崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第7話 脱出と安堵

「えーと、わたし?」

 

 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、麻美はえ?え?と辺りを見回しておろおろとしていた。

 

「ああ。麻美の恩寵(チート)、物を透明にする能力。それで、鏡面を無効化する」

 

「そうか、ちょっとでも透ければ」

 

 その南那の言葉に、未来は頷く。

 

「そう。鏡としての機能は失われる。認識している事がトリガーの能力なら、必ず無効化できるはずだ」

 

「でも未来さん、あの採光窓までは高すぎて届かないんじゃ」

 

 届かないよ、と主張する麻美。

 だが未来は首を横に振る。

 

「ギリギリだが、届く。琉覇と私の協力が有れば」

 

 今度は琉覇が、俺?と自分を指さす。

 

「琉覇を土台に、私が麻美を抱えて飛ぶ。そして私の恩寵(チート)で一歩、さらに上へ飛ぶ。これでギリギリ採光窓の管の淵に手が届くはずだ。あとはもう全力で能力を使って周りを全部透明にしてくれればいい」

 

 自信満々に、未来はそう言った。

 

 南那はその説明を聞きながら、再び胸ポケットからメモ帳を取り出した。

 

 

 

 ――確かに出来そうだけど、結構ギリギリな作戦に聞こえる。

 

 でも、言われると確かにこれくらいしかやる方法無いかも、って気もする。

 

 どちらにせよ試すしか無い。

 

 私達が戸惑えば戸惑う程水の高さは増してくる。

 

 まだ浮かぶほどじゃないけど、腰より上に来たら多分アウト。

 

 だから、思いついた事はすぐにでもやってみないと駄目なんだ。

 

「琉覇、行けるか?」

 

 未来さんがそう、四十八願さんに確かめる。

 

「今ならまだイケるな。まだ踏ん張れる」

 

 その答えを聞くとすぐ、未来さんは麻美ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 腰の所を抱くようにして、完全に密着してる。

 あ、麻美ちゃんがちょっと赤くなってる。

 

 まあ未来さんは王子様タイプもやれそうだもんね。

 下手な男の人に抱きしめられるより恥ずかしいかも。

 

 四十八願さんは私が書いた線に当たらないような場所で両手を組んで、足場を作った。そして、ちょっとだけかがみ込む。

 

「これでいいよな?」

 

「ああ、ばっちりだ。後は私が乗ったら全力で上に上げてくれ。タイミングはこっちで合わせるから、とにかく全力だ」

 

「オーケーお嬢」

 

 女の子とは言え、二人分を支えられるのかな?って思っちゃうけど……四十八願さんなら行けるか。

 本当に全身筋肉だもの。

 

「じゃあ行くぞ麻美」

 

「は、はい」

 

 こくこくと頷く麻美ちゃんの返事を見て、未来さんが四十八願さんの手に跳び上がった。

 

「ッシャア!」

 

 そして未来さんを上に……ってすご!

 

 なんか頭の上まで普通にぶん投げたんですけど!?

 

 未来さんと麻美ちゃんが、ふわって感じで四十八願さんの頭より上に浮く。

 

 てっきり胸くらいの高さかなって思ってたんだけど……四十八願さん凄すぎる。

 

 そしてその高さから、未来さんがさらに跳ぶ。

 

 空中に足場を作る能力。

 その力で一步、ちょっと高く飛ぶ。

 

 いや、ちょっとって言ったけど、一メートルくらい跳んでる。

 

 四十八願さんだけじゃなくて未来さんもなんかおかしいな?

 もしかして高校三年組の二人、とんでもない人達なんじゃないだろうか。

 

 四十八願さんが二メートルくらい跳んで、未来さんが一メートルくらい跳んだ。

 

 身長分も合わせると四メートル半、手を伸ばせばもうちょっと。

 

 でもそれだけじゃ足りない。

 天井に届かせるには、あとちょっと足りない。

 

 麻美ちゃんも必死に手を伸ばすけど、本当にあと少しだけ届いてない。

 

 ……失敗?

 

 そう思ったのも束の間。

 

「ちゃんと受け止めるから、心配しないでくれ!」

 

 そう言って――未来さんが、()()()()()()()()()()

 

 もう、ぐいっと。

 

「へ?」

 

 麻美ちゃんがちょっと間抜けな声を出す。

 

 まるで三段ロケットみたいに、麻美ちゃんが天井に向けて打ち出されていた。

 

「ええええええ!?」

 

 想定外の事態に、麻美ちゃんも叫んでる。

 

「でも届いたあああああ!?」

 

 だけど、ちゃんと届いた。

 麻美ちゃんの手が採光管の縁にばっちり触れてる。

 

 途端に、採光管の周りが透明になっていった。

 多分、そこに設置されてた鏡か何かも一緒に。

 

「っはあ!」

 

 後ろで、声がした。

 旦尾くんだ!

 

「なんなんだよもう!」

 

 動けるようになった旦尾くんが、必死にじゃばじゃば水を掻き分けながらこっちにやってきた。

 

 旦尾くんが動けるようになったっていう事は、多分未来さんが予想した通りだったんだ。

 鏡で旦尾くんを見て、それで能力を使ってたって。

 

「ふざけんなよほんとに。なんで僕ばっかこんな目に遭うんだよ!」

 

 まあ旦尾くんには災難だったと思うよ。

 でもそのお陰で罠を見破れたんだから、私達としては感謝しかない。

 

 ザパァン!と一際大きな音がした。

 そっちの方を見ると、未来さんと麻美ちゃんが無事着水していた。

 

 というか、麻美ちゃんが未来さんにお姫様だっこされてた。

 

「下で受け止めようかとも思ったんだけどさァ」

 

 四十八願さんが、ばつが悪そうに頭を掻いてる。

 

「お嬢がいらねえって感じで見たから任せたけど、本当に要らなかったな」

 

「まあ、あの高さならなんとか出来ると思ったからね」

 

 未来さんは何時も通り飄々としてた。

 うーんクール。

 

「麻美も良くやったね。完璧だった」

 

「は、はい」

 

 麻美ちゃんはまだドギマギしてる。

 放り投げられて怖かったのか、お姫様だっこで意識しちゃったのか。

 どっちもかな。

 

「とりあえず水門を開けよう」

 

 未来さんがハンドルの方へと向かっていく。

 

「鏡の設置をどうやったのか分からないが、再度設置されないとも限らない。迅速に行動しよう」

 

 その口ぶりは、多分、()()()()を警戒してるんじゃないかな、って思った。

 

 私も思ったんだけど、この敵はおそらく一人じゃない。

 

 金縛りにする恩寵(チート)の持ち主と、鏡を設置する恩寵(チート)の持ち主、最低でも二人。

 複数人が私達を罠に嵌めたんだって、そう考えてる。

 

 だってあの採光管に鏡なりなんなりなんて、人の手で置けるわけ無いんだもの。

 

 だったらやっぱり、恩寵(チート)で置いたと考える方が自然でしょ?

 

 そうなるとまた鏡が置かれるかもしれないし、そうしたらまた金縛りの標的になる。

 だから一刻でも早く水門を開けないと駄目なんだ、今は。

 

 もう水の高さは腰の所まで来ていた。

 歩くのもちょっと辛くなってきてる。

 

 それでもじゃばじゃばとなんとか水の中を歩いて、ハンドルの所まで皆は来た。

 

「か、固ェ」

 

 ハンドルはあの四十八願さんが回してもびくともしない。

 え? ここまで来てそんな事有る?

 

「水門に水圧がかかってるから、回らないんだ」

 

 未来さんはハンドルの脇(ハンドルは壁のとこに埋め込んであって、壁の窪みの中に有る)の石を、ぱかっと外した。

 

 そんなとこ開くんだ……知らなかった。

 

 そして、開けた場所にはレバーが有った。

 

「緊急解放用のレバーだ」

 

 未来さんがレバーをぐっと掴む。

 

「一気に水が流れるから、何処かに捕まっててくれ。じゃないと流される」

 

「掴まれる所って」

 

 こんな水路にそんな場所、あんまり無い。

 

 ……有った。

 

 目の前のハンドル。

 これくらいしか、掴まれる所は無い。

 

 

 

 南那はメモ帳を仕舞った。

 そして、両手で大きなハンドルを握りしめる。

 その脇では麻美も同様にハンドルにしがみついていた。

 

 琉覇は壁の窪みに手をかけている。

 ただ一人帆だけが、どうしようと狼狽えていた。

 

「行くぞ」

 

 未来が一気にレバーを押し下げる。

 

 それと共に、分厚い水門が凄まじい勢いで上へと押し上げられた。

 

 ガシャアアアン!という轟音が辺りに鳴り響く。

 それと同時に、まるで逃げ込むように室内の水がそこから外へと流れ出ていった。

 

「うわあ!」

 

 何処にも捕まっていなかった帆があわや流されかけるが――

 

「本当に世話が焼けるねェ、帆クンは!」

 

 その首根っこを、琉覇の太い腕が掴んでいた。

 

 半ば流されながらも、帆は琉覇に牽引されるような形で命を繋いでいた。

 

 だが、流されそうになっているのは帆だけではない。

 

 南那や麻美もその軽い体が濁流に引っ張られ、水門の外の方へと流されかけていた。

 

「うううううう!」

 

 手が真っ白になりながら、南那は全力でハンドルを掴んでいる。

 

 ざああああ、と勢い良く流れる水は、容赦なく五人を押し流そうとしてきた。

 

 その流れに乗るまいと、南那は必死の抵抗をしていた。

 

 ――ここまで上手く行ったんだから、最後の最後でなんて!

 

 ただその一念で、南那はしがみついていた。

 

 だが濁流は南那の体を翻弄し、道連れにしようと必死に彼女の体を引っ張り続ける。

 

「あっ」

 

 南那の胸から、メモ長が流れ落ちた。

 小さなメモ帳は水の流れに逆らう事もできず、あっという間に姿を消していった。

 

「大丈夫か、南那」

 

 未来がそう気遣うも、南那は大丈夫、と首を振る。

 

「ちょっとメモ帳が流れただけですから。私は大丈夫です!」

 

 流れていくメモ帳を、南那は寂寥感と共に見つめていた。

 この世界に来てからずっと書き綴っていたメモ帳。

 自分の感情をぶつけ続けた、自分の感情のはけ口だった。

 

 だがそれも無くなった。

 

 代替できそうなものは、探せばきっと有る。

 だがもう自分の気持ちを吐き出す事はしないだろうと南那は思った。

 

 言い表せないが、何か折り合いがついた。

 そう、彼女は感じていた。

 

 やがて水は完全に流れ、水路は元の落ち着きを取り戻す。

 放水口からは未だ水が流れ出ているが、それは中央の水路に落ちて静かに流れていくのみだった。

 

 南那は呆然とその場に座り込む。

 

 本当に、本当に疲れた清掃だった。

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