崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

39 / 129
第37話 再び馬車へ

 翌日。

 

 宿で一夜を明かした一行は、パサを出発する。

 再び馬車に半日揺られる時間の開幕であった。

 

 ちなみにニノンの荷物はやっぱり未来とトトが運んだ。

 

 

 

「馬車って暇ですよね」

 

 トトが退屈そうにつぶやく。

 早朝から夕方近くまで、がたごとと運ばれるだけの時間は、少女にとってはあまりにも長過ぎる拘束時間だった。

 

「大人しく寝とけばいいんですよ」

 

 すっかり距離の縮まったニノンが、二人の隣に座っていた。

 

「やる事無い時は寝とくのが一番です」

 

 そう言ってニノンは遠い目をした。

 

「寝たくても寝れない時も大人になればありますからね……ヒヘヘもう五徹はしたくねえよワシは」

 

「良く死ななかったですね」

 

 一日徹夜くらいは有るが、流石に五徹は人間辞めてるとトトは引いた。

 

「確かに退屈を紛らわせる術がなければ、人間寝るくらいしかやれる事は無いからね」

 

 未来はそう言いながら、背もたれに体重を少しかける。

 

「生憎私も他人を楽しませるような話題は持ち合わせていなくてね。申し訳ない」

 

 どうにも口下手でね、と未来は苦笑する。

 

「大体まだ朝ですよ。寝れねえですよ」

 

 馬車が出発して、未来の体感では二時間というところか。

 

 まだまだ朝と言って差し支えのない頃合いだった。

 

「私は朝でも夜でもいつでも寝れますが」

 

 ニノンは少し得意げだった。

 それ絶対自慢する事じゃないよなとトトは心の中で思った。

 

「トトさんの言う事も一理有るかと思います。

 

 そーこーで!と。

 

「昨日の話の続きでですね、お二人の魔法適正を私が測ってしんぜましょう」

 

「魔法適性?」

 

「そのままどんだけ魔法使いに向いてるかって話ですね」

 

 昨夜見せたように。

 ニノンは教師の顔で話を続ける。

 

「どれだけ魔法を連続して使えるかに関わる、体が保有する魔力量。魔法陣を書く為の魔力操作力。呪文や魔法陣を励起させる為に送り込む魔力出力。色々ありますが、そういうのを調べてみませんかって話です」

 

「なんか面白そうですね」

 

 魔法に憧れが有るだろうトトは興味津々だった。

 

「私も少し気になるね」

 

 未来も興味を引かれたのか乗ってくる。

 

「じゃあ、早速やってみましょうか。トトさん、両手の掌を上に、手を差し出してくれませんか」

 

「こんな感じです?」

 

 言われた通りに、トトが手を差し出す。

 その上に、ニノンは手を重ねた。

 

「じっとしててくださいね」

 

 ニノンは静かに目を閉じる。

 まるで瞑想に入るように、それは普段の彼女からは考えられない静謐さを纏っていた。

 

「どうです、胸の辺りが熱くなってきませんか?」

 

 最初は不思議そうに首を傾げるトトだったが。

 

 あ、と。

 不意にトトが声を上げる。

 

「なんか胸があったかくなってきたですよ。ドキドキするです」

 

「それが魔力の感覚です」

 

 ニノンも嬉しそうに言う。

 

「魔力量は……まあ、なかなかですね。悪くない感じです」

 

 むー、と唸りながら、ニノンはさらに言葉を続ける。

 

「その()()を、腕の方に押し込むようなイメージで動かせませんか? 私の掌に伝えるような感覚で」

 

「えっと、こうですか?」

 

「そうそう、上手ですよ! そのままそのまま」

 

 そんな二人の様子を、未来は微笑ましそうに見つめていた。

 柔らかな笑顔は、まるで子を見守る母のようにも見えた。

 

「繊細さは……うん、まああんまり……でも押しは強いですね。大雑把でどかんと一発かますタイプですか」

 

 うんうん、とニノンは頷く。

 

「多分50年くらい頑張れば私と同じくらいにはなれますね。大したもんです」

 

「なんか全然嬉しくねえですよ!?」

 

「50年で私と並べたら普通に凄いですからね!?」

 

 このお子様は、と言いながら。

 ニノンは未来に向き直る。

 

「では今度は未来さんの番ですね」

 

「今トトがやってた要領でいいのかな?」

 

「そうですね。まず胸の中の熱を感じてください」

 

 そう言うと、ニノンは未来に手を重ねる。

 

 この人はどうだろうな、とニノンは思う。

 

 トトという少女は決して無才ではなかった。

 仕込めばちゃんと()()になるだろう。

 そも獣人は魔法使いには向いている。

 もし古式がメインストリームに鎮座し続けていたなら、人間(スプレム)がここまで幅を利かせる事は無かっただろう。

 

 実際、古代の魔法使いというのは人間というイメージは少なかったのだから。

 

 そんな事を考えながら、ニノンは自らの掌より未来の掌へ、魔力を流し込む。

 この手法は自らの魔力を対象の魔力路に強制的に流し込み、魔力核を強制的に覚醒させるという一種の荒業であった。

 

 魔力を制御できる魔法使いでは成立しない。

 一方が魔力操作の素人で為すがままだからこそ成立し得る、そんな技法だった。

 

 ニノンは魔力を流し込む。細く、深く。

 相手の奥底まで潜り込むように。

 

「ん?」

 

 送り込む。

 送り込む。

 送り込む。

 

「んん?」

 

 送り込んでも送り込んでも。

 

 ()()()()()()

 

 どういうこと!?

 彼女は混乱する。

 こんな事態はあり得ない話だった。

 

 それこそ、まさか――

 

「魔力が、無い?」

 

 魔力が存在しないのであれば、起き得ない事態。

 愕然としたように、ぽつりと呟いた。

 

「そうなのかい?」

 

 対する未来は特に気にした風も無かった。

 

「まあ、そういうものかもね」

 

「いやいやいやいや」

 

 ニノンは慌てたように首を横に振る。

 

「魔力が無い人間って、あり得ないでしょ? 見た事も聞いた事も無いですよ???」

 

「眼の前に一人居るようだが?」

 

 レアケースだね、と未来は笑う。

 

「笑い話じゃねーよ! こんなの想定してないよぉ……うひぃ……」

 

 ニノンという魔法使いの常識にはあり得ない状況だった。

 人も物も、魔力を宿す。それが世界の理だった。

 魔力を保有しない()()なんて、理論上存在するはずがないのだ。

 

 真実だとしたら、世紀の大発見である。

 大発見だが、だからどうしろと。

 

 ニノンは心の中で頭を抱えた。

 

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

 

 ――不意に。

 

 足首を唐突に掴まれたような、そんな感覚がした。

 ぞくりと背中に悪寒が走る。

 決してあり得ない、埒外の奇襲。

 

()()か、つまり」

 

 ニノンの魔力が、押し返される。

 未来の体より、力強く、そして繊細に。

 

 咄嗟にニノンはそれに抵抗しようと、意識を集中する。

 

 だがそれを嘲笑うかのように、自らの魔力がその所有権を失ったように――突如の反逆者と化して、ニノンの魔力路に逆流して襲いかかる。

 

 ニノンは声にならぬ悲鳴をあげた。

 このような事は初めてだった。

 

 いや、一度だけある。

 

 まだ未熟だった頃、師匠(グランドマスター)から魔力操作の師事を受けていた時の事だ。

 同じように二人の魔力路を繋ぎ、こうやって魔力の()()()()をして。

 師匠には一方的にボロクソにされたっけ。

 

 その時と同じような、全てを弄ばれるような感覚が、再びここにある。

 あの頃よりも何もかもが完成され、上を行っている今なのに!

 

「おっとすまない、不躾だったかな」

 

 未来がぱっと手を離す。

 

「初めての感覚でね……年甲斐もなく、はしゃいでしまった。失礼をした」

 

「いえ」

 

 ニノンは言葉少なにそう返すのが精一杯だった。

 

 胸に去来したのは恐怖か、敗北感か。

 ただ眼の前の少女の才能に戦慄した。

 

「未来さんは」

 

 少し心が落ち着いてきたのだろう。

 彼女は言葉を絞り出す。

 

「魔力は全然ですけど……その他は多分、天才的です。こんな人見たこと無いです」

 

「ミクの方がトトよりすげーです?」

 

「いや結局魔法自体使えないんで、トトさんの方が上ですね」

 

「やった! ミクに勝ったです!」

 

 わーい!と無邪気に喜ぶトト。

 そしてそれを微笑ましく眺める未来。

 

 その二人をぼうっと見つめながら、ニノンは掌をにぎったり開いたりして――先程の感覚を思い出す。

 

 あまりにもちぐはぐな、その才。

 魔力を持たないのに、その操作は誰よりも上。

 まるで、何処か別の場所より現れたような、完璧な異才であった。

 

 もし彼女が魔法を使えたなら。

 

 おそらく、誰よりも大成しただろう。

 きっと歴史に名を残す大魔導師になったに違いない。

 その事が、少し惜しいと感じた。

 

 

 

 それから暫く、トトとニノンはじゃれあっていた。

 トトはどうやら先程の感覚がいたく気に入ったようだった。

 

「トトも魔法、習ってもいいかもです」

 

「ちみっこもようやく私の偉大さが分かりましたか」

 

「お前の偉大さじゃなくて魔法の凄さです。勘違いするなです」

 

 トトが楽しそうに、魔法についての興味を見せていた時。

 

 完全に弛緩しきっていた、その時。

 

 未来が不意に、彼方を見やる。

 馬車の幌の先まで見通すように。

 

 

 

()()()だーッ!」

 

 

 

 緊迫した男の怒声が響き渡った。

 

 

 

()()()が来た! 客は馬車から出るな! 絶対だぞ!」

 

 周囲がにわかに騒がしくなる。

 音だけではない。

 先程とは違う、緊迫した空気。

 何も変わっていないはずなのに何もかもが翻ったような、名状しがたき感覚。

 それが場に溢れた。

 

「はぐれ?」

 

 未来が不思議そうに呟く。

 

「もしかして意外と箱入りですか未来さん」

 

 ニノンが焦ったように言う。

 

()()()()()ですよ。つまりですね」

 

 彼女の顔にも、緊張が走っていた。

 いつものちょっと緩んだ表情ではない。

 それは引き締められ、魔導師としての顔が彼女を支配していた。

 

「襲撃です」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。