「まず魔法とはですね」
いいですか?と。
澄まし顔でタクトを立てて、ニノンは語りだした。
「大きく分けて、二つ有ります。これ、まず覚えてくださいね」
「そうなんです?」
トトが驚いたように声を上げた。
「魔法って、種類が有るですか?」
「種類……とはちょっと違いますね」
眼鏡をクイっと、賢しげな雰囲気を醸し出そうとするニノン。
「現代魔法と古代魔法。世代の違いです」
「ふむ」
未来は興味深けに、彼女の言を聞く。
一言も聞き漏らさんと。
「トトさん、魔法って言ったらどういうイメージですか?」
「そりゃ……」
うーん、と考え込んで、獣人の少女は元気良く答える。
「呪文を唱えて、なんか起きるです!」
「はーい模範的回答ありがとうございます」
思った通りの答えが返ってきて、ニノンはニコニコだ。
「
どん、とニノンは空になったジョッキを机に置く。
さっきニノン自身がエールを煽っていたジョッキだ。
「魔法とは」
すうっ、とタクトをジョッキに向けて構える。
「呪文という
それまで昼に見せていた姿とは違い。
タクトを構えるニノンは、確かに力を感じさせる、そういう雰囲気を纏っていた。
『
それは、圧倒的な存在感を持つ言葉だった。
口に出した途端、見えない圧をトトも未来も感じた。
自らの奥深くに潜む根源に訴えかけるような、そんな感覚。
二人には、体の芯が、震える音がしたような気がした。
『――――』
未来が、ぴくりと表情を変える。
それは
彼女自身が予測した、言語変換すら及ばぬ言語。
『
その言葉と共に。
ざぱぁ、とジョッキに水が出現し、満たされる。
「これが、魔法です」
むふん!と自慢げにするニノンに、トトは目を輝かせた。
「すげー! すげーです! 魔法です!」
「ムフフフ、凄いでしょう」
「単なるアホの子じゃなかったですね!」
「え? 私アホの子扱いされてたんですか?」
トトは楽しげに、水が満たされたエールを揺り動かしている。
「これほんとに水ですか? 飲めるですか?」
「飲めますよー。水飲みたい時に使う魔法ですし」
「中々に便利だね」
横で静かに見守っていた未来も、感心した声を上げた。
「まさに思い描いていた魔法という感じだった。興味深いよ」
「お二人共いい反応ですよ。もっと褒めて」
すげーでしょ?すげーでしょ?感を隠してもいないニノン。
承認欲求の塊である事が、そこからはダダ漏れだった。
「で、こういうお二人が想像するようなのが」
すうっと動いたタクトが、空に光の文字を描き出す。
「古代魔法って奴です。私が専門とする奴ですね」
「つまりお古って事ですか」
「お古言うなよ、泣くぞちびっこ」
さて、とニノンは話を仕切り直す。
「現代魔法を説明する前に、もうちょっと古代魔法について言及します。そうしないとなんで現代魔法が出てきたか分からないですからね」
よーく聞いてくださいね?
ニノンはタクトを振って、清聴を促した。
「今はジョッキに水を出しましたけど」
トトの持つジョッキを奪い、ぐいっと一気に煽る。
ニノンは空になったジョッキをそのままどん!と机に叩きつけた。
そして、今度はー?と大きく腕を広げる。
「この食堂いっぱいに水を満たすとするとします」
未来達が泊まっている宿の一階。
そこは一度に数十人程が食事できるようになっている、非常に大きな食堂、もしくは酒場となっていた。
宿泊客と外からやってくる一見を余すことなく収容できるよう作られた巨大な社交場だった。
「未来さん、質問です。私が同じ呪文を唱える時、何が変わると思いますか」
「ううん、そうだね」
未来はちょっと考え込み。
「呪文の長さ、かな。おそらくそれが必要なんじゃないか」
「正解でーす」
よくできました、先生嬉しいです。
ニノンは上機嫌でさらに続けた。
「より大きな効力を持つ魔法を使うには、それに比例した呪文を唱える必要が有ります。仮にここを満たす水を生み出そうとしたら」
一転、遠い目になったニノンが言う。
「…………大体十分くらい唱え続けないと駄目ですかねー」
「滅茶苦茶長いです」
「滅茶苦茶長いんですよぉ……」
ほんとに、と。
ニノンは遠い目をした。
「おとぎ話に出てきそう大魔法なんて、本当に半日とかそれくらい唱え続けてやっと発動できるくらい大変なんですよ。その間途切れなく呪文を唱えつづけないと駄目なんです」
「それは、重労働だね」
未来の言葉に、ニノンは無言で頷く。
「重労働なんです。だから、魔法使いは呪文を補助する技術を編み出しました」
つう、と再び彼女のタクトが揺れ動く。
そのタクトから漏れ出た光は、今度は図形を描き出す。
複雑な幾何学模様。言語よりも遥かに情報量の多いそれは、肉眼では捉えきれぬ複雑さを持っていた。
「
『
再び、ジョッキに水が満たされる。
しかし先程とは違う。
今度は水がそこから溢れ出し、机をしとどと濡らす程に多く溢れた。
「魔法は最初に唱える
ジョッキの水は、まだまだ増える。
それはテーブル一杯に広がり、そこに海を作り出した。
「その内
「おおー……」
トトは感動しているが、テーブルはびしょびしょだった。
カウンターの奥で宿の女将さんが凄い顔で睨んでる。
未来は無言でテーブルを拭いた。
「魔法は長い間、呪文と魔法陣の組み合わせで使用されてきました。それはそれは長い間です。何千年もです」
それは遥か光と闇の時代、人間と魔族が争うようになったその時代から変わらぬ技術だったと言う。
悠久の中伝えられてきた、人類の叡智なのだ。
「ですが100年程前、状況が変わります」
そう言うニノンは――何処か、不機嫌そうだった。
「一人の天才が、あるものを生み出します」
本当に本当に嫌そうに、彼女は語る。
「ザ・スカルファング。この
ことん、とニノンはあるものを置いた。
それは、
宿の表に掛けられているものと同じ、木製の
「
ニノンが軽く
木製のそれの中から、淡い光が溢れ出した。
「魔導式は、物体に書き込み
「つまり、すっごい便利な技術ですか?」
トトの無邪気な質問に、ニノンは複雑な顔で答える。
「まあ、便利ですよ。確かに」
食堂の灯り。空調。かすかに流れる陽気な音楽。調理場でフライパンを温めるコンロ。
それは全ては、魔導具の、ひいては魔導式の恩恵だった。
「魔導式の元は、遅延式魔法陣と呼ばれる技術なんです。謂わばトラップですね。一定条件で勝手に魔法が起動するって奴です」
泥棒避けとかに重宝されてましたね、とニノンは語る。
「それを効率化・圧縮し、改造したのが魔導式です。大元は、ちゃんと古式に有った技術なんです」
ニノンは
そこには、掌に収まるような小さな石が入っていた。
「あ、魔石です」
「流石にトトさんも魔石は知ってますよね」
「知ってます。魔導具を動かすのに必要な奴です」
――なるほど、電池のようなものか
その未来の呟きは、二人の耳には届かなかった。
「物体に宿る魔力なんてたかが知れてるので、こうして魔石っていう魔力集積体を使用して魔力を補って動かしてるってわけです。この宿にあるあれやこれや、便利な道具は全部こうした魔石の力で動く魔導具なんです」
「ふむ、成る程ね」
未来も
「つまり現代魔法っていうのは、魔導具の事ですか?」
そうです?と尋ねるトト。
ニノンは複雑な顔で、答えた。
「半分はそうですね」
「半分?」
「続きが有るって事だろう」
そう言う未来には、おそらく見当がついていたのだろう。
思い当たる節が有るとでも言うように、口を挟んできた。
「そうなんだろう? ニノン先生」
「そうですね」
明らかにトーンダウンした様子で。
ニノンは言葉を続けた。
「このままだと、魔導式はちょっと便利な道具が作れる一技法に過ぎませんでした。それが現代魔法と呼ばれるまでの地位に至る、革新が有ったんです」
「
未来のその言葉に、ニノンはぎょっとしたような顔で、彼女を見やる。
「……知ってたんですか?」
「まあ、それっぽいのを見た事が有ってね」
ちょっと前にね、と付け加える。
「
「ああ、あれを見たこと有るんですね」
納得がいったように、ニノンが頷いた。
「確かにあれは
「まあ、そんな所だよ」
実際には見た事が有るどころではないが。
未来はそんな事はおくびにも出さずに流す。
「んー?」
トトはよく分かってないように首を捻る。
「つまり、どういう事ですか?」
「スカルファングの本当の目的は、物体に魔導式を刻んでちょっとした魔法を使う事じゃなかったんです」
ニノンは目を瞑り――そして語る。
「
「それは成功したって事か」
実際使ってる人間が居る以上、そういう話になる。
「まあ、未来さんの想像の通りですね」
ニノンはつまらなそうに言った。
「人体に存在する刻印核という部分に魔導式を刻み、
「じゃあじゃあ」
トトが、一段と目をきらきらさせる。
「トトもその魔導式ってのを体に書いたら、魔法使えるですか?」
無邪気なトトの声。
その言葉に、ニノンの瞳が戸惑うように揺れ動く様を。
未来の目は見逃していなかった。
「トトさんにはちょっと、難しいかもです」
ですが、と。
ニノンは満面の笑みでタクトを振り上げる。
「私の古式魔法なら、誰でもウェルカムですよ! 古式は使い手を選びませんからね!」
さあさあさあ。
ニノンはずずいとトトに詰め寄る。
「貴方も伝統派魔法使いにならないですか?」
「トトはお手軽に魔法使いたいです。タイパ重視です」
「これだからお子様はよぉー!?」
努力をしろよ努力を!
んがーとニノンは叫ぶ。
「私は興味有るけどね、古式魔法とやら」
未来は興味深そうに呟く。
「機会が有るなら習ってみたいね」
「そうでしょう、そうでしょうとも!」
ぶんぶんとニノンは首を振る。
千切れそうな程に振りまくった。
「わかる人にはわかるんですねこの魅力。時代遅れの遺物なんて言わせねえ!」
「時代遅れな自覚は有るんですね」
何故このちみっこは一々急所をえぐってくるのだろう。
ニノンは少し泣いた。