白く輝くサン=ヴォワイエ砦の最上階。
一際立派な――華美ではあるが下品ではない――貴人の居室で、二人の人物が机越しに向かい合っていた。
執務机の前、佇むのは巫女アウレリアであった。
彼女は普段見せている柔和な笑みを潜ませ、険しい顔を見せていた。
もう一人は執務机の奥、椅子に深く腰を下ろした、凛々しい雰囲気を持つ女。
歳の頃は二十を越えた辺りだろうか。
大人として成熟した顔つきと若さ故の自信が彼女からは溢れ出ていた。
短く切りそろえた髪型、そして騎士のような出で立ちは男そのものであったが、彼女の醸し出す雰囲気にはそれこそが相応しいと言いたくなるものがあった。
この砦の支配者は、矢面に立ち召喚者達と接しているアウレリアではない。
彼女こそが、真の支配者であった。
「それで」
凛とした声が部屋に響く。
聞く者を萎縮させるような、固くきつい声色だった。
「此度の召喚、どのような塩梅かお聞かせ願いたい」
その言葉に巫女アウレリアが、暗い声で答えた。
「合格基準なのが四。落第が五。貴方が言うところの予備が二十六です」
予想外の数字に、闇に溶け込む女は眉を顰める。
「何もかも看過できない数字だが……しかし四か」
深く深く彼女は溜息を吐く。
「四とはこれまでで最低記録ではないか? 巫女アウレリア」
「その通りとしか言いようがないかと」
アウレリアの顔も、また暗い。
この二人が召喚の結果に満足していない事は、傍目から見ても明らかであった。
「此度の召喚、残念ながら失敗と見做さざるを得ません。――カスタルノー卿」
机に腰掛けた女――カスタルノーは、ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がる。
「まあよい」
カッ、と女が踵を鳴らす。
「このような時の為の私の計画だ」
「それは」
だがそうでなければ仕方ない。
だとしても、まだカスタルノーの考える計画を実行するには判断が早すぎる。
そうアウレリアには思えた。
「今暫く様子を見てはいただけないでしょうか」
アウレリアはなんとか召喚者達の為にもと、そう言葉を重ねる。
「ふむ」
カスタルノーは何かを悩むように、暫し考え込む。
「まあ、宜しいでしょう。出荷の時期まではまだ間が有る」
カスタルノーは窓から外を見た。
静かな夜に瞬く星が、ただ静かに砦を照らしていた。
「まだ多少様子を見ても、取り返しは利く。ここは大巫女の意向を尊重しましょう」
「ありがとうございます」
アウレリアはほっと胸を撫で下ろした。
カスタルノーが立てていた計画。
それに則った場合、
あまりにも酷いその行いを、彼女はできるだけ止めたいと考えていた。
これより一ヶ月。
彼らに苦難が降りかからない事を、アウレリアは至天の神へと祈りを捧げていた。
――ここに来てもう二週間が過ぎた。
最初は大変だった雑用仕事。
不思議なもんで、毎日やってたら段々慣れてきたんだよね。
初日なんか、やってられるかー!って感じだったのに。
人間って逞しい。
で、今日やってるお仕事は。
「やんなるねェ~」
四十八願さんが、モップにもたれ掛かりながらそう愚痴を零してる。
麻美ちゃんもめんどくさそうな表情を隠してもいない。
旦尾くんなんか、あからさまにもうやる気が無い。
一人未来さんだけが、涼しい顔で掃除をしている。
保護組の皆で訪れているのは、砦の地下に有る水路。
そこの掃除が、今日の私たちの仕事。
いっつも仕事を補佐してくれるトトちゃんは来ていない。
ここは現地の人は入っちゃいけない場所なんだって。
ならなんで私たちなら良いのか、って思うんだけど、教えてなんかもらえるわけがない。
ただ騎士の人に連れられて地下に入って、ここを掃除しろ!って言われただけ。
騎士の人たちと話なんかできないからね。
いつも一方通行であっちがなにか言うだけ。
私たちが何言っても、まるで聞こえないみたいに無視される。
もう完全に相互コミュニケーションを捨ててる。
あっちからすると、私たちは都合よく使える道具みたいなもんなんだな、っていうのが段々分かってきた。
勇者召喚、なんて御大層に言うけど。
絶対歓迎されてないよね私たち。
いや、正確に言うと弱い
特別組なんかはあの高待遇だし、強い
「あいつらは好き勝手やってるのに、僕達はこんなとこで掃除かよ……」
どうやら旦尾くんも私と同じ気持ちだったらしい。
代弁ありがとう。
そうだよね、不公平だよね。
「どんな
旦尾くんは少し俯きながら、そんな文句をぶつぶつと言っている。
分かる、分かるよその気持ち。
私だって正直ちょっと納得行ってないし。
「私も、もうちょっとカッコいいのが良かったなあ」
ね?と麻美ちゃんが言うけど、まったくの同意見だ。
特別組とまではいかなくても、少しくらい格好のつく
でもそうなってたら戦えって言われてたわけで……うーん、これで良かったのかな?
「俺だって戦える
四十八願さんだけはなんか方向性が違う。
言う事が完全にバトル漫画の主人公なんだよねこの人。
「ま、文句を言っても仕方ないさ」
未来さんだけが、飄々とした感じで現状を受け入れていた。
「人間、配られたカードは変えようが無い、それをどう活かすかだよ」
「なんか大人だあ……」
「だねえ……」
未来さんは本当に憧れのお嬢様って感じ。
これ、絶対学校で後輩から慕われてたタイプだよね。
お姉様~って。
なんかもうありありと想像できる。
きっと一年生に囲まれてキャーキャー言われてたに違いない。
「さ、愚痴るよりさっさと終わらせてしまおう」
ぱん、と手を叩いて、未来さんが私たちの気持ちを切り替えさせる。
「こんなジメジメした所、さっさと出るに限る」
「そうだな。お嬢の言う通りだぜ」
四十八願さんは、何故か未来さんの事をお嬢と読んでる。
これがまたものすごく似合ってるから、違和感が無い。
言う方も、言われる方も。
完全に舎弟と親分の娘さんだもの。
何の、とは言わないけど。
「流石にここの掃除は私の
麻美ちゃんが、そう溜息をついていた。
水路の掃除だから、見た目を綺麗にするだけじゃなくて、足元がすべらないようにきっちり磨いて汚れを取ったりするのも大事。
だから麻美ちゃんの透明にする能力での誤魔化しは利かない。
お掃除&お洗濯マスターな麻美ちゃんも、ここでは私と同じ凡人なのだ。
はははー。
ちなみに、水路って言うとなんかじめじめして汚いイメージが有るけど、ここはそうでもない。
まあじめじめはしてるんだけど、流れてるのも汚物とかじゃなくて綺麗な水だ。
さらさらとした小川みたいな澄んだ水が、中央の水路を流れてる。
作りも上の砦と同じように白い石作りで、水路というよりちょっとした宮殿の廊下みたい。
天井近くには採光窓みたいな小さくて細長い穴も空いてて日の光もちょっとは入ってくるし、横の壁には彫像みたいな放水口がついてる。
石像の口から水が出てくるアレ。
しかも、灯りまで有るんですよ灯り。
魔導具っていう、魔法の道具みたいなのがこの世界では発展してるそうで。
それで、電灯みたいなものもあるんだよねここ。
水路の天井にも、ぼうっと光る光の弾みたいなのが浮いてる。
これが灯りになる魔導具らしい。
だからまあ、めんどくさいけど思ったより不快じゃない。
少なくとも武器の手入れとかよりは、よっぽど快適だ。
でもね。
「本当に面倒だねェ~」
四十八願さんが言う通り、本当に面倒なのだ。
とにかく隅から隅まで、ぬめりを取る為にきちんと磨かなきゃいけない。
下手すれば上の建物より綺麗さを求められる。
こんだけ湿気が有る場所で水場だし、当然汚れやすい。
だから、数日開けるだけで結構ぬめっと来る。
ここだって掃除するの初めてじゃないんだよ?
もう四回目だよ四回目。
大体三日に一回くらい掃除してる。
だってのに、来る毎に汚れてるんだよ?
もうぬるぬるでてかてかだよ?
そりゃ、嫌になるでしょ。
「無駄に広すぎるんだよねえ……」
麻美ちゃんが言う通り、ここは広い。
全長何百メートル有るんだろう。
とにかく、午前中いっぱいくらいかかる長さは有る。
「お掃除業者とか、この世界には居ないのかな」
ふと、そう思った。
やるなら専門家に任せてほしい、こんな所。
「居るかもしれないが、ここには来れないんじゃないか」
私の呟きに未来さんが律儀に答えてくれる。
「どう見たって、秘密の場所だろうここは」
「まあ、そうですね」
トトちゃんに聞いたけど、トトちゃんもここが何処かは知らないらしい。
来る時は外が見えない馬車に詰め込まれて連れてこられたと言っていた。
怪しさ全開過ぎる。
今更ながら思うけど、やっぱり胡散臭いよねここの人たち。
召喚されてから、私たちはずっとこの砦に閉じ込められている。
まるで世間の目から存在を隠してるみたいに。
何か後ろ暗い事有りますって言ってるようなもんだよねこんなの。
私たちだって勇者とか言われてるけど、歓迎されてるって感じは(特別組以外)しないし、なんなんだろう。
あんまり考えると怖い方向に行っちゃいそうだし、深入りしない方が良いかな……。
嫌な考えを振り切るように、南那はメモ帳を胸のポケットに仕舞った。
「何メモってるか知らないけど、あんまりサボるなよ」
帆が、ちくりと南那に言う。
「仕事してくれないとこっちが大変なんだからな」
「別にサボってる訳じゃ」
む、と不快そうにしながら、南那はモップ片手に通路を磨く。
「いいじゃんちょっと位」
恨みがましい言葉がちょっと漏れてしまうのは、御愛嬌か。
南那は黙々と湿った床を磨いていた。
「はぁ」
未来さんの言う通り、さっさと終わらせちゃお。
そんな事を思った刹那。
ゴォォォォン!
何か重いものがぶつかる、低い音が水路に響き渡った。
「な、何!?」
南那は咄嗟に周りを見渡した。
必死に探すまでもなく。
異常は、あまりにも簡単に見つかった。
水路の門が閉じている。
水路の途中途中に設置されている、水を遮る為のゲート。
それが、保護組の五人を挟むよう、水路を区切る形で降りていた。
「誰かレバーでも弄った?」
琉覇がそう問いかけるが、皆首を横に振る。
弄るどころか、レバーの近くに居る者すら皆無だった。
「誤作動でもしたのかね」
ツイてねえなあ、と琉覇はぼやく。
「なんだよ、閉じ込められたのかよ!?」
泰然自若としている琉覇と正反対に、帆はあからさまに狼狽えていた。
どうすんだよぉ、と呟き、おちつきなく体を震わせている。
「確か門の近くに開閉用のハンドルが有るはずだけど」
ならさっさと開けて出よう。
そう思った刹那、更なる異変が起きた。
ザァァァァ――
唐突に響く、水が流れ出る音。
壁に据え付けられた放水口から、勢いよく水が吹き出してきた。
動物の顔を形取ったそれは、その口からひたすらに水を吐き出している。
「いやオイ」
さっきまでは余裕の姿勢を保っていた琉覇の額に、じわりと汗が滲んだ。
「こりゃさっさと出ないとヤバいんじゃないの?」
水は早くも足首近くまで溜まり、そしてどんどんと水位を上げている。
密室となった地下水路での水攻め。
保護組は今、命を脅かされる状況に陥っていた。