崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第35話 まだまだニノンちゃんの出番ですよ!

 未来達が泊まる「木の蘭灯(ランタン)亭」は、その名に似つかわしい、木造建ての宿であった。二階建てのその宿の入口には木製の蘭灯(ランタン)が掲げられ、名の由来が何であるかを自らの手で示していた。

 

「ふうん。文明的じゃないか」

 

 二階の客室に案内された未来は、独りごちる。

 そこは簡素な二人部屋であった。

 トトは周りを見てくるです!と外へと出かけていった。

 部屋に佇むのは彼女一人。

 

「認証システムが存在するとはね」

 

 それは他に召喚された勇者達が思い描いていたような、ファンタジーの代物ではなかった。

 ごわごわの羊皮紙で出来た宿の宿泊台帳。そこに羽ペンで名前を書き込み、粗末な部屋へと案内される。

 それが彼らの想像した「ファンタジーの宿」だろう。

 

 彼女は手に持った乗合馬車の切符をひらひらとさせる。

 

「乗車券が同時に宿でのチェックインカードになり、部屋の鍵にもなっている」

 

 宿で切符を提示して欲しいと言われ、それが現実でのオンライン認証のような機構でチェックされた時は未来も驚きを隠せなかった。

 どうやら購入時に個人と紐づけされているらしく、仮に盗んだ所で使えないという。

 おおよそ、かつての仲間たちが思い描いていた「中世ファンタジー」ではあり得ないセキュリティレベル。

 

「便利なものだな。魔導具、とやらは」

 

 部屋の灯りも、あの砦と同じように魔導具による制御となっている。

 タッチパネルのように壁に据え付けられた石のパネルに触れれば、照明はオンオフされる。しかも段階的に照度を調節する事も可能。

 

 サービスドリンクこそ無いが、部屋には据え付けられた冷蔵庫らしきボックスまでも有る。

 

 発つ前に宿泊したリジエールの街の宿に至っては空調設備すら備えられていた。

 元の世界程の性能は無いものの、寒暖を()()にする程度の性能は備えていた。

 

 ここはおそらく自分が想定する以上にテクノロジーが発達した世界だと、未来は徐々に理解しつつ有った。

 

 断じて、「剣と魔法のファンタジー」ではない。

 

「これを見たら、皆はなんて言っていただろうね」

 

 窓辺に座り、未来は外を眺める。

 そこからの眺めは、あの日皆と見た夕日と何も変わらなかった。

 

 

 

――やがて日が完全に落ち、宿の一階から喧騒と肉を焼く匂いが漂い始めた頃。

 

 ひとしきり街を回ってきたトトが帰ってきて。

 二人の姿は一階の食堂――酒場かもしれない――に有った。

 そこに、さらなる客人の姿が一人。

 

「いやー先程はありがとうございました」

 

 満面の笑顔でニノンは感謝を述べた。

 

「マジあざっす。私だけなら正直詰んでた」

 

「ほんとトト達が来なかったらどうするつもりだったですか」

 

 未来、トト、ニノンの三人は同じテーブルを囲んでいた。

 

「先程のお礼に、夕飯は奢らせていただきますよぅフヘヘヘ」

 

 ニノンのその申し出に、トトが「タダメシ! タダメシ!」と色めき立ち、未来が返事をする前に付いて行ってしまった。

 未来はそれに苦笑しながら、トトの後ろをついて行く。

 

「ここいらは羊がうめーですよ。オススメです」

 

 肉を沢山頼むです!とトトはウキウキだった。

 

「このちびっこ容赦ねえ! ノー躊躇なマトン攻め! 奢りで遠慮する事を何一つ考えていねえ!」

 

「奢りで遠慮する馬鹿はいねえですよ」

 

 あれとこれとそれと、と遠慮無く頼むトトに、ちょっと涙目になるニノン。

 

「私は鶏肉と、サラダでも貰おうかな」

 

 慎ましやか、とまではいかないが。

 対する未来は常識的な量に留まっていた。

 

「ミクももっと食べた方が良いです。体持たないですよ?」

 

「十分さ」

 

 そういえば砦でもそんなに沢山は食べて無かったな、とトトは思い出す。

 大食漢の琉覇とは対照的に、女性陣はそんなに食事量が多くはなかった。そして帆は動かないけど結構食べていた。

 少し前の事なのに、全ては懐かしい思い出のようにトトには感じられた。

 

「くそう、財布が死ぬぅ」

 

 路銀を確認するニノンは。

 金銭的圧力で物理的にも死にそうな顔になっていた。

 

「じゃあ私もステーキ」

 

「何がじゃあなのかさっぱりですよ!?」

 

「負けらんねえんだよ女の子は!」

 

 彼女の財布は多分死ぬだろう。

 でもステーキはおいしい。

 だからこの選択は、きっと間違いじゃない。

 ニノンの目は英雄的覚悟に溢れていた。

 

 

 

「大変美味しゅうございました」

 

 ニノンは満ち足りた表情で、腹を擦っている。

 

「こ、こいつ」

 

 トトがとんでもねえ奴を見つめる目をしていた。

 

「結局トトより喰いやがったですよ!?」

 

「勝った」

 

「勝負もしてねえですよ!?」

 

 騒がしくする二人を他所に、未来は静かにティーカップを傾ける。

 喧騒の中に有りながらも物静かに感じるそれは、切り取った一枚の絵画のようにトトには見えた。

 

 その姿を見て、ニノンはがっくり肩を落とす。

 

「くそっ、なんか負けた気がする」

 

 ニノンが勝手に敗北感を感じていた。

 まったく欲しくもない勝利が、何故か未来の手元に転がり込んできていた。

 

「まあ、完敗してますね」

 

 さらにトトの追撃。

 

「お嬢様度が」

 

「お嬢様度」

 

 ニノンは、不思議そうに頭を捻る。

 

「どう見ても私の方がお嬢様ですよね? ほら、如何にも深窓の令嬢って感じしません?」

 

「お前もしかして鏡って言葉知らねえですか? 洗面所に有る奴を表す言葉ですよ確かめて来いですよ」

 

 獣人少女はどこまでもマジレスだった。

 完全に真顔であった。

 

「フフ」

 

 そんな二人を見て、未来は笑う。

 

「出会って間もないが、すっかり仲が良くなったようだね二人とも」

 

「ツッコミどころしかねえだけです」

 

 トトはげんなりした声をしていた。

 

「こんなんが魔法使いとか、世も末です」

 

「こんなん言わないで貰えます?」

 

 ニノンは心外です!とばかりに頬を膨らませて抗議する。

 

「こう見えても私、ちょっと凄い魔法使いなんですよ」

 

「フカしてねーですか、もしかして」

 

「フカしてねーですよ、もしかしなくても」

 

 むー、とニノンは唸る。

 

「二つ名持ちの魔法使いなんて、そうそう居ないんですよ今は」

 

「二つ名、か」

 

 少し興味を惹かれたように。

 未来が問う。

 

「それは、どのようなものなのかな」

 

 その言葉に、ニノンは待ってました、とばかりに顔を輝かせる。

 

「魔法使いが二つ名を持つという事は、魔法の頂に到達してさらなる飛躍を求められる位階に存在してるという証なんです」

 

 つまり、と。

 

「弟子を取る事が許される身分って事です。一門を起こしていいですよって」

 

「私の二つ名はレイディアントソード。輝剣の魔導師って事です」

 

 ドヤアアアア、と生意気な顔で胸を逸らすニノン。

 そんな彼女の説明に、未来はほう、と感心したような声を漏らす。

 

「それは……大したものだね。想像以上だ」

 

「そうなんですか?」

 

 対するトトは今一良く分かっていないようだった。

 

「弟子を取れる立場というのはね」

 

 そんなトトに、未来は優しく説明する。

 

「師からの技術を余すこと無く受け継ぎ、再現できるとお墨付きを貰った立場という事だ。単に才能や技術だけではない。凄い事なんだよ」

 

「えへへへへ」

 

 未来の言葉に、ニノンはあからさまに相好を崩す。

 

「そこまででも……まあ、ありますけどぉ」

 

 その顔はどこまでも得意気であった。

 

「この歳で魔導師(マスター)クラスなんて、片手で数えるくらいしか居ないですよ」

 

「思ったより居るです……」

 

「このお子様なんか辛辣ですね!?」

 

魔導師(マスター)というのがどれくらいか、というのは私達にはぴんと来ないんだ、すまないね」

 

 未来がそう告げる。

 

「私達は魔法というものに縁遠くてね。あまり詳しくはないんだ」

 

 にっこりと笑顔で、彼女は続けた。

 

「良ければ私達に、魔法というものについて教えてくれないか? 魔導師(マスター)殿」

 

「ふっ……仕方が無いですね」

 

 ニノンの顔を見て、トトはピンときた。

 

 これは教えたがってる顔です、と。

 

 自分のすげーところを見せびらかして、褒めて貰いたがってる時の顔……!

 

「本来ならお金をとってもおかしくない立場ですが」

 

 すっくと、ニノンが立ち上がる。

 

「特別に。と~くべ~つにぃ~? 教えてあげちゃおうかな~。今日は」

 

「頼むよ、先生」

 

 未来が楽しげに、囃す。

 

「是非、拝聴したい」

 

「よろしい!」

 

 むふん!とニノンは胸を逸らして。

 

「開幕しましょう。ニノンのなぜなに魔法講座!」

 

 どこから取り出したのか、小さいタクトを振り回して。

 楽しげに彼女は語りだした。

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