ダラマトナ秘匿研究所、その【裏口】に繋がる受付所。
そこに天音寺未来の姿はあった。
彼女はその壁面にかかる、巨大な
それは最早巻物というよりも
そこに描かれた施設内部のグラフィック画面と、蠢く光点の動きを、未来はつぶさに観察する。
「やはり私は観測されていないか」
その光点に、自分自身が存在していない事を、彼女は改めて確認した。
未来が警報に引っかからず、己の存在に気づかれないと気付いたのは、祈祷所に侵入した時の事であった。
先日祈祷所を訪れた時点で既に監視機器らしきものには目星をつけていた。
故に侵入時はそれを最優先に破壊し、自らの痕跡を動かさないように動いていたのだが。
それでも、魔法は自分の知らぬテクノロジー。
そこに自分が侵入したという記録は、一切無い。
この事実から考えられる仮説は二つ。
一つ、自分が全ての警報機器を潰す事ができていた。
一つ、自分は警報機器に引っかからない何某かの要因を持っている。
未来は詰め所を漁り、警報機のマニュアルを発見した。
そこに記載されていた事実、【魔力探知式警報】。
その言葉に、未来は目を細めた。
――魔力が無い人間って、あり得ないでしょ?
かつてニノンに言われた言葉を、未来は思い出した。
「そういう事なのか?」
自分には魔力が存在しない。
故に、魔力を探知しているであろうこの警報機器には引っかからない。
この世界の常識を突いた、まるでバグのような挙動。
これを確かめるべく、未来はこの
ある程度先行して情報を得られた祈祷所とは違い、ここはまったく未知の施設。
しかもこんな秘密基地のようなあからさまに胡散臭い場所だ。
警報の類は重々に張り巡らされているだろうし、それを全て潰せるとも未来は考えていなかった。
初見の場所で自分の痕跡を一切残さずに行動できる程の能力を持っているなどと、彼女は思い上がっていなかった。
必ず、自分の存在は察知される。警報システムが万全ならば。
しかし今、未来の眼の前にある情報は、彼女の痕跡を一切映してはいなかった。
激しく蠢く光点はこの部屋と思われる場所には存在しない。
「ふむ」
未来は顔に手を当て、考え込む。
「これが事実だとしたら途方もないアドバンテージを得ているな」
機器による監視を全て潜り抜けているのだとしたら。
自分の存在は、肉眼での目視でなければほぼ発見不能という事になる。
事実上透明人間になったようなものだ、と未来は考えていた。
「とは言え、異常が起きている事は既に把握されていると思うが」
未来は足元を見やる。
そこには男が一人、倒れていた。
部屋に侵入した際、寝ぼけ眼で室内をうろついていたので未来が処理した男だった。
「既に三人、いや四人か。これだけやればまあ、気づかれるだろう」
未来は彼らがまるでテレパシーのように相互間通信している事を既に理解していた。
おそらく三名が死亡したという情報は何処かに届けられているだろう。
自分の存在自体は知られなくとも、間接的に自分が起こした結果は知られる。
今の自分は透明ではあるが全てを許された無敵状態ではないと、自覚していた。
「さて、何処に向かうべきか」
この施設に存在している人員を、二度と地上に上がらせない事は既に決定している。
だがそれをどのような順番で行うか。
未来の懸念点はそこに有った。
「どうやら下の方に皆集まっているようだが」
端末に映る人々の動きは、大多数の人間が地下に有る巨大な一室に集まりつつある事を示していた。場所は――実験場。
「勢い勇んでパーティー会場に赴くべきか」
しかしもう一箇所、気になる場所が有った。
――研究室。
「プレゼントを調達してから向かうか」
あからさまに、怪しい場所であった。
まるで特撮に出てくる敵組織の秘密基地のような、胡散臭いこの施設。
そしてそこにある研究所。
自分たちは後ろ暗い事をしていますと喧伝しているようなものだ、と未来は思った。
暫し無言で、未来はその場に佇む。
顔に手を当て、悩ましげに目を閉じる様は、場にそぐわぬ美しさを持っていた。
まるで彫像が飾られているかのように、彼女は微動だにせずそこに居た。
「手土産は必要だな」
熟考の末、それが未来が出した結論だった。
「それに掃除は細かい所が重要って言うからね」
集まっているのであれば、
だがそちらを優先して単独でうろついている相手を逃すのは、良くない。
天音寺未来は几帳面な女だった。
汚れはきっちり落とし、気持ちよく日常を送りたいタイプなのだ、彼女は。
「そうと決まったらさっさと行くとしよう」
未来は軽快に、まるで散歩を楽しむかのように受付所を後にする。
部屋に残されていたのは、ただ情報を垂れ流す巨大な画面と、虚ろな目で天井を眺め続けるかつて男だったもの一つだけだった。
二人の騎士が、真白な研究所の廊下をひた走る。
がちゃがちゃという
「第六隊の連中とは未だに連絡が取れないのか?」
一人、金髪の騎士がそう問いかける。
「ああ、無反応だ」
もう一人、
「それどころか
魔核からの反応が無い。
それはつまり、体内からそれが取り出されたか、もしくは魔核を動かす為の魔力が供給されていない――つまり、保有者が死んでいるかどちらかであった。
「あいつらが死んだって言うのか? 馬鹿な」
金髪の騎士が、苦笑しながら言う。
「騎士三人を連絡一つも寄越す間も無く殺せる奴が、この世の何処に居るっていうんだよ」
「魔将とかが侵入してきたとかなら、有り得る」
「もしそんな奴が突っ込んできてたら、そもそもこの場所ごと破壊してるだろ」
「違いない」
軽口を叩き合いながら、彼らは進む。
通信途絶した第六隊の調査。
それが二人に課された任務であった。
裏口の夜勤に回っていた彼らからの通信が途絶えた。
しかも、侵入者が来たのとほぼ同じタイミングで。
それは怪しんでくれと言ってるようなものだった。
「
金髪の騎士が、もう一度確かめるように言う。
「周りの警報は死んでない。だから違う」
「そうだよな」
しかしそれをピンポイントに、特定の情報のみへ行う技術は現在確立されていない。
一定区域の情報を
もしこれが使われた場合、その一定範囲を示すよう、ぽっかりと空いた穴のように通信エラーを起こす範囲が情報端末には映し出されるはずだ。
そうでないのなら、やはり仲間たちは死亡した可能性が一番高いと、金髪の騎士も理解していた。
「一体」
だが有り得るはずがない、という気持ちを込めて、彼はぽつりと呟く。
「何が起きたんだと思う?」
「分からん」
「俺にも騎士を容易く屠りさるような戦力が居るとは思えん。だが、現実としてあいつらはおそらく殺されてる」
「噂に聞く剣聖でも来たか?」
「
剣聖の銘は
曰く、史上最強の剣の使い手だと。
一切の魔導式を持たぬのに、それ以上の強さを誇ると。
しかし奇妙なのは、それ程までの男なのに名前が一向に出てこない事だ。
剣聖は剣聖としか呼ばれず、伝わらない。
この魔導式文明全盛期の現代ですら、その情報が伝わってこない。
唯一知られているのは、剣聖が男であるという事実だけだ。
「そのような相手が不意を突けば、騎士三人も倒せるかもしれない」
いずれにせよ、油断せず臨むべきだ。
二人は目的の場所に近づくにつれ、慎重に歩みを整えていく。
早めていた足を緩め、その音を潜ませ、慎重に、探るように進む。
金髪の騎士は
使用したのは
これでもし相手が
『ここからは声を立てずに行くぞ』
『了解した。俺がバックアップでいいな?』
『放出系の準備を頼む。もし何かが来たら、俺が抑えてる間に討ち取ってくれ』
『任せろ。放出系はお前より性能の良い奴を刻んである』
眼の前には裏口受付の入口が見えた。その扉の脇には対応に使うだろう窓口がぽっかりを口を開けている。
金髪の騎士はそこから慎重に中を覗き込んだ。
静まり返った室内、その中央。
そこに寝転がるように一人倒れているのが見える。
定まらぬ焦点が、既に物言わぬ死体と化した事を表していた。
彼はじっとりと背中に汗が浮かんでくるのを感じた。
最悪な予想が現実のものとなってしまった。
間違いなく居る。
仲間を殺した犯人が、侵入してきている。
『クロだ』
端的に、金髪の騎士は相棒へそう告げた。
『注意しろ。どこかに居るぞ』
『ああ、わかっ――』
突然に、
『おい?』
金髪の騎士は問いかけるも、答えは返ってこない。
いや、そもそも通信が確立されていない。
まるで、通信先が消えてしまったかのように。
反射的に、彼は振り返る。
一気に勢い良く、まるで何かが襲いかかってくるのを迎撃するように。
しかしそこには、ただ誰も居ない空間が広がっていただけだった。
居たはずの相棒の姿すら、そこには無かった。
熱源反応は無く、ただ相棒が居た名残だけがそこに有った。
どくり、と心臓が一際強く跳ねる。
――何が……何が起こった?
思考が混乱する。
せめて相棒が倒れていたとかなら、まだ分かる。
しかしその痕跡すら残さず消えるのは、最早恐怖しか無い。
状況を理解できない事が、恐ろしい。
無意識に後ずさる。
一步、二歩。そして三歩下がって、彼は背中に堅い感触を感じた。
一瞬心が騒ぐものの、その背後にあるものは扉だとすぐに気づいた。
閉まっていたはずの扉が、いつのまにか開いていた。
ゆっくりと、後ろを振り向く。
扉の向こう、その室内には、見知った顔が倒れていた。
自分の後ろを固めていたはずの、
相棒がまるで眠るように倒れている。
無音で、一瞬に。
彼はここに引き込まれ殺されたのだと、金髪の騎士は悟るように理解した。
――だとしたら、ここに居る!
油断無く、周りを見回す。
仔細漏らさず全てを観察しようと、目も首も激しく動かし、周囲を探る。
「出てこい!」
思わず彼は叫んだ。
それは威圧の為だったのか、それとも恐怖に耐えかねてか。
男の声が、無人の室内に木霊する。
「もう逃げられんぞ! 大人しく投降するなら丁重に扱ってやる!」
声をさらに張り上げる。
何かを拭い去るよう、聞こえぬよう。
大音声で部屋を塗りつぶす。
無心に、果敢に、懸命に。
だから彼は気づかなかった。
かたかたと震えるその身の後ろに女が一人立っている事に、気づく事ができなかった。
女は、どこまでも冷たい目でその様を見つめていた。
倒れる男たちを眺めて、未来は一息つく。
「これで5人か。大体20%くらいかな?」
ここに来てから未来が処理した人数は5人。
先程の警備画面で確認したところによると、この施設には25人程度の人間が居る。
もう既に大分戦力を削れたと彼女は考えていた。
先へ進もうとした未来は、前方より何者かがやってくるのを鋭敏に察知していた。
閉所での戦闘は自らの姿を晒しかねない。
彼女は自身のアドバンテージを維持する為、受付所へと戻り不可視のアンブッシュで彼らを処理したのだった。
壁に手を当て、未来はふむふむと何かを納得するように頷く。
「とりあえずこちらに向かってくる人間はもう居ないな。先へと進むか」
未来は淀み無く、その通路を進んでいった。
施設内の地図は既に頭に叩き込んである。
最早庭同然とも言える場所になったそこを、無防備とも言える様相で彼女は進んだ。
「ここか」
大きく、頑強に見える鉄の扉。
この場所が研究室に相違無かった。
扉の取手に軽く手を添える。
鍵はかかっていない。
未来は双方の手で両扉に手をかけると、勢い良く開いた。
入ってくる、室内の光景。
それを目にした未来は――
驚愕を見せるように、大きく目を見開いた。