崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第7.5話 彼らの嫉妬

 内藤 晴祐(ないとう はれみち)は、小さな頃から野球が好きだった。

 

 幼い頃から父といっしょにキャッチボールをし、小学生の時はリトルリーグに所属し好成績を収め。

 自分はこのままプロのマウンドに上がるんだと信じてやまなかった。

 

 だが、中学になってシニアへ上がると現実が見えてきた。

 

 決して劣った選手ではなかった。

 

 だがそれでも、突出はしていない。

 

 卒無く上手い。

 だがそれだけ。

 

 レギュラーにはなんとか食いつけている。

 だが、()()()()()()()という事実そのものが、彼の敗北を物語っていた。

 

 高校でまで一線を張るような人間は、この時点で既に突出しているのだ。

 シニアで()()()()では、話にならない。

 

 全国各地で突出したエースとして活躍できるレベルの集まりが、高校野球の球児であり、そしてそれ故にプロへと続いていく事ができるのだ。

 

 事実彼は、高校でどこからのスカウトも受ける事は無かった。

 

 悔しかった。

 自分のこれまでの人生が否定されたみたいで。

 

 焦った。

 これまで野球しか積み上げてこなかった人生が全部無くなるようで。

 

 だから彼は野球の名門校を志望校に据え、入学した。

 一般入学で入り、そこから這い上がってやる。

 そう意気込んでいた。

 

 そして現実に叩きのめされた。

 

 そこは、天才が集まる場所だった。

 

 全国から推薦で集められた、化け物の集団。

 何もかもレベルが違う。

 

 なまじ同じラインに居るから、気づかざるを得ない。

 

 自分は凡才であいつらは天才だと。

 

 そんな事は無いと否定したくても、否定しきれない。

 

 そんな天才達が効率的に指導され、誰よりも努力を重ねている。

 一方自分は雑用をしながら合間に基礎トレをしているだけ。

 

 追いつけるわけがない。

 

 ――なんで、俺は。

 

 汚れたボールを磨きながら、そう自問する毎日だけが続いた。

 

 

 

 だが、彼はこの世界に召喚された。

 

 

 

 アニメや漫画のような、異世界召喚。

 勇者としてまったく見知らぬ大地に呼ばれる。

 

 その事に不安は有ったが、それ以上の喜びも有った。

 

「ここなら」

 

 自然と、晴祐の口からそんな言葉が漏れていた。

 

「ここなら、俺だって」

 

 大好きな野球に、自分は選ばれなかった。

 

 だけど今、俺は勇者として選ばれて異世界に居る!

 

 その事実に彼は高揚を隠せなかった。

 

 

 

 だが待ち受けていたのは二度目の絶望だった。

 

 

 

 彼に与えられた恩寵(チート)は、とても強力とは言えないものだった。

 

 「見つめた生き物を止める能力」。

 

 それが、彼に与えられた力だった。

 

 彼が注視した生物の動きを、その場で止める能力。

 古から謳われる魔眼のような力は、一見すると弱くないように見える。

 

 だがこの恩寵(チート)の使用中、相手が動けないのと同様に晴祐もまた動く事ができない。

 

 つまり動きを止めて攻撃をする、なんて使い方はまったくできないのだ。

 

 そして、その範囲の無差別性。

 彼が視認してしまった生き物全ての動きが止まってしまう。

 敵も味方も関係無く、彼が能力を使った瞬間動きが止まる。

 

 使い方を工夫すれば、決して弱くはない。

 だが、無双出来るような能力でもなかった。

 

 結果、晴祐が組分けされたのは補助組だった。

 

「畜生」

 

 戦闘組ですらない。

 なんの期待もされない、サブ要員。

 結局単なる雑用係。

 

 それは、喚ばれる前の自分と何が違う?

 

「ああああああああ!!!」

 

 その事実に、晴祐は折れそうになる。

 

 だが、本当のギリギリの所で踏みとどまれた。

 

 自分より下の本当の無能が居る事を知っていたからだ。

 

 保護組。いや、無能組。

 

 まったくなんの役にも立たないゴミのような恩寵(チート)を与えられた本当の役立たず。

 自分たちのように一応戦闘に使う事すら検討できない、まったく価値の無い奴ら。

 

 だから自分は底辺じゃない。

 

 そう思えたから、まだ耐えられた。

 

 

 

 ――だと思っていたのに。

 

 

 

 あの日彼は見てしまった。

 偶然忘れ物を取りに戻った食堂、その開いた隙間から。

 

 あの無能達が、うまそうに飯を食っている所を!

 

 無能組が手にした食事は、粗末なスープだけの自分たちとは比べ物にならないような豪華さを誇っていた。

 もしかしたら、戦闘組よりも上かもしれない。

 

 それを無能が口にしている。

 

 おかしいだろ。

 絶対におかしいだろ!

 

 そして晴祐は気づいてしまう。

 

 ――あいつら、いつも結構綺麗そうだ。俺達は埃まみれになってるのに。

 

 ――あいつら、いつも元気そうだ。俺達は訓練で疲れ果てているのに。

 

 そう、気づいてしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「くそが」

 

 晴祐の胸に、熱い感情が宿る。

 

 その感情の名は、殺意であった。

 

 

 

 あいつらを殺してやりたい。

 だけど、一人だけだと無理だ。

 

 そんな晴祐が引き入れたのが、同じ補助組の松本 慎一(まつもと しんいち)だった。

 慎一は無能組への見下しが特に強く、日頃から「あいつら殴りてぇ」とこぼしてるような奴だった。

 

「一緒にあいつらを困らせてやろうぜ」

 

 そう誘うと、慎一は悩む素振りすら無く承諾してくれた。

 

 それに、慎一の恩寵(チート)が実に都合が良かった。

 

 「指定した場所を冷やす能力」。

 

 慎一が意識した場所を冷やす事ができる。

 これが瞬時凍結できるような能力なら戦闘組にも行けただろうが、残念ながらじわじわとしか温度を下げられない。

 その為、補助組送りとなった。

 

 晴祐の頭の中には、この恩寵(チート)と組み合わせた確殺コンボが既に出来上がっていた。

 

 これならあいつらを殺せる。

 そう考えて機会を待ち、そして万全の態勢で罠に嵌めたはずなのに――

 

「なんであいつら生き残ってんだよ、クソっ!」

 

 思わず悪態が口から出た。

 

 サン=ヴォワイエの地下水路、その直上。

 砦の裏手の方に、彼らの姿は有った。

 

「お前がもっと早く冷やせれば!」

 

 晴祐が慎一に食って掛かる。

 もし氷を使った鏡の再展開が早ければ。

 そうだったら、あいつらを逃がしはしなかったのに!

 

「知らねえよ!」

 

 慎一からすれば、言いがかりにも程が有った。

 

 確実にやれるから指定した通りに恩寵(チート)を使ってくれと言われ。

 水門を閉めたりなんだりの作業も全部やってやった。

 

 なのにこいつの口からは文句ばかり。

 

 苛立ちは最高潮に達していた。

 

「お前だって確実に無能組をやれるって言ってたじゃねえか! 何逃がしてんだよ! 完璧な計画が聞いて呆れるぜ!」

 

「俺が悪いってのか?」

 

「それ以外何があんだよ!」

 

 二人は保護組の五人に向けていた殺意を、今はお互いにぶつけ合っていた。

 

 しばし殺意のこもった視線を躱しあった二人は、不毛だと気づき顔を背ける。

 

「次だ。次こそ絶対ぶっ殺す」

 

 晴祐は改めてそう誓う。

 あいつらは生かしておけない。

 

 何がなんでも殺してやる。

 

 

 

 だが、そんな彼の望みは叶わない。

 

 

 

「言ったはずだ」

 

 唐突な声に、晴祐も慎一も振り向いた。

 

 そこには、数名の騎士が居た。

 音もなくいつのまにか、彼らの背後に立っていた。

 

 ――なんで!?

 

 バレないように、細心の注意を払ったはず。

 なのになんでバレてる?

 

 そんな晴祐の混乱を他所に、騎士は言葉を続ける。

 

「勇者同士への恩寵(チート)の使用は禁ずると。その力で他の勇者を害してはならないと」

 

 がちゃり、と鎧が擦れる音がする。

 

「残念ながら禁を破った者は、()()せねばならん」

 

 一步、一步。

 騎士達が近づいてくる。

 

「う」

 

 その威圧感に、晴祐は耐えきれない。

 

「うわああああああ!」

 

 咄嗟に自分の恩寵(チート)を使う。

 なんの解決にもならないと理解していながら、それでも使った。

 

 だが騎士はまるで動じず、左腕を前に掲げた。

 

 そこには盾が備え付けられていた。

 まるで鏡面のように磨き上げられた、美しく光る盾が。

 

 そこには歪んだ晴祐の姿が大きく映し出されている。

 

 晴祐には、晴祐自身の姿しか見えていなかった。

 

 彼の恩寵(チート)は見えていた対象――晴祐に効果を発揮する。

 

 ぴたり、と晴祐の動きが止まる。

 

 勿論彼が発動した能力の為、すぐに解除はできる。

 だがその一瞬が命取りだった。

 

 晴祐の顔面が、一瞬で大地に叩きつけられる。

 彼は騎士に組み伏せられ、身動きが取れなくなっていた。

 

「ちがう、俺はちがう! あいつに唆されて!」

 

 隣では慎一がそんな事を叫んでいた。

 しかしその叫びは一向に介されず、慎一もまた騎士に組み伏せられていた。

 

「連れて行け」

 

 猿轡を噛まされ、二人の少年は連行されていく。

 

 ――畜生、なんで。

 

 どうしてこうなってしまったのかと、晴祐は嘆く。

 何が悪かったんだ。

 俺は、完璧だったはずなのに。

 

 俺は、無能なんかじゃないはずなのに!

 

 そんな嘆きは誰にも届かず、少年たちは連行される。

 その先に待ち受けるのがどんな地獄なのか、彼らには想像もつかなかった。

 

 ただもう、今日までの生活は送れないと、漠然と感じていた。

 

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