崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第72話 或る魔導士の過去・陰謀

 その日、ニノンは久しぶりに一人の時間を満喫していた。

 

 ロロを弟子にとってから二年。

 その殆どを彼女と一緒に過ごしてきた。

 朝から寝るまで、殆どだ。

 

 だからこんな日は新鮮であり、ちょっと寂しくもあった。

 

「ロロは上手くやってますかねえ」

 

 魔法使い(アプレンティス)になったという事もあり、ロロは仕事に駆り出されている。

 

 圏外領域(アウトゾーン)に暮らす魔法使いは、そこに籠もりっきりという事も有り世間に慣れていない部分が有る。

 故に魔法使い(アプレンティス)となった者は幾度かの仕事を任され、それと同時に外の世界を学ぶのが通例となっていた。

 

「実力は問題無いと思うんですけどねー」

 

 ずず、と紅茶を啜りながら、ぼんやりと弟子の事を考える。

 自慢じゃないが、ロロは結構やる方だ。

 今の彼女は子供だが並の魔法使いよりはよっぽど出来る。

 

 まあ子供だからどうにもならない部分はありますけど。

 

 そういう足りない所は一緒に行った大人たちがフォローするだろう。

 自分の時もそうだったなと、ニノンは昔の事を思い出していた。

 

 ぱあっ、と脳内に光が灯る。

 

 通信の呼び出し光(コールライト)だ。認証紋(コネクトサイン)は、ロロを示している。

 

 やれやれ、さっそくお家が寂しくなって連絡してきたな、あやつ。

 

 ニマニマしながらニノンは通信に出ると――

 

 

『せんせい』

 

 その声は、想像とは違っていた。

 切迫した、恐怖に震えた声。

 尋常ならざる状況だと、ニノンは即座に理解した。

 

『ロロ、一体何が』

 

『たすけて』

 

 その一言で、通信が切れる。

 

『ロロ?』

 

 最早気配一つ無く、通信は遮断されていた。

 ロロは衛星国亜人(セクタ・ミノール)

 おそらく通信機である多機能眼鏡(ウィッチグラス)が破壊された――つまり、ロロの身に物理的な危険が及んだということだ。

 

 本人も意識せず、反射的に体が動いた。

 机の引き出しから乱暴に()()を引っ張り出すと、己の腕に装着した。

 

 それは奇妙な手袋だった。

 皮のようにも、布のようにも見える素材で出来たそれは、幾重ものラインが表面に走っている。

 そしてラインが流れつく指先からは、幾重ものケーブルが伸びていた。

 

 感応手袋(コネクトグラブ)

 

 そう呼ばれている魔導具であった。

 

 感応手袋(コネクトグラブ)は、現代式(デルニエクリ)に対抗する為古式(オブソレット)が作り出した、対抗策の一つである。

 この存在は古式秘中の秘であり、決して漏らしてはならないと言われている。

 

 手袋に、魔力を流す。

 そしてニノンは目をつぶり、意識を深く、深く静めていく。

 

 数秒の闇を感じた後。

 

 ニノンは、目を開けた。

 

 そこは、それまで居た自分の研究室ではない。

 光溢れる、広大な空間であった。

 

 そこに、ニノンは()()()()()

 

 光る輝きの塊となって、漂っていた。

 今の彼女は物理的な存在ではない。

 形而上的な精神体となってそこに存在していた。

 

 魔導的通信網(スカルネット)を始めとした現代的通信技術の根幹は、情報の跳躍である。

 精神世界(アストラルサイド)へと繋がる【穴】を魔法によって開け、そこを経由して情報を飛ばす。

 物理的制約を解かれた情報は短時間で目的の場所に辿りつき、そしてその場所に有る相手側の穴より這い出て情報を伝える。

 この【穴】の管理システムこそが、魔導的通信網(スカルネット)と呼ばれるものの正体だった。

 

 当然それは物理的に存在するものではない。

 形はなく目には見えず、当然触る事もできない。

 あらゆる干渉を跳ね除ける、情報だけの場。

 そのはずだった。

 

 しかし古式(オブソレット)の魔法には、精神投射(アストラル・プロジェクション)という魔法が存在していた。

 自らの精神を肉体から切り離し、形而上の精神世界(アストラルサイド)に入り込むという、高度な魔法である。

 伝統派魔法使い達は、こう考えた。

 

 この魔法を応用する事で、現代の情報戦に一方的なアドバンテージを得る事ができるのではないか?と。

 

 そこで開発されたのが、感応手袋(コネクトグラブ)だった。

 

 精神投射(アストラル・プロジェクション)の魔法だけでは、魔導的通信網(スカルネット)を知覚する事はできない。

 それもまた形而上の存在であり、隣り合わせでありながら無限に遠い場所に有るようなものであったからだ。

 

 それを知覚できるようにするフィルターのようなものが、この魔導具。

 それを通じ精神投射(アストラル・プロジェクション)を使用する事で、本来見る事の出来ない魔導的通信網(スカルネット)を視覚情報として捉える事ができるようになったのだ。

 

 そうして今、ニノンは見ている。

 広大な通信網が作り出す幻想的な世界。

 

 数多の光の糸が絡み合い、繋がっている光の街。

 それを空中から見下ろしていた。

 

 ニノンは素早く辺りを見回す。

 

 探すのは、()()()()()()()光だ。

 今まさに切れて無くなろうとしている、自分とロロを繋いでいた情報の糸。

 それを、見つける。

 

 ――あった!

 

 まるで崩壊するように消滅して短くなっていく光の糸。

 淡く黄色に光るそれを、ニノンは即座に発見した。

 

 ニノンの体が飛んでいく。

 風の抵抗もなく、光そのものになったように、一目散に飛ぶ。

 目指すはその糸の先、出てきた穴。

 

 そこが、ロロが通信してきた場所だ。

 

 一瞬でそこに辿り着いたニノンは、それを見た。

 穴がボロボロに崩れ、塞がっていく光景。

 

 多機能眼鏡(ウィッチグラス)が破壊された為、通信穴(ジャンプホール)が維持できなくなっているのだ。

 

 ニノンは素早く、この穴が開けられた場所が何処であるか検索をする。

 彼女に刻まれた魔導式は一つとして戦闘用のものが無い。

 全て情報系に特化している。

 それらを使い、精神世界(アストラルサイド)と現実との距離的差異を計算し割り出し、場所を特定する。

 

 ――ダラマトナ?

 

 聞いたことの無い地名だった。

 即座に情報検索。

 衛星国(セクタ)、ルグンド。その国の地方都市の一つ。

 前線にやや近い、補給所のような街。

 

 何故、そんな所に?

 

 ニノンは混乱した。

 ロロが仕事へと赴いた場所は、王国(エタ)の辺境だと思っていたからだ。

 衛星国(セクタ)などという前線に送られるなんて想像もしていなかったのだ。

 

 ――くそっ!

 

 通信穴(ジャンプホール)が完全に崩れてしまった。

 もう、これ以上の手がかりは無い。

 

 時間も残り少ない。

 この感応手袋(コネクトグラブ)の弱点の一つが、短時間の使用しかできない事だ。

 現状では3分が限度とされている。

 それ以上の使用は脳に重大な損傷が起きる事が確認されていた。

 

 悔しい気持ちを抱えながら、ニノンは現実へと帰還した。

 

 目を開けて覚醒したニノンは、外した感応手袋(コネクトグラブ)を思いっきり床に叩きつける。

 

「くそッ!」

 

 それでも感情が収まらない。

 これは怒りか、それとも違う何かか。

 感情が昂り混乱したニノンには、わからなかった。

 

「畜生ッ! ロロッ!」

 

 悪態が止まらない。

 どう考えても、弟子が最悪な事態に巻き込まれているのは明白だった。

 

 そんなニノンの脳裏に、再び呼び出し光(コールライト)が灯る。

 呼び出し主は、アデライードであった。

 

『何があった』

 

 前置きも無く。

 ニノンの師匠はそう切り出した。

 

『断りもなく戯れに危険な玩具(コネクトグラブ)を使う程、あんたは馬鹿じゃない。緊急事態だろ』

 

 全てを見透かしているかのように、アデライードが言う。

 

『言ってみな。手を貸せるかもしれない』

 

 暫くの沈黙の後。

 心をおちつけて、ニノンは話し出す。

 

『ロロから「たすけて」という通信が有りました』

 

 その言葉に、アデライードの雰囲気も変わる。

 

『あんたの弟子か』

 

『その後突如通信が切れて。通信元を探る為に使いました。すいません』

 

 感応手袋(コネクトグラブ)は、本来軽々しく使って良いものではなかった。

 

『弟子を心配する気持ちは、私も良く分かる。無断使用はお咎めなしとするよ』

 

 で、とニノンの師匠は言う。

 

『何処だった』

 

『ルグンドという衛星国(セクタ)に有るダラマトナと呼ばれる地方都市からと』

 

『ふむ』

 

 アデライードしばし考え込むような素振りを見せた。

 

『とりあえず二、三日待ちな。私のツテで護衛の傭兵を見繕ってやる。最高の奴だ。だから、それまでは大人しくしときな』

 

『でも』

 

『でもじゃないよ!』

 

 久々に聞く師匠の怒鳴り声に、ニノンはびくりと体を震わせた。

 彼女が本気で怒ると本当に怖いと彼女は身に沁みていた。

 

『どう考えてものっぴきならない事態に巻き込まれているんだろうさ。だからこそ、万全な体制で行くんだ。我々魔法使いは単独行動じゃ不利な状況が多い。一人で突っ込むなんて自殺行為さ』

 

 ――だから、絶対一人で行くんじゃないよ。

 

 そう念押しして、アデライードからの通信は切れた。

 

 ニノンは暫し無言だった。

 

 分かっている、何か危険な事が起こっているだろうという事は。

 ロロは数人の魔法使いで仕事に出たはずだ。

 その全員が揃っていても対応出来ない事態。

 危なくない訳が無い。

 

 そして如何な魔導師(マスター)であろうと、単独行動が危険だという事も。

 

「でも」

 

 それでも、とニノンは思う。

 

 ロロのあの縋るような声。

 それを聞いて、ただ黙って待っていられるか。

 

 ニノンは無言で立ち上がる。

 一刻も早くロロを助ける為に。

 

「ごめんなさい師匠。でも行きます」

 

 たった数日かもしれない。

 待つ事が最善なのも、理解している。

 それでも。

 

 たった一日でも早く弟子の下へ辿り着く為、ニノンは動き始めた。

 

 

 

 通信を切ったアデライードは、深く息を吐いた。

 椅子に深く腰掛け、疲れたような様子で。

 

「あの子は分かっちゃいないんだろうね」

 

 ニノンがこの圏外領域(アウトゾーン)の政治力学に疎いというのは知っていた。

 そういうものを忌避し、遠ざけるようにしていたのをここ最近でも嫌という程見ていたからだ。

 だからこそ、アデライードは今回の事件の裏を、彼女が気づいていないだろうと目星をつけていた。

 

「新人を衛星国(セクタ)なんかに送るもんかい」

 

 衛星国(セクタ)は危険だ。

 魔族との戦線に近く、はぐれ魔族も跋扈している。

 そんな場所に、未来を担う大事な新人を送り込んで潰すような真似を普通はしない。

 

「ハメられたね」

 

 誰かが画策したのだ。

 政治的な圧力をかけられる何者かが、ロロの行き先を変更し、危険な場所へ送り込んだ。

 それどころか、一緒に赴いた魔法使い達が味方である保証すら無い。

 

 これは、起こるべくして起きた事件だ。

 

 アデライードはきな臭さを覚えながら、認証紋(コネクトサイン)を描く。

 あの無鉄砲な弟子の為に、人を揃えてやらねば、と彼女は深刻な面持ちで相手が通信に出るのを待った。

 

 その全てが無駄になり、即座にニノンが出奔したのを知ったのは。

 アデライードが通信を切った後の事だった。

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