地下への道すがら、何人かの騎士に遭遇する。
しかしその全てを未来は撫で斬りにし、ただ進む。
不幸――もしかしたら幸運――な事に、恐慌をきたす前に未来に辿りつかれ、斬り伏せられていった。
地下の一番深く、最も広いと思われる場所に未来は辿り着いた。
巨大な扉を両手で押し広げ、ゆっくりと開ける。
扉の先。
そこでは、巨大な鉄の巨人が棍棒を振り上げ、眼の前に居る少女――ニノンを、叩き潰そうとしている所であった。
未来はその眼の前の光景の仔細を脳に刻む。
そして間髪入れず、踏み込んだ。
一步にてまず5メートル。
次の一步にて中に跳び。
その次の一步で、
巨人の腕を、上方より割断した。
最も弱き肘の関節を狙った未来の斬撃は、容易にその太い腕を切り落とす。
ズズゥン、と腕が落ちる音と、未来が着地するのは同時だった。
「だから言っただろう」
未来は背後の少女へ声をかける。
彼女が如何なる理由、如何なる経緯でこの巨人と戦っているのかは知らない。
「困った時は、きっと助けると」
だが、友が苦境に陥っているのを助けるのに、理由など要らない。
未来はそう思っていた。
「未来、さん」
ニノンの声は、掠れ、震えていた。
そこからその身体にも少なくないダメージを負っていると彼女は推測する。
肉体的にも、精神的にも。
「随分と危険な遊びをしているようじゃないか」
魔法使いの少女に背を向けたまま、未来はおどけたように話しかける。
顔を見せぬよう、前を見据えたまま。
「か弱い令嬢には、少々刺激が過ぎるんじゃないかこれは」
「えへへ……」
泣いたような、笑ったような声。
ニノンは弱々しく、愛想笑いのように答えた。
「ちょっと、成り行きで」
「ここは物騒だ、そろそろ帰った方がいい」
未来はだらんと下げていた手を、ゆっくりと掲げる。
構える必要など無いが、蒙昧な相手に対する威圧も必要だろうと、彼女はそうした。
「後は私がなんとかしておくから」
「ごめんなさい」
声は弱々しいまま。
だが、それでもはっきりと、ニノンは未来の提案を否定した。
「私には、引けない理由が有るんです」
その言葉には、譲れないという強い意思が乗っていた。
「そうか」
未来は何も聞かない。
何故なのか、とかどうして、とか。
彼女にとって理由は必要なかった。
「なら、いいさ。気をつけてくれ」
ただどうするか聞ければ、十分であった。
「貴様、何者だ」
その時、巨人より大音声で男の声が響き渡る。
ソンブルイユであった。
眼の前の相手が
「もう一人侵入者が居たとは。ここまで隠し通すなど、
がんがんと響き渡るその声に、胡乱げに未来は巨人を睨めつける。
そしてその視線に、思わずソンブルイユはたじろいだ。
――なんだ、この女は。
無敵の
恐ろしいまでの鋭さを持った眼光が、巨人の目を通して彼に突き刺さる。
騎士たちであれば昏倒していたであろう殺意の発露を受けて無事であったのは、
それが無くば、間違いなく未来を見た時点で彼は即死していた。
巨人を前に、未来は少し雰囲気を緩める。
背後の少女を慮るように、彼女は矛を収めたのだ。
そして不思議そうに小首を傾げた。
「すごいな」
感心したような、呆れた声で、言う。
「喋るのか。最近の粗大ゴミは」
彼女はわけが分からないとばかりに、首を振りながら。
「本分果たせず悩んでいるというのなら、安心して欲しい」
やはり優しい声で、眼の前の存在に語りかける。
「今から運びやすくリサイズしてやる。立派なゴミとして仕立ててやろう」
「口が達者だな、
ソンブルイユのその声が微妙に上ずり、苛立ちを含んでいたのは気の所為ではない。
彼は実際巨人の体内で顔を歪め、いらついていた。
プライドの高いこの男は、挑発にも弱かった。
「そんなに奇襲が成功して嬉しいのかね?」
「奇襲?」
再び未来は小首を傾げる。
「あれが奇襲に見えたのか、お前には」
ふうん、と納得したように、未来は頷く。
「どうやら武芸の類には造詣が無いと見える。あの程度の戯れを見切れないとは」
ふふっと、未来は笑う。
明らかな嘲笑であった。
「そういうのが不得意かね、君。男がそれでは、さぞかし肩身が狭かったろうね」
「言わせておけばのうのうと」
ぎぎぃ、と鉄巨人の体が揺れた。
肘から先を失った腕を、天高く掲げる。
「
ズドン!という轟音と共に、その右腕へ何かが落ちてくる。
「な、なんです!?」
音に驚いたニノンがそちらを見やると、巨人の右腕は様相が一変していた。
失ったはずの右前腕が、まるで新しく生え変わったようにそこには存在していた。
だが良く見ると、様子が違う。
腕をすっぽり覆うように、違う何かがそこに嵌っていた。
それはこれまでの腕とは違い、ものを掴む手はその先端に存在していなかった。
その代わり、鋭利な三角錐のような物体が取り付けられている。
螺旋状に溝が入り、所々に棘のような鋭利な突起が付けられたそれが、凶悪な雰囲気を醸し出し存在していた。
本来は前腕に被せられるはずだったのを、上腕に無理矢理嵌めたのだろう。
その新たな腕は、左腕に比べると若干短くなっていた。
「な」
驚愕に、ニノンは目を見開く。
「なんじゃあそりゃあああ!?」
あまりに奇異なその武器に、ニノンは叫びを上げた。
「驚いたかね、お嬢さん」
調子を戻して、得意気な様子のソンブルイユの声が響いた。
「堅い魔族の外皮を破る為の武装の一つだよ。合理的な選択だ」
「狂気的なのは良く分かりました」
ニノンの脇で、未来もこの武装に困惑を見せていた。
「ドリル……ドリルか。実に男の子だな、うん」
少し毒気を抜かれたように、未来は呟くと、改めてニノンに向き直る。
「それで」
そして、問う。
「私にどうして欲しい?」
ニノンはほんの少しだけ、考え込んで。
「あいつの背中の筒を、無傷で下ろしたいんです。できますか?」
そう答えた。
「わかった」
対する未来の答えは簡潔だった。
一切悩む事の無い即決。
「言っておいてなんですけど、できます?」
「出来るかどうかは分からないが」
未来は一步、踏み出す。
「出来るように努力はしよう」
そしてそのまま、進んでいく。
新たな武器を手にした巨人の下へ。
「来るか
ソンブルイユの叫びと共に、
そしてバリバリと音を立て、その体が雷に包まれた。
「対魔族用の
意気揚々と、右手を振り上げる巨人。
鋭利な切先は進み行く未来を狙っている事は明らかだった。
「さて困ったな」
笑顔を浮かべながら、未来は進み続ける。
「流石の私も、これではお手上げだ。どうするか」
巨人の手先の
周囲の空気を巻き込み、また押しのけ回るそこからは、ギュルギュルと激しい音が発生していた。
「何もできんよ、魔導式の無いお前ではな!」
唸る右手が未来に向かって突き進んでくる。
触れれば一瞬で巻き込まれ、ミンチになるは必定。
しかし未来は、その回転する死を華麗に回避する。
ぱっと軽く、跳んだようにソンブルイユには見えた。
「ふん」
跳びのけたか、と彼は左右を見渡すが――
眼の前に居た女の姿が、無い。
「ッ!?」
きょろきょろと。鉄巨人が激しく首を振る。
居ない。
右にも、左にも。
一体何処に奴は消えた!?
ソンブルイユは、軽い混乱を覚えていた。
「何処を見ている」
――女の声は、彼の上から聞こえてきた。
ゆっくりと、巨人は首をもたげる。
痛撃する為にやや屈んでいた姿勢を戻すように。
そして、上を向いた視線の先では――
天音寺未来が、
「
あれは魔導式ではない。
魔導具では、あの魔法は使えない。
なら、何故、あの女は宙に居る?
ソンブルイユにはその
そしてそれは、後ろで見ていたニノンにも同様だった。
「未来さん、貴方は一体」
今眼の前の少女が使っているのは、魔法ではないと。
まったく違う異能なのだと。
彼女は未来という少女が、自分の考えている以上の何かだと、ぼんやりと悟りつつあった。
未来は、巨人の眼前、そこに立っていた。
自らを誇示するかのよう、見せ付けるように、静かに立つ。
まるで浮かんでいるかのように緩やかに、そして大地に立つように力強く。
天音寺未来に与えられた
その足場は一秒で消え、再度使用するには時間を置かなければならない。
彼女に与えられた
自らの肉体が接触した場所に、半径20cmの見えない足場を作り出す力。
それは体が接触する限りそこに存在し続け、離れれば消える。
消えれば即、次の行使が可能。
時間制限は無く、
召喚された際に告げた能力は、全てブラフであった。
自らの能力をべらべらと開陳するような間抜けな真似を彼女がする訳が無かった。
能力を嘘ではないが過小に申告し、侮らせる。
情報の制限は、戦の鉄則である。
図らずもかつてカスタルノーが用いた
未来が空中を駈ける。
縦横無尽に、巨人を翻弄するように、走る。
今の彼女に、空中という概念は無い。
彼女の触れるあらゆる場所が地面であり、壁であり、天井だった。
「くそっ」
ソンブルイユが未来を捕まえようと、その太い腕を振り回す。
しかし、掠る事すら無い。
目の前に居る未来に腕を振るえば彼女は
「くそっ!」
それを撃ち落とそうとすれば、横へ。
「
さらに落ちるように下へと移動したかと思えばまだすぐに跳ね上へ。
右かと思えば左。
軽やかに見えるステップで、巨人の腕を掻い潜る。
上下左右、三次元空間全てが移動場所と化した天音寺未来を捉える事は、この巨人では不可能だった。
「どうした鬼さん、こっちだぞ?」
未来が笑う。
走りながら、楽しそうに。
その様はまさに遊戯としか言いようがなかった。
「もしかして、手を鳴らさないから分からないのかな?」
パン、と未来が手を叩く。
「ほらほらこっち。ちゃんと追わなきゃ」
そう言いながら跳ね回る未来を、ソンブルイユは捉えきれない。
彼の動体視力では、彼女の動きについていけないのだ。
「この……
彼は感情のまま、巨人の腕を振り回した。
常ならばただそれだけで、人は近寄れぬ恐ろしい殺傷兵器と化していたであろう。
しかし未来はその動き全てが、まるで分かっているかのように回避していく。
暴風のようなその腕を掻い潜り、翻弄している。
「ふむ」
走りながら、未来は思案していた。
「やはり隙は無いか」
彼女は巨人の体の悉くを観察したが、その
自身の肌から感じる感触から、
巨人と怪物。
互いが互いを攻めあぐね、その戦況は硬直しつつあった。