それは遥か未来の光景。
これから起こるべき、運命の姿。
彼は時の彼方にそれを見る。
光の民反抗の象徴、ヴェネリサール王国。
その首都ヴェリスは勇壮なる都として知られていた。
だが美しい都は今、見るも無惨な姿に変わり果てていた。
人々がごった返した大通りには瓦礫が転がり、都民が足繁く通った店は既にその姿を消していた。
人の気配もまるで感じられず。
そこは静寂と闇に支配された死の都のようであった。
そして中心に見えるヴェリスの、ヴェネリサールの象徴。
美しき
この国の主たる王、ヴァレリアン3世の前に、その女は立っていた。
女は、地獄を背負ってやってきた。
月夜に照らされ。
美しくも恐ろしく。
そして絶望を伴いやってきた。
「ごきげんよう」
その女は気安く、窮地の友に語るように。
優しい声色で語りかける。
「パーティー会場はここで良かったかな?」
「き、貴様……」
その姿を見れば、知らずとも理解できる。
かつて魔王を退け人界を救った勇者の民族。
黒き髪がそれを象徴していた。
「寝返ったか、恥知らずめ!」
「寝返る?」
女は不思議そうに、小首を傾げた。
何を言われているかまったく理解できぬとばかりに。
「王都を落とすなど」
ヴァレリアン3世は唾を飛ばす程に激昂していた。
「魔王に与しなければそうはならんであろう!」
「ああ」
なるほど、と。
女は納得がいったように頷く。
「何か勘違いしているようだが」
彼女は大きく手を広げる。
ゆるりとした優雅な動きが、闇夜に映える。
その様は怒りを覚える王ですらはっと息を呑む美しさだった。
「私が殴りたいから殴っているだけだ」
にっこりとして。
そう、告げた。
「魔王とやらはお前の後。ただ、やりやすい順番にやってるだけだよ」
こいつは何を言っているんだ。
ヴァレリアン3世は、虚を突かれたような顔で暫し固まる。
「一体」
彼は、声を絞り出す。
「一体、何が目的だ!? 世界を平らげでもする気か!?」
この王国を下し、魔王も下すというのなら。
それはもう、世界の王と言っても差し支えあるまい。
しかしその答えに、女は可笑しそうにくつくつと笑う。
「お前らのような人種は大好きだよな、権力」
でも、と。
静かに、女は言う。
「生憎私はそれに毛ほどの価値も見出していない。私が欲しいのは、もっとささやかなものだ」
彼女の瞳に、星が映る。
数多の星と、月と、どこまでも広がる夜の闇。
その先すら、彼女には見えていた。
「隣人たちが笑いあい、ただ静かに慎ましく幸せに暮らす、たったそれだけ」
くるり、くるりと。
闇夜に漂い、女は舞う。
ふわりとスカートをたなびかせ、軽いステップをしながら。
「それだけで、十分なんだ」
ぴたと。
女は止まる。
「だから、お前を殺しに来た」
言ってる事は解る。
だが、何故その結論が出てくるのか理解できない。
王は今、ただならぬ混乱の中に居た。
「貴様らのような存在、一切合切何もかも」
狂っている。
こいつは狂っている。
「ただの一人も残さず、鏖殺し尽くす。私が、それをやる」
だがその狂気をなし得るだろうという圧倒的な説得力が、女には有った。
だってそうだろう。
あまりにも狂気的で冒涜的なそれを為した者なら、どうしてできないと言える?
ヴァレリアン3世の目に映る光景は、それ程までに常軌を逸している。
遅まきながら、彼は理解した。
我々は、魔王よりも恐ろしいものを世界に招き入れてしまったと。
女は手を合わせる。
祈りではない。
だがそれは、限りなく祈りに似た行為ではあった。
「安心しろ」
女の背後で、
「私は、やると言った事は最後までやりとげるタイプだ」
そうして、ヴァレリアン3世の絶望が始まった。
ここから語られるのは、勇者が世界を救う話ではない。