馬車がパサに辿り着いたのは、日がそろそろ落ちようかと言う頃合いだった。
外敵を拒むように立てられた剛健な城壁から中に入ると、そこには平和な光景が広がっている。
街の中心にある神殿が、町外れの馬車乗り場からも見えた。
平屋が大半のこの街では巨大な神殿は一際目立ち、存在感を放っていた。
「ここは元々地方神殿の有る場所だったですよ」
神殿を眺める未来に、トトが話しかける。
「巡礼者がたくさん来る都合上、そこに宿屋が出来て宿場町に発展した、って昔聞いたです」
「物知りだなトトは」
「これが経験の差という奴なのです。敬うです」
トトは小さい胸を逸らして自画自賛した。
「宿は既に手配済みなんだよね?」
「馬車の予約した時に一緒に宿も付いてくるですよ。ホテルパックって奴なのです」
「有るんだホテルパック」
侮れないな異世界、と呟く未来を尻目に、トトは荷物を取りに走り出す。
二人の荷物はそう多くない。
野営用のテントやその他小道具、それと幾つかの私物だけだ。
しかもそれらはボロボロ――襲撃に巻き込まれて――な為、盗まれる心配も無いだろう。
とは言え、早めに回収するに越した事は無い。
そう考えたトトは既に荷物を運び出していた未来に続いて荷馬車の方へと赴くと――
「フーンク!」
そこには奇声を上げる少女の姿があった。
「シャアッ! ヨッシャア!」
だが、持ち上がらない。
ぴくりとも持ち上がらない。
「こ、こいつ……鞄の癖に主人に逆らうとは……」
少女は感情のまま、鞄を蹴り上げる。
へろっとした蹴りは軌道がぶれて、鞄の端っこにあたる。
ついでに少女の足も端のほうが当たった。具体的には小指の辺り。
「おっ……おうっ……おおおおおおおっ……」
少女は足を抱えて悶絶し、転げ回る。
美しい装飾のローブは埃まみれになり、均された街道をさらにプレスした。
構成要素は全て美しいのに、その何もかもが、台無しになっているように見えた。
「なんだこいつ」
「なんなんですこいつ」
図らずも未来とトトの気持ちは同じだった。
寸分違わず。
――すごいアホの子だ。絶対アホだ。
トトは心の中で確信した。
見た目は良くても中身はアレなパターンである。
世に曰く、残念美人。
言葉には聞いたことがあったが、お目にかかるのはトトも初めての人種だった。
「……何かお困りかな?」
微妙な笑顔でつう、と一筋顔に汗を流しながら、未来が彼女に話しかける。
トトが未来のあんな表情を見るのは初めてだった。
「ぐっ、ぐおおお……はい?」
彼女もようやく、二人の存在に気づいた。
「はっ。大変お見苦しいところを」
少女は立ち上がろうとして、足を――痛めていた方――を差し出し、そして小指の痛みによろめいて。
「うごふっ!?」
顔面から地面に突っ伏した。
ごん、と。
大地と彼女の額が激しくバトルする音が聞こえる。
バトルは大地の圧勝だった。
「うっ……うおっ……うおっ……」
しくしくと、彼女は涙を流した。
頭も痛いし足も痛いし、ついでに心も痛そうだった。
痛いの三重奏がそこには存在した。
「……手を貸そう。捕まって」
未来が彼女に肩を貸し、立ち上がらせる。
流石の未来も苦笑を隠しきれていなかった。
「ありがどうございまずう」
えっぐえっぐと泣きながら、彼女はようやく立ち上がれた。
「それで、大丈夫かな?」
「大丈夫です。痛いけど」
なんとか平静を取り戻したのか。
彼女は涙を止め、深々と礼をする。
「ありがとうございました。醜態を晒してしまいまして」
「まあ、うん、そうだね」
未来も曖昧に頷く。
肯定したい気持ちと、そうすべきでない体面がないまぜになった素晴らしい表情をしていた。
「それで、何かお困りのようだったが」
「実は、鞄が重すぎて運べなくて」
「まあ見た通りですね、それ」
その様は未来もトトも見ていたので、周知の事実と言えた。
「馬車まで運んでもらったので、こんなに重いと思わなくて……いやめちゃんこ重いですやんこれ」
あ゛ー!と。
彼女は頭を掻きむしる。
「確かに結構魔導具は突っ込んでましたけどね。こんなに重くなるもんですか!? 重いんだよなあこれが! どうして私はあれもこれも突っ込んだのか、昨日の自分を殴ってやりたい!」
一通り叫んで、そこで彼女ははっとする。
「そうか、昨日殴れなくても今殴れる!」
ごす、と。
少女が自分を殴る音は、意外と良い音がした。
「痛ぇ……」
「なんか凄い奴に話しかけちゃったです」
トトは内心ドン引きしていた。
良くも悪くも今まで見た事が無いタイプの人間だった。
「というわけでですね」
きり、と再び少女が二人に話しかけてくる。
その頬は赤く腫れていた。
真面目な顔で、腫れていた。
「荷物が運べなくて困っていたんです」
申し訳ありませんが、と彼女は続けた。
「そのぉ~。できたらこの鞄も運んでいただけませんか? おそらく一緒の宿だと思うので」
お願い!と両手を合わせて小首を傾げながら頼む様は、異性であったら無視できない魅力を放っているように思われた。
しかし埃塗れのローブと片頬が腫れた顔がその全てを台無しにしていた。
「構わないよ」
ひょい、と未来が鞄を持ち上げる。
「確かにこれは、女性には少し重いかもしれないね」
当の自分が女性である事を棚に上げて、未来が鞄の重量を確かめるようにそれを少し上下させる。
「できるならもう一つ鞄を用意して、半分に分けるといい。左右に分散して持つだけで持ちやすさがまったく違う」
「そんなに重いですか?」
「トトなら多分普通に持てるくらいだよ」
余裕だろうね、と未来は告げる。
「なんか最近ひ弱な奴ばっか見てる気がするですよ」
はあ、とトトは思わず溜息を漏らした。
「もっと体を使うですよ。健康に悪いです」
「私はペンより重いものは持てねえんですよ!」
ドヤ顔で、そして満面の笑顔で彼女は言い放つ。
「それに私、美少女ですから!」
「美少女は関係ねえですよ美少女は」
思わずトトも突っ込んだ。
「行き先は、木の
「あ、はい。やっぱり同じですよね」
「ホテルパックですからね」
彼女の宿泊先はやはり未来やトトと同じであったようだ。
その目的地である木の
先程の様子を鑑みるに、間違いなく、彼女ではこの鞄をそこまで運ぶ事は不可能だっただろう。
「ほんとにありがとうございます。めっちゃ助かります」
再び、彼女は礼をする。
色々とエキセントリックな少女だが、その性根は悪くないのだろう、とトトは感じた。
自分を
「しっかし」
改めて、トトは彼女の格好を見回す。
体を覆うローブは、まるで。
「なんか魔法使いみたいな格好ですね」
「みたい、じゃないですよ」
えへん、と彼女は胸を張って、宣言する。
「私はそう――魔法使いなのです」
「マジですか」
おおー!とトトの目が輝く。
ルグンドに魔法使いは殆ど居ないのだ。
それはお話に聞く、遠い存在。
想像上の憧れだったのだ、トトにとっては。
「ふふん、これでどうですか」
何処からだろう。
彼女は大きな帽子を取り出し、頭に乗せる。
さらに胸元から取り出した大きな丸眼鏡をかける。
その蔓からは質素ながら輝きを放つ銀の鎖が伸びている。
「どうです」
「どこから見ても魔法使いです!」
大きな帽子。眼鏡。そしてローブ。
どこからどう見ても、トトが話に聞いていた魔法使いの姿そのものだった。
一方、これで杖を構えていれば完璧だったのに、と少し残念な気持ちも有った。
「申し遅れました。私はニノン」
彼女――ニノンは、淑やかに名乗る。
「ニノン・ザ・レイディアントソード。古より続く秘跡の伝道者、栄え有る伝統派魔法使いの末席でございます」
ニノンが滑らせた虚空には。
美しい銀の光の軌跡が、きらきらとした光を零しながら。
踊るように奔って行くのだった。