崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第46話 まだまだ歩くダラマトナ

 この世界にも、ハローワークに類する職業案内所のような施設は存在していた。

 ダラマトナの中心部の一角に建つ、【人材斡旋所】がまさにそれであった。

 

「無いですね」

 

「無いですか」

 

 トトに案内され、早速そこを訪れた未来だったが。

 見事なまでに仕事が無かった。

 

「男性向けの仕事は飽和してるんですけどね」

 

 斡旋所の職員が申し訳無さそうに言う。

 

「女性向けの仕事はなかなか出てこなくて」

 

「理由をお聞きしても?」

 

 うーん、と困り顔で未来は問うた。

 

「まず男性向けの仕事が多いのは、純粋に男手が足りないからです」

 

 兵役等で慢性的に足りてないですからね、と付け加える。

 

「そして女性向けの仕事が少ないのは、女性の労働者が供給過多に陥っているからです」

 

「……寡婦が既に仕事を独占しているという感じかな?」

 

「ご理解が早いようで、こちらも助かります」

 

 職員は眼鏡をくい、と上げながら、安心したような顔をした。

 

「彼女たちも生きていかねばなりませんので、お仕事はそういう方に優先的に回しております。独身の女性の方はどうしても後回しになってしまいますね」

 

「そうなると仕方ないな……」

 

 この世界には魔王という常在する脅威が存在して、その相手とは定期的に戦っている。

 当然男手が兵として徴発される事も、数年おきに必ず発生する。

 となると、未亡人が多数生まれるのは必然であった。

 

 彼女らも子を養って生きていかねばならない。

 例え夫がもう居なくなってしまったとしても。

 未来にもその事情は痛い程理解できた。

 

「しかし困ったな」

 

 未来は本当に困っていた。

 なにせ文無しである。

 トトの家に居候できなかったら明日の食事にも困っていた可能性すら有る。

 

「心配しなくても暫く養ってやるですよ」

 

 歳下の少女(トト)にヒモ宣言されるのを甘んじて受け入れる程、彼女はまだ人としての誇りと尊厳を捨ててはいなかった。

 

「少々賃金は落ちますが」

 

 そんな様子を見かねたのか、職員が助け舟を出してきた。

 

「内職作業でしたら、いくつかご紹介できますが」

 

「内職か」

 

 未来はトトの母、ローネが裁縫作業をしていたのを思い出す。

 おそらくあれも内職作業の一つだろう。

 

「現在麻袋等の需要が増えているので、そちらでしたら買い手も多いと思います」

 

「ふうん?」

 

「消耗品を作るのにはどうしても人手が必要ですからね。こういった作業も魔導具で簡単に代替できる時代が来てくれれば……おっと、関係無い話でしたね」

 

 少々愚痴を零してしまいました、と職員は気を取り直す。

 

「制作物の買取もこの建物で行えますので、こちらの……そうですね、そこの窓口へお願いします」

 

 内職の説明を受けている未来の側で、ザバとカロの二人は物珍しそうに建物内をきょろきょろと見回していた。

 子供が普段入らないような場所なので、新鮮なのだろう。

 トトは未来の聞いている説明に耳を傾けながらも二人から目を離さぬよう気を配っていた。

 

「ちなみに材料は」

 

「勿論自費で購入してください」

 

 天音寺未来、初手で躓く。

 

 そんな未来の肩を、トトは優しく叩いた。

 

「無利子で貸してやるですよ」

 

「先輩の優しさが身に沁みすぎて泣けてくる……」

 

 異世界に連れてこられて一ヶ月、ついに借金持ちになる。

 未来はほんの少しだけ泣きそうになった。

 

 

 

「とりあえずミクの稼ぎのアテも手に入ったので、次に行くですよ」

 

「手に入ったと言えるのか……?」

 

 実質的に資産マイナスの現状、あまり喜べる要素は無かった。

 

 未来は気を取り直し、人材斡旋所を出たトトについていく。

 

「次は……」

 

「兄さんの仕事場を見学させて貰ったらどうですか」

 

 逡巡するトトに、ザバがそう提言した。

 

「それに武器屋を見たなら鍛冶場も見ておくのが自然では」

 

「むむ」

 

 トトは暫し悩むような素振りを見せた後。

 

「まあ、一理有るですね」

 

 弟の言葉に従う事とした。

 

 シリバの勤める鍛冶場は、先程の【大岩の槌】よりそう遠く離れていない場所に有った。

 その辺りでは珍しい全面石造りの建物であるそれは、やはりかなりの大きさを持った建物であった。武具屋程ではないが、一般邸宅よりはやや大ぶりか。そこからは入口の外からでも感じられる程の熱気が漏れ出ていた。

 

 中では幾人もの小地人(ドワーフ)が汗だくになりながら金槌を振るい、剣や鎧を仕立てている。

 奥の炉では炎がごうごうと燃え盛っており、周囲に主張するように熱気を放っていた。

 その周りではちょろちょろと獣人の子供たちが動き回っている。

 彼らは小地人(ドワーフ)達の指示に従い、様々な雑用をこなしているようだった。

 

「あ、ねーちゃん!」

 

 水瓶を持って走り回っていたシリバが、トトの姿に気づく。

 

「何しに来たんだよもー!」

 

 仕事姿を目撃された少年は、ちょっと恥ずかしそうにしながら、姉の下へとやってきた。

 

「迷惑をかけてないか見学しに来たですよ」

 

「してねーよ!」

 

 明らかに照れた様子のシリバを、周りのドワーフ達が生暖かい顔と笑顔で見守っていた。向こうではポンスもトトに向かって手を挙げている。

 

「ま、頑張って働いてるようで安心したですよ」

 

 走り去るシリバを見て、トトは呟く。

 

「こんな暑いところで夕方まで働いてるのは大したものですよ」

 ここで働くのは考えているよりずっと重労働だろう。

 生活を支える為に頑張っているだろうシリバを、トトは誇らしく思っているように未来には見えた。

 

 未来も鍛冶場をゆっくりと見回す。

 雑然とした鍛冶場の壁に一本の剣が立てかけられているのを見つけると、彼女はそれを手にとってしげしげと眺め始めた。

 

「ふむ」

 

 軽く二、三度振る。

 剣を振る、というよりもゆっくりと舞うような――淀みを一切感じさせない、緩やかで静かな動きであった

 するりと静謐さを持ち合わせた動きで剣は空中に弧を描く。

 

「あまり娘さんが持つもんじゃないな」

 

 その様子を見つけたのだろう。

 一人の小地人(ドワーフ)が彼女の下へとやってきた。

 

「こいつはあまり出来がよろしく無いね」

 

 端的な未来の呟き。

 それに、その小地人(ドワーフ)はぴくりと眉を動かす。

 

「……どうしてそう思う、娘さん」

 

「見た目は十分に立派だが」

 

 未来はくるり、と手首で刃を翻す。

 まるで何かを確かめるように。

 

()()()()()()()。若干柄側に重心が寄りすぎている。これでは、斬りきれない」

 

「たまげたな」

 

 眼の前の鍛冶師の目が、大きく見開かれる。

 素人にすら見える相手から出てきた、あまりにも的確な指摘。それに驚愕していた。

 

「確かにそいつは見習いの作よ。見てくれこそ上手い事やれるようになったが、確かに剣としちゃまだまだと思っていたんだが」

 

 彼はがりがりと頭を掻いて、続ける。

 

「そいつを見切るか、お嬢さん。とてもじゃないが剣を振るようには見えなかったが」

 

「実際、誰かに剣の振り方を習った記憶は無いよ」

 

「面白いお嬢さんじゃ」

 

 ハッハ、と彼は豪快に笑った。

 

「本当に不思議で仕方がない。武器なぞついぞ縁の無いように見えるのに、むしろ剣があんたに握られたがってるようにすら見える」

 

「生憎私は暴力とは無縁の生活を望んでいるのだけれど」

 

 本当にね、と未来は呟く。

 

「とは言え、護身用に武器を持った方が良いと頼りになる先輩から言われてね……それでちょっと興味を持っただけですよ」

 

「ふむ」

 

 小地人(ドワーフ)は少し考え込む。

 

女子(おなご)が持つとするなら、懐剣等が良いかもしれんな」

 

「妥当な所ですね」

 

 懐に忍ばせる程度の目立たない武器であれば、女性が携帯するのに相応しいだろうと思えた。

 

「ならちょいと待っとれ」

 

 そういうと彼は鍛冶場の奥へと消えていき――僅かばかりの後、戻ってきた。

 

「こいつはどうじゃ」

 

 未来の眼の前に置かれたのは、無骨な短剣であった。

 無駄な装飾も無く、一見すると数打ち品のように見える。

 

「生憎と今は持ち合わせが」

 

「くれてやるわ」

 

 小地人(ドワーフ)は再び快活に笑う。

 

「あやつを叱りつける良い口実を貰ったんでの。若いのはちょっと出来るとすぐに増長しおる。客に一目でわかる程無様な剣だったときっちり伝えてやろうとも」

 

 ずい、と改めて短剣を未来の方へと押し出した。

 

「これはその礼じゃよ。好きに使ってくれ」

 

「では、ありがたく」

 

 未来は短剣を懐へとしまい込む。

 使う日が来ない事を祈りつつ。

 

「すげえ」

 

 横で見ていたトトが、感心したように呟いた。

 

「ミクが口八丁でナイフ一本まきあげたですよ。詐欺師みたいですよ」

 

「人聞きの悪い事言わないで貰える?」

 

 借金持ちに詐欺師。

 なんだかこの先輩からの印象がどうなっているのか未来は気になって仕方がなかった。

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