翌日。
未来はトトに連れられて、ダラマトナの街へと繰り出した。
「ミクにこの街を案内してやるです!」
凄惨な経験をして精神的に疲労をしていた事を隠せなかったトトも、生家に帰った為だろうか。
すっかりと元気を取り戻し、持ち前の明るさを振りまいていた。
「この街には暫く滞在する事になるだろうからね」
何時までになるか分からないが、暫く逗留はするだろう。
未来はそう判断していた。
「案内して貰えるのは嬉しいよ」
「任せとけなのです」
トトはどん、と胸を叩いた。
「ここには生まれてから仕事に出るまで、ずっと住んでたです。トトには庭みたいなもんです。なんでも聞くです」
獣人の少女は自信満々な様子だった。
「じゃあ」
未来は目についた、一際大きい建物を指差す。
「あれは何なのかな?」
トトはそちらを見やると、目を二三度ぱちくりさせる。
そして、明後日の方向を見ながら誤魔化すように呟いた。
「トトにもわかんねえ事はあるですよ……具体的には居なかった時に出来た建物の事とか」
「先輩?」
トト先輩、速攻のサレンダーであった。
「あれは光神教の新たな祈祷所ですね」
横から口を挟んできたのは、トトの弟、ザバであった。
ザバとカロの二人も未来達についてきた――というよりも、世話を任されたのだ。
ちなみにシリバはいつも通り鍛冶場へと手伝いに行った。
「去年、姉さんが出かけた後に建設され最近完成したばかりです。
「ザバは本当におりこうさんですね」
トトは自慢げにザバの頭を撫でる。
姉からのお褒めの言葉に、この幼い少年も相好を崩した。
「……新しい巫女様も沢山来たよ」
兄に負けないようにか。
ザバの後ろに隠れたカロも、そう続ける。
「人が一杯だった」
「カロも良く見てて偉いです」
よしよし、とカロの頭も撫でた。
微笑ましい姉弟のスキンシップを、未来はにこやかに眺める。
黒髪の少女の様子は実に満足げであった。
「私は一人っ子だったから、羨ましいね」
一人っ子の家庭はしばしば兄弟の居るそれを羨ましがるものである。
しかし逆もまた然り。
隣の芝生は青い、とは良く言うもので、人は自分に無いものを求めてしまう習性が有るのだろう。
それは未来という少女にとっても変わらなかった。
「居れば居たで大変ですよ」
二人の髪をわしゃわしゃにしながら、トトも答えた。
「小さい頃なんかお世話が大変でしたし、目が離せなかったです」
「そういう苦労もしてみたかったなという話さ」
「苦労なんてしない方がいいですよ? 一人だともっと自由です」
「自由過ぎると、多少の不自由さが恋しくなるのだよ人間って奴は」
そんな事を話しながら、ダラマトナの街を四人は歩く。
「この街はまあ、あんまり豊かなところじゃないですけど」
見ての通り、とトトが言うように。
その町並みはここに来る前に寄ったリジエールと比べると、世代が変わったような印象を受けるものだった。
対するダラマトナは木造家屋が主であり、街の作りも人口増加に合わせて徐々に拡大した歴史を伺わせるよう、路地が複雑に入り組みいかにも継ぎ接ぎと言った印象を与えていた。
木造の家屋には、
両者を比べると
「それでも暮らしやすいとこですよ。差別も少ないですし」
「……さべつ?」
その言葉に、カロが無邪気に反応する。
「さべつって何?」
「カロは知らなくていいことです。ここに居ればそんなの関係ないですから」
トトはその言葉が、辛いものだと知っていた。
出来ればいつまでも知らないでいて欲しい、トトはそう願った。
この国から一歩出れば、自分たちの立ち位置を知ってしまう。
そんな日が来ないでくれと切に思う。
トトは初めて
自分たちは同じ
それがどれだけ悔しくて惨めだった事か。
だから、あの砦での仕事は快適だった。
そのお陰か普段蔑まれる騎士たちからも、表向きは
それに何より、そんな概念すら知らないような不思議な者達と仕事ができた。
未来を始めとした、あの五人。
彼らは決して自分を
対等な仕事仲間として、いつまでも接してくれた。
とても楽しかったのだ。あの一ヶ月は。
トトは横で笑う未来を見る。
思えば、彼女たちは何処から来たのだろう、と今更ながらに疑問に感じる。
黒い髪をした、不思議な人たち。
今までトトは無数に存在する
でも、もしかしたら違うのかもしれない。
それこそ――
「考え事かい?」
不意にかけられた声で、トトは深く沈んでいた思考の闇より抜け出してくる。
「あまり考えすぎない事だ」
未来の言葉は、楽しげに、軽く、なんでもないようにトトには聞こえた。
「君は私の先輩だし、ここは良いところだ。それで良いじゃないか」
まるで自分の考えを読んでいたかのように、的確に思考の間隙を縫って放たれた言葉だった。
それにトトは完全に毒気を抜かれてしまった事を自覚した。
「それよりも街を案内してくれないか? 主要な施設くらいはきっちり知っておきたいからね」
「しゃーないですね」
気を取り直し、トトは先導するように先へ進む。
「じゃあ改めて案内始めるです。わかる範囲で!」
そうして未来達がまず訪れたのが――
「ここがダラマトナ一の武器屋、【大岩の槌】です」
そう言ってトトが連れてきたのが、武器屋であった。
「ダラマトナは長い間、前線に武器を供給する役目をしていたですよ」
すごい昔からです、とトトは言う。
「だから鍛冶場とか多いです。それでバンバン武器作って前線に送ってたです。そんな武器のおこぼれを売っているのがここです」
「中々に大きいな」
大岩の槌と呼ばれたその店は、未来が感心するだけの大きさを誇っていた。
大通りに面した店構えは横に長く、他の店数件分は優に超える面積を持っていた。
また奥行きも十分に有るようであった。
「ちょっとしたスーパーくらいの大きさはあるな、これ」
未来はふむ、と頷きながら店を眺める。
「しかしこれだけ大きな店、商売として成り立つのかい?」
「ここで傭兵が武器買って前線の方に行くから、ばんばん売れるですね」
前線ともなれば武器の補充などその場でできようはずも無い。
官製の武装が彼らに渡されるはずもなく。そうなれば、前線より前の近場の街――つまり、ダラマトナのような場所でそれらを揃えるのは必然と言えた。
「街の防衛隊にも武器卸してるから安泰だって昔ポンスさんに聞いた事有るです。仕事が安定してるのは羨ましい話です」
「どの世界でも似たような事情が有るもんなんだな」
未来は素直に唸った。
日本で言えば何故か潰れない文具店みたいな
巨大で定期的な卸先を抱え、近隣需要を引き受けてもいる。
儲からないわけがないという話だ。
「中にも入ってみるですか?」
トトの問いに未来は。
「いや、いいよ。私には必要無いしね」
にこやかに断りを入れた。
「護身に
「道理ではあるんだが」
未来は両手を眼の前に出し、掌を開いて見せる。
「そもそも先立つものが無いんだよね、私は」
「あー……」
未来の手元に、余剰資金は存在しなかった。
道中の旅費も基本的にはトト持ちである。
つまり天音寺未来は現在無収入無貯金という、実に惨めな状況に陥っていた。
「……日雇い仕事の仲介所を最初に紹介した方が良いですか?」
「切実に、うんと言わせて貰う」
未来とトトの背中は、ちょっとだけ煤けていた。