崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第44話 防衛隊の夜

 ダラマトナの夜に、兵士たちが駆ける。

 

「応援はまだか!」

 

「近くに第四隊が居る! すぐに合流するはずだ!」

 

 革鎧を着込んだ獣人の男たちは、月明かりだけの路地裏を全力で疾駆する。

 ダラマトナ防衛隊の第三隊の面々は今捕物に追われていた。

 

 そして彼らの前方、数メートル先には、そのか細い明かりに照らされた小さな影が踊っていた。

 

 小柄――とは言え1メートル程の体長は有る――な四足歩行動物は、表面がまるで濡れてるようにてらてらと光り、月の視線を跳ね返している。

 

 鈍い黒と銀が入り混じったようなその体表は滑らかではなく、所々が尖り、ぎざぎざと波打っているように見受けられた。

 

 眼光は鋭く、その瞳の奥には赤い輝きが漏れ見えた。その赤き視線は何かを探すように常に忙しなく動き、周囲を探っている。

 

 割れた空き瓶や放置された木箱等が散乱する路地裏で、両者のどちらがより有利かは火を見るより明らかであった。

 小柄な影は器用に飛び跳ね疾駆するが、男たちは邪魔なそれらを逐一避けながら追う事を強いられていた。

 

 多目的ゴーグル(ウィッチグラス)のお陰で姿を見逃さない事だけが救いだった。この魔導具には暗視機能も当然のように組み込まれている。

 王国民(エタ)と違い視界共有や状況分析等の機能は利用できないが、それでも彼らにとっては十分に役に立つ相棒に違いなかった。

 

 王国民(エタ)でない彼らに魔導式による強化の恩恵は無い。衛星国民(セクタ)である彼らに現代魔法は使いこなせないのだ。

 故に彼らは肉体一つで敵に立ち向かわなければならない。

 頼りになるのは、少ない稼ぎを貯めて購入した魔導具だけだ。

 

 三者と一匹の追いかけっこがしばし続く。

 引き離そうとする獣と、追いすがろうとする男たち。

 そのデッドヒートはどこまで続くのかと思われたが――

 

 突如小柄な影の眼の前、丁字路の曲がり角、その右側から人影が躍り出た。

 

「第四隊か!」

 

 それは彼らが応援に呼んでいた第四隊達であった。

 彼らは槍を構え、飛び出た勢いのまま、それを獣に向かって突き出す。

 

「セイヤァ!」

 

 暗い路地裏に野太い声が響き渡った。

 槍先が細い光を伴い輝く尾を描きながら突き進む。

 

 だが小さな影はそれを身を捻るように――まるで、高跳び選手がポールを飛び越えるように――して、すんでの所で躱して丁字路の突き当りの壁に着地する。そして勢いを殺さぬまま、左側に向かって方向転換し走り去った。

 

「俺達はこのまま追う! 回り込んでくれ!」

 

 第四隊の男が、そう叫ぶ。

 

 

「わかった! 短距離通信(リンク)は繋いでおく!」

 

 そうして第三隊の面々は、第四隊が向かってきた方へと舵を切った。

 第四隊と第三隊がまるですれ違うように入れ替わる。

 

 第四隊は影を追い左の路地へ。

 第三隊は第四隊が現れた右の路地へ。

 

 彼らは全力で走り抜ける。

 

「他の隊は?」

 

「第6隊が向かってる」

 

 多目的ゴーグル(ウィッチグラス)に映り込む情報を横目で見ながら、なんとかなるか?と思案する。

 

 三隊九人。これなら囲めばなんとかなるだろう。

 

 頭の中で、街の地図を思い描きながら走り続ける。

 このまま徐々に追い込んでいく。合流するだろう地点に向かって、全力で駆けた。

 

 

 

 暫くして、漸く獲物が追い詰められる。

 街の外壁の壁際。

 片方は高い外壁がそそり立ち、もう片方には高い建物が居並ぶ一角だ。

 小さな影は知らずの内にその場へと誘導されていた。

 

 追い込んでいた二隊、合計六人の防衛隊がその場に集まる。第三隊と第四隊は再び会合できたが、応援に呼んでいる第六隊は未だに遅れているようだった。

 これ以上待つ事はできない。

 ここで決める。

 

 壁際を走り抜けようとする影に、鋭い突きが二撃。

 まるで進路先に置くように突き出された。

 

 影はそれを飛び越える――が。

 

 上空より迫るは、振り下ろしの一撃。

 ビョウという空気をこじ開ける音を伴い、痛烈な一撃が狙い通りに影へと叩き込まれた。

 

 がん、という鈍い金属音。

 生物というより鉄の塊を叩いたようなそれと共に、影は地面へと叩きつけられる。

 

 ギッ、という短い悲鳴が影から漏れた。

 

 衝撃で僅かばかり跳ねた影の腹が剥き出しになる。

 そこは金属的な背中とは対照的に、柔らかい動物の腹であった。

 

 五人の男たちの槍先が、的を見つけたとばかりにそこへ殺到する。

 

 二撃ほどは背中に当たり、その固い装甲に弾かれ、ぎざぎざとした間隙に槍を取られたが。

 

 残り三者の槍は、見事に影の柔らかな部位へと突き刺さる。

 

「ギャアァッ!」

 

 より大きな、明確な苦悶の声が影の口より漏れ出た。

 致命傷は確実。これで処理できた。

 

 

 

 ――などという甘えは、魔族との戦いでは許されはしない。

 

 

 

 その影は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さらに跳ねる。

 

 乾坤一擲、死力を尽くした体当たりは。

 最も手近に居た隊員へと襲いかかった。

 

 彼らとて素人ではない。

 反撃にも備えてはいたが――それでも、敵の方が手強かった。

 

 瞬間的に加速してきたそれは巨大な砲弾とも言える威力で襲い来る。

 

 突き刺さった槍を返す事は間に合わない。

 彼は咄嗟に槍を手放し、その両腕を眼前に構え、盾の如く扱う。

 

 キイイイィ、という金属同士が擦れるような音。

 籠手の金属部分と影の背がこすれ合い、不快な二重奏(デュエット)を奏でる。

 

「ぐっ……うあっ!」

 

 籠手のお陰で腕の損壊こそ免れたものの。

 巨大な質量は腕を押し潰し、べったりと胸へと張り付かせる。

 急激かつ過剰に折り曲げられた肘が完全に破壊されてしまい、ぎざぎざとした背中――まるで剣山のようなそれが、そのまま彼の顔面へと伸し掛かってきた。

 

 両者は縺れるようにして、地面へと転がる。

 後ろ向きに倒れた彼はそのまま勢い良く頭部を打ち、昏倒した。

 

「大丈夫か!」

 

 即座に仲間たちが駆け寄る。

 

 だがその姿は凄惨なものであった。

 

 顔面には影の背より飛び出た釘のような体毛が突き刺さり、深々と貫いている。

 幸運なのはそれが顎近辺に集中している事だろうか。

 頭部まで及んではいないようだった。

 

 潰された両手は肘が奇妙に折れ曲がり、常に無い角度を保っていた。

 その肘が破壊されてしまった事は誰の目にも明らかであった。

 

 皮鎧(レザープレート)の胸の部分は衝撃でぱっくりと割れており、衝撃の程を物語っている。

 

 死んではいない。

 しかし、重傷である事は疑いようがなかった。

 

 残った者達は慎重にその隊員から影を引き離そうとする。

 

 本当に最後の力を振り絞ったのだろう。

 既に死していたそれの背――尖った体毛は、まるで溶けるように萎れていく。

 その様を見てから、慎重に持ち上げ除ける。

 頭を打っている状態で、さらなる衝撃は脳の損傷を招く恐れがある。

 防衛隊である彼らにもそのような命に直結するような知識は与えられていた。

 

「今救護隊を呼んだ。すぐ来る」

 

 第四隊の隊長が、多目的ゴーグル(ウィッチグラス)に手を当てながら告げた。

 程無くして救援は来るであろう。

 

「クソっ」

 

 隊員の一人が、悪態をつく。

 

「これで今月に入ってもう何人だよ」

 

 小柄な動物の死体を、苛立ちと共に蹴り上げた。

 衝撃で、ず、と少しだけ動いたそれを見ても、彼の苛立ちは収まる気配が無かった。

 

「三人目だぞ。どうなってんだ」

 

「この頻度ではな」

 

 このような()()の侵入が、ここの所頻発していた。

 

 最低でも週に三度。

 大凡二日に一度のペースでそれは見つかっていた。

 

 半年前に始まったそれは、最初は週に一度程度だったが、ここ一ヶ月は三倍以上に増えている。

 明らかな異常事態である。

 

「駐留軍の助力が得られれば楽なものを」

 

 前線ではないものの、そこにそれなりに近いこのダラマトナにも王国(エタ)の対魔族部隊は駐留をしていた。

 しかしそれは万が一の侵攻に備えてのものであり、このような()()()の処理に手を貸してくれたりはしない。

 

「来るわけないさ」

 

 諦めたように、別の男が呟く。

 

「ここは衛星国(セクタ)だぜ」

 

 そもそも、衛星国(セクタ)の人間の被害など知ったことではないのだろうが。

 彼らが守りたいのは栄光ある王国(エタ)だけなのだと、誰もが知っていた。

 

 

 

 救護隊に運ばれていく負傷した隊員を眺めながら、全員が苦々しい顔をしていた。

 あと何人の犠牲を払えばいいと言うのか。

 

「この害獣(フェルテ―ニュ)が……」

 

 忌々しげに、動かなくなった影を見つめる。

 

 フェルテ―ニュ。

 それはクズリの体表に鋼を纏い、鋭角な体毛を生やしたような、そんな姿をしていた。

 この魔族の特徴は小柄ですばしっこく、そして戦うとなれば死すまで相手に食い付く執念を持ち合わせているという点であった。

 何より厄介なのは、本来持ち合わせているはずの(レスプリ)が見当たらない事である。その為、この魔族は何らかの魔族の眷属的なものなのではないかと言われている。

 故に、その動きを止める為にはきちんと仕留める必要が有った。

 

 一体一体は然程強く無いものの、前線で出現した際は数で攻めて来る事が殆どであり、しかも連携を取ってくる為十二分に危険な相手である。

 故に力量確かな騎士たちであれば接敵せず遠距離攻撃で鴨打が如く仕留めるのが常であった。

 

 そんな敵が、ダラマトナに侵入してきている。

 

 単なる()()()とは思えないその行動に、防衛隊の隊長達は気味が悪いものを感じているのだった。

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