崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第33話 乗合馬車にて

 翌日の朝。

 二人の姿は乗合馬車の中にあった。

 

 当然の話だが、昼過ぎから出ている長距離の乗合馬車など有ろうはずもなく。

 二人は翌日の便を予約してその日は帰る事となった。

 

 彼女らの乗る乗合馬車は大型の二台立てで、一台が乗客用、もう一台が乗客の荷物とその他荷物を運ぶ為のものとなっていた。

 

 馬車は整備された街道をゆっくりと進んでいく。

 馬車の周りは傭兵だろうか。

 馬に乗った幾人かの武器を持った男たちが周囲を警戒するように並走していた。

 

「パサっていう宿場町を経由してダラマトナに行くですよ。途中一泊入るです」

 

 ちょこんと行儀良く座り込んだトトが、未来にそう解説した。

 

「前線では無いですけど結構遠いですよ、ダラマトナは」

 

「随分遠くから出稼ぎに来てたんだな。トトも」

 

「まあルグンドに居て金稼ごうとしてもなんも無いですから……」

 

 女の働き手なんてそんな必要とされてないですよ、とトトは零す。

 

「兵士はいつでも募集されてるです。いつも足りない足りない言ってるですから。でも生きて帰れる保証なんて殆ど無いですからお金稼ぎでは行けないですよ」

 

「その代わり短期間で莫大な金が保証される、って感じかな?」

 

 未来の答えに、トトは頷く。

 

「です。結構なお金はくれるですけど」

 

 獣人の少女は首をふって、やれやれと呟いた。

 

「所詮一年か二年で無くなる程度ですよ。ずっと家族を食わせていく程じゃねーです。博打で一発当てるのとかわんないですあんなの」

 

「確かにトトの状況を考えると、安全に長く勤められる環境じゃないといけないね」

 

 いずれ兄弟姉妹達も大きくなり、働きに出る事ができるかもしれない。

 もしかしたら、何人かは既にそうなのだろう。

 それでも一家の大黒柱を失った状態で暮らしていくというのは大変な事だ。

 未来はその事実を何より知っていた。

 

「トトの気持ちは少し理解できるつもりだ。――私も父は居ないからね」

 

「そうだったですか!?」

 

 いきなりの告白に、トトも驚く。

 

「正確には両親とも、だが」

 

 未来は、どこか懐かしそうに語る。

 その目は既に存在しない、かつての在りし日を思い出しているかのようだった。

 遠く深く、寂しい目だった。

 

「私が12の頃に事故で亡くなってね。あの頃は苦労したものだよ」

 

 それでも、と未来は続ける。

 

「ただ、自慢するわけでは無いが……うちは資産家でね。不自由無く暮らすだけの財産は残されていたんだ。だから、トトに比べれば遥かに恵まれた境遇だったよ」

 

「そうだったですか……」

 

 二人の間に、暫し沈黙した空気が流れる。

 予想外の共感(シンパシー)

 同じ傷を持つ同士だけに通じる何かが、繋がったように感じた。

 

「ミクは」

 

 トトは、ぽつりと。

 そう尋ねた。

 

「お父さん達に会いたくならないですか?」

 

「なるよ」

 

 対する未来の答えは、簡潔明瞭だった。

 

「会えるなら、会いたいさ。でも」

 

 彼女はトトに言い聞かせるように。

 静かに、言葉を続けた。

 

「死は絶対だ。覆せない。それは受け入れなくちゃいけない現実なんだよ」

 

 幾億、幾兆の人間がこれまで世界に生まれ出て来たが。

 

 それでも、生き返った人間は居ないのだ。

 

 天音寺未来という女は、それを誰より理解している。

 

「だからこそ思い出は尊いし、そして残された私達も精一杯生きなきゃいけない」

 

 ――いつか、死ぬ時の為に。

 

 未来からこぼれ出たその言葉は、とてつもなく重いと。

 トトにはそう感じられた。

 

「なんかミクはすごい色々考えてるですね」

 

 獣人の少女は、目をぱちくりさせている。

 その様子は意外なものを聞いたようにも、納得をしているようにも見えた。

 そんなトトは、それでも、と一言返した。

 

「トトはもう一度会いたいしか無いですよ」

 

「それも正しい事だよ」

 

 未来は少女に優しく微笑みかけた。

 

「子が親を思う気持ちに、理由を求める必要なんて無いんだからね」

 

 そっと、未来はトトを抱き寄せる。

 軽く頭を撫でるその感触は、久しぶりに会うだろう母のそれに、とても良く似ていたようにトトには思えた。

 その感触に包まれながら、トトは眠りの中に落ちていった。

 

 

 

 暗闇に包まれた、静かな安らぎの中。

 

 

 

 トトは茫洋とした意識が徐々に覚醒してくるのを感じていた。

 自分という存在が輪郭を形作り浮上してくる感覚。

 それは俗世と切り離されていた自己が、その喧騒の中に投じられるという事でもあった。

 

「……なんかうるさいです?」

 

 小さな耳が、即座に騒音を捉えていた。

 ぴくぴくと蠢かす必要すら無い。

 その発生源はすぐ近くだったからだ。

 

「だからこいつらなど後ろの荷馬車に押し込めておけばよかろう!」

 

 騒いでいるのは、壮年の男性らしかった。

 身なりが良く、それなりに高価なもので固められていると思われるその姿は、間違いなく王国から来たと伺い知る事が出来た。

 

 彼は口からつばきを飛ばしながら、御者に詰め寄る。

 

「もう我慢ならん、こんな二等国の蛮人(セクタ・ミノール)と一緒の場所に押し込められるなど」

 

 男は拳を振り上げながら、叫ぶように主張する。

 

「私は栄え有る一等国民(エタ・スプレム)だぞ! このような魔核(ロイユ・セレスト)すら持たぬ蛮人どもと同列に扱われるなどと!」

 

 うわあ、とトトはげんなりした。

 こういう光景は今まで何度と無く見てきた。

 

 王国の人間(エタ・スプレム)の特権意識は強い。

 なにせ自分たちは神に選ばれ、最も優れた国の国民だと思っているからだ。

 その事は長くない仕事期間の間に、トトも嫌という程味わってきた。

 

 人間(スプレム)にとって亜人(ミノール)は従属して当然の劣等種族である。さらに王国(エタ)衛星国(セクタ)の主人のようなもの。

 この二つが重なった場合、どうなるか。

 

 王国民(エタ・スプレム)にとって、衛星国の亜人(セクタ・ミノール)は既に人ではないのだ。

 

 ルグンドに向かう馬車だけあって、その比率は圧倒的に獣人が多い。

 ルグンドは獣人の国なのだから当たり前だ。

 むしろそんな中こいつは何故この馬車に乗ってきたんだと。

 乗客の大半は、表情でそれを物語っていた。

 

「そういうわけにも行きません。皆様きちんと運賃をいただいてるお客様ですから」

 

 御者の対応は慣れたものだった。

 如何程の動揺もなく、男を捌いている。

 

「私は人間(スプレム)だぞ!」

 

「私も人間(スプレム)でございますが」

 

 御者と男の押し問答は暫く続きそうな雰囲気だった。

 

「ほんとうにみっともねーですね、ああいうの」

 

 トトは小さな声で、未来に耳打ちする。

 

「同感だ」

 

 未来も冷めた目でそれを見つめていた。

 

 そしていつの間にだろう。

 未来の手に、小さな小石が幾つか握られているのをトトは気付いた。

 弄ぶように、ちゃり、と僅かな硬質の音を立て、それは彼女の手の中転がっていた。

 

「さて、どうしたものか」

 

 未来が時々こういう目をするのを、トトは何度か見てきた。

 険呑な雰囲気がするそれを獣人の少女はあまり好んではいなかった。

 それは優しい歳上の少女にあまりにも似つかわしく無いと、トトには思えたからだった。

 

「言葉は言葉。まだ実害がでている理由(わけ)ではないが」

 

「流しておくですよ、ミク」

 

 トトはなんでもないように言う。

 

「どうせ一人注意したとこで、こういうのが居なくなるわけでも無いです。放っておくのが一番ですよ」

 

「小さな一歩、という言葉も有るが」

 

「小さな一歩で全力疾走できた奴はいねーですよ。完走しねえですよ」

 

 眼の前の一人をどうにか出来たとして。

 それがあと何千、何万と居るのなら。

 全員を正すより受け流す事を覚える方が遥かに建設的で楽なのは言うまでもない。

 トトは夢見がちな子供ではなく、現実を見られるだけの苦労を重ね、それが理解できるだけの理性を持ち合わせていた。

 

「しかしまあ、鬱陶しいのは鬱陶しいですね」

 

 さらにエスカレートしそうな男の剣幕に、流石にげんなりしていた所に。

 

 

 

「へきしぶやっしゃっぷしゃー!」

 

 

 

 豪快な、くしゃみの音が響いた。

 余りにも奇異で、豪快で、わけの分からないくしゃみだった。

 

 そのくしゃみの主は少女だった。

 背中まで伸びるふわふわとした美しいブロンド。

 整った白磁のような、可愛らしい顔立ち。

 纏ったローブは()()()男よりさらに豪奢で、細かな刺繍が施された、見るからに逸品であった。

 その雰囲気は高貴な令嬢と思わせるものが漂っていた。

 

 

 

 それを、端から伸びる鼻水が全て打ち消していた。

 

 

 

「………………はっ、私寝てねえですよ!? これは瞑想です瞑想! 寝てたら大したもんですよ! 私程熱心に講義聞いてる奴はいねえよマジで!」

 

 少女は中腰になりきょろきょろと周りを見渡しながら、そう叫んだ。

 焦点の合ってない目は、彼女が未だ覚醒途中である事を容易に伺わせた。

 

 そうしてひとしきり叫んだ後。

 ここが馬車の中だと思い出したのだろう。

 澄ました顔で、一言漏らした。

 

「……大変お騒がせしました」

 

 真っ赤になりながら彼女は再び座る。

 

 確かに騒がしくはあったが。

 今の出来事で、毒気が抜けたのだろう。

 男もやる気を削がれたのか、不満げながらも元の席に戻っていった。

 

 トトが彼女を見やる。

 しずしずと座る姿は、まるで人形のようだった。

 

 

 

 鼻水は、まだ伸びていた。

 先程見た時より、さらに伸びていた。

 そろそろ拭けよ。

 トトは心の中で静かに突っ込んだ。

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