――よし、この子を弟子にしよう。
ニノンは決めた。
「私、この子を弟子にします」
「ファッ!?」
思い立ったら即断即決。
それがニノン・ザ・レイディアントソード。
あまりのスピード感に、隣に居た監督官も思わず声をあげた。
「よ、宜しいので?」
「宜しいのです」
では貰っていきますねー、と。
ニノンはロロの手を引いて、練習場を去っていく。
後には何がなんだか分からない様子の子供たちと、信じられないようなものを見たとばかりに固まっている監督官だけが残されていた。
「という訳で今日から私が貴方の先生のニノンちゃんです。先生と呼ぶように」
「わかりました! ニノンちゃん先生!」
「長いんで先生だけでいいです」
ニノンは一番弟子となったロロに、早速魔法を教え始めた。
しかし――
「先生! 失敗しました!」
タクトの先から一向に発動しない魔法。
今唱えていたのはなんだったっけ、とニノンは考える。
確か
これ全然難しくない魔法だったよなあ。
うん、そうだよなあ。
しかし可愛らしく振られたタクトの先に、光が灯る気配は一向にない。
冷たく尖る先端は、何も無いままだった。
「ロロくん! 何回失敗したか言ってみなさい!」
「はい、全部です!」
朗らかにロロは答える。
発動しない魔法とは裏腹に、その声はどこまでも大きくはっきりしていた。
「あはははは数える必要すらねえ!」
ニノンはあまりの惨状に最早笑いしか出ない。
見立ての通り、ロロの魔法技術は壊滅的だった。
まともに使える魔法が殆ど無い。
基礎中の基礎である
本来は淡く光る指先が空中に文字を描いていくような魔法。
だがロロのそれは細い筆というよりも、箒にペンキをぶちまけて塗ったくってるような有り様だった。
「ロロは不器用さんですねえ。うん、壊滅的なくらいに」
うんうんとニノンは納得したように頷く。
正直壊滅的という表現すら優しい。
率直に言うと才能が無いと言ったほうが適切だろうなとニノンは思っていた。
「不器用だとちょっと困ります」
眼の前のロロはたいへんですね、と困り顔をしながらも、笑っている。
とても楽しそうに笑っている。
「まあ普通の教え方だったら、どうしようもねえかなと思うよ先生も。多分あのまま
「それは大変ですね!」
「うんめっちゃ大変な事になってたと思うよ」
もしあのまま行けば、最終的には奴隷と変わらない扱いだっただろうな、とニノンは考える。
この
どれだけ酷い扱いを受けていたのか、想像するのも嫌になる。
たった6年ではあるが、そのような汚い部分もニノンは既に十分に見てきてしまっていた。
「でもまあ安心しなさい」
どん、とニノンは胸を叩く。
「先生、天才なんで」
ロロのセンスが壊滅的だと、改めてニノンが理解したその日。
「想像を越えて不器用だったなあ」
ニノンは改めて、育成プランを考える。
ロロという魔法使いは、既存の教育方法で育てている限り大成する事は無い。
それどころか、基準点にすら達しないのは間違いない。
普通の育成者であれば早々に見切りを付ける不良物件だろう。
「でもまあ、それが分かれば」
だから、発想を変える。
彼女の才能が無いのが悪いんじゃない。
つまり未熟なのは教える側の方。
不出来なのはその教育システム。
「やりようは、幾らでもある」
ニノンの
その日から。
ニノンはまず、徹底的に自分の詠唱をトレースさせるようにした。
「いいですか」
ニノンはタクトを振りながら、ロロに手本を見せる。
「動きや詠唱の仕方。全部今から先生が見せる通りにしなさい」
いいですね?とニノンは言う。
「先生の全部を真似て、先生になりきるつもりで。分かりましたね?」
「はい!」
ロロは元気良く答える。
それがどれ程辛い事かも知らず。
「千回で出来ないなら一万回やりなさい」
達成できてないのであれば、どれだけでも
「それでも足りないなら、もっとやりなさい。完全に先生と同じになるまで」
「はーい!」
ロロがどんなにヘタれても、ニノンはそれをやらせるつもりだった。
だが彼女はどれだけ出来なくても、いつも楽しそうだった。
「ねえ先生、今ちょっと先生に近くなった?」
少しづつ、少しづつ、大好きな先生に近づいてくるのを体感して。
たったそれだけでも、少女は楽しそうだった。
「ええ、良くなって来てますよ」
どんな労苦も笑顔で乗り切る。
それは他の連中には無いとびきりの才能だろうと、ニノンは思った。
徹底した模倣と反復の他、もう一つ行った事がある。
「先生、何やってるんですか?」
自分の掌と自分の掌を合わせるニノンに、ロロは不思議そうに問いかける。
「測ってるんですよ、ニノンの感覚を。あ、もうちょっと魔力出してみてください」
「はーい」
ニノンは、ロロの感覚を
魔力出力量。魔力の操作度。それらを全て割り出し、彼女がどれくらいの幅でコントロールできるかを感じ取り、それを測る
結果――
「
ニノンは唱えるべき魔法名をロロに告げる。
「6・2・3」
続く指示は、数字の羅列。
一般的な魔法使いにはなんの意味も無いそれが、ロロにとっては完璧な導であった。
「はい!」
ロロは詠唱を開始した。
なんの迷いもなく、朗々と。
――えっと、強さが6で、大きさが2で、速さが3。
ロロは心の中でそう反復して、詠唱を続ける。
「
呪文の完成と共に、タクトから火球が放たれた。
かつて発動させる事すらできなかったそれは、見事な完成度でロロの手から放たれていた。
「うん、いい感じですね」
「やったー!」
ロロは飛び跳ねて喜ぶ。
かつては一つこなすだけでも大変だった魔法を、彼女は既に何個も使えるようになっていた。
「ありがとう先生!」
ぴょんぴょんしながら、ロロはニノンに抱きつく。
「すごくわかりやすいよこれ!」
「そうでしょうそうでしょう」
ニノンはドヤ顔って答えた。
「私は天才ですからね!」
味音痴の人間に、美味しい料理を作れと命じても、そのままでは無理だろう。
自己判断でやらせればとても食べられたもんじゃない、とんでもないものが出来上がるのは明白。
だが料理というものは、一種の学問だ。
定量通りに調味料を加え、決められた時間焼いたり炒めたりし、定められた量を盛り付ける。
それを遵守すれば、同じものが出来上がる。
厳密なレシピとそれを厳格に守る態度を与える事ができれば、万人が同じ料理を生み出す事ができるのだ。
ニノンがロロにやった事は、まさにそれと同じだった。
ニノンは自己判断や自己感覚をロロに求める事は止めた。
例えば「少し」という表現をしたとする。
その「少し」は個人によって違う。
ほんの砂粒一つと感じる繊細な者も居れば、バケツ一杯分という大雑把な者も居る。
だから「この魔法を使う時、少しだけ魔力を流すんだよ」と教えても、同一の結果は得られない。
それは客観性の有る指標では無いからだ。
だからニノンはまず絶対的な「客観的な指標」を作り上げて、それをロロに与えた。
魔力量や魔力出力、制御の強弱。
それら全てを数値として定義し直し、教え込んだのだ。
「ロロはこの数字の通りに魔法を使いなさい」
ニノンは一本の
彼女が自ら認めた、特別製の一本だった。
「これに
「そしてその数字を基準に、魔法を調整するんです。もっと大きくしたいな、と思ったら出力を1上げるとか。こうすれば、ロロも魔法を失敗する事はなくなるでしょう」
ニノンはロロに、魔法のレシピを作り出し、与えたのだ。
それは感覚と才能に依る伝統派魔法使いにとって、革命的と言って良い教育法だった。
「ねえ先生」
無邪気な笑顔で、ロロは問いかける。
「わたし、魔法使いになれる?」
「ええ」
ニノンは断言した。
「貴方はなれますよ、立派な魔法使いに」
そうして、その教えを忠実に守ったロロは――成ったのだ。
彼女自身が望む、立派な魔法使いに。
そして、それから二年後。
ロロは、
「
まだ幼いが、堂々とした声。
そこにはかつて失敗ばかりしていた未熟な魔法使い見習いの面影は無い。
10歳を越えたばかりの少女は、既に魔法使いの風格を持ち合わせていた。
「
美しい円球を形作りごうごうと燃え盛るそれは、真っ直ぐ標的に向かい、それを破壊した。
「うん、完璧ですね」
弟子の晴れ姿を、ニノンは満足げに眺めていた。
今行われているのは
未熟な見習い達が一人前になれたかどうか、複数の魔法使い達が精査し、検討を行う場だった。
そこでロロは堂々たる成績を残し、見事昇格を勝ち取った。
審査員を行っている
ざわめいた空気が、辺りを包んだ。
審査員長である
知っている。ここにいる誰もが知っているのだ。
眼の前の少女がどれだけ無才だったか。
まったく手の施しようのない、とんでもない無能であった事を。
ニノンが弟子を取ったという知らせを受けた魔法使いたちは、それが誰なのか当然のように興味を持った。
あの天才児が育てようとする才覚溢れる次世代の天才は、如何なる者かと。
しかし彼女が弟子として取ったのは、それとは真逆。
才能の無い底辺。
小間使にすらならなそうな、言い逃れようの無い能無しだった。
――あの小娘、ついに狂ったか。
ニノンの奇行は
しかし今回ばかりは、こいつ狂ったなと、多くの魔法使いたちが考えた。
だが眼の前にある現実は、それを全て覆す。
凡才であれば10年はかかる
無才なはずの少女は、それを二年で成し遂げた。
あり得るはずがない現実に、
そんな周りの視線の意味も知らず。
試験場を後にし、師の姿を認めたロロは、ととと、とニノンへ駆け寄ってくる。
とても嬉しそうに、やってくる。
「先生! ちゃんと出来ました!」
華のような笑顔を浮かべるロロに、ニノンは優しく微笑んだ。
「ええ、ちゃんと見ていましたよ。頑張りましたね」
ぎゅっと、ロロを抱きしめる。
弟子が一人前として認められる、それがどれ程嬉しい事なのか。
ニノンはその日初めて知った。
ロロも、思いっきり抱きつく。
ぎゅっと力の限り。
「ありがとう先生」
埋められた顔から漏れる声は、少しだけ震えていた。
ローブから感じる湿り気も、きっとニノンの気の所為では無かっただろう。
「ここまで連れて来てくれて」
そんな弟子の頭を、ニノンは撫でた。
とても優しく、ゆっくりと。
母のように、姉のように。
「連れてきたんじゃありませんよ」
彼女の努力を、ニノンは誰より知っている。
誰よりも頑張ったその姿を知っている。
だからこれは自分の成果ではないと彼女は思う。
「貴方が辿り着いたんです」
若い師弟は、力強く抱き合った。
互いの信頼を確かめ合うように、きつく。
ロロの魔法使い昇格。
ニノンとロロ、最後の幸福の時だった。