崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第40話 ダラマトナへ

「いやあ、大変な目に遭った」

 

 馬車がダラマトナに到着した後。

 

 未来はしれっと戻ってきた。

 

 「西壁の槍」のメンバーの馬に一緒に載せてきて貰ったらしい。

 

「流石プロの傭兵。彼らが懸命に戦ってくれたお陰で、敵も相当弱ってたらしい」

 

 うん、と未来はにこやかに笑う。

 

「実に運が良かった。こういうのはこれっきりにしたいね」

 

 ニノンが向こうにいる傭兵団を見やる。

 傷ついた仲間を神殿へと運ぶ彼らの姿が見えた。

 致命傷な為、祈り(オラティオ)を使うのだろう。

 事後処理をしていた彼らの表情は、非常に複雑な様子を見せていた。

 

大百足(ジガ・ミルパット)が4体。内1体は超大物か。これを四人で?」

 

「ええ、まあ」

 

「大したものだ。一体でも油断できない相手だろうに」

 

 残った一人、おそらく隊長だろう人が、すごい顔をしていた。

 まあ二体は実質私ですしね、とニノンは納得する。

 そしておそらく、残る一体も――

 

 ニノンは未来を見る。

 

 彼女は喜ぶトトに出迎えられている所だった。

 

「本当に良かったですね! もう駄目かと思いましたよ!」

 

「運が良かったのさ」

 

 いや絶対運じゃねえだろ。

 心の中で魔法使いは全力でツッコミを入れる。

 

 馬車から飛び降りた時の身のこなし。

 そしてあの剣技の冴え。

 

 門外漢であるニノンでも、彼女が尋常ならざる使い手である事は理解できた。

 

 もしや噂に効く剣聖だろうか。

 だが剣聖が女性だと言う話は聞いたこともない。

 だとすると、剣聖の直弟子辺りという所か。

 

 剣聖自身も衛星国民(セクタ)と言う噂は耳にした事が有る。

 つまり現代式(デルニエクリ)による補助が無い、純粋な剣技の鬼。

 魔法が使えない未来。

 有り様としてはかなり似ているのではないか。

 

 ――まあ、うん。触らないでおきましょう。

 

 ニノンはとりあえず棚上げした。

 言いたくないというのなら、それなりの理由が有るはずだ。

 誰にだって事情は有る。

 

 彼女が助かった、今はそれだけでいい。

 

「ニノンもありがとう」

 

 急に自分に矛先が向き、ニノンはどきりとする。

 

「……えと、なんでですか?」

 

「私を助けてくれようとしたんだろう?」

 

 あの時にね、と未来は言う。

 

「多分、間に合いませんでしたけどね」

 

「だとしても」

 

 未来は重ねて続ける。

 

()()()()()()()()()()という事実は変わらない。だからもし困ってる事が有ったなら」

 

 ――私もきっと、君を助けるよ。

 

 それは感謝の言葉と言うよりも。

 まるで何かの宣誓のように、ニノンには聞こえた。

 

「また会うか、わかりませんけど」

 

 三人の道が交わるのはここまでだ。

 だから、その謝意が果たされる時が来るかは、わからないが。

 

「もし会えたらお願いしますね」

 

 その気持ちは純粋に嬉しいと、そう思えた。

 

 さて、とニノンは踵を返す。

 そろそろ別れの時間だ。

 

「鞄持てるですか? いけますか?」

 

 トトはジト目をしていた。

 持てない鞄をどうするのか、実に懐疑的な目だった。

 

「その点は大丈夫です」

 

 ちゃんと考えました!とニノンがアンサーを返す。

 

「予備用の巻物(スクロール)を、大目にローブに仕込んでおきました。これで鞄の重量は半減ですよ!」

 

「最初からそうしろです」

 

「普段からこれだと滅茶苦茶重いんですよ! 体が!」

 

 実際既に足がぷるぷるしていた。

 でも鞄に全部突っ込んで持つよりは遥かにマシだった。

 

「じゃあ、これで――」

 

「すまない、感動的な別れになりそうな所で申し訳無いんだが」

 

 歩き出そうとするニノンを止めたのは、未来だった。

 

「実はちょっとお花摘みに行きたくてね」

 

 馬に乗りっぱなしでね、と、彼女は漏らす。

 

「申し訳ないが、帰って来るまでの間ちょっとトトと荷物を見ていてくれないか? 子供一人で置いておくのはやはり心配だからね」

 

「あー……」

 

 これはもう仕方ないなと魔法使いの少女も思う。

 人間誰しも生理現象には勝てないのだ。

 

「じゃあ、少しだけ頼むよ」

 

 申し訳なさそうに。

 未来は物陰に消えていった。

 

 

 

 男は路地裏を一人、歩いていた。

 

「急な招集でなければ、あんな馬車になど乗らなかったものを……」

 

 先程まで馬車に乗り込んでいた――自らを特権階級と信じて疑わない――その男は、足早に進んでいく。

 

「面倒なものだ、秘匿研究など。この時代に魔導通信網(ネット)無しで情報のやり取りをせねばならんとは」

 

 ぐちぐちと際限無く文句を吐き、男は進む。

 

「しかしソンブルイユ卿に不興を買うわけにもいかん」

 

 世知辛いものだな、という微かな嘆きが薄暗い通りに消えていった。

 

 男はどんどん、人気の無い方へと向かっていった。

 彼が向かう先はその向こう。

 普通の人間であれば用など無いような区画にあった。

 

「さっさと終わらせて、五大領に戻りたいものだ」

 

 こんな何もない蛮人の田舎など一秒と居たくない。

 足早に、路地を行く。

 誰も居ない薄暗いその通りに響くのは男一人の足音だけだった。

 

 その後ろに人影が有る事など、男には露ほども感じられていなかったのだった。

 

 

 ニノンとトトが手持ち無沙汰に、流れる雲を眺めるのにも飽きた頃。

 

「ただいま」

 

 ようやく未来が戻ってきた。

 

「本当に助かったよ。トトを見ていてくれてありがとう」

 

「なんかすげー子供扱いされてるです」

 

 むくー、とトトは頬をふくらませる。

 彼女も社会に揉まれて数年、自立できているという自負が有る。

 

「君にどれだけ経験が有ろうと、発達途上の子供である事は変わりない」

 

 未来は優しく諭すように、彼女に語る。

 

「あの馬車に乗っていた男のように、生まれや種族で差別する者も居るだろう。ましてや、その相手が小さいなら……その手の輩は余計につけあがるさ」

 

 弱いものを見つけるのが好きだからね、と付け加える。

 

「だから、意味は有ったのさ。それで納得してくれ」

 

「……トトは大人だから飲み込んでやるです」

 

「助かるよ、先輩」

 

 二人の様子を見て。

 今度こそ、ニノンは踵を返す。

 

「では、縁が合ったらまた。しばらくはこの街に居ますので、偶然会うかもですね」

 

「気をつけるですよ~!」

 

 去っていくニノンに、トトはぶんぶんと手を振った。

 心配していたが転んだりする事は無かった。

 見えてる範囲では。

 

「じゃあ、こちらも行こうか」

 

 未来も、荷物を抱える。

 

「トトの家はどっちの方なのかな?」

 

「うーん、ここらへんからだとちょっと遠いかもですね」

 

「そうか」

 

 トトが未来の手を取って、走り出す。

 それに引かれていく未来。

 二人の姿は、まるで仲の良い姉妹のように見えた。

 

 

 

 翌日の朝。

 

 ダラマトナの路地裏で、一人の男が死んでいるのが見つかった。

 

 酒瓶を抱え、家の壁にもたれかかり座り込んでいるのを、通りかかった人は最初酔っ払って眠り込んでいるだけだと、そう思ったという。

 

「大丈夫ですか?」

 

 親切にも声をかけた所、返事が無い。

 何度か体をゆすり、その熱が失われてる事に気づいて――ようやく彼が死んでいると気付いたのだ。

 

 外傷は一切無く、まるで眠るように死んでいたその男は。

 

 おそらく羽目を外して飲み過ぎ、そのまま外に出て眠って死んでしまったのだろう、と結論づけられた。

 苦痛一つ無く眠るように死んだのだろうと、穏やかな顔も語っていた。

 

 こうして一人の男の死は、単なる事故として処理された。

 いつでも良くある単なる酒飲みの死亡事故として、時間の中に埋もれていき。

 誰の記憶にも残らず消えていった。

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