それから数日。
ニノンの弟子探しにはまったく進捗が見られない状況が続いていた。
「はあ」
魔術師塔のバルコニーから外を眺めながら、ニノンは黄昏れていた。
憂鬱な気持ちが、口から漏れてくる。
どっかにイケメンで従順で金持ちでお師匠様って可愛い声で呼んでくれる少年は居ねえのかよ畜生。
手取り足取り秘密のレッスンしてえよ私も。
欲望が九割程占めた思考を彼女はしていた。
視線の先では、幼い
屋外の練習場で、辿々しい詠唱と拙い動作を見せながら、彼らは必死に魔法を唱えている。
近くでは、おそらく
「
初々しく瑞々しい
ああ、私にも有ったっけなあ、あんな可愛らしい頃が。
生暖かく見守りながら、そう思うニノンだったが、事実は違う。
――私の発音、完璧ですねぇ! これはもう師匠越えてるんじゃないですか?
初っ端からこのような発言をしアデライードに腹パンを食らっていた。
ニノンの記憶は完全に美化されてしまっていた。
呪文を聞く限り、どうやら
攻撃魔法と言えばこれ!というイメージが有る。
まあ、実際はあんまり使わないんですけどね。
ニノンは心の中で冷静にツッコミを入れる。
彼女はこれが消費魔力の割に使い勝手の良くない魔法という事を知っている。
どちらかというと見せ技で、鍛錬用だ。
火球を綺麗に作る為の魔力操作。
火球を大きくする為の魔力出力。
それを連射する魔力量。
この魔法は魔法の基礎を鍛えるのにうってつけなのだ。
だから、
おとぎ話の魔法使いが良く火球をぶっぱするのは、そういう理由だ。
「おーおーおー」
階下では、子供達は次々と
不揃いで、小さくて、火球というよりもまるで火花。
そんな可愛らしい火の礫達が、ぽんぽんとタクトの先から飛び出てくる。
大多数の子供はなんとか魔法を唱えられているようだが、幾人かはまだ火球を出す事すら出来ていないらしい。
必死に詠唱してタクトを振るが、うんともすんとも言わない。
「キツいんですよねえ、魔法失敗すると」
意気揚々と詠唱して、かっこ付けて杖を振って。
何も出なかった時の惨めさ。
あれは世の中で一番恥ずかしい瞬間だよねえと、ニノンは苦い過去を思い出していた。
黒歴史が頭の中を駆け巡り、なんかいたたまれなくなって。
ニノンはバルコニーを後にした。
さらに数日後。
「本当に上手く行かねえ」
弟子探しは完全に停滞していた。
どうやらあのテオくんおもらし事件がかなり効いたらしい。
直接弟子入り志願してくる奴はまったく居なくなった。
同時に、DMで弟子入りさせてくれと来る事も無くなった。
誰だって、衆人環視の中で漏らさせられるなんて経験、したくない。
しかもWizzでの煽り付きと来れば、誰も近寄らなくなるのは道理だった。
「一回漏らしたくらいで根性ねえんだよなあ。どうせなら漏らしやすいようにモロダシで来るくらいの気概を見せろや」
そんな事を言っているから誰も来ないという事にまったく気づく事無く、ニノンは再びバルコニーで黄昏れていた。
「そもそもさあ、どいつもこいつもピンと来ないんだよねぇ」
なんというか、波長が合わない。
そう、これまでの志願者に対しニノンは感じていた。
どうにも見ている方向が違うというか、ズレているというか、とにかく自分と重ならない。
気持ちを共有できる気がしないのだ、あいつらとは。
言語化できない不明瞭な気持ちを、ニノンは抱いていた。
「なんなんだろうねえ」
客観的に見て、才気に溢れる人間ばかりが弟子入りを希望してきていたとは思う。
鍛えれば早々に
彼らは傲っている訳ではない。実際に、優れているのだ。
だがそれでも、ニノンは教える気にならない。
そもそも才能という部分で彼女に勝てる人間は、まず居ない。
――自分の
それが、彼女の本音だった。
才を語るのならば自分を越えていなければ話にならない。
それで初めて、ニノンという天才の気を引ける。
その技を伝授しようという意思を引き出せる。
実力でニノン・ザ・レイディアントソードという
「でもこのままじゃ埒が明かないんですよねー」
それを待っていたら、途方もない時間がかかるだろう。
今になって、
彼女は漸く見つけたのだ。自分を越えうる逸材を。
長い時間待って、ついに見つけたのだと、ようやく解った。
だからとて、それまでアデライードが弟子を取らなかった訳ではない。
彼女が多くの弟子を輩出している事を、ニノンは知っている。
「じゃあ師匠は何を基準に弟子を選んでたんでしょうね」
大抵の弟子は大成しているから、才能も勿論有ったんだろう。
まあ自分が一番でしたけど、とニノンは思う。
だが、それだけではない。
きっと基準となる
「伝えるべきだと思うものを伝えられる相手、か」
師匠の言葉を、もう一度反芻する。
ニノンにはそれが何かまったく思い当たらなかった。
ぼうっとした視線の先では、先日と同じように子供たちが魔法の練習をしていた。
今日もやはり
その練度を高める為、彼らは必死に魔法を反復練習していた。
もう殆ど全ての子供たちがもう
出来ないのはもう片手で数える程も居ないようだった。
その落ちこぼれとも言える子供たちは必死に呪文を詠唱している。
泣きべそをかきながら、なんで出来ないんだと嘆くように。
ここで生きる子供たちの大半は、魔法の実力が生きることに直結する。
もし彼らが伝統的な魔法家の出で有れば、不出来である事は家の恥にもなる。
帰れば親からは激しく叱責され、なじられる事だろう。
そうでない孤児も、不出来ならば冷遇され、侮られていく。
魔法至上主義。
なんか、見てらんないなあ。
ニノンは不快な感情が胸から湧き上がってくるのを感じていた。
とにかく気に入らないのだ、こういうのが。
何故だか知らないが、気に入らない。
ニノン自身にも理解できない苛立ちが足を動かし、彼女は研究室へと帰っていった。
それからさらに一週間が経った。
弟子探しは、最早行われているかすら怪しかった。
向こうから来る事も、自分が見つける事もない。
「これは諦めろって神の思し召しっすかねー」
ニノンはだらっと欄干にもたれて、愚痴を垂れ流す。
「大体さあ、最近忙し過ぎるんですけど?」
合間合間の会合づくしで疲弊した精神が、どんどんニノンをやさぐれさせる。
こちとら魔法使いだぞ?
魔法使ってナンボなんじゃないんか?
なんで会食とか会合とかよ、そんなのばっかなんだよ!
魔法はどうした魔法は!
最早ニノンはブチ切れる寸前だった。
「いやあいつらはさあ、ほんとにさあ!」
いや、既にブチ切れていた。
「ほんっとにもーさ、もーさ、違うだろおおお!?」
いつものバルコニーで、ニノンは天に向かって叫ぶ。
空はどこまでも青かった。
爽やかなまでに青くて、がんばれよ、と言ってるように思えた。
ああ、なんだかちょっと癒やされるぅ。
そう思ってからはっと気づいて下を見る。
いつものように練習場で魔法を練習していた全員が、こっちを見ていた。
子供たちも、監督役も、全員ニノンに注目していた。
――は、はっずかしいいいい!?
ニノンにも人並みに恥ずかしがる感性は備わっていた。
彼女はささっと
ふわりとローブをなびかせ、威厳たっぷりに。
「おお、すげー!」
子供たちから歓声が上がる。
誰もが憧れるものの一つ。
それを難なく使いこなす魔法使いに、子供たちが目を輝かせない訳が無かった。
「
監督役の青年の声は、やや堅い。
二つ上の位階のニノンは、彼にとって本来雲の上の存在なのだ。
弟子入り志願してくるような、所謂名家と呼ばれる人間は自分たちの家というバックボーンで対等に立ったつもりで接してきていたが。
そうでない市井の魔法使いからすれば、ニノンという新たな
「どのようなご要件でしょうか」
「いえ、迷惑をかけてしまったようですので、謝罪にと」
物静かに、理知的に装い、ニノンはそう口にする。
ここだけ見れば美しき才気溢れる天才魔法使いそのものだった。
「お詫びに、何人か見て差し上げましょう」
ニノンはとりあえず、そういう事にして誤魔化す事にした。
――ふっ、このニノンちゃんの瀟洒で華麗な指導っぷりを見せれば、奇声をあげてた事なんて空の彼方さ。
心の中ではそうドヤっていた。
「
「良いのです。私がそうしたいのですから」
したいんだよ、ほんとにねえ!
割とニノンは必死だった。
監督役は暫し考え込むと、静かに頷き。
「では、少々ですが。お願いして宜しいでしょうか」
そう、告げた。
いよっし!
自分の策が成り、心の中でガッツポーズを上げるニノンが居た。
「では」
ニノンは早速指導に移る。
――まあ、語るまでもねえって感じですね。
可も無く不可も無く。
普通だな、というのが子供たちに対するニノンの感想だった。
間違いも、良く有る典型的なものばかり。
詠唱の発音が正確じゃないとか、言葉が一文字違ってるとか、初心者にありがちな奴。
正直
だが恥を雪ぐ為には、やるしかねえ!
表向きにこやかに、ニノンは子供たちに指導をしていった。
その時、ふと。
一人の子供が目に入る。
それは
小さな獣人の女の子。
彼女は一生懸命に呪文を詠唱する。
「
頑張って唱えるが、不発。
もう一回試すが、不発。
まだまだ頑張るが、不発。
とにかく成功しなかった。
「ああ、その子は」
監督役も、諦めたように言う。
「とにかく出来が悪いのです。幾ら教えても上達しない。このままでは一生
「ふむ」
そういえば上から見てる時も一回も成功してなかったっけな、とニノンは思い出す。
バルコニーから眺めていた時も、この獣人の少女は魔法が全然使えてなかったように記憶している。
だけど、と。
その記憶を見て、ニノンは少女に興味を惹かれる。
ニノンは少女に近づくと、一声かけた。
「できそうですか?」
少女はくるりとこちらを向くと、元気良く答える。
「はい! がんばってます!」
頑張ってるのはわかるよ頑張ってるのは。
でもできそうかどうかは別問題だよねぇ!?
ニノンは心の中で突っ込んだ。
「ちょっと手を見せてくださいね」
ニノンは少女の掌に己の掌を重ねる。
そして魔力を流し込み、彼女の素養を調べる。
――うーん。
彼女の魔法が成功しない理由を、ニノンは一発で理解した。
――魔力操作が壊滅してるタイプかあ。出力はそれなりなんだけどな。
要するに不器用って事ですね、と。
ニノンはそう評価を付けた。
「このまま頑張っても魔法は使えないかもしれないですよ」
優しく、諭すように。
ニノンは少女に語りかける。
「それでも、続けるんですか?」
「はい!」
少女はやはり元気良く答える。
「できるようになるまで、がんばります!」
まあ、そうでないと生きていけないですもんね。
そう思ったニノンだったが――
返ってきた答えは、想像と違ったものだった。
「だって、魔法はたのしいですから!」
少女は大輪のような笑顔で、はっきりと。
楽しげに、そう言った。
その言葉に、ニノンはまるで虚を突かれたような気分にさせられた。
胸の空いている隙間に、すとんと落ちたような。
そんな感覚が、彼女の胸中を支配する。
――ああ。
ニノンはその一言でようやく、ここ最近ずっと感じていた苛立ちがなんであったのか悟った。
自分の下にやってくる人間どいつもこいつも雁首揃えて――
魔法を、楽しんでいない。
そうだ。
誰一人として、こういう魔法が好きだとか、魔法でこういう事をやりたいだとか、そんな事は言わなかった。
どいつもこいつもくだらない名声と権力にばかり拘ってばかり。
魔法を手段にしかしていなかった。
でも、この子は違う。
魔法を楽しんでいる。
躓き転び、停滞する事すら喜びに変えている。
それは、なんと眩しい姿だろうか。
ニノンは思い出す。
自分が家を出てまで魔法を求めた理由はなんだったか。
魔法が好きで好きで堪らなくて、どうしようもなく憧れたからではなかったか。
魔法という世界に飛び込めば、きっと楽しいと思っていたからではなかったのか。
ニノンは今、眼の前の少女に過去の自分の姿を見た。
――伝えるべきだと思うものを伝えられる相手を見つけるんだね。
師匠の言葉が、漸く腑に落ちた。
ようやく、私も見つけた。
魔法は楽しくて仕方ないんだって、誰かに伝えられる子を。
ニノンは遂に、その相手と出会ったのだ。
「貴方のお名前は、なんて言うんですか?」
ニノンは少女に問いかける。
きっと、ここから始まる。
そういう予感が、彼女には有った。
「私の名前は」
少女はやはり、元気良く答える。
元気の塊のような彼女は、大きな声で告げる。
「ロロです!」
それが、彼女の一番弟子。
まったく才能が無い、最高の魔法使い。
ロロとの出会いだった。