崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第30話 地獄開闢

 サン=ヴォワイエの地下。

 その白亜の空間で、アウレリアは祈りを捧げていた。

 

 召喚が行われたその場は本来神へ祈りを捧げる祈祷の間でもあった。

 神の御心を感じ、その意を受ける。

 本来はそのようにして使われる場であり、それが召喚場へと変じたのは後の話である。

 

 部屋の入口には騎士が数人、そこを護るように立っている。

 最初は巫女に脱出を促す為にやってきたが、巫女が頑なに動かないのを見て、この場を固める事を決めたのだ。

 

 召喚者が反乱を起こした事も知っている。

 それが多数の犠牲者を産んだ事も、そして自分が危険である事も。

 

 だとしてもここを動く訳にはいかない。

 いや、ならばより動いてはいけないのだ。

 

 全ては偉大なる至天神と、光の神々の望むままに。

 それが成されていないのは偏に自分たちの信仰心が足りない所為なのだ。

 

 故にアウレリアは祈る。

 ただ無心に祈りを捧げ続けている。

 至天神の神像の前ですっくと立ち、両の手を天に翳しながら、閉じられた目は彼方神の世界を見ようと闇の中を彷徨っていた。

 

 彼女の耳に、どさり、という音が何回か聞こえる。

 聞こえても尚、祈る。

 神へ祈るならば全く自らを捧げ祈るべし。

 それは神殿に属し最初に教えられる事だ。

 

 ゆっくりとした足音が近づいてくる。

 それはまっすぐにアウレリアに進んで生きているようだった。

 徐々に縮まってゆく二者の距離。

 だが彼女は祈りを止めなかった。

 

「見上げたものだな」

 

 それは優しい声だった。

 そして、恐ろしく酷薄な声色だった。

 

「そんなに気分が良いものなのかな。神とやらによりかかる事は」

 

 その声に漸くアウレリアは祈る事を中断し、振り向いた。

 

 振り返った先に居るのは、一人の女だった。

 異界の装束に身を包んだ黒髪の女。

 此度の召喚者を良く覚えている訳ではないが、その一人である事は明白だった。

 

「この世は全て、神の思し召しの通り」

 

 女の肩越しに、倒れる騎士たちの姿が見える。

 糸が切れた人形のように力なく転がっていた。

 

「我々はただその意に寄り添い、生きるのみです」

 

「ふうん」

 

 興味無さそうに、女――天音寺未来は一言返す。

 

「まあそちらが何を考えて生きているかなど私にはどうでもいい。どれだけ()()だろうと、自己完結しているならそいつは自己責任という奴だ」

 

「だがな」

 

 さらに一歩、未来は足を踏み出した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「勇者召喚の儀、でございますね」

 

「そうだ」

 

 眼の前の勇者が反逆した理由など、アウレリアには痛いほど理解できている。

 強制的に違う世界に連れてこられ、強大な魔族と戦う事を強いられる。

 それが如何程の苦痛か、知らない訳ではないのだ。

 

「罪深き行いである事は、理解しております。それでも、私達は異界の勇者に縋らざるを得ないのです。何故なら――」

 

「お前は」

 

 恐ろしく冷たい声。

 その未来の顔は能面の如き無表情であった。

 目より放たれる眼光は物理的な圧力を持つかの如き威容を誇り、アウレリアは一歩たじろぎ下がった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「お待ち下さい」!

 

 巫女が声を張り上げた。

 必死な請願だった。

 

「そうせざるを得ないのです! ただ唯一残された、救いの道なのです!」

 

「お前が幾ら言葉を重ねようと」

 

 ちゃり、と音がする。

 未来の手にはいつの間にかナイフが二本、その手に収まっている。

 回収してきた南那のナイフ。

 それが彼女の手の中で、輝いている。

 

「事実は変わらない。ただ一つだ」

 

 そして左手に握られた紙束は、なんだったか。

 アウレリアにはそれが思い出せなかった。

 

「お前達は()()()()()()()()でしかない。違うか?」

 

「………………ッ」

 

 アウレリアは言葉に詰まる。

 それは、まさに言う通りでしか無いからだ。

 彼女の言う通り、なんら言い逃れの出来ない事実。

 

「これを見ろ」

 

 未来が突き出す書類を見て、それが漸くなんなのかアウレリアは理解する。

 カスタルノー卿の部屋で見たそれは、召喚計画の書類であった。

 

「私はまだここの文字は満足に読めないんだが……数字だけはきっちり理解してるんだよ」

 

 とんとん、と。

 書類の一点を指差す。

 

「この題。17か? 17って書いてあるだろう? 断片的に読むにさ、お前達はもう17回も繰り返してるって言う事になる。こんな馬鹿げた事を」

 

 女の手が、書類を縦に引き裂く。

 綺麗に、ちょうど半分に。

 そしてそれは空へと放り投げられ、ひらりと舞う。

 

「――恥というものを知らないのか、お前らは」

 

 アウレリアは未来に縋り付くように、許しを請うた。

 ただ寛恕を乞う為に、形振り構わず謙った。

 

「私どもも、生き残る為に必死だったのです! このままでは人類の滅亡は遠からず必ず来ます!」

 

 彼女は必死に叫び、自らの思いを形にする。

 それはまるで、裁判で自らの潔白を主張する容疑者の如く。

 

「勇者様のお力無くば魔王に対抗できないのです! 彼の者を打ち直さねば、光の民は尽く鏖殺され地上より姿を消すでしょう! ですから」

 

「つまり」

 

 未来の声は、どこまでも酷薄さを増していく。

 

「こう言いたいんだな? お前らは」

 

 ガッ、という音と共に。

 アウレリアの頭が地面へと叩き落される。

 そして未来の足が、その頭をねじ伏せるように踏みつけていた。

 

「ただ毎日学校に行って、友と語らい、勉学に励み。両親に囲まれ、毎日を生きる。そんな私達のありふれた日常は」

 

 ぎりぎりと、アウレリアの頭が万力の如き力で締められる。

 味わった事の無い苦痛に、彼女は声すら出せない。

 

()()()()()()()()()()()()と」

 

 この世界に喚ばれなければ。

 召喚者34名には、退屈だが幸せな日常が有っただろう。

 

 麻美は、学校で絵を書いていたのだろうか。

 帆はクラスで目立たず、決して楽しいとは言えない毎日を送っていたかもしれない。

 琉覇は体を鍛え続けていたのだろう、きっと。

 そして南那も、平凡で代わり映えしない生活を送っていたはずだ。

 

 どんなにつまらなくて代わり映えがしなかったとしても、そこには明日が有ったはずなのだ。

 

 それは何よりも輝かしく、誰にも侵し難い幸せではなかったのか。

 

 それが奪われる事がどれだけ罪深き事か――。

 

 未来のたった一言は、そう語っていた。

 

「もう良い。ちゃんと理解した」

 

 未来がすっと足を離す。

 

 解放されたアウレリアは呼吸する事も忘れていたのだろう、ごほごほと咳込みながらよろよろと立ち上がる。

 

 そんな彼女に、未来は言い放つ。

 

「お前達のような人間を、人の言葉でどう言うか教えてやる。クズだよ」

 

「お、お待ち、ください。どうか、お話を」

 

「傲るなよ」

 

 即座に切り捨てる。

 

()()()()()()()()使()()()。どこまで増長すればそういう思考に行き着く? 身の程を弁えろ」

 

 明確な拒絶。

 

 それは最早、巫女の言葉がこの女に届かなくなった事を示していた。

 

 

 

 いや、そもそも最初から届くはずなの無かったのだ。

 

 アウレリアはもっと考えるべきだったのだ。

 

 何故召喚は失敗したのか。

 

 何故、150人が35人になったのか。

 

 儀式が費やされたリソースと等価交換のはずならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そもそも。

 

 何故勇者が上限だと錯覚していたのか。

 

 組み易き弱い者達ばかり喚ばれていて、どうしてそう思い込んでしまったのか。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 地に開いた暗き穴より宝石を掻き出そうと、むんずと掴んだ掌の中に――自らを破滅させる毒が紛れ込んでいないと誰も知りもしていないのに。

 そして愚かな事に、彼女らはそれを引いた事すら知らなかったのだ。

 

 

 

 アウレリアの顔面に、深々とナイフが突き刺さる。

 

 その眉間、頭部を貫くように。

 

 巫女は今、神の身許へと旅立って行った。

 

 未来はその姿に一瞥すらせず。踵を返す。

 彼女は進む。砦を出て、少女の下へ帰る為に。

 

 

 

 日が昇りゆくその頃には。

 

 最早サン=ヴォワイエに動く者は存在しなかった。

 

 

 

 トトは洞窟の入口で立ち尽くしていた。

 隠れていろとは言われたが、どうしても不安が拭えなかったのだ。

 

 ミクも、帰ってこないかもしれない。

 

 そんな不安が少女の胸を満たしていた。

 

 しかし、それは杞憂に終わる。

 

「ミク!」

 

 太陽が頂点に差し掛かる頃、彼女は再び姿を表した。

 出ていった時と、変わらぬような姿で。

 

「ただいま」

 

 未来も優しく少女に微笑んだ。

 自愛を感じさせる、温かな笑みだった。

 

 二人は旅支度を整える。

 このような場所に長居は不要だ。

 早急に山を下り、街まで行く必要が有る。

 犠牲となった人々から旅道具を譲り受け、それらを纏めていく。

 

「じゃあ、準備は良いかい?」

 

「はいです」

 

 未来はトトの手を取り、歩き出す。

 山の麓へと。

 

 トトが後ろを振り返った。

 そこにはまだ、彼らの骸が有った。

 

 丁寧に整えられたその手には、花が一輪添えられていた。

 一陣の風が吹き、花が飛ぶ。

 遠い空に帰るように、飛んだ。

 

 ほんの暫くの間、それを見つめて。

 トトは前を向くと、もう振り返らなかった。

 

 そんなトトを未来は少し抱き寄せた。

 まるで親子か、姉妹かのように。

 二人は重なって、去っていく。

 

 山の風は未だ冷たく。

 しかし清浄な空気を纏い、吹きすさんでいた。

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