崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第40.5話 奇跡の輝き

「すまん、通してくれ!」

 

 ミシェルとザンガは重傷のニコラを担架で運び、ダラマトナの街路をひた走っていた。

 

 目指すはこの街の祈祷所だった。

 昨年新設されたこの施設は、街の規模に不釣り合いな程大きく勇壮なものであった。

 かつてこの街に有った祈祷所はこじんまりとした建物であったのと対照的である。

 

 一体如何なる理由で、衛星国(セクタ)の地方都市であるダラマトナにこのような立派な祈祷所を建てたのか、定かではない。

 街に駐屯する兵の数が増員された事と同時期である事から、前線で戦う王国人(エタ)の為にそうしたのではないか、というのが街の住人の見立てだった。

 

 しかし今はその大きな祈祷所が有る事が有り難い。

 そうでなければ、ニコラは助かったかどうか怪しい所だっただろう。

 

「保ってくれよ」

 

 既に意識の無いニコラに、ミシェルは祈るように呟く。

 胸を大百足(ジガ・ミルパット)の鋭利な足で貫かれた彼の体は重要な臓器が傷つき、血も多く流した。

 戦場経験もそれなりに有るミシェルは彼が油断ならぬ状態だと理解していた。

 

「おそらく大丈夫だと思うが」

 

 ザンガもそれが良く分かっているのだろう。

 走る足は一層力が入り、祈祷所へと向かっていた。

 

「ニコラは王国人(エタ・スプレム)だ。最悪優先権を使おう」

 

「ここの連中には悪いがな」

 

 そうならなければいいがとミシェルは思う。

 いざとなれば優先権を使う事に躊躇はしないが、後味の悪いものは残る。

 

 王国(エタ)でも辺境生まれのミシェルは衛星国(セクタ)に対しては好意的だ。彼らの領分を侵す事には気が引ける。

 自分はあの鼻持ちならない五大領の連中とは違うのだと、彼は自負していた。

 

 二人の眼の前に、祈祷所が見えてくる。

 街の何処からでも見える程に巨大なそこへと辿り着くのに迷う要素は無かった。

 

「済まない、重症者だ。祈り(オラティオ)を!」

 

 駆け込むようにその内部に走り込むと、ミシェルは力の限りそう叫んだ。

 とにかく時間が惜しい。

 

 奥からばたばたと、司祭らしき男性がやってくる。

 

「これは……王国(エタ)の傭兵の方ですか」

 

 魔核(ロイユ・セレスト)の交感により、即座に王国人(エタ)と互いに理解する。同時に、互いの身分や名等も識る事ができた。

 

「お頼みできますか、アンドレ司祭」

 

「お任せ下さいミシェル様。すぐに祈り(オラティオ)の準備に取り掛かりましょう」

 

 さあ、こちらへ、と司祭――アンドレが三人を奥へと促す。

 

 傭兵達が通されたのは奥まった場所にある小部屋であった。

 そこには光神教のシンボルである至天神の像が祀られ、像の眼の前には豪奢な寝台が据え付けられている。

 横には、侍るように三人の巫女が控えていた。

 

「ニコラ様をこちらへ」

 

 ミシェルとザンガはニコラを慎重に寝台へと移す。

 う、というニコラの微かな呻きが、逆に彼らに安心感を与えた。

 まだ生きてると。

 

 寝台に寝かされたニコラを囲むように、巫女達が回りに立つ。

 彼女らは腕を胸の前に組むと、それを解放するかのように上へと持ち上げ、両手を広げる。

 その掌は天へと向けられ、まるで空を掴もうとしているかのようだった。

 

 人体で最も鋭敏で細やかな感覚を持つ掌を天に向けるのは、天に御わす神を少しでも感じんが為のものであった。

 光神教では掌を天に翳すという行為が神への敬意の表れなのである。

 

 逆にしゃがんで地に近づき傅くは魔族の神、獄冥神への祈りの作法である。これは禁忌であり、故にこの世界の人間は地に伏せるという行為を嫌う傾向が有った。

 

「空の彼方に御わす我らが神よ――」

 

 巫女達が、聖句を唱え始める。

 美しい声による三輪唱。

 朗々と高い声で響き渡るその言葉に、聖性を感じぬ者は居ないだろう。

 

 どれほどの時が経っただろうか。

 長い長い詩が部屋を満たして後。

 その聖句に呼応するように、部屋に光が満ちる。

 天から降り注ぐように、きらきらとした細やかな光がニコラへと降り注いでいた。

 

 神への祈りが通じ、その力が今ここに分け与えられているのだ。

 

 ミシェルとザンガも、その神々しさに胸が震える。

 この光景は何時見ても心に訴えかけるものがある、とミシェルは思う。

 自分の中にある、根源的なものに訴えかけるような何かがそこには有るように感じるのだ。

 自分は孤独ではない、世界に愛されているという実感とでも言おうか。

 とにかく自分はここに居てもいいのだという根拠の要らない無限の愛を、そこに感じた。

 

 熱の無い光が、何故か暖かく感じる。

 心の中が満ち足りていくような感覚が、場に居る全員を満たした。

 

 降り注いだ光がニコラを包み込む。

 そしてまるで繭の如き光の膜を形成し――

 

 ぱあっ、と、光が弾けた。

 

 世界が白に染まったかのような、目の眩む閃光。

 しかしそれは目を灼かぬ、不思議な光だった。

 目を閉じる必要はない。

 それは神の光なのだから。

 

 光の中、起き上がるニコラの姿をミシェル達は見た。

 五体遍く無事な、元気な姿で。

 

「ニコラ!」

 

「心配かけたようだな」

 

 苦笑するニコラに、ミシェルとザンガがばんばんと背中を叩く。

 

「まったくだ。ちゃんと今夜は奢れよ!」

 

「安い酒で頼む」

 

 ハハハと笑い合う男たちの様子を、司祭や巫女たちも優しい笑顔で見守っていた。

 神の御業が為されたこの時が、彼彼女らにとって一番の報酬であった。

 

「ありがとうございます。アンドレ司祭」

 

 ミシェルは改めて司祭に礼を告げる。

 

「至天神の思し召し、しかと受け取りました」

 

「これも皆様の日頃の信仰の賜物でしょう」

 

 そう言って、司祭は天に祈りを捧げる。

 傭兵たち三人もそれに倣い天へと祈る。

 

 ありがとうございます神様。俺達の仲間を助けてくれて。

 

 戦場(いくさば)に出る者達は、こうして神の奇跡を目の当たりにする機会が多い。故に、街で暮らす者達よりもむしろ信仰心は強い傾向が有った。

 

 彼らの多くは祈りを欠かさない。

 神が応えてくれる事を、何よりも知っているからだ。

 

 三人は神殿を後にする。

 団長のリュックが一人で事後処理に困っている事だろう。

 そうそう遊んではいられない。

 

「こう言っちゃなんだが」

 

 すっかり元気になったニコラが、そう呟く。

 

「俺で良かったよ。ザンガだと、場合によっちゃ危なかったかもしれないからな」

 

「今日なら大丈夫だったと思うがな」

 

 当のザンガは、そう軽く答える。

 

「それに、その時はその時さ。潔く死ぬだけだ」

 

「お前はそれで良いかもしれないがな」

 

 ミシェルは苦笑しながら言う。

 

「腕の良い斥候は貴重なんだよ。勝手に死ぬんじゃねえ」

 

「そこはもっと友情を感じさせる事を言えよ!」

 

 言葉とは裏腹に、ザンガは楽しそうに笑う。

 良い仲間達だと、彼は思った。

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