入った私達がまず感じたのは、甘ったるい臭い。
うってむせちゃうような強い臭いが、ここにはいつも立ち込めてる。
その臭いの元は、ここに居る女の人達。
薄着でその……ちょっとはしたなくて恥ずかしい感じの人達は、
「おせえぞ、無能組!」
そう叫んだのは、この集団のリーダー格。
最強のチートを持つって言われてる、
「あんまりナメてると燃やすぞ? あ?」
そういう中島の手が、燃えてる。
手で炎を生み出したとかじゃない。
中島の
体全部が炎になるから、攻撃なんてなんにも効かない。
もし攻撃しても、殴りかかった方が焼かれちゃう。
その上で、火炎放射とか火球とかもバンバンだして敵を攻撃できる。
ちょっと聞いただけでも無敵に近い
正直優遇されるのは理解できなくもない。
周りにいる三人も、中島に負けず劣らずのすごい
だからこいつら四人は、砦からも別格扱いされてこう呼ばれてる。
特別組。
ちょうど四人居るから陰では四天王とか呼ばれてる。
まあ、呼び名なんてどうでも良い。
問題は、こいつらが大抵の事は許されてる立場だって事。
そんなもの無くても活躍できるのが目に見えてるから。
「ほら、さっさと尽くせよ、俺達勇者に」
後ろの……誰だっけ。
確か梶間だったかな。
一際チビな奴が、横柄にそう言ってくる。
はあ、と心の中で溜息をつきながら、私達は給餌を始めた。
「心を込めろよ。世界を救う勇者様の食事だぞ」
横柄に笑いながら、ニヤニヤといやらしく中島が私達の仕事を眺めてる。
たった一週間。
それだけの時間だけど、ちやほやされまくったこの四人が増長しきるのには十分な時間だったみたい。
今では自分たちが救世主だって疑ってない。
だからなんでも許されるって、本気で思い込んでる。
世界を救うんだからお前らは自分に尽くせって、そういう態度が透けて見える。
「勇者様ぁ、はい、あーん」
「あーん」
こいつらはもう食事するのに自分の手も使わない。
周りの女たちに運ばせて、ぐっちゃぐっちゃと下品に食べ散らかしてる。
いやもう、見てるだけで嫌になる。
こんなのと一緒に、食事が終わるまでつきっきり。
勘弁して。
ちらりと横を見ると、麻美ちゃんがにこやかな顔をしてフルーツを取り分けてる。
でもわかる。
すんごい笑顔がピクピクしてるの。
あれはもう内心ブチ切れそうなのを我慢してるんだろうな。
未来さんはこんな状況でも冷静に、にこやかに対応している。
見事な手際で紅茶を注いで、あいつらに振る舞っていた。
うーん大人だ。
「これ、不味いな」
そう言った中島が、べちゃり、と床にそれを放り投げる。
香ばしい魚のムニエル。
それがゴミみたいに床に転がってる。
「俺は魚嫌いなんだよ。もっと肉だせ肉」
半ギレで中島が悪態をついてる。
食事を粗末にしないでほしい。
だけどこれも、毎度の光景だ。
もう見慣れてしまった。
「喰いたきゃ喰えよ、ごちそうだぞ」
ニヤニヤと中島が笑う。
私達がそんな満足な食事を取れてないと思ってるから、そうやっていつも煽ってくる。
「きっとお前らにはごちそうだろうからな。ギャハハハハハ!」
「ヒャハハハハハハ!」
何がおかしいのか、他の三人も釣られて笑ってる。
こいつらどう見ても勇者じゃないよね。
チンピラとかモヒカンとかそんなんじゃん。
これでいいのかなあ、勇者。
まあ、そんな事が先程まで有ったわけなんですよ。
イラつく要素しか無いでしょ?
こんな連中と仲良くなんてできるわけ無い。
ほんと、人間ああはなりたくないもんだと思う。
そこまで書き殴ると、南那は勢い良くメモ帳を閉じた。
――うん、とりあえず良し。
どういう形であれ、不満は吐き出すとすっきりする。
「いやほんとお疲れだぜ女性陣は」
大変だよなァ、と琉覇も声をかける。
「俺はあんまり関わり合いにならなくて済んでるけどよ……たまに遭うとほんとすげえからなあいつら」
「散々馬鹿にしやがって、糞」
毎日顔を合わせるわけではない男子二人も、彼ら特別組に良い印象はまったく無いようだった。
「まあまあ、とりあえず食事にしようじゃないか」
お腹も空いたしね、と未来が賄い飯を持ってくる。
その皿には肉の盛り合わせと付け合せの野菜スープ、ほかほかのパンが乗せられていた。
――こんなとこ、補助組には見せられないよねえ。
実際の所、最下位と言われる保護組の方が、立場が上なはずの補助組より食事は恵まれていた。
特別組が
ちょっと悪いとは思いつつ、南那はパンを口にする。
「うん、美味しい」
散々空腹を我慢しただけの甲斐は有ったなあ、と南那は舌鼓を打った。
食堂と厨房の間にある扉の隙間。
そこに、憎しみに染まった瞳が見え隠れしている事など、南那はまったく気づいていなかった。